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森守り姫と狩人王子の仮婚約  作者: いとう 縁凛
第一章 森守り姫の生活
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 --あの人だ!


 街に行かなくても会えたと思い、もっと近くで見ようと木から木へ移る。


「なんだ? 鳥か?」


 一つ移ったとき、音に反応して青年がこちらへ近づいてくる。兵の一人も後を追いかけてきた。


 見つからないように、少し上へ行く。青年は、すぐ真下に来た。


「サフィール王子、何かいましたか」


「いや、わからない。恐らく、ノール森林から飛んできた鳥か何かだろう」


 --あの森はそんな名前なんだ。それで、あの人はサフィールって名前で、王子。んっ? 王子? えっ?


 名前を知れてよかったと思った矢先。聞き慣れない単語を耳にして思わず足が滑る。


「誰かいるのか」


 どうにか、見つからないぐらいの高さで踏みとどまれた。イリゼの髪は緑で、服も土で汚れている。息を殺せば、見つからないはずだった。


「仕事中に話しかけてすまなかったな。持ち場に戻ってくれ」


「ですが、何かいたのであれば王子の手を煩わせずとも、我々が処理いたしますが」


「いい。俺の気のせいかもしれないし、本当に鳥かもしれない。害意は感じられないから、問題はないはずだ」


「しかし……」


「いざとなったら、よろしく頼むよ」


「は、はい! かしこまりました!」


 二人の話が終わると、サフィールだけが木の下に残った。そうして、周りに聞こえないように小声で呼びかけてくる。


「もしかして、イリゼか」


 --ど、どうしよう。王子ってことは、たぶん、偉いんだよね。勝手に入ったこととか、温泉痕を壊しちゃったこととか、ばれたらダメだよね。


 どう動けばいいかと考え、ふと自分の服を見る。


 --え、偉い人と会うときは、身なりを整えないと罰せられる……?


 王族が下す罰とは何かなんて、想像もできない。サフィールが悪い人間ではないなんてことはすっかり忘れ、捕まらないために木から飛び出した。


 丘陵の傾斜沿いに駆ける。高度がある場所ほど角度が急で、思わず転がり落ちそうになった。


「きゃー! 何あれ!」


「人? 人がいるぞー!」


 いっそのこと転がってしまえと、頭を守るように前転する。そしてどうやって行くのかわからない、斜面にあった家の屋根から下へ跳ぶ。横目で、下の家から梯子がかかっていることを確認した。


「み、緑髪じゃ! みんな、早く店を閉めるんじゃー!」


 イリゼの姿を確認した老人が叫ぶ。その声を聞いた者達が慌ただしく動く。跳んだ勢いを殺すため、下の屋根に着地すると同時に前転した。そして、そのまま地面に降りる。


 そこはちょうど少し行けば天幕があるところで、一番人がいるところだった。目の前では、子どもがじーっとイリゼを見ている。


「ほら、こっちにおいで!」


 母親と思われる女性が子どもを抱え、遠ざかっていく。遠巻きにしている街の人たちは、皆顔を引きつらせている。それでも事の真相を知りたいという好奇心からか、イリゼの様子を確認できる範囲にいた。


「別に、何もしないんだけどな」


 イリゼからしてみれば、ただ高いところから下がっただけ。しかしそれを見上げていた街の人たちからすると、得体の知れない人間は恐怖でしかない。そんな心境など知るよしもないイリゼは、遠巻きにする人たちを見ながら歩いて下る。


 家々の間は狭く、人一人が歩ける程度しかない。しかしイリゼが歩いている道は広く、両手を伸ばしてもまだ余裕がある。裸足のままだから、石畳はひんやりと冷たい。


「イリゼ!」


 斜め上の方から、サフィールが呼ぶ声がした。捕まってはだめだと思い、また走り出す。まるで大蛇の上を進んでいるかのように曲がりくねった道を進む。右へ下って石段を降り、左に下ってまた降りる。


「あー、もう! 面倒くさい!」


 時間を短縮しようと、手近の屋根へ跳び、下を目指す。そうしている間にも、サフィールは徐々に近づいていた。裸足だといつものように親指のあたりに力を込められない。屋根の上は滑る。いつもと違う感覚に悩まされている間に、距離を詰められていた。


 とにかく下へ。とにかく外へ。必死になって移動していると、いつの間にかイリゼを追いかける人数が増えていた。


「えっ、なんでっ?」


 サフィールは、まだ少し遠い。しかし街の人たちは、屋根に登ったイリゼを追い詰めるように集まっていた。


「サフィール様のために!」


「王子が捕まえようとしている。みんな、王子の手を煩わせるな!」


 かけ声の後に野太い声が続く。しかし屋根の上まで来る猛者はおらず、屋根伝いに移動すれば逃げられそうだった。そんな一瞬の気の緩みが、足下への注意を疎かにしてしまう。


「うそっ?」


 偶然か、必然か。飛び移った先の屋根に穴が開いていた。屋根に手を伸ばしてもすでに遅い。屋根の上からそのまま家の中に落ちてしまった。


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