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散り際の桜と蕾の向日葵  作者: 黄昏の罅
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1、精霊の里の終末











「あはははっ、許さない、ユルサナイ、ゆるさない、赦サナイ!

お前は、私が、私の手で絶対に殺す!自ら死を望むような苦痛を与えて地獄の底に突き落としてやる。楽しみにしていろよ!

嗚呼、友よ!恨めしき悪友よ!

お前が私を殺したように私もお前を殺そうじゃないか!

死ぬなよ!我等が再び垣間見えるまで!!」



そう言うと、イリューシャは心臓に剣を突き立てられながらも不敵に笑い目の前の男の、かつては友であった男の首をきつく、きつく締め上げて苦しげなため息を一つついた。


十年以上に及ぶとても長い戦闘の末にお互いもう立つのもやっとな程消耗していた為、相手から大きな抵抗は返ってこなかった。

しかし時間の無いイリューシャにはとどめを刺すことが出来るほどの力は残っていない。


イリューシャはぎりぎりと爪痕を深く残すように魔力を込めながら傷を付けていく。

爪と魔力で開かれた痛々しい傷口から男の魔力がじわじわと滲み出てきて、それがイリューシャの腕にあたる。

その当たった指先からゆっくりと侵食していくように赤い紋様がどんどん広がっていく。



「ははっ、そうか、それならば俺を恨め、イリューシャ。そしてその憎悪を、復讐心を忘れずに俺を探し出せ。

だから、悲しい時、幸せな時、どんな時だって、お前の心の中に俺がいればいい。

歪んでいるのは、解っている、知っているさ。全てを殺してでもお前を手に入れたいのだから。」



そうして力尽きつつあるイリューシャの腕を愛おしそうに撫でると笑った。



「いい、とてもいいじゃあないか。お前の腕に刻まれた紅き神蝕紋は決して消えぬ、お前には決して消せぬ俺の証だ。

そして、お前が魔力と殺意、憎悪を乗せてその指で深く俺の首に刻み込んだその神蝕紋もまたお前が決して俺を忘れぬという誓いのようで心地が良い。

いつまでも待ち続けよう、逃げ続けてやろう。イリューシャの手で殺されるならばまた死後の世界でも出会えそうでいいな。」



イリューシャは恨めしそうに自らの右腕の肘程まで侵食してきていた紅い神蝕紋を睨むと、木にもたれかかり満足気な表情でこちらを見やる男を睥睨する。


それすらも男を囃し立てるものでしかないという事は当然分かってはいるが、残念ながらもう出来ることも、時間もない。


そもそも、心臓に剣を突き立てられながらここまで動くことが出来ていたイリューシャが異常であり特殊なのだ。


消えゆく意識の中にイリューシャは、男の首に刻み込んだ自らの黒い神蝕紋をその目に、その脳裏に、しっかりと焼き付けた。






男は、最後まで笑ってイリューシャを見届けていた。



































この日、精霊域の数少ない集落のうちの一つが消え去った。

精霊域にすらたった一つしかないとても力の強い神精霊の集落だった為、精霊達にも、人間達にも衝撃的な事だったのだ。


調査の結果、剣のような刃物で惨殺された精霊達の骸があちこちの家に散らばっていた事から『同族による殺害』だと判明した。

精霊に物理攻撃を当てることが出来るのは、それで殺す事が出来るのは、同じ精霊に属する者達のみなのだ。


神蝕紋とは強い感情を持ち放たれた膨大で高濃度の魔力が別の魔力と混ざり皮膚に触れた事で起こる共鳴現象の事だ。

この共鳴現象が起こるためには、気の遠くなるような莫大な量と濃度の魔力を必要とする為に、それこそハイエルフや精霊族の者の中でも一部にしか現れないような代物だ。


神蝕紋は乗せられた感情に起因する色を持つ。

例えば、赤ならば恋、愛情、恋慕、情愛、嫉妬、愛憎、独占欲……と言った恋や愛に起因した感情。

例えば、黒ならば恨み、殺意、狂気、憎悪、猜疑心、復讐心……と言った暗く深い闇のような黒い想いに起因した感情。

一人よりも恐ろしく長い時を生きる精霊だからこそ、それに伴い感情も大きくなってしまうことがある。

それ故に神蝕紋は長命種にあることが多いのかもしれない。



精霊と言っても本質はエルフに似たようなもので、強いて言うならばエルフよりも排他的で魔法に精通しているという感じだ。

あとは、異界の記憶を持つものや別の生き物だった前世の記憶を持つ者も少なくは無いという点だろうか。


