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逃げ去るようにその場を後にし、サンクラァールに戻る。すると、いつもならまだ寝ているはずのウルチーモが外に出ていた。傍らには、レオンもいる。
「イリゼっ……! 良かった。無事だったんだね」
けががないかどうか全身を確認するウルチーモを見て、何も言わずに一晩明かしてしまったのだと思い至る。
--おばばの手、冷たい。
「ごめん、おばば。一回戻って伝えておけばよかったね」
「そうだよ、全く……レオナールに乗っていったのに戻って来ないんじゃ、何かあったのかって思うじゃないか」
「うん、ごめん。気をつける」
「それで、一晩帰って来なかったのは、一体何があったんだい」
すっかり体が冷えてしまっているウルチーモを、ひとまず家に戻す。消えてしまっていた火を起こし、祖母の寝床に一緒に座る。そして、サフィールから聞いた話と、仮婚約のことを話した。
「へぇ、街の一大事で仮とはいえ、王子と婚約するのかい」
「あくまでも、仮、だけどね」
「なんだい、そんなこと言っていないで本当に婚約してしまえばいいんだよ。婚約ということは、まだ結婚はしていない。約束をしているだけで、確定ではないんだ。お互いのことを知っていきながら、という過程を踏むのはいいことだ」
「そうだけどさ……仮だから、街での一件が終わったら解消しないといけない。必要以上に知らなくてもいいよ」
「さっきから聞いていると、やけに仮ってところを強調するね。イリゼは、本当に婚約をしたいってことかい?」
「いやっ、そ、それはないよ。だって、街に行ったらわかるけど、サフィールって、すごい人望があるんだよ? 王子の手を煩わせるなって、街の人達がみんな協力するの」
「煩わせるようなことをしたのかい」
「ちょ、ちょっと変な登場の仕方をしただけだよ? 下から入るんじゃなくて、上から入っただけ」
「十分煩わせているじゃないか」
「ぅっ……そ、それにね、街の女の人達はサフィールかオパルかで人気を二分しているみたいなの。それがわかっているのに、あまり深入りはできないよ」
「そもそも、それは承知の上で王子からの申し出を受けたんだろう? 自分で決めたことだ。腹をくくりな」
「そ、そうだけど……でもさ……」
「そんなに否定するのは、王子に惚れちまったからかい?」
「ほ、惚れっ……て、いや、違うよ! ちょっとあって、それで気になっているだけっていうか……」
「何をもぞもぞしているんだい。王子に寝込みでも襲われたってのかい」
「やっ、ちがっ……というか、わたしが」
「襲ったのかい! 奥手だと思っていたけど、案外相手がいれば強気なんだねぇ」
「違う! サフィールが寝てて、起こそうと思って、そう! ぶつかっちゃっただけ! わたしがしようと思ったわけじゃない!」
「事故だってなんだっていいさ。仮ってのが嫌だったら、それを盾に本当の関係を迫ったって、文句は言われないよ」
「なに言って……おばば、何か変だよ? そりゃ、いつもはわたしがその話を避けているけどさ」
「いくつになっても、心がときめく話は若返るからね。わたしがずっと望んでいたことが起ころうとしているんだ。嬉しくもなるさ」
「ともかく、サフィールとの関係は仮なの! これで話は終わり! ペイに入ってくる!」
すっかり元気になったウルチーモにそれ以上何か言われないために、服を脱ぎ捨てて肩まで浸かる。サンクラァールの中でも温度が低い方のペイは、長湯してものぼせずちょうど良い。
ペイの効能はなんだったかと思い起こしていると、ウルチーモがにっこりと微笑みながら家から出てきた。
「そんなに落ちつきたかったんだねぇ。やっぱり、王子に言ってしまいな。本当に婚約してください、って」
「なっ……だ、だから違うって!」
「オネットが持ってきた服を、出しておこうかね」
「いいよ! 出さなくて!」
普段は恋愛だとか伴侶だとかの話題が出ているときに、わざと話をそらしていた。今、その報いが来ている。こんなにからかわれるのなら、毎日同じ話を聞いていればよかったと、後悔した。
ペイから上がり、家へ入る。先程の宣言通り、服が用意されていた。それは、オネットがイリゼに着てほしいと言って置いていったもの。寒い冬にいいと、厚手の生地で作られている。
「……確かこれってさ、まだわたしがもう少し小さいときに置いていったやつだよね。今は着れるわけないじゃん」
「わからないよ。イリゼは昔からそれほど体型は変わっていないんだ。案外するっと入るんじゃないかね」
いくら火を焚いているとはいえ、いつまでも裸でいるのはさすがに寒い。とりあえず用意してくれたものだから、袖を通してみるかと思う。
「おや、入ったみたいだね」
「……やっぱり小さいよ、これ。胴回りは入ったけど、丈が短すぎる。こんなんじゃ、動き回れない」
上下が繋がっている服。丈は、手首から肘までの長さ分短い。
「丈だけなら、普段とそんなに変わらないだろう」
「変わる! もっと長いもん。膝ぐらいまではあるよ」
「膝ぐらいまであるっていっても、どうせ動きづらいからという理由で、下にもう一枚履いているだろ。確かその丈は、今ぐらいだったはずだ」
「あれは、下に履いているから良いのであって、あれだけだったら着ないよ!」
「王子の婚約者をやるんだろ。だったら、そこまで動き回る必要はない。しずしずと、後ろについてりゃ、周囲も認めるんじゃないか」
「いや、それにしても短いよ。無理。着替える」
普段着ている服は、汚れたら洗って乾かしている。その間に着るものも、見た目はそう変わらない。せめて小綺麗に映るように、普段着とは別のところに保管している服を取りに行く。
使わない器や余った蔓などを保管している、物置のような場所。家の奥にある。そこへ行き、木で作った棚を見て、言葉を失った。




