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森守り姫と狩人王子の仮婚約  作者: いとう 縁凛
第二章 狩人王子の仕事
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「鴨が、丸焼きになっていく……」


「鴨って、どれくらい火に当てていたら食べられるようになるのかな」


「そ、そうだな。恐らく、表面がこんがりと焼ければいいんじゃないか」


「サフィールも、こうしてやるのは初めてなんだよね?」


「ああ、そうだ。助言ができなくてすまない」


「気にしなくていいよ。これ、楽しいし。それより、今さらだけど大丈夫? もうすっかり暗くなっちゃったけど、お城に戻らなくても平気?」


「それこそ気にしなくていい。むしろ、仮の婚約を発表しようとしているくらいだ。朝帰りの方がより噂が広まりやすく……」


 口にしながら、自覚していなかった事実に思い至る。


 --婚約のために、イリゼと仲睦まじくなることは良いことだ。朝帰りだって、誰かに目撃してもらった方がいい。だが、朝に帰るということは、一晩中一緒にいるということだ。


 笑顔で鴨肉を回しているイリゼを見た。焚いている火によって、少し赤みがさしている。それはまるで、今晩のことを期待して頬を赤らめているようにも見えた。


 --べ、別に一緒にいなくてもいいんじゃないか? イリゼはこの近くで暮らしているわけだし、街の近くで見つからないように一人で隠れていれば……そうだ、そうしよう。


 ようやく考えをまとめ、イリゼの代わりに鴨を回すことにした。すると彼女はまたどこかへ行ってしまう。大きな平たい石を両手で持ってきたから手伝おうとして、鴨を回すことを優先してと言われてしまった。


 鴨を回している間にイリゼは準備を進めていく。火に照らされる鴨に良い焼き色がついた頃、彼女が戻ってきた。


「焼けた?」


「ああ、頃合いだろう」


「じゃあ、向こうの石まで運んでもらえるかな」


「喜んで」


「熱いから気をつけてね」


 イリゼの後を追うと、平たい石が濡らされていた。その上には尖らせた石もあり、どうやらこの上で鴨肉を切るということらしい。


「肉も切れるのか」


「試したことはないけどね。切るというか、ぶった切るというか」


 平たい石に鴨肉を置く。するとイリゼは立ち上がり、風を切るように石を振り下ろした。ブチッと音を出した鴨の足が、宙を舞う。その肉をイリゼが追いかける。


「待て! 危ない!」


 石の台のことを忘れて手を延ばしたイリゼが、見事に足を引っかけた。


「えっ、あっ……」


「イリゼ!」


 台を回り込み腕を引く。イリゼが腰を打たないよう、そのまま抱え込んで座った。飛んだ鴨肉が地面に落ちる。


「っつ……」


 思わず声を出してしまうと、腕の中のイリゼが素早く体を反転させた。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」


「あ、ああ。問題ない。イリゼは無事か」


「サフィールが下にいてくれたからどこも痛くないよ!」


「それは良かった。それより、すまなかった。せっかくイリゼが食べやすい大きさにしてくれた鴨が台無しだ」


 イリゼが転びかけたときに石の台が崩れ、まだ切っていなかった鴨肉も土の上に転がっている。


「あー……まだ火は消してないから、魚だったら焼けると思うよ。ちょっと待ってて」


 そう言うと、イリゼは川下の方へ走って行った。腕の中のぬくもりがなくなり、急に寂しくなる。


 --柔らかかった。


 性別が違うとこうも違うものなのかと思いながら、暗い中何か作業をしているイリゼを見る。


 --小さかった。イリゼは他のご婦人方と比べると身長がある。それなのに、腕の中にいたイリゼは小さいように思えた。手を離したらどこかへ消えてしまうのではないかと、怖くなる。


 川下へ行っていたイリゼが、長細い籠を持って戻ってきた。


「ごめんね。すぐ、魚を焼くから」


 焚き火の所へ行こうとしたイリゼを、後ろから抱きしめた。籠が転がる。


「ちょっ、な、なにっ!?」


「……良かった。イリゼは消えないな」


「な、何をバカなことを言ってるの。勝手に消さないで」


「すまない。腕の中のイリゼが、想像よりも小さかったから」


「わたし、そこそこ背は高い方だと思うけど……」


「違う。そうじゃなくて……」


 どう伝えようか考えていると、腕の中の事実が現実を思い出させる。


 --んっ!? ちょっと待て。これはもしかして、『背ぎゅっ』じゃないのか?


