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「サンクラァール、はどうでしょうか」
「それはなんだ?」
「ノール森林にある、温泉ですわ。サフィールから疑われていると少しでも思うのなら、その男が偽造の犯人であれば、他の金儲けの話を考えるかもしれない。そんなとき、不思議な効能がある温泉の話を聞いたらどうでしょう? 偽造をやめて、そちらへ手を延ばすのではないでしょうか」
「ふむ……その可能性はあるな。あえて行動しやすいよう、何か企画してもいいかもしれん」
「待って下さい! ノール森林ということは、イリゼが危険に晒されるのではないですか!?」
「ええ、そうでしょうね。イリゼちゃん達はあそこに住んでいるから。もし実行するのなら、先に了解を得ないといけない」
「母上! イリゼを危険な目に遭わせるわけにはいきません!」
「なんのためにあなたがいると思っているの。今は婚約者としての立場があるのです。話が通ったら、死ぬ気で守りなさい」
「は、母上……」
「情けない声を出すんじゃないの。この話が進むかは、サフィール次第よ。あなたがイリゼちゃんを守れないというのなら、他の案を考えましょう」
「いえ、それは問題ないですが……」
「なら、決まりね。早く食堂へ移動しましょう。料理長が首を長くして待っているわ」
話をしに行くのは、また自分なのだなと思いながら、三人で移動した。
そして食事を済ませ、早速イリゼの元へ行く。以前レオンに乗ってやってきた方向へ進むと、湯気が立ち上る場所に着いた。
「イリゼ。いるか?」
「サ、サフィール!? ちょ、ちょっと待って!」
湯気で視界が悪い。温泉だと聞いていたから万が一でも裸を見てしまわないように、声をかけた。慌てるイリゼの様子から、その判断は正しかったようだ。
少し待つと、湯気の中からイリゼが出てきた。予想通り温泉に入っていたらしく、頬が赤くなっている。
「ど、どうしたの!?」
「イリゼは確か、祖母と暮らししていたな。話があるのだが、少しいいか」
「わかった。温泉が溢れてて足下が滑るから気をつけて」
イリゼの案内の元、ウルチーモがいる家に行く。寝床や焚き火を見て、本当にここで生活をしているのだと驚いた。ウルチーモから用事を聞かれ、イリゼが使っているという寝床に腰を下ろす。本人はウルチーモの隣に座った。
街の事情を話し、容疑者をあぶり出すためにこの温泉の噂を広めたいと伝えた。
「なるほどねぇ。イリゼから仮の婚約だと聞いたから何事かと思っていたが、そんなことになっていたのかい」
「街の人たちは、この温泉地のことを聞いても悪用しないと断言できます! 俺が見回りをしてきて感じた人の温かさは、嘘ではありません」
「おばば。わたしもそう思う。だって、サフィールがわたしを連れて歩くだけで、からかいつつも幸せになれって言ってくれる人達だよ? 信じてもいいと思う」
「そうかい? イリゼがそこまで言うなら、いいのかもしれないね」
「ご協力、感謝します。お二人には危険が及ばないよう、手配しますのでご安心ください」
「わたしはもう年だから別にいいけどね、何かあったときはイリゼを頼んだよ」
「おばば! そんなこと言わないでよ! メートメートの人達が来たときみたいに、予言っぽく聞こえる」
「そうならないといいね。ところで王子。こちらは協力を惜しまないが、何をすればいいんだい」
「いえ、危険に晒してしまう可能性があったので来ました。実際は、街の中で温泉の噂を流し、浸透してきた頃に森へ出かける行事をしようと計画しています」
「なるほどね、では噂を流すのはどうするんだい? 発信者を決めないといけないだろう」
「それなら、メートメートの人達にお願いすればいいと思う。わたしも全員は知らないけど、会長のジュネスさん曰く、街の女の人ほとんどが入会してるらしいから」
「わかった。早速母上に伝えよう。城に戻り次第、こちらへ警護の者を手配する。事情が事情だから温泉があると伝えなければいけないが、イリゼ。自分が暮らす場所だからと言って、油断するなよ?」
「大丈夫だよー。仮であっても今はサフィールの婚約者だもん。サフィールへの接し方を見てたら、覗きなんてしないってわかるよ」
「いや、まあ、それはそうなんだが、あいつらも男だから間違いがあってはいけない」
「イリゼは、王子に愛されているようだね」
「なっ……」
「なんだい、違うのかい」
「い、いえ……そんなことはないですが……」
「おばば! サフィールを困らせないでよ! 仮の関係だって言ったでしょ!」
イリゼから仮だと強調されると、胸の奥が痛んだ。
「そ、そうです。俺は義務を果たさなければいけません。事は一刻を争います。すぐにでも報告しなければいけないので、ここで失礼します」
自分が傷ついたと思ってしまい、サフィールの発言でイリゼが顔を歪めたことなど、見る余裕はなかった。
サンクラァールから街までは遠い。往復すると、それだけで一日の大半は過ぎてしまう。城へ戻り、ジュネスに伝えると、すぐに動いてくれた。




