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三日後。
ジュネスの働きかけにより、街の至る所で温泉の話題が出ていた。何度もお願いした通り、そこにイリゼが暮らしていることはばれていない。
噂のおかげか、それとも新年を迎える準備が一段落したのか。王家主催の狩猟祭には、多くの参加者が集まった。街の入口で、これから何をするのか伝える。
「これから、ノール森林で狩りを行う。狩りをすると言っても、それほど難しいことはない。集まった全員で、獣を追い込んでいくだけだ。襲いかかって来ないよう、俺が矢を放って威嚇する。皆は安心して罠まで獣を追い詰めてほしい」
サフィールの指示に皆首肯する。
今日集まったのは、オネット、シカトリス、露店主の面々だ。オネットには事前に協力を申し出てある。目的のシカトリスも参加しているのを見届け、三日の間で掘っておいた穴まで一同を案内した。
「ここに、落とし穴を仕掛けてある。すぐにはわからないよう偽装しているから、過って落ちないよう気をつけてくれ」
偽造のことを想起させるように、言葉を選んだ。しかしシカトリスは他の参加者と同様に、落とし穴の様子を窺っていた。
--シカトリスは、黒ではないのか? いや、まだ始まったばかりで焦りは禁物だ。
その後、残りの数カ所の落とし穴の位置を確認してもらった。それから、サフィールの先導の元狩りをしていく。
二匹目を追い込んだとき、シカトリスから弓矢を貸してほしいと申し出があった。
「そういえば、部屋には弓が置かれていたな。俺が扱いやすいように弦の張力を上げているから、怪我をしないように気をつけろ」
「ありがとうございます」
サフィールから弓矢を受け取ったシカトリスは、ゆっくりと矢を引き、放つ。しかし矢は前には飛ばず、少し離れた場所に落ちた。
「いやぁ、久しぶりにやってみると駄目ですねぇ。全く飛ばない」
「離れていた時間の分だけ感覚が鈍る。その割には、少しでも前に飛んだんだ。上出来だろう」
シカトリスから弓を受け取り、矢を回収する。それから一匹獣を仕留め、狩猟祭で得た三匹の獣を全員で街に運んだ。
狩猟祭を開催してから、さらに二日後。
新年まであと七日と迫り、住人達は最後の追い込みだと忙しなく働いていた。
新年が明けると、それを祝う祭典が催される。街中だけの些細なものだったが、年末から年始にかけて偶然訪問していた旅人によって、話が広まっていた。
城に保存している食糧の量を見て、酒や料理を出している。食事する場所は、街の至る所だ。提供するのは商いをする人間がほとんどで、その機会に客僧を広げている。
訪問する旅人も増え、街全体が賑やかになる新年までに事態を解決したかった。しかし思ったように進展しない。残る僅かな時間で何ができるのかと思うと、殺気に似た怒気を感じる。誰に見られているのかと思って周囲を伺うと、イリゼがいた。
駆け寄ると、一歩距離を置かれる。
「どうした、イリゼ」
「サフィールのこと、信じてたのに!」
キッと睨んできた。矛先はサフィールに向けられている。イリゼを怒らせる理由が思い当たらず、首を傾げた。
「まさか、覗かれたのか」
「違う! そんなんじゃない!」
「なんだ、痴話げんかか? 仲良くしろよー」
街中で話していると、揶揄されてしまった。イリゼも今自分がどこにいるか思い出したようで、路地裏へ移動するときに腕を引いても振り払わなかった。
そこで改めて事情を聞く。
「覗かれたのでなければ、なぜ俺に申告してくるんだ」
「だって、サフィールしか考えられないもん!」
「だから、それが何だと聞いている」
「レオンが、大けがをしたの!」
「レオンが? 森の中で遊んでいたんじゃないか」
「そんなんじゃない! 何本も、矢が刺さっていたんだから! 前に、サフィールはレオンのこと間違えて傷つけたって言ってたのに、ひどい!」
「待て待て。とんだ濡れ衣だ。俺はやっていない」
「嘘ばっかり! じゃあ、他に誰がやったって言うの!」
「誰かはわからない。だが、絶対俺ではない。そうだ、二日前に例の一件で狩猟祭をやったばかりだ。シカトリスかもしれない」
「その人、腕前はどうだったの」
「いや、前へ少し飛ばしたぐらいだったが……」
「弓矢を扱えない人に罪をなすりつけるなんて、信じられない! サフィールがいい人だと思って協力したけど、もうやめる。おばばのことはわたしが守るから、もう警護の人もいらない」
「イリゼ!」
言い放つと、俊敏な動きで去ってしまった。先程住民にからかわれたこともあり、今の話を誰かに聞かれていなかったかと周囲を窺う。そしてすぐに、気づく。
--こんな風に、イリゼの気持ちよりも体面を気にしてしまうからいけないんだ。こういう態度が、不審を煽ってしまったんだろう。レオンが怪我をしていたというのなら、まだ近くにいるかもしれない。
イリゼを追いかけようとしたとき、誰かが駆けていくような足音が聞こえたような気がした。子供の足音ではない。誰かに聞かれてしまったかと思い、路地を抜ける。そこには、いつもと変わらない日常を送る住人しかいなかった。
--周りを気にしてばかりだから、イリゼにも信じてもらえなかったんだ。
自分の行動を反省するも、思考はイリゼとの仲違いで破談になるかもしれない婚約のことが浮かんだ。これまでしてきたことも、今回のことで全て駄目になってしまった。
イリゼのことだから、もう追いつけないほど離れてしまっただろう。これからどうしようかと、重たい足を引きずって城へ向かった。




