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優里奈ちゃんの想い

「優しすぎる」


 優里奈ちゃんの発した言葉に、私を含めて、愛花ちゃんも椅子に座って香奈先輩をまっすぐ見ている優里奈ちゃんに視線を送ります。

 そんな私達とは対照的に、香奈先輩、そして石井先輩までも、無表情で優里奈ちゃんを見ています。私にしていた時には想像できないほどに、2人の顔からは感情が読み取れません。

 しかし、香奈先輩はすぐにその表情を穏やかなものに変えると、優里奈ちゃんから視線を外し、石井先輩を見ます。

 石井先輩は一度頷いた後、その口を開きました。


「ああそうだ。友井の言った通り、今の幸也は優しすぎる」


 石井先輩は優里奈ちゃんというよりも、私達3人に言うように、順々に顔を見ていきます。

 私は何も言葉が発せずに、先輩達の言葉を待ちました。


「幸也は昔から優しかった。だけど、それは今よりももっと限定的な優しさだったんだ」

「幸くんはね、本当は人見知りで他人には無関心だったの。友達や大事だって思ってる人には手を差し伸べたけど、その他の人には一切、困ってても話しかけることなんてしなかった」

「そ、そんなんですか……」


 私はどうにかして、渇いてしまった喉から声を出します。

 私の知っている平津先輩からは想像もできないことを、香奈先輩は口にしました。

 そんな私に、香奈先輩は悲しい目をして、見つめてきます。


「軽蔑した?残念だった?」

「いえ……それはその……」

「そう思っても仕方がないかもね。理子ちゃんは、今の幸くんしか知らないし、そんな幸くんのことを好きになっちゃったんだから」

「……」


 そう言う香奈先輩の声は、悲しくもどこか鋭い刃物が見え隠れするかのような、不思議な声音をしていました。


「だけど、考えても見て。それっておかしなことかな?普通じゃない?」

「普通……」

「誰だって、知らない人を助けたいなんて思う?助けた人がいい人とは限らない。それに、みんなだって、街中にいる困っている人を見て、見て見ぬ振りすることあるよね」

「それは……はい」


 香奈先輩の言っていることは間違っていません。

 私だって、その経験があります。明らかに困っている人を見かけても、誰かが何とかするだろう、私がしなくてもと、そう思い自分から声をかけようなんて思ったことの方が少ないです。

 向こうから声をかけられたら手助けをしようと思うぐらいですね。

 私は、自分の事も振り返ることなく、ただ、平津先輩が今よりも優しくなかったという言葉だけを聞いて、ショックを受けていました。

 私は香奈先輩を見ます。

 すると、香奈先輩は私の目を見つめて、少しだけ微笑んでくれました。


「ごめんね。ちょっと言い方がきつくなっちゃったね」


 香奈先輩は私に謝ります。私は首を横に振りました。


「今の平津先輩は、見て見ぬ振りをできないってことですよね」

「そう。誰だって助けちゃう。それが悪いとは思わないけど、前の幸くんを知ってる私達は、無理しているようにしか見えないの」

「やめてって言えないんですか?」


 愛花ちゃんが、香奈先輩に聞きます。


「言えるわけないのよ」

「なんでですか?香奈先輩達は仲がいいんですよね?だったら……」


 愛花ちゃんが、香奈先輩と石井先輩を見て、おかしいと言いたげに問いただしました。

 私も愛花ちゃんと同じことを思っていました。香奈先輩ははっきりと、平津先輩のことを無理していると言いきりました。石井先輩も頷いています。

 だったら、幼馴染として一言言ってあげることも出来たんじゃないかと思えました。

 香奈先輩は私と愛花ちゃん、優里奈ちゃんを見てから、静かに呟きます、


「そっか……何も聞いてないんだ」


 そして私を見ます。


「理子ちゃんは、みっちゃんとは仲がいいんだよね?図書委員だってみっちゃんが言ってたから」

「はい」


 香奈先輩の言うみっちゃんというのは、図書館の管理を任されている、司書の貝苅美世先生のことです。美世先生、平津先輩、香奈先輩、石井先輩は小さいころからの幼馴染なのです。

