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新菜理子は考え続ける

 それから、私達がどうしたのか、いまいち覚えていません。

 私が優里奈ちゃんと向き合った後、私達5人は、ゴミを片付けて、イロイの中を5人で歩き始めたことまでは記憶にあります。

 ですがその間、どんなことを話したのか、どのお店に入ったのか、私ははっきりとは記憶にありませんでした。平津先輩のこと、優里奈ちゃんの想い、そして香奈先輩が言った本当の平津先輩のこと。

 それがグルグルと私の頭の中で渦巻いて、もうそれしか考えられなくなってしまいました。

 そうして、私はそんなことばかり考えているうちに、電車に乗り、最寄りの駅まで来ると、他のみんなと分かれ、1人家に向かって歩いていたのです。

 人間というのは不思議で、慣れた道なら考え事をしていても問題なく帰れるみたいです。私は、ぼーっとしたまま、何気なく自分の家の玄関を開けます。


「おかえりー」

 

 すると、仕事から帰ってきたお母さんが、夕食の準備をしているのか、エプロンを着けたままの格好で、私を出迎えてくれます。

 ですが、私は未だに思考から抜け出せずにいたので、そんなお母さんに対して、気のないただいまを言った後、自分の部屋へと行ってしまったのです。

 私は、部屋に戻るなり、肩掛けの小さな鞄を机の上の置いき、ベットに飛び込みました。

 そして、手元にスマホを取り出すと、メッセージアプリを開きます。

 平津幸也。その名前の欄をただ漠然を眺めながら、私は今日のことを思い出していました。


 平津先輩は昔から友達想いの、優しい性格だったようです。

 いくら結果が分かっていたとしても、失敗したらバラバラになるかもしれない幼馴染を「俺が繋ぎ止める」とは簡単に口にはできないと思いました。

 それはとてもすごいことです。私にはそんなことできるでしょうか……きっと無理です。

 そして、それから香奈先輩と石井先輩が口を揃えて言ったこと。

 今の平津先輩は優しすぎる。誰でも助け過ぎてて、無理している。そう言っていました。

 そして、どうやらそれにはしっかりとした理由があるようなんです。それも、幼馴染の2人でさえ、口を開けない理由が。

 私は、優里奈ちゃんが言ったことを思い出します。

 表面的な優しさだけじゃなく、ちゃんと平津先輩のことを見てと。

 あの時私はパニックのあまり、優里奈ちゃんに何も言えませんでしたが、今思えばそれは、優里奈ちゃんが私のことを想って言ってくれたことだと分かります。

 私は一抹の不安を覚えました。

 本当に、平津先輩のことを知ってもいいのか。もし深いところまで知ったとして、私はそんな先輩のことが好きのままでいれるでしょうか。

 分かりません。もしかしたら、好きだとは思えなくなるかもしれません。だって、私は香奈先輩の「平津先輩は昔は今よりも優しくなかった」という言葉に、ショックを受けたのですから。

 

「理子ー。ご飯食べよっか」


 そんな時、1階のお母さんから声がかけられました。

 私はまとまらない思考のまま、ベットから抜け出して、ご飯のために、1階に降りていきます。



「今日はありがとね。洗濯物干してくれて」

「うん……」


 私は話しかけてくるお母さんに対して、弱い相槌をうつと、食べ終えてしまった夕食のお皿を見て、また考え込んでしまいました。

 お父さんは、今日帰りが遅くなるとかで、お母さんと2人きりの夕食です。

 お母さんは私のことを気にしているものの、空になった食器を手に持ってキッチンに行ってしました。

 部屋にはつけられたテレビの音だけがむなしく響き渡っています。


 しばらくして、お母さんは片付けが終わったのか、私と自分の分のコップを手に持って、椅子に座りました。

 私の前にコップが置かれます。

 中身は朝にのんだココアでした。温かい湯気が、私の元にココアの甘い香りを連れてきます。


「何かあったの理子?」


 お母さんが、ココアを一口飲みながら私に優しい声をかけてくれます。

 私は、考えすぎによる疲労感を感じながら、ココアを飲みます。ココアの甘さと、程よい温かさが、私の心に少しだけの余裕をもたらしました。


「うん。ちょっと分からなくなって」


 気づいたら、私は下を向いたまま、お母さんに話していました。


「……先輩のことなんだけどね」

「先輩って、理子の好きな人のこと?」

「うん。平津幸也って先輩なんだけどね」


 私は今日あったことをお母さんに話します。

 まとまりのない私の話を、お母さんは黙って、最後まで聞いてくれました。



「そんなことがね……優しすぎるっか」

「うん」

「理子はどう思ったの?それを聞いて」

「私は……」


 そのまま黙ってしまいました。

 そんな私にお母さんは優しい顔を向け、口を開きます。


「まぁ、それが分からないから悩んじゃってるんだよね」

「うん」

「そっか……」


 そうして、お母さんまでも黙ってしまいました。

 困ったようにうーんっと悩んでいます。


「お母さんは平津先輩って子はよく知らないけど……幼馴染の子がはっきりとやめてって言えないって思うと、結構その先輩の抱えてる問題って大きいと思うのよね。それこそ、口にするのをためらっちゃうぐらい」

