表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森守り姫と狩人王子の仮婚約  作者: いとう 縁凛
序章
1/52

序章

 ゴォォッと勢いよく滝が流れている。滝壺からは霧状になった水が虹を作っていた。そこから川下へ行くと、何匹か魚が泳いでいる。


 流れに向かって泳ぐ魚の習性を利用し、先を窄めてあるものと、出口がない籠を重ねているものを仕掛けておいた。蔓で編んでいるから適度に隙間が空いていて、そこから水は流れていく。だから魚も不審がらずに、激流を和らげるような籠へ入る。しかし習性があるために背後には戻れない。


「今日は五匹か。いい感じ」


 川に映る緑の横髪を耳にかけた少女は、川底の小石で止めていた籠ごと持ち上げて、森の中にある自宅へ向かう。ぽたぽたと滴を落としながら向かった先は、祖母と暮らす手作りの家。


 土に枯れ草を混ぜ、強度を上げた土壁と、水を弾く大きな葉をまとめて屋根にしてある。家の基礎となっている骨組みの木も、蔓で縛ってあった。家の作り方を知っていると、壁の土が欠けてもすぐに補強できる。


 本日の昼食を準備するため、魚の口から背びれの下辺りまで尖った枝を刺す。収穫分全ての作業が終わる頃、コツコツと音を鳴らして、太めの木で作った杖をつきながら、祖母がやってきた。


「あっ、おばば! 今日は五匹だよ。三匹もらっていい?」


「イリゼや。お前は、いくつになったかね」


「ん? 十歳ぐらいじゃないの? わたしよりおばばの方が詳しいでしょ。お母さんの代わりに育ててくれているんだから」


「あの子が遊牧という名の旅に出てから、もうそんなに経つんだね」


「どうしたの、おばば。今日はやけにしんみりとしてるね」


 祖母、ウルチーモが切り株の上に腰を下ろした。魚の準備ができ、イリゼは火起こし作業をしながら聞く。


「お母さんがいなくて寂しくなったの?」


「イリゼもレオナールもいるからね、寂しくはないさ」


「じゃあどうしたの」


 小さな弓の弦を火起こし用の硬い木にかけ、その木の上に滑りを良くするための石を当てた。火起こし棒を動かしやすいように弦を一度ねじる。平たく柔らかい板を棒の下に当てた。板に窪みをつけている部分で弓を左右に動かす。高速で棒を回転させ、木を削る。


 そうして出てきた木くずから煙が出始めた。そうなるとすぐにその木くずを火口ほくちへ移す。燃えやすいように集めておいた枯れ草に、火が移る。息を吹き込みさらに燃やして、薪の上に置いた。


「よしっ。これであとは、この魚を刺した枝を火の側においてっと」


 祖母に教えられ、今では戸惑うことなく火も起こせるようになった。そんなイリゼに、ウルチーモは先を案じるかのような眼差しをを向ける。


「イリゼ。お前はまだ子供だ。老い先短いわたしよりも、長く生きる」


「まあ、そうだよね。それがどうかしたの」


「このまま森で暮らすのは、お前のためにならないと思ってね」


「そんなことないよ。山菜もあるし、魚も取れるし。困ることなんてないもん」


「確かに、一人だって暮らせるだろうけどね。人は、一人じゃ生きられないもんだ」


「おっかしーの。一人で暮らせるのに、一人では生きられないって。どういうこと? まわりくどく言わないでズバッと教えてよ」


「つまりだ。お前にもいずれ伴侶ができるだろうということさ」


「はんりょ? なにそれ」


「生涯をともに過ごす相手さ。そしていずれ子を産み、育てる」


「えー、やだよ。面倒そう」


「まあ、まだ十のお前には早いかもしれないが、森以外のことを知っておくべきだ。また川へ籠を仕掛けに行くだろう? そうしたらその魚を街にいるオネットへ持って行きなさい」


「お父さんのところに? んー、だったらまだ楽そうでいいかな」


 ウルチーモと話している間に魚に火が通り、二つを祖母へ渡す。そしてイリゼは三つ食べた。




 翌日。


 祖母の言いつけの通り街へ向かう。街の入口に一番近い川下の籠を水から上げた。今日の収穫は七匹。籠を抱き上げて門へ向かう。過去最高の重さに、さすがに足下がふらつく。籠から落ちる滴に服も足も濡れてしまうが、素足だからしっかりと踏みしめることができる。


