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「もう、イリゼちゃんを連れて行ってもいいかしら?」
ルビからの特訓が終わる頃、ジュネスがやってきた。
「はい、お母さま。今あたしができることはやりきりました」
「そう。それじゃあ、イリゼちゃんを連れていくわね。お疲れ様、ルビちゃん」
ルビの部屋を後にし、ジュネスと歩いていると声を潜めて言ってくる。
「イリゼちゃん。あの子に付き合ってくれてありがとう。大変だったでしょう?」
「もしかして、ジュネスさんはサフィールとのことを知っているんですか」
「ええ、そうよ。そもそも、わたくしがウルチーモ様とお近づきになりたくて提案したもの。でもね、イリゼちゃん。仮と言わずに本気になってもいいのよ? あなただったら大歓迎!」
「いえ……わたしは、あくまでも今回のことが終わるまでの関係ですから」
「あら、そんなことないのよ。サフィールだって、率先して行動しているもの」
「サフィールは、確か王様になるんですよね。街の一大事なら、それを解決しないといけないからだと思います」
「イリゼちゃん、本当にそう思っているのかしら」
「はい。心得ています」
「サフィールもイリゼちゃんも、似たもの同士でお似合いだと思うのに」
「ルビちゃんにも言われました」
「あの子もね、口では色々と言っているけど、本当は喜んでいるのよ? あの性格だから同じ年頃の友達がいないの。年が近いイリゼちゃんと話せるのは、嬉しいはずよ」
「わたしも、妹ができたみたいで嬉しいです。兄弟はいないので」
「そうでしょう? 母親のわたくしが言うのも何だけれど、サフィールは中々いいと思うわ。オパルみたいに複数の女の子に声をかけないし」
「ええ、知っています」
サフィールに街で追いかけられたことを思い出す。
あのときは、ただ質問をしていただけなのに焦っていた。彼と過ごす内に、言っていたことは本当なのだとわかる。サフィールが、義理堅い人間だというのもわかっていた。だからきっと、一晩過ごした後の朝のことを持ち出せば、正式な婚約者という立場になれるだろう。
--わたし、サフィールから何を言ってもらいたいんだろう。まるで、事件が終わった後に、サフィールが離れていくことを恐れているみたい。サフィールの評判を考えたら、潔く引いた方がいいのに。
「イリゼちゃん?」
いつの間にか止まっていたらしく、ジュネスが心配するように覗いてきた。
「ごめんなさい。行きましょう」
「イリゼちゃんも、色々と思うところがあるのね。でも、大丈夫よ。これからすることはきっと、イリゼちゃんを元気にしてくれるわ」
ジュネスに連れられて、彼女の寝室へ行った。ルビの部屋と同じように、様々なものが置かれている。違うのは、ドレスが二つ用意されていたこと。
「ジュネスさん、このドレスは?」
「婚約発表をするとき、必要でしょう? 数ある候補からこの二つを選んだのだけれど、決めきれなくて。イリゼちゃんはどちらが好みかしら」
用意されたドレスを見る。緑と淡い橙のドレスはふち飾りが肩から腰、足下まで流れて正面を豪華に演出。七分丈の袖の先も二色のレースが使われていて、さらに華やかさを出していた。背面は、流れるたっぷりとした縦ひだがマントのような装いに見せている。
淡い緑と青のドレスは、体の線を強調するような細身のもの。首筋から胸元にかけて空いており、そのふちは小さなレースで装飾。足が長く見えるよう、胸のすぐ下の辺りで素材の違う布に切り替わっている。
着用するときに楽そうな、淡い緑と青のドレスを選ぼうとすると、どこからか視線を感じた。周囲を窺っても、ジュネスしかいない。
「どうかしたの、イリゼちゃん」
「いえ……誰かに見られているような気がしたんですけど……いないみたいで」
「まぁ! イリゼちゃんは勘が鋭いのね。わたくしでもあの二人は中々気配を察しづらいのに」
「えっ、誰かいるんですか」
「レザン、ヴァン。出てきなさい」
ジュネスが声をかけると、二人はいつの間にかイリゼのすぐ後ろにいた。突然感じた人の気配に驚き振り向く。そこには、同じ顔の女性が立っていた。
「この二人は、双子なのよ」
「姉のレザンでございます」
ぺこりと頭を下げられるが、妹との違いがわからない。気持ち、背が高いかもしれないというぐらいだ。見分けるのが大変そうだと思っていると、ヴァンと思われる片割れが何度も手を開閉する。何をしたいのかと思っていると、一歩前に出てきた。
「イリゼ様。先程二つのドレスのうち、淡い緑と青のものを選ぼうとしました。それはなぜなのでしょう」
「そちらの方が着やすそ」
「イリゼ様、是非とももう一つのドレスを着用してみてから決めてください」
くい気味に推奨され、ひとまずそちらを着てみることにした。
「わかりました。そっちのド」
「かしこまりました! お任せ下さい!」
またしても最後まで言わせてもらえなかった。きらきらと目を輝かせているヴァンは、素早い動きでイリゼの服を剥ぐ。
「その二人の腕は確かよ。わたくしの公用姿を手伝ってくれているの」
「公用姿?」
「王妃になるということは、常に王の隣に立つという責任があるの。それは、公のとき、つまり他国との交流や王家として街に出るときには、王が恥をかかないように飾り立てなければいけないの」
「えーと、つまり、それは……?」
「つまり、本来の姿からかけ離れたとしても、絞って絞って盛り付けるということよ」
「どういうことですか!」
「その二人に任せておけば、すぐにわかるわ。一人でもできるけれど、仕上がりは段違いよ」
ジュネスと話をしている間、律儀に待っていた二人が声をかけてくる。
「さあさ、イリゼ様。こちらのペチコートに足を入れてください」
「ぺち? なんですか、それは」
「ドレスを豪華に見せるためのものですよ」
「は、はぁ」
言われたとおり跨ぐように足を入れると、さっと腰まで上げられた。蔓で編んだ目の粗い籠をつけているようで、まるで自分捕まった魚のように思える。
そこまで準備ができると、双子が目をギンギンに輝かせた。
「お姉様、ここからが勝負です」
「わたしはイリゼ様の美脚を活かしたいけれど……そうね。盛り付けた後の様子も見てみたいわ」
相互に目配せをしたかと思うと、恭しい手つきで箱を持ってきた。蓋を開けて取り出したのは、光沢のある布で包まれた何か。
「あの、それは?」
「魔法の道具ですよ」