「うん。だから、私、それを知っていいのかなって……」


 香奈先輩の様子は深刻そうでした。

 平津先輩のあの笑顔の奥に、優しさの奥に何が隠されてるのか、私は知っても大丈夫なのか。嫌いになってしまうんじゃないのか。

 自分に自信が無くなってしまっています。


「いいと思うよ」


 するとお母さんは少し悩んだ後、あっけらかんとして答えました。


「え……?」

「だって、理子がそこまで悩んでるのって、それだけ平津先輩に対して真剣に想ってるって証拠じゃないかな」

「……」


 私はハッとした思いで、お母さんを見ます。


「好きになった人が、ある問題を抱えてる。本当にそれだけで嫌いになるような子だったら、理子みたいに悩まないと思うけど。スパッと忘れて次の恋愛相手を見つけてると思うのよ」

「そんなこと……」

「理子はこれが初恋だから分からないかも知れないけど、恋愛って案外軽いもんなのよ。高校生のときなんかね」


 お母さんはどこか懐かしそうな表情を浮かべています。


「だけど、理子は真剣に考えてる。もう、それだけで、お母さんから見たら大丈夫だと思う」

「大丈夫……」

「うん。大丈夫。それに、理子が軽い気持ちで人のこと好きになるような子じゃないこと、お母さんはよく知ってるよ」

「……」

「だから、自信持ちなさい。理子は心優しい私達自慢の娘なんだから。もし、その先輩がどうしようも無くなるその前に、幼馴染の子に代わって理子が先輩達の周りのある何かを取り除いてあげるの」

「……」


 お母さんに言ったことを、私はゆっくり自分の中で反芻しました。

 先輩達の間に、何かあることはもう、隠しようもないことです。

 それを、私が取り除く……


「……でも、そんなことしていいの?だって私、幼馴染じゃないし、つい最近仲良くなっただけのただの後輩」


 しかし、私の中にはまたもや、不安の種が出来てしまいました。

 本当に私なんかがそんな深くまで関わっていいのか。そんな思いが。


「だからいいんじゃない」


 でも、お母さんは私の沈んだ声に対して、明るい声で言います。


「きっと、幼馴染の子達って、長く付き合いすぎて相手のことが分かりすぎちゃうと思うのよ。お互いが、相手のことを考えすぎて、遠慮しちゃってる。だけど、理子ならそれをどうにかできるかもしれない。最近仲良くなった後輩だからこそ、出来ることがあるとお母さんは思うよ」


 そうしてニコッと笑った後、少しだけお母さんは真剣な顔に戻ります。


「それに、平津先輩と親しくなるなら、これは避けて通っちゃダメだと思うけどね」

「……うん」


 私は少しだけすっきりしたように、お母さんに対して答えた後、ココアを一口飲みます。

 少しぬるくなっていました。


「いや、久しぶりにこんなにも話したよ」


 お母さんがそう言って、楽しそうに笑います。


「やっぱ、どれだけ歳とっても恋バナは楽しいもんね~」

「そうなんだ」

「そうよ。お母さんだって女なんだから」


 お母さんが胸を張ります。


「まぁ、そのついでにもう1個お母さんが理子にアドバイスをあげる」


 そう言ってお母さんは机に体を乗り出してきて、私に向かって人差し指を立てました。


「その平津先輩のことだけど、知ろうと思っても焦っちゃだめよ。本人や周りの子達は言いたくないから、口を開かないの。自然に話してくれるのを待つとか、そう言う余裕を見せて付き合っていかないとね。逆効果になっちゃう」

「うん。分かってる。ありがとうお母さん」


 私はお母さんに笑いかけました。

 お母さんのおかげで、いろいろと整理がつきました。

 すると、外から車の止まる音が聞こえてきます。


「お父さん帰ってきたかな」


 そう口にして、お母さんが玄関の方へを歩いて行きました。

 しばらくして、玄関が開く音が聞こえました。

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