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「いいかい、イリゼ。かつてわたしが遊牧していた頃偶然見つけた五色の湯は、守っていかなければいけないんだよ」
「へーそうなんだー。ちょっとレオンと出かけてくるねー」
「これ、イリゼ!」
--伴侶を早く見つけろだとか、好きな人でもいいからだなんて、もう聞き飽きた。
初めての社会勉強から六年が経ち、イリゼも十六になった。あの日から、口を酸っぱくして言われている。最初は三ヶ月に一度。それがやがて一ヶ月に一度となり、二週間、一週間、三日、毎日と、頻繁に同じ事を言われて、次の言葉も予測できるようになった。
「ヒューツニビレーに行きなさい。そこが一番近くにある出会いの場だ」
「なんだ、わかっているじゃないか。そうだよ、出会いを求めて動けば」
「おばば。もう何度も言っているじゃん。まだ興味ないって。そんな好きな人どうのっていうより、わたしは断然魚がいい。今だったらまだ、茸もいくつか残っているよね」
「イリゼ。お前も年頃なんだから」
「はいはーい。じゃあちょっと出かけてくるからー」
背後にいるウルチーモに手を振り、今度こそ食糧調達へ出かける。
「レオン」
祖母はレオナールと呼ぶ、動物。イリゼの声に反応してのっそりと体を起こす。
遊牧に出かけている母も連れて行っている。
茶色い体で尻が大きく、顔が小さい。そんな顔には似合わない立派な前歯と、大きな鼻。小さい耳は絶えず周囲の音を拾い、光りの反射によってキラキラと輝く小さい目は、いつもイリゼに餌をねだる。
全体的に調和が取れていない体の最たる部分は、外側に湾曲している大きな角だろう。太くごつごつとした手触りのそれは、レオンに乗り込むときに掴んでもびくともしない。
そんな、鹿に見えるようで違う動物の一押しの箇所は、ピョコピョコと動く小さな尻尾と--。
「もっふもふー。今日も良い感じだー」
イリゼが顔を埋めている、胸元の白い毛だ。体毛に対して柔らかさと長さが違う。体毛は硬く真っ直ぐであることに対し、胸元はまるで綿毛のように短い。そのもふもふに顔を埋めるのは、イリゼの日課だ。
「よーし。今日も行くよー」
角を掴んでレオンの背中へ跨がる。振り落とされないように、内ももに力を入れた。
「まずは川沿いね」
イリゼの指示に従い、レオンが走り出す。ゆっくりと動き始めたレオンは、やがて速度を上げていく。枯れ葉を巻き上げ、倒れた木を飛び越え、華麗に着地する。それからさらに速く風を切り、川が見えてきた。
森を抜ける直前に、レオンの背中から空へ向けて跳ぶ。枝から下がっていた蔓に手をかけ、その場でくるっと一回転。その勢いのまま木の頂上へ登った。季節柄、上へ行くほど空気も木の表皮も乾燥している。
「滝と川と、サンクラァールと広い森! 最高!」
木の上から見える景色は、まさに自然そのもの。落差があり水しぶきを上げる滝、深い滝壺、激流の川。一日中駆け回れる森は、未だに行っていない場所もある。
そして、川沿いにはまるで、花弁のような形にわき出る温泉。白湯、黄湯、赤湯、青湯、緑湯。それぞれ温度と効能が違うと教わったが、覚えるのが大変そうで忘れた。気持ちよければそれでよし、と思っているせいもある。
「あれを守れって言われてもなー。別に臭いもないから誰かにばれることもないだろうし、色がついている温泉ってだけじゃん」
どうして祖母はあれほどサンクラァールを守れと言うのだろうか。その意味を考えていると、下にいるはずのレオンが悲鳴を上げた。




