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森守り姫と狩人王子の仮婚約  作者: いとう 縁凛
第二章 狩人王子の仕事
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15

「報告します。オネット商会、両替商、ユージィに硬貨のことを知らせてきました。街の人には噂が流れないよう注意してほしいと伝えました」


「そうか、ご苦労であった」


「今後はいかがいたしましょう? 今は新年を控えている時期で出入りする人が多い。今回の証言は、宝石商という、流通硬貨に触れる機会が多い人間からでした。気のせいだと一蹴できるものではありません」


「その通りだ。今の時期であれば、普段より金が動いている。しかし、それでは恐らく首謀者をあぶり出せないだろう。何か新しい行事を行えれば、もしかしたら出回りやすくなるかもしれないが」


「新年まであと一ヶ月ほどです。皆忙しく動いている時期に、行事を増やすと言っても……」


 王と二人、名案が浮かばずに悩んでいると、こちらの様子を窺うように扉が叩かれた。その音は王族が出入りする場所からで、王の許可を得て扉を開ける。


「母上。どうされたのですか」


「一つ提案があって伺ったのですけれど……申し訳ありません。お話を聞いてしまいましたわ」


「いや、いい。して、提案とは?」


 王の問いに、一礼して王妃が近づく。


「わたくしの個人的な考えで、ある女性とお近づきになりたいと思っていたのですけれど……もしかしたら、それが事態解決への糸口になるかもしれません」


「それは是非とも伺いたい。男二人では何も浮かばんのだ。ジュネス、そなたの考えを申してみよ」


「はい、申し上げます。第二王子、サフィールの婚約を発表すれば、街全体で祝福する雰囲気となり、お金が出回りやすくなるのではないでしょうか」


「は、母上っ? いきなり何をおっしゃるのですか! 俺にはそんな相手はいません」


「だから、先に言ったでしょう? 個人的な考えでお近づきになりたい女性がいると」


「母上が近づきたいご婦人と、俺が婚約するということですか」


「いいえ。正しく表現するのなら、お近づきになりたい女性のお孫さんと婚約してほしいの」


「は? ま、孫?」


「そう! わたくしを初めとして、女の子達のほとんどがその方に憧れているのよ! 女性として完璧な体つきなのに、それを鼻にかけない。どれだけお声がかかっても、一途に一人を愛するその姿勢! どれをとっても尊敬に値するわ!」


 --母上は昔から自由だ。しかし謁見の間や公の場では、王妃という立場をわきまえていた。その母上が、ここまで感情を昂ぶらせるなんて……会いたいご婦人とは、どんな人なんだ。


 両手を組み、恍惚とした表情で天を仰ぐジュネスは、今にも謁見の間を飛び出して行きそうである。


「ジュネスにそこまで言わせるなんて、よっぽど素晴らしい方なんだろうね。一体、どこのどなたなんだい?」


「緑髪の美脚魔女、ウルチーモ様ですわ」


「ちょ、ちょっと待って下さい。母上、緑髪ということはもしかして、その方の孫というのは……」


「サフィールなら、もう察しているでしょう? そう、かの有名な緑髪の美脚魔女の孫、イリゼちゃんよ!」


「母上。余りにも話が唐突すぎます。なぜイリゼなのですか」


 サフィールの抗議の声に、ジュネスは何でも知っていると言わんばかりの顔をする。満面の笑みを浮かべているときは、大抵のことは押し通されてしまう。


「サフィール。わたくしの情報網を甘くみてはいけません。ちゃーんと、知っているのですよ。あなたがイリゼちゃんを気にかけているということは」


「な、なぜそのようなことを……」


「つい先日、あなたは周囲の目も憚らず、イリゼちゃんを追いかけたそうじゃない。皆、口々に言っていたわよ? あの、サフィール王子に春が来たって」


「あのって何ですか。ただ、今までそれと思う相手がいなかっただけです。確かに、街中で追いかけたことは事実です。しかしそれは母上が望んでいるようなことではなく、ただイリゼと話をしたかっただけで……」


「あら、まだとぼけるつもり? あなたに想いを寄せる女の子達が悲しんでいたわよ。いつかサフィール様に抱き上げてもらうことが夢だったのに、と」


「俺に想いを寄せるご婦人がいるというのは、初耳です」


「サフィール……あなたはもう少し、周りに目を向けておきなさい。仮にも、次の王となるのですから」


「お、俺は常に街を見回りして、皆の顔を見ています。体調が優れないなら心配し、売り切れなかった品物を買うことだってあります」


「わたくしが言いたいのは、そういうことではありません。人の機微にもっと敏感になりなさいということです」


「それは、十分わかっているつもりです」


「いいえ、あなたはわかっていないわ。サフィール、あなたはよく、物を頂くでしょう? それを渡すときの彼女たちは、どんな顔をしていたかしら? 緊張していたでしょう?」


「そうですね。ただ渡すだけなのに体の強ばりを感じました。顔を赤らめているご婦人も多く、体調を崩さないよう注意しています」


「違うわ、もっと心の奥を見るの。彼女たちは、どうしてあなたを前にして顔を赤らめたと思う?」


「だからそれは、たまたま体調を崩していたからでしょう」


「あなたのその鈍感さは、魅力の一つかもしれない。けれど、毎回そんな顔を見せられていて、本当に何も思わないのかしら。……まあ、あの子達はあなたに受け取ってもらえたというだけで、満足しているようだけれど……」


