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腰を強打する。今日はよく腰を痛める日だと思いながら、中に人がいないか気配を確認した。
「よかった。誰もいないみたい」
イリゼを追いかけていた街の人が来てしまうから、少し姿を隠しておいた方がいいかもしれない。屋根に穴が開いているくらいだから、きっと誰も住んでいないのだろう。そんな風に思い、隣の部屋に続く扉を開ける。
「きゃっ」
誰もいないと思っていた部屋にいたのは、半裸の男女。女性はすぐに掛布で自分の体を隠した。男性は下着をはいた状態のまま、ゆっくりと振り返る。
「おや? 初めて見る子だね。名前を聞いてもいいかな」
悠然と構える男性を見ていると、今の状況を忘れそうだった。
「おい、いたか?」
「いや、こっちにはいないみたいだ」
外から、イリゼを探す声が聞こえる。どこかに隠れなければ見つかってしまう。
「なんだか訳ありみたいだね。スヴォン。今日の埋め合わせは必ずするから、今日はあの子を助けてあげていいかな。ん、そうか、良い子だ。愛しているよ」
掛布の下にいた女性の前髪をかき上げ、額に唇を落とした。そうすることが当たり前のように、流れるような手つきを見せた男性に目がいく。まるで、人から見られることに躊躇いがないように思える。
イリゼが呆然としていると、女性は体を隠したまま部屋の外へ行く。隣の部屋で何かごそごそとやっている。それを見ていると、男性からこちらへおいでと手招きされた。どうせ今外に出ても見つかってしまうと思って近づく。イリゼの髪の色と少し似ていた。
「やあ、女の子なのに緑の髪だなんて、珍しいね」
「そうなの?」
「ああそうさ。ヒューツニビレーでは、女の子はみんな暖色系だからね。赤とかピンクとか橙とか。街の子ではないよね?」
「森から……えーと、ノール森林だっけ? そこから来た」
「へぇっ……! そんなところから」
暢気に話をしていると、家のすぐ近くに街の人が迫っている様子になった。こんなことをしている場合じゃなかったと焦ると、急に抱きしめられ、寝台に寝かせられる。何が起きたのかと思って目を瞬かせていると、先ほどの女性と思わしき人が悲鳴を上げた。
「いやー、見ないでー」
「わ、悪い。そんなつもりはなかったんだ。緑の髪の子を追ってて……今度屋根の修理を手伝うから、かみさんには黙っていてくれ」
どうやら、女性がイリゼを守るために身を挺して止めてくれているらしい。
「スヴォンはさすがだね。念のためにこの体勢にしておいたけど、平気そうだ」
今の状態は、目の前の男性もイリゼを助けようとしてくれたことだったらしい。横になっているイリゼに覆い被さるような状態になっていて、顔も近い。イリゼよりもすこし短い、肩ほどの髪が前に流れている。
女性の功績により、この家に近づいた人の足音が遠ざかっていった。
ひとまず危険は去ったと思っていると、男性がイリゼの頬へ手を伸ばす。
「あ、あの……?」
「その困った顔も素敵だね。いつまでも君の名前を呼べないのは悲しいな。僕に教えてくれるかい?」
ふわっと、柔らかい笑みを浮かべる。優しい微笑みのように感じるのに、本能的には、今すぐに逃げろと警鐘が鳴った。ぶるっと、思わず身震いをする。
「どうしたんだい? もしかして僕の美貌に惚れちゃったのかな? それも無理はないね。だって僕は--」
--さ、さぶい!
疑うことなく自分を賛美し続ける男性に、直感は正しかったと思う。幸いにも、両端に置かれていた手は半分になっている。ごろりと転がっていけば、すぐに逃げられるはず。
--な、なんでっ?
イリゼの思惑は外れ、逆に逃げようとしたことがばれてしまった。手だけだった拘束は、両足も追加されている。四つん這いの状態だ。体には触れないように、しかし隙間からは逃げられないようにされていた。
「僕の自己紹介を聞くよりも先に動くなんて、せっかちさんだね。いいよ。しようか」
「ひっ」
ゆっくりと、男性の手が頬から首へ流れていく。ぞぞぞ、とまるで虫が這うような気持ち悪さに身を震わせる。どうすることもできないでいると、足音が近づいてきた。
女性が戻ってきたのだと思ったが、それにしては低い咳払いが聞こえてくる。ついに見つかってしまったのかと思い、視線だけ部屋の入口へ向けた。