 ようやく門をくぐろうという距離まで来たとき、中から髪を剃り上げている男が出てきた。左目には、大きな傷がある。イリゼに気がついた様子の男は、にっこりと微笑みながら近づいてきた。そしてイリゼに視線を合わせるように腰をかがめる。


「よう、お嬢ちゃん。街へ行くのか」


「そうだよ。魚を渡すの」


「渡す? 売るってことか」


「わかんない。お父さんに持って行くの」


「そうか。頼まれたんだな」


「ちがうよ。おばばに行けって言われただけ」


「おばば? はっはーん、なるほどね。お嬢ちゃんに社会勉強をさせようってことだな。お父さんっていうのは、どっかの店を開いてんのか」


「たぶん。時々色々なものを持ってきてくれる」


「ふぅーん、そうか。たぶんそのおばばの考えは、お嬢ちゃんに金を使う練習をさせようってことだな。だったらわざわざ中まで入らなくてもいいんじゃねぇか。おれが代わりをしてやるよ」


「代わり?」


 質問すると、男は腰に下げていた布袋から数枚の硬貨を取り出した。そして地べたに並べる。


「いいか、お嬢ちゃん。これは街で使える金だ。種類はいくつかあって、使える価値ごとに絵柄が違う。国がのびのびと成長するようにと願いを込められた若木が、一番低い。一モネだ。国でよく取れる小麦が描いてある硬貨の価値は五モネ、みたいにな」


「すごい! おじさん何でも知ってるんだ」


「よく知らない土地へ行くことが多いんだ。そのときに、その地域の硬貨を記念に持ち帰る。それを集めるのが好きで、そのついでにその地域の歴史を調べるんだ」


「おじさん、旅人なの? お母さんと同じだ」


「なんだ、母親は旅してんのか? だからおばばに育てられてるんだな」


「そう。わたしは別に今のままでいいのに、森での生活以外も知っておけって。面倒くさいよね」


「まあ、親心ならぬ婆心ってやつなんだろ。で、お嬢ちゃんは何を売ろうとしていたんだ」


「魚だよ」


 先が窄まっている籠を取り、中身を見せる。少し時間が経ってしまったせいで、元気がない。時折跳ねる程度になっている。


「魚か。こいつは新鮮さが重要だな。どれ、おれが見てやろう」


 男が籠を覗き、一匹取り上げる。こりゃ駄目だと言うように、左手を額に当てた。


「相当時間が経ってるな。これだと、せいぜい十モネぐらいか」


「全部で七匹いるよ」


「じゃあ、七十モネだな」


「すごい! そんなにもらえるんだ!」


 言われた金額に興奮していると、男が布袋から十と描かれた硬貨を取り出す。


「これはすごいんだぞ? ほら、この硬貨に描かれている絵を見て見ろよ」


 言われるまま、十モネの絵を見る。男はイリゼによくわかるように、街を背後に硬貨を持つ。


「あっ! 街が描かれている!」


「そうだ。ほら、他の硬貨と比べてみろ。果実だったり花だったりするよりも立派に見えるだろ」


「うん!」


「お嬢ちゃんにとって初めての金だ。大事にするんだぞ」


「ありがとう! 籠はまた作れるから、そのまま持って行っていいよ」


「悪いな」


 男から十モネ硬貨を七枚受け取る。それを胸元で抱きしめ、ウルチーモのところへ戻った。


「ねえ、聞いて! おばば!」


 戻ってから無事にやり遂げた報告と、男から聞いた情報を自慢げに話した。すると、褒めてくれると思った祖母は盛大なため息をこぼす。


「いくら少し時間が経っているって言ったって、まだ生きている魚が一匹十モネなわけあるかい。お前はその男に騙されたんだよ」


「えー、そんなことないよー」


「……まあ、今回の目的は、物がお金になると知ることだから、これはこれでいいのかね」


「なんでおばばが落ち込んでるの」


 何もわかっていないイリゼを見て、ウルチーモはまた大きなため息をついた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