「母上。今は俺の鈍さが問題ではないと思います。なぜイリゼを抱き上げただけで悲しむ女性がいるかということです」


「……なぜだと思う? 逆に聞きたいわ。なぜイリゼちゃんを抱き上げたの? 他の誰にも、そんなことはしたことがなかったでしょう?」


「そ、それは……イリゼが、裸足で危ないから、仕立屋へ行こうと思っただけで、特に深い意味はありません」


「あら、そうなの? ではなぜ、初めて街に現れたイリゼちゃんのことを、さも当然のように知っていたのかしら」


「それは、狩りに出かけたときに、ノール森林で出会ったんです」


「サフィール。わたくしはあなたの母です。子供の性格はわかっているつもりです。例え街以外の場所で会っていたとしても、興味がなければ気にもとめないはずよ。そんなあなたが、注目を集めることがわかりきっている状況で行動した。それだけで、イリゼちゃんに対して特別な想いを抱いているとわかるの」


「と、特別な想い、とは……」


「あなたはね、例え森だろうが街だろうが、どこでだって、興味がない相手には必要最低限しか接触しようとしないのよ! まあ、その最低限のことが、女の子達の感情をより昂ぶらせているのだけれど……」


「そんな不埒なことはした覚えがありません」


「男が女を守るもの。それを実行するのはいいわ。むしろ推奨する。けれど、必要以上に相手の目を真っ直ぐ見たり、危険が及ばないように一歩先の配慮をするのは、彼女達にもしかしたらと期待を持たせてしまうわ」


「誰かと話すときに目を見て話すのも、危険が及ばないように気を遣うのも当然です。何がいけないのかわかりません」


「だからそれは……いいえ、話がそれてしまったわね。要約すると、あなたはイリゼちゃんのことを他の誰よりも気にかけているということよ」


「全く意味がわかりません」


「わたくしの言葉が正しかったと気づくときが、いずれやってくるでしょう」


「そんなときは……」


 ジュネスは息子との会話を断ち切り、王へ視線を移す。


「今、街中では第二王子に春が来たと大騒ぎしています。この機を逃す手はありません。第二王子がいつもと違う行動をしたのはこういうことだったのかと、皆納得すると思います」


「納得しません! 第一、婚約発表をするというのなら、兄上が先のはずです」


「いかがでしょうか。サフィールとイリゼちゃんの婚約を発表して、浮き立った気持ちになってもらって、お金を回していただくというのは」


「母上!」


 ジュネスは訴えを聞かず、王と話す。抗議する声が届かないのは、サフィールが幼少の頃からよくあった。しかしそれは、あくまでもサフィール個人にだけ関わること。今回の話は、イリゼという他人が重要な役割を持ってしまっている。


 呼びかけると、ようやくジュネスは視線を戻してきた。


「通常であれば、年長の者からそういった発表をしていくのでしょう。お見合いのことも、話があるとその都度伝えているの。ですがオパルは、自由に生きたいから結婚して束縛されたくないと公言しています。であるならば、王位を継ぐサフィールの婚約を発表しても、何ら問題はありません」


「ルビは、まだまだお嫁には出したくないからねえ」


「そういうことです」


「どういうことですか! 妹のルビがまだ嫁ぐ年齢でないというのなら、イリゼだってそう変わらない。年が離れすぎています」


「その点は、何も問題はないわ。イリゼちゃん、十六ですもの」


「じゅ、十六っ? 四つしか違わないのですか」


「そうよー。さすがは、緑髪の美脚魔女のお孫さんだわ。きっと体の組織細胞から違うのね。あの実年齢よりも若く見える肌を、わたくしも見習いたいものだわ」


「ジュネスは、出会ったときからずっと綺麗だよ」


「あら、ありがとうございます」


 途中で遮らなければ、いつまでも二人で話し続けてしまう両親の仲の良さは承知している。だから、強めの口調でもう一度抗議の声を上げた。


「婚約の話は、ヒューツニビレーを救うためなら致し方ありません。ですが、これは俺だけの問題ではありません。イリゼには、話が通っているのですか? 通していませんよね? もしそんな話が出ているのであれば、イリゼの態度は違うはずです」


「あら、何を言っているのサフィール。二人の婚約は、地域同士の結びつきを強固にするためのものではないのよ。親がどうこうするものではないわ。あなた自身が、イリゼちゃんに申し込むに決まっているじゃない」


「はい?」


「でもそうね、サフィールの普通ならざる行動は知れ渡っているけれど、急に発表すると、サフィール派の子達が倒れてしまうかもしれないわね。もっとイリゼちゃんとの仲が周知の事実になったら発表しましょう。それまでに、きちんと事を進めておくのよ?」


「……無駄な質問だと思いますが、伺います。俺に拒否する権利はあるのでしょうか」


「あるわけないじゃない。ヒューツニビレーの一大事なのよ? 次期王が治めることに、何の不満があるのかしら」


「……了解しました」


 母の言うことは絶対。幼少の頃より叩き込まれているサフィールは、それ以上反発することはできなかった。


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