終章
街中の治療所へ運ばれてから数日。ようやく目を覚ましたイリゼは、サフィールの部屋へと運ばれた。
まだ動かすんじゃないという医者に、ではイリゼが元気になるまで通うと言ったサフィールは、本当にそうした。というよりも、治療所でずっとイリゼの傍にいたから、先に医者が根負けしたのだ。抱き上げて運ぼうとしたサフィールに、せめて担架を使えと言ってそうさせていた。
うっすらとそんな会話を覚えている。それからイリゼは、丸一日寝てしまった。
--お腹、空いたな。
くぅぅぅっと音を鳴らす腹に手を乗せ、目を開けた。寝台の上に、屋根がある。ここはどこなのだろうと頭を動かすと、すぐ横で椅子に座って寝ていたサフィールの顔が見えた。
--寝てる。そういえば、サフィールの寝起きって、危険だったなぁ……。
かつて彼の唇が掠めていったことを思い出し、はにかむ。
--あれ。でも、それから後で、つい最近も何かあったような……。
ぼんやりとした記憶の中、サフィールの顔が迫った時を思い出す。
「あぁっ!」
「ど、どうした!? なんだっ!?」
イリゼがいつ起きても対応できるように、緊張していたのかもしれない。サフィールはすぐに意識を覚醒させた。
「イリゼ! 起きたんだな! もう体調は大丈夫か?」
--あー、あー……。サ、サフィールの顔が近い!
心配してくれているのはわかっているのだが、何分思い出してしまったすぐ後だ。以前のときよりも、その感触が生々しく残っている。そのままサフィールに見られたくなくて、掛布で全身をすっぽりと覆った。
「イリゼ!? どうした!?」
ゆさゆさと掛布の上から揺らされる。一枚隔てているのに、サフィールが触っているところから熱が広がっていく。さらに出て行けない状態になると、ぽんぽんと優しく叩かれる。
「なあ、イリゼ。顔を見せてくれないか? 緊急事態だったとはいえ、許可もなく失礼なことをした」
「……謝るの?」
「ああ、イリゼが許してくれるまで謝り続ける」
「……謝るなら、あれは、間違いだったの?」
「い、いや、俺にとっては間違いじゃない。そうしたかった。だがイリゼにとっては違うだろう? 急にあんなことをして」
それ以上謝罪の言葉を聞きたくなくて、サフィールにされたことと同じことをした。そしてそのすぐ後、恥ずかしくなってまた顔を隠す。しかし今度は、真っ赤になる顔を全て出した。
「わ、わたしは、謝らないよ。だって、サフィールのことが好きだもん」
「イリゼ……」
「たぶんね、初めから気になっていたんだと思う。レオンがケガをしたときは恨んだけど、すぐにカドネワを持ってきてくれた。わたしの擦り傷なんかより多くケガしていたのに、わたしの手当を優先してくれた。それからサフィールが会いに来てくれたことも嬉しかったし、それに」
「ま、待ってくれ。そんなに続けざまに言われると、心臓がもたない」
サフィールは顔を真っ赤にし、それを隠すように顔を押さえながら下を向く。そんな彼の奥にある机に、埃が落とされて綺麗になっている緑の肩掛けが見えた。
「あの肩掛けもね、ずっとサフィールに守ってもらっているみたいで、安心できた。右手につけていた、ネッカチーフも。ずっと、ずっと……サフィールが傍にいるみたいだった」
「イリゼ! 待ってくれ! それ以上は言うな!」
「ねえ、サフィール。わたしと」
「言うなと言っている!」
イリゼが続ける告白に耐えられなくなったのか、サフィールがまた口を塞いできた。今度は意識がはっきりしているから、何をされているのか瞬時にわかる。
正常な状態にされるのは、こんなに恥ずかしいことなのだと思う。自分でも仕掛けたくせに、されると戸惑った。
逃げ出したいのに、離れたくない。
やっと顔が離れたと思ったら、今度は力強く抱きしめられた。
「……イリゼを愛している。他の誰にも渡したくない。改めて、俺と結婚を前提に付き合ってほしい」
耳にかかる吐息に心弾ませ、愛しい人の背中に、両腕を回して抱きしめた。