 そして私は、香奈先輩の言葉に対して、頷きます。


「じゃあ、私達からは言えない。幸くんも言わないみたいだし、みっちゃんも口にしないなら、私達が言っていいことじゃないから」


 そうして香奈先輩は話を締めくくりました。

 私はどう言っていいか分かりません、たくさんの情報を言われ、少しだけ頭がパンクしてしまっていました。

 愛花ちゃんも黙ったままです。

 すると、香奈先輩は、意図的に質問できる間をつくらず、すぐに優里奈ちゃんに話しかけました。


「優里奈ちゃんはよく分かったね。流石は、一番冷静そうなだけはあるって感じかな」

「いえ、私の場合少し違いますから……」


 そう言って、優里奈ちゃんが一度私に気づかわし気な視線を送ってきた後、決意したような顔つきになって、口を開きます。


「私、この前、偶然平津先輩が告白されてるとこ見てしまって」

「え……」


 初めて聞くことでした。

 でも、そうですね。香奈先輩が平津先輩は人気があるって言っていたので、告白されてもおかしくありません……ですが、そう分かっていても私の心はざわつきます。


「ほんと?それは知らなかったな」


 香奈先輩も驚いた顔で、優里奈ちゃんを見ています。


「あ、でも、告白は断ってたから。だから、そんな苦しそうな顔しないでよ理子」

「ごめん……」


 優里奈ちゃんの発言で、少しだけ私に平穏が訪れました。


「その時、私本当は聞くつもりじゃなかったけど、いまいち離れるタイミングを失って。それで、告白が終わって、中庭のベンチに座っている平津先輩と目が合っちゃって。それで、少し話をしたんです。そこで……」


 すると優里奈ちゃんが、そこで一度言葉を切り、息を整えます。


「平津先輩が、泣いて帰った相手の子を思って、はいって答えた方がよかったかなって言ったんです」


 その発言に、私は複雑な思いになり、そして、香奈先輩は怒ったような顔になりました。

 愛花ちゃんも少しだけ怒りに眉を動かします。石井先輩だけは、そんな中でも無表情を貫き通していました。


「幸くんそんなこと言ったの!?帰ったら一度殴ってやろうかな!」

「やめろ」


 香奈先輩はファイティングポーズを取って、パンチの練習をしました。すぐに、石井先輩に止められます。


「それでどうしたの?まさか、優里っちの性格で、適当に相槌うつなんて思えないけどー?」

「まぁね」


 愛花ちゃんに声に優里奈ちゃんが反応を返して、香奈先輩を見ます。


「だから、私そんな先輩に『それって優しさじゃないですよ。優しいを履き違えないでください』って結構な勢いで言ってしまったんです」


 そうして、今度は私を見ます。その目はお母さんのように穏やかなものでした。


「告白してた子が、理子とかぶっちゃって」

 

 私はそんな優里奈ちゃんに対して、何も言えませんでした。

 情けない話、どう言葉を言っていいのか分からなかったのです。ありがとう、そう言えばよかったのでしょうか。

 だけど、優里奈ちゃんがその言葉を待っているとは思えません。

 そうしているうちに、香奈先輩が優里奈ちゃんに声をかけていました。


「私は優里奈ちゃんがそう言ってくれてよかったと思うよ。ていうか、優里奈ちゃんがそう言わなかったら、私が言ってやったことだもん。もっと人の気持ち考えろって」


 香奈先輩の冗談交じりの言い方に、少しだけ場が和らぎます。

 愛花ちゃんが香奈先輩を見て少し笑っていました。


「それで分かったんだ。幸くんが優しすぎるって」

「まぁ、それだけだったら私も何も思わなかったかもしれません。だけど、ボランティアの時の行動もあって、おかしいなって思ったんですよ……正直な言葉で言うなら、気持ち悪いって」


 優里奈ちゃんがはっきりとそう言いました。

 私の耳にもそれは、鮮明な音として届きます。

 気持ち悪い。優里奈ちゃんには平津先輩の優しさがそう映っていたようです。私は、思いもしませんでした。優里奈ちゃんは、平津先輩を見て、優しいいい先輩だと思っていたから、私の恋を応援してくれていると思っていましたから。


「優里っち、ちょっと言い過ぎだよ。理子っちが戸惑ってる」


 すると、愛花ちゃんが私の様子に気づいて、優里奈ちゃんに珍しく強い口調で注意しました。


「ごめんね理子。でも、これが私の本心」

「……」


 優里奈ちゃんが私の目を見てそう言います。


「私は理子の友達だよ。だけど、友達だからこそ、平津先輩との恋を素直に応援できなくなった」

「ちょっと!優里っち!」

「落ち着いて、愛花」


 愛花ちゃんが優里奈ちゃんに詰め寄りそうになったところを、香奈先輩が止めます。

 香奈先輩に腕を掴まれて、愛花ちゃんは仕方ないといったように、立ち上がりかけてた体を元の位置に戻します。


「理子。平津先輩は優しい。だけど、優しすぎると思うんだ。まるで自分のことなんて気にしていないようにしか映らない。そんな先輩を、本当に好きならもっと見るべきだよ。平津先輩が本当はどういう人なのか。表面だけの優しさに惑わされないでほしい」


 優里奈ちゃんが、真剣な眼差しで、私に対してその気持ちをぶつけてきました。

 私は、この時どういった顔をしていたでしょうか。あまり覚えていません。ただ、そんな優里奈ちゃんの表情は、どこか寂しく辛そうだったように思えました。

 私は、何も言えず、ただ黙ったまま、気づいたら首を縦に振っていました。

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