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散り際の桜と蕾の向日葵  作者: 黄昏の罅
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2、私をその名に縛る者。

誰もいなくなって五百年がたったとある精霊の集落。そこに一人のとても美しい女精霊が再び生まれ落ちた。


イリューシャは笑った。狂ったように紅い月の下で笑っていた。

五百年前の事だろうと関係なんてない。自分は眠っていた故に昨日の事のように思い出すことが出来るのだ。


精霊は転生と同時に感情を整理する。そうすることで苦しみや悲しみを背負いながら永遠を生きていくことが出来るのだ。


十七歳程の外見になったイリューシャは高校生の頃の記憶を少し思い出しながら軽く体を動かしてみていた。

誰もいない廃れた集落をゆっくりとくまなく歩き回り、村長宅から見つけた動きやすい森人のドレスとローブを羽織る。

そして、そばにあった口元以外を覆い隠す仮面を付けると自嘲した。



こんな仮面で過去を隠せるのか、薄っぺらい狂った私を覆い隠す事が出来るのか、本質なんて変わらないとわかっていても、道具に頼って面だけでも取り繕いたいのだ、と。



濡れた亜麻色の長髪を組紐を使って下の方で結い魔法使いのような黒に銀の装飾が施された帽子を被ると右手の肘までを覆い隠す黒い手袋を嵌める。

指は出るタイプだから細かい作業をする時にも外す必要は無い。


代々神精霊に伝わって来ていたリヴァエレという可変武器を神殿から持ち出して杖型にして片手に持つ。

もう使う人はいないし、使える人はイリューシャしかいないのだから何の問題もないのだろう。


それに元々その武器は神精霊の正当な王族のイリューシャが後継者だったのでそれが少し早まったと思えばいい。


サイズといい使い勝手といい、初めて触れたとは思えないほど手に馴染むリヴァエレを眺めながら懐かしさに襲われる。

もしかしたら、私に肉体を譲った『イリューシャ』はこの杖に触れたことが、かつて使っていたことがあったのかもしれない。



『イリューシャ』は正しく神精霊の姫巫女であったし、その力も強大であった。

神精霊の長が代替わりすれば次の王になるのは間違いなく『イリューシャ』であっただろうし、そのように教育を受けてきていた。

それは、イリューシャが『イリューシャ』となった今でも変わりはしないが、性格とは変化するもの。


大人しく優雅な『イリューシャ』とは違い、旅や戦闘が割と好きで活発なイリューシャでは違うのも当たり前。

突然性格が変わるのは精霊ではよくある事だから気にはされないが、それまでとは連む人が大きく変わる。


例えば、王家に取り入りたい、もしくはその当時既に王家と繋がりの強い人達にとっては、王族の記憶の上塗りは忌避すべきことであり、危険なことであった。


逆に王族との繋がりが薄かったり、または全くなかったりする者達にとって記憶の上塗りとは最大のチャンスであった。

無垢でいて無知な、真っ白いキャンパスを自分好みの好きな色に、傀儡色に染め上げれば事実上の王になることが出来るからだ。



『イリューシャ』がなぜ上塗りをしたのかは誰にもわからなかったが、精霊とは気まぐれでいて自由なもの。

誰がなんと言おうとも、例え親であろうとも何人たりともその行動を縛っていいものは存在しないのだ。


それが、精霊達の根本にある考え方で本能に近い、感覚のようなものだった。



狂った男とイリューシャを襲った男達はイレギュラーであり全くの予想外だったのだ。

それ程までにイリューシャは美しく、愛され、執着されていた。

イリューシャが活発になった故に起きてしまった事件とも言えるが、精霊域にて起こることは全てが『予定調和』であるとも言われている。


本当に全ての出来事が予定調和であるのか、その真実は誰にも、それこそ神にしかわからないことだ。


もしも、この殺戮すらも予定調和であったならば私は神を殺すだろう。どれだけ過酷な道のりでも、どれだけ辛い戦いでも、この命を賭けてでもソレを殺すのだろう。とイリューシャは思う。