精霊域の外に出て人間界に馴染んでいる者も少なからず存在するし、その間にお気に入りの人間を見つけて永住を決意するものだっている。

魔力を供給して貰えるという利点から呼び出されれば精霊域の外の世界で人間の手伝いをしなくてはいけないというところを差し引いたとしても、ある程度は手間だ。

それでも人間と契約する者も決して多くは無いが、どの時代にも一定数は存在している。

この点はエルフも精霊もたいして変わらない。


最も大きく違う点をあげるとするならば、基本的に精霊とは半不死にして不滅の存在だということだろうか。

例え死んでしまったとしても長い時をかけて集落の黄泉帰りの泉に肉体が構築されて記憶を完全に残したままで転生するのだ。

欠点といえば肉体が若返ってしまうことくらいだろうか。


死の恐怖と寿命では終わらずに繰り返し続ける永遠に狂ってしまわないで済むように、精霊はたまに記憶を適当なところから引っ張ってきて上塗りしたりする。

それが異界の記憶や別の生き物だった記憶を自分に合わせることで自分の自我を消し、その記憶の持ち主に肉体を譲るのだ。



精霊にとっての死とは二つある。記憶の上塗りとはもう一つは。


『同族殺し』


同族殺しというのは精霊の中で最も重い禁忌とされている大罪だ。

上位精霊が生み出す精霊武器をその精霊が使役して他の精霊を殺した場合、その精霊の魂は消滅してしまうのだ。


一人でも悪意を持って殺してしまったならば、同族殺しの大罪を犯してしまったのならば残るは処刑の道のみだろう。



イリューシャは、イリューシャだけは精霊武器ではなく普通の剣で殺された。

だから、イリューシャは時間をかけてたった一人で泉に還るのだ。

もう、誰一人いない集落にもう一度生まれ落ちるのだ。


イリューシャには前世に日本で学生をしていた記憶があった。

だからこそ外に興味があったが家族からどんなに人間は恐ろしいかを聞かされていたのでそんな事口に出せなかった。

でも、幸せでとても優しい家族だったから困らせたくはなかったし何よりイリューシャ自身も幸せだった。


あの、あの男が狂ってしまう時が来るまでは、とても幸せだったのだ。

その男はイリューシャと同じ時に同じ世界の記憶を持ち転生してきた、精霊域のいわゆる幼馴染みに当たる人間だ。


同郷の記憶を持つ彼らは出会った後、すぐに意気投合してとても仲良くなった。

そして、それからしばらくして二人は婚約を結ぶ事になった。

それからも二人は特に変わることなく仲良く過ごしていたのだ。


イリューシャが五百歳になった頃だった。二人は正式に結婚することになった。

当然男は物凄く喜んだし、イリューシャもとても幸せそうに喜んでいた。


式の日の前日の夜ことだった。

村でも一二を争う程見目麗しいイリューシャが人の者になると知った集落の男の一部が無理やりイリューシャを襲ったのだ。

その苦痛に耐えられなかったイリューシャは自ら命を絶ってしまった。


二人は一度も死んだことが無かった。故に長い時を別れて過ごしたこともなかった。

男は狂ってしまった。

イリューシャと別れて過ごした長い時の中で彼女を襲った男達への殺意が抑えきれなくなっていたのだ。


そして、三百という長い時を掛けて泉に輪廻転生したイリューシャの感情は、襲われた時の恐怖と自殺をしたという事実でおかしくなってしまっていた。

男を見たイリューシャの瞳には何処までも暗い闇が蠢いていた。

それを見た、見てしまった男はとうとう完全に壊れてしまったのだ。


狂った男はまず始めにイリューシャを襲った男達を全員殺した。

その次にイリューシャを襲った男達に気が付かなかった集落の者達を殺した。

そして最後に、いつも、感情がおかしくなってしまっても尚イリューシャの心のなかの一番深い所にいるイリューシャの家族に当たる人達をイリューシャの目の前で殺した。


それが、神精霊の集落が滅んだ真実。

残った最後の正しき王家の血筋を持つ姫の神精霊イリューシャ。同じく神精霊だったが罪を犯した大罪人の男。


精神世界でイリューシャは眠る。深く深く五百の時を眠り続ける。

肉体が出来るその時まで、耐えるのだ。

きっと再びイリューシャが目覚める頃にはもうイリューシャを知る者はいないだろう。

精霊にはよくある事だ。だから精霊達はそういった者達をこう呼ぶのだ。





『忘れ死人』と。

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