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イリゼはサンクラァールへ戻る途中、警護として来ていた兵士を追い返す。
「それはできません」
「サフィールからの許可は取ってあるから。周りに男の人がいると思うと、ゆっくり温泉にもつかれない。帰って」
「は、はあ、わかりました。では一度、戻ります」
納得していない兵士を動かし、ようやく自由になったと腕を伸ばす。
「警護、じゃなくて監視だよね」
せいせいしたと思い、湯気の中へ入る。そこではウルチーモが、シアクとアスールの湯を一対一の割合で汲み、レオンにかけていた。
「おばば。変わる」
「王子から話は聞けたのかい」
「聞いた。だけど自分のせいじゃないって言って、人のせいにまでしたから婚約破棄を伝えてきた」
「まだ王子がしたと決まったわけじゃないだろう」
「サフィールがやったに決まってる! こんなに何本も矢を刺してケガをさせるなんて、実力があるからできるんだよ!」
「でも確か、前のときはわざわざカドネワの葉を採ってきてくれたんだろう? お前の切り傷だって、手当してくれたじゃないか」
「それはそうだけど……でも、サフィールに聞いてみたけど、他にそれらしい人はいなかったんだもん!」
以前のように、レオンの傷は湯の効能で癒やされつつあるが、まだ完治には至っていない。それだけ深い傷なのだ。日常的に狩りをするサフィールであれば、どんな力で矢を放てば動物の動きを止められるかを把握している。それを他人の仕業だと言う彼が許せなかった。
「外で警護していた兵士も戻したから、人目を気にせずに入れるよ」
「その兵士が王子に確認したら、すぐに戻ってくるんじゃないかい」
「それはないんじゃない? だって婚約破棄を伝えたし、おばばのことはわたしが守るって宣言してきたもの。贖罪のために人を寄越したって、追い返してやる」
「わたしには、どうしてお前がそこまで怒るのかわからないよ」
「どうしても何も、レオンがこんな大けがを負ったんだよ!? 当たり前じゃん!」
「そうかねぇ……あの王子が、イリゼが大切にしているレオナールを傷つけるとは思えないけどねぇ」
「夢ばかり見ていたらダメだよ、おばば。現実を見ないと」
元気がないレオンが少しでも早く回復するように、配合した湯をかける。気休めでもいいからカドネワも採ってこようと思い、ウルチーモにそう告げた。
蔓籠を持って滝がある崖までいき、下に置く。あれから何度も採取しているせいで、中腹にあったカドネワの数が少なくなっている。もっと上へ行くとまだあった。レオンのためだと、採取しては籠に入れ、また登る。そうして繰り返し、籠の底が埋まるぐらいまで採れた。
「よしっ。これぐらいあったらすぐに新鮮な葉を当ててあげられるね」
太陽はすでに真上から大分西に落ちている。想像以上に時間がかかってしまったと思い、サンクラァールへ戻った。
「おばば!? レオン!?」
湯気を越えると、昨日つけられた傷よりもさらに深手を負っているレオンと、そのレオンを守るように倒れているウルチーモがいた。祖母に駆け寄る。戦ったのか、いつも使っていた杖はぽっきり折れてしまっていた。
「おばば? 一体何があったの?」
「イリゼ……すぐに、ここから離れるんだ」
「何言っているの! こんな状態のおばばとレオンを置いていけるわけないじゃん! あー、器も壊れてるね。物置まで取りに行ってくるから待ってて!」
物置へ走る。そこには小さい器がいくつかと、緑の肩掛け。特に冷える日に出して、何度も使っていた。サフィールからもらったものだからと、嬉しかったのだ。
--今は、そんなことを考えている暇はない! 少しでも早く、おばばたちにお湯をかけないと!
戻ると、ウルチーモがまた弱々しい声で言う。
「本当に、お前はバカな子だよ」
「おばば! ケガしたでしょ? そこに湯をかけるから、出して」
「へぇ、なるほどね。治療できるっていうなら、確かに一儲けできそうだ」
「っ、誰!?」
ウルチーモに配合した湯をかけようとして、聞こえた声に驚く。全く気配がなかったのに、と思っていると、家の中から茶色い毛むくじゃらが出てきた。




