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「これはこれは、サフィール王子ではありませんか。ご婚約おめでとうございます。昨日は発表の場に駆けつけられず、申し訳ありません」
「いや、あの場に参加できない者は他にもいた。気にしなくていい」
「ありがとうございます。して、イニオンに御用でしょうか」
にこにこと微笑みながら話しかけてくるシカトリスは、左目に大きな傷を負っている。髪も、まだ気にするような年齢には見えないのに丸刈り。珍しいのでは、と思うと全てが怪しく見えてしまう。
「サフィール王子? いかがされましたか」
「シカトリスに、伺いたい。左目の傷は、どのようにして負ったんだ」
「これですか? 醜い顔で申し訳ありません。こいつは、子供の頃にできたものです」
「子供の頃? 成人してからではないのか」
「はい。遊んでいたときに、うっかり枝で切ってしまいまして。子供の頃、医療が発達している場所には住んでいなかったもので、こうして傷が残ってしまいました」
「そうか。では、髪は? シカトリスはまだ若いだろう? どうして髪を剃り上げているんだ」
「若いだなんて、光栄ですね。これでも四十代後半なんですよ。まあ確かにまだまだ髪はありますが、髪が伸びてくるごとに短くすることが面倒だっただけです」
「そうか」
微笑みを絶やさないシカトリスが話した理由は、聞いてみればなんてことはなかった。怪しんだ自分が浅はかだったと安堵し、本題を切り出す。
西端にあるこの場所は、必要とされるときにしか人は来ない。それでも念のため、両替商の裏にある石段まで行った。イニオンには、万が一にも奥へ人を通すなと伝えてある。
「以前、偽造硬貨について話したと思うのだが、現物が手に入った。専門家から見て、どうだろうか」
シカトリスに硬貨を渡す。日光に照らし、自分が持っていた既存の硬貨と比べる。
「これはこれは。実に精巧にできていますね」
「と、いうことは、それは偽造されたものということだな」
「えぇ。金属の配合率を変えているのだと思います」
「配合率? そんなものがあるのか」
「はい。この国で作られている硬貨は合金です。素材が一つだけだと非常に脆くなり、高くつきます。ですが二つ以上の金属を合わせることで頑丈になり、安くできます」
「なるほど……そんな仕組みだったのだな」
「えぇ。これは恐らく、高価な金属を少なくし、安価な金属を増やしているのだと思います」
「だから輝きが鈍り、軽くなるということだな」
「そうです。一枚分の割合は微々たるものでも、鋳造一回分と考えれば相当儲けが出るでしょう。ただそれも、私のように普段から鋳造に関わっているからわかるのであって、それ以外の人間が気づくことはまずないと思います」
「なるほどな。専門家らしい意見に感服だ」
「これはどこで手に入れたのでしょう」
「外から来た旅人が使っていたらしい」
「なるほど。ということは、その旅人がいた場所で偽造が行われていたということですね。国が定めた配合率を勝手に変えるなんて大罪だ。今使われている硬貨は、何度も実験してようやく導き出されたものなのに」
「確かにそうだな。話を聞けて助かった。また何かあったらよろしく頼む」
「えぇ、私の意見でよければいつでも」
シカトリスと別れ、早速聞いた意見を報告しようと城へ向かう。街と城の境にある門をくぐったところで、ふと足を止める。
--子供の頃の傷が、あれほど残るものだろうか。
シカトリスは、医療が発達していない場所にいたと言っていた。それならば、確かに傷は残ってしまうのかもしれない。しかし本当にそうなのか。
--枝で切ったということは、男ならよくあるごっこ遊びだろう。国王が住まう城に務める騎士に憧れ、剣の代わりに枝を持つ。首都へ出かけた友人に自慢され、真似しようとする。俺も、兄上に剣技ごっこをしたいとお願いした。野蛮なことは嫌いだと言ってしてくれなかった兄上の代わりに、同い年の友人としたこともある。
子供の頃を振り返り、そういえばオパルはあのときから既に色恋に夢中だったと思い出す。それから間もなく狩りを教わり、そちらにのめり込んでいったからサフィールが遊んでいた時期は短かった。
--狩りを始めた頃は弓の扱いに慣れず、よく怪我をした。それこそ、成人した今でも残るような大きな怪我だった。しかしそんな傷でさえ、成長した今となっては、表皮が少し薄いくらいだ。よく見ないとわからない。
自分の怪我を振り返り、シカトリスの傷は不自然だと思う。子供の頃、上手く治療できなかったとしても、生々しすぎる。まるで数年前に怪我をしたようだった。生死を彷徨うような怪我であればわからなくはないが、遊びでついたと言っていたからそれはないはず。
ユージィ北部の責任者はシカトリスだ。北部地域では誰よりも鋳造に携わっているから、違いがわかるのも理解できる。だが、それは本当にそうなのか。
自分が配合率を変えているのに、さも他の支部がしたように言ったのでは。
疑問に思うと止まらない。再び確認しようと思い、踵を返す。
「……いや、もしシカトリスが偽造の張本人なら、いくらでも誤魔化せるか……」
呟き、また城へ進路を変える。城内を走り、管理室へ向かった。誰と誰がいつ結婚した、いつ子供が産まれた、いつ他所からやってきたかなどを城で管理している。シカトリスが白であるなら、きちんと登録をしているはずだ。




