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森守り姫と狩人王子の仮婚約  作者: いとう 縁凛
第二章 狩人王子の仕事
19/52

18

「母上、失礼いたします」


「どうしたの、サフィール」


「母上に、父上との馴れ初めを伺いたいのですが、教えていただけますでしょうか」


「もしかして、まだイリゼちゃんに申し込んでないのかしら?」


「は、はい。不甲斐なくて申し訳ありません」


「いいわ。わたくし達の出会いから教えてあげましょう。わたくしとロワは--」


 上機嫌に話しはじめたジュネスは、それから数時間に渡って語った。結論から言うと、狩人だったロワがジュネスに、獲った獣を贈っていたということ。それぐらいなら自分でもできそうだと、早速行動することにした。


 王にイリゼと会ってくることを伝え、ノール森林に行く。どこに何の獣がいるか理解しているから、贈るための肉はすぐに手に入れた。


「……ノール森林に住む、とはどこにいるのだろうか。今まで狩りをしてきて、それらしいところはどこにもなかった」


 いざイリゼに会おうとして、彼女がどの辺りにいるか知らなかったことに気づく。


「森の中で暮らしているのなら、水源の確保は必須だ。ということならば、川の上流を目指して行けば会えるだろうか」


 悩んだままで動かないわけにはいかない。すでに計画が動き始めてから三日も経っている。正確に言えば、サフィールがイリゼに婚約を申し込まないと何も始まらない。無情にも時間は過ぎていく。大きな金の流れを作り出すためには、立ち止まっていられない。


 獲った鴨肉を持ちながら、まずは川を目指す。オパルやジュネスから意見を聞いている間に時間は過ぎ、とっくに正午を過ぎている。イリゼに会って帰る頃には夕方になるだろう。


 川沿いを歩き、水面から来る冷気に身を震わせる。イリゼはいつも裸足でいるが、体調は崩さないのか。そもそも、防寒対策はしているのか。そんなことばかり考える。


 イリゼのことを考えながら歩いていると大分移動していたらしく、いつの間にか川の最上流である滝まで来てしまっていた。


 ゴウゴウと唸り声を上げる滝を見上げ、崖の中腹にあるカドネワを発見する。ところどころ手を掛ける部分はあるが、指の先がどうにか引っかかる程度だ。必死だったとはいえ我ながらよく登ったと思っていると、背後から何かがこちらを窺う気配を感じた。


 バッと、勢い良く振り向く。


「レオンか」


 湾曲した大きな角と、小さい顔。イリゼと一緒にいた動物だ。彼女の元へ案内してもらおうと近づくと、森の奥へ駆けていってしまった。


「あー……唯一の手がかりが……いや、でもちょっと待て。レオンがいたということは、ここから近い場所にイリゼがいるんじゃないか?」


 果てなく森の中を彷徨わなくて済みそうだと前向きに考える。ひとまずレオンが走って行った方へ進路を決めて歩き始めた。すると、レオンが誰かを乗せて戻ってくる。こんな森の中でレオンと一緒にいるのは、イリゼ以外はあり得ない。


「サフィール!」


 レオンに乗ったイリゼが、サフィールに気がついて名前を呼ぶ。その瞬間、何かが弾けた。


 --な、なんだ? この感覚は。嬉しい? 嬉しくない? いや、嬉しい。では何が? イリゼが俺の名前を呼んだこと? イリゼに会えたこと? いや、ようやく計画が動き出すんだ。会えたことが嬉しいのだろう。


 レオンに乗ってきたイリゼが降り、頭を二度叩いた。するとレオンは、心得たかのように森の中へ走って行く。移動のために使っていただけで、普段は自由にさせているらしい。


 イリゼが、サフィールを見上げてくる。


「どうしたの、森の中に来るなん……それ、何?」


 少し弾んでいた声が、急に沈んだ。それどころか、怒気を感じる。イリゼが指さしていた、鴨肉を彼女が見やすいように持ち上げた。


「鴨肉だ。独特な風味は好みがわかれる。だが肉質は、歯ごたえがよくて」


「ひどい! こんなことをするなんて!」


 眉を寄せ、サフィールの手から鴨を奪う。矢を射た辺りを、労るように擦っている。


「イリゼ? どうかしたのか」


「どうかしたって? サフィールの方がどうかしてるよ! どうしてこんなひどいことをするの!? レオンのときは、間違えたって言ったじゃん!」


「間違えたというのは、野生の動物だと思ったということで、普段から獣を狩っている。イリゼだって、森の中で過ごしているならそうするだろう?」


「そんなことしない! 動物たちと一緒に遊ぶこともある。友達の命を奪うようなことをするわけない」


「……ちょっと待て、イリゼ。では普段の食事はどうしているんだ。まさか、何も食べていないというわけではないはずだ」


「普段は、山菜とか魚を食べてる。それで十分だよ」


「イリゼは、肉を食べたことがないのか」


「レオンと一緒に暮らしているのに、食べようなんて思うわけない」


「それは、もったいないな」


「はぁっ?」


「肉はいいぞ。焼いてもいいし、煮込んでもいい。獣によって食感も味も違う。素材が生きる料理も変わってくる。色々な楽しみ方があるんだ」


「そんな楽しみ、いらない。そんなことを言うために来たの?」


 イリゼの声質が、また一つ下がった。このままでは計画を実行できなくなってしまう。


「イリゼは、食べたことがないからそんな気持ちになるんだ。一度食べてみるといい。酒場で出される料理はどれも絶品だぞ」


 生活環境の違いは、どれだけ必死に訴えたところですぐには変えられない。ではせめて、試してみるのはどうかと提案した。


「あっそ」


 冷めた声を出して行ってしまうイリゼの腕を引く。


「待ってくれ」


「離して!」


 ここで離してしまうと、もう口も聞いてくれないと思い、咄嗟に抱き締めた。イリゼが持っていた鴨が落ちる。腕の中でもがくイリゼの耳元へ、顔を近づけた。


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