 囚われた恐怖心によってしてしまった自分の行動を、自覚した。すぐに離れようとして、思いとどまる。


 --こ、これはもしかして、イリゼと関係を深めるには、絶好の機会なんじゃないか? えーと、この後に続けそうな項目は……。


 オパルから教わった方法を思い出そうと、イリゼを抱き締めたまま思考を巡らせる。しかし腕の中でもぞもぞと動いて逃れようとする彼女に、焦れた。


「イリゼ! 少しの間でいいからじっとしていてくれ! 今、思い出せそうなんだ」


 そう叫ぶと、一瞬イリゼがしゃがんだように思えた。そしてすぐさま戻り、頭が顎に当たる。その痛みでイリゼを離してしまった。


「っつ……」


「いい加減にして! サフィールの様子がおかしかったから心配したのに、自分勝手すぎる。すぐに魚を焼くから、待ってて!」


 --失敗した……。


 完全にイリゼを怒らせてしまった。これでは挽回の余地も無い。これ以上何かしてもさらに怒らせてしまうだけだと思い、素直に従う。




 魚を焼いたイリゼが、戻ってきた。


「はい。お腹空いているんでしょ?」


「それは、そうだが……」


「お腹が空いているときは、変なことを考えちゃうもんだよ。今日は一籠で七匹入っていたから満腹になれると思うよ。足りないようだったら、もっと川下の籠を取ってくるから」


「あ、ああ。ありがとう。頂戴する」


 枝に刺さっている魚の頭にかぶりつく。一口食べると急激に空腹感を覚え、あっという間に一匹食べてしまった。


「あっちで残りも焼いているから、移動しよう」


「そうだな」


 二人で焚き火を囲むように座り、全て食べ終える。イリゼが五匹、サフィールが二匹食べた。食欲の旺盛さに驚いたものの、満面の笑みを浮かべながら食べる顔を見るのは楽しい。もっと食べさせたくなる。


「イリゼ。口元に魚の身がついている」


「えっ、どこ?」


 見当違いの場所を触るイリゼの代わりに、ついていた身を取って、そのまま自分の口に入れる。するとイリゼは驚いたような顔をして、顔を赤らめた。いや、火で照らされただけかもしれない。


「今日は魚をご馳走してもらったから、明日はイリゼを街の酒場に招待したい。来てもらえるか」


「酒場? それって、動物を料理するところ?」


「そうだ。抵抗はあるかもしれないが、イリゼは魚を食べるのは問題ないのだろう? だったら、平気だと思う」


「で、でも……」


「魚だって、命を頂いているんだ。獣だって同じ。どうしても抵抗があるというのなら、本来の形を想像しなければいい。今日のように丸焼きで出されることはそれほど多くない。大抵は、どの獣かわからない状態になっている」


「うー……でも……」


「一度試してみて、やはりだめだと言うのなら、それでいい。女将が作る料理は美味いぞ。試してみる価値は十分ある」


「んー、そこまで言うなら……い、一回だけ」


「一度食べたら、やみつきになるぞ」


 女将に何を出してもらうかと明日のことを考えていると、今さっきまで話していたはずのイリゼが船をこぎ始めた。


「っ、危ない……」


 火の中へ突っ伏しそうだったところを直前で止め、また倒れないように隣で支える。するとイリゼは、サフィールの肩に頭を置いて落ちついてしまった。


 --はっ。こ、これはもしや、『肩トン』か。なるほど。確かにこれは嬉しい。いや、イリゼは寝ている。無意識にやっているということは、十項目の実践とは言えないか。それでも……。


 満腹になり眠気に襲われたイリゼが、サフィールに身を任せている。イリゼは近くに家があるのだから、連れて行った方がいい。しかし、信頼しきったような寝顔は長く見ていたかった。


 --もう少し。せめて、イリゼが起きるまでこのままでいたい。


 一瞬でも覚醒したときは帰宅を促そうと思い、そのまま火に当たる。時間が経過する内に火が小さくなってしまい、イリゼが風邪を引かないように肩を抱いた。


 ついに火が消える。なるべく彼女が風に当たらないよう、自分が木に寄りかかるようにして抱きしめた。


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