前世の記憶を持つイリューシャだからこそ、通常の精霊達よりもずっと深く家族を愛し、心の底から大切にした。

そしてそんな健気でいて正直なイリューシャに家族も溢れんばかりの優しい愛を送り続けていたのだ。


転生と同時に思考と記憶が整理されてしまったせいか随分と落ち着いた思考を出来るようになってはいる。


それでも家族を愛した気持ち、それを奪った悪魔のような男への殺意、その悪魔が、かつての友であったことの

愛した人であったことの、その暴走を止められなかった事の懺悔は、すぐに思い出されてしまう。


イリューシャは思う。

きっと私は結婚なんかで幸せになれないと、楽しむ事は出来ても心の底から許されることは無いのだと思う。

この身を復讐に捧げてその命を呆気なく、儚く散らすのだろうと。


何方かと言えば諦めに近いような考えだが、その事を当然と思い笑える程度にはイリューシャもまた、狂ってしまっているのだろう。



結婚前夜という時に無理やり犯され、愛した者は狂い、その者に殺され愛した家族を失い、集落も、仲間も、それどころが同族すらもういなくなり

終わりのない時を過ごさなければいけなくなってしまった。

目の前で死んだ家族を忘れることは出来ないのだ、きっと、一生。


それは人間としては当然であり、精霊としてはとてつもなく異常な考え方。

イリューシャは精霊だ。

いくら人間の記憶があるとはいえ、もう完全なる神精霊なのだ。

辛いならば塗り替えればいい。全て忘れてしまえばいい。

そうして精霊は生きていくものなのだから。

どうしても復讐を成したいならば、それに合った記憶の持ち主を見つけて上塗りして復讐をしてもらえばいい。


ならば、なぜ?







黄昏時に、声が囁く。


《忘れなさい。全て忘れてしまいなさい。

其方には成すべきことがある。

そんな復讐に駆られている暇などなければもう時間もない、そんな事其方も分かっているでしょう。

急ぎなさい。其方は救わねばならない。

いくら憎きとも感情を捨てて強き心で成さねばならぬ。

見ず知らずの人々を、この、悪意に満ちた醜き世界を救う為に。》



頭の中に響く声。イリューシャはその正体を知っている。

でも、知らないふりを続けなくてはならない。知ってしまったのならば、イリューシャは何を恨めば良いのだろう。

この怒りと、殺意と、後悔を、誰にぶつければ良いのだろうか。


(だから私は、何も知らない。まだ、知らなくていい。お願いだからもう少しだけ、無知でいさせて。

──『******』、その時に私は役目を果たしましょう。だからまだ何も知らない******でいさせて……)










イリューシャは食料と雑貨、大切な、持っていきたいものをを無限に近い容量の魔法であるアイテムボックスにしまい込んで周りを見渡す。

ここに戻ってくるのは、イリューシャが再び死んだ時か、もしくはもう二度と無いのだろう。



「さようなら。行ってきます。お母さん、お父さん。

賢さと優しさを兼ね備えた偉大にして民に愛された帝と女王であったあなた方を私は心より誇りに思います。

イリューシャ・レガレヴェスタ、この名に誓いその仇をとります。

そしてその名の意味の通り、桜の散り際すら何よりも美しくありましょう。

私は誰にも縛られない。その誓を犯すことをどうかお許しください。

私は貴方達の愛と、あの男の、*******の激情に縛られ続けるのだから」




イリューシャは旅立った。

神精霊の集落を、神精霊の集落であった場所を離れた。

初めての外に、初めての冒険に。緊張はあるけれど怖くはなかった。


冒険に心は踊る。復讐するまで、再び会うまではこの生を楽しめばいい。

そうして切り替えて考えることに精霊は特化しているのだ。

イリューシャは気楽に考えている。すくなくとも外面だけはそう取り繕って笑みを浮かべる。


あの男を目の前にするまで、この憎悪は閉まっておけばいい。




でも、ふとみた時に足元の水溜りの水面に映る綺麗な青い瞳を見ても、イリューシャは昔のように嬉しくはなれなかった。





理由は、分からなかったけれど。

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