8:クロスチェンジ
夢だ、夢の中に居る。火の学び舎に入学した頃の自分が、右も左もわからず建物の前で固まっていた時の夢だ。ここで親友と出会い、そして初恋の相手と出会ったんだっけか。それにしても……。
「静かだ、確かもっと人通りの多い場所だったはずなのに」
記憶では、人混みに揉まれながら扉を叩く勇気がなかなか持てず数分間棒立ちになっていたはずだ。それがどうだ、周囲には人っ子一人いないのだ。しばらく、夢の中で棒立ちになるが親友も現れることも無く、初恋の相手すら現れない。
「一体この夢は何を……」
寂しさに包まれ、気が付いたら扉を何度も何度も叩くも無反応。これじゃ、まるで世界に俺一人しか居ないかのような……。途端、扉を叩く手に力が入らなくなる。
「ぐ、ぐぐ……」
苦しい、助けて、誰か、誰かっ!?
眠りから解放された俺は、低い天井を見つめながら動かない体に冷や汗を流す。
「はぁ、はぁ……ひどい夢を見た」
力が入らず、起き上がることもままならない。睡眠をとれば多少は魔素が戻ると思ったが、戻るどころか元々僅かしか残っていない魔力が根こそぎ無くなったかのように、消耗していた。
「ウトゥ、なぁ、ウトゥ?」
反応がない。俺の魔力が無いから姿も表せないのだろう、フルーツリヴァイヴになる果実を探し出して最低限回復せねばと、再び力が入らぬ体に鞭打ってのっそりと起き上がる。
「あっ、おはよー!」
「て、居たのかよ!」
思わず突っ込みを入れる。何気に俺より元気そうなウトゥが拠点の屋根裏から顔を覗かせる。髪の毛が重力に引っ張られ、自分の顔なのに女性っぽくみえてしまうのが恨めしい。
「へへへー、早く起きてきなよー」
「何だよ、やけに機嫌がいいじゃねぇか。俺の気も知らねぇで」
上手く力が入らないが、全く動けないわけではない。這いずるように拠点から出ると、ガクつく膝に手をやり、立ち上がって見せる。本来であれば、ここまで魔力貯蔵庫が空に近い状況が続けば人間、絶命するものなのだがナイトゥの才覚がギリギリの魔力のやりくいを実現させ、絶命には至っていなかった。
「なっ」
そんな俺の苦労を知ってか知らずか、ウトゥの姿を見た瞬間頭が空っぽになってしまった。
「どう? 似合うでしょう! ピンク色のミニスカートは渾身の出来だと確信してるわ! そしてこの服、どう? 似合ってる? 白のブラウスにナイトゥの好きなデニムジャケットで合わせてみたの!」
「オマ……」
「でもナイトゥも変わってるわよねぇ? デニムとかジーパンが好きだなんて。男の子なら、もっと鎧とか防御力浪漫とか、そういうのが好きそうなんだけどなー?」
「オマエ……」
「ん? どうしたのナイトゥ? そんなに震えて、そんなに好みの服装だったかしら!」
震えているのはそんな思いからではない、決していない。
「ウトゥ、お前! その服どーしたっ!? 昨日俺の魔力から創ったワンピースはどうしたんだよっ!?」
「あれ? あれもいつでも着替えできるわよ! あっ、でも乙女の着替えを覗いちゃダメだよナイトゥ?」
「そういう意味じゃなくて、いや、そもそもお前は俺自身であって乙女じゃねーだろうがっ」
突っ込みはそこではない、そこではないんだウトゥ。
「なぁ? 俺がどんな思いで目を覚ましたかわかるか!? 早く魔力を補充しなきゃ絶命するかという想いで、不安な気持ちを隠しつつ起きたらどうだよ!? 俺の魔力を根こそぎもっていって服を創っただと!?」
「あ、あははー。そんなに怒るとは思わなかったからさ? 私はナイトゥが喜ぶかと思って」
「ぐぬぬぬぬ」
握りこぶしを作り、俺は意を決する。
「似合ってる、ぞ」
「あはっ」
ウトゥは俺の為に服を新調したのだ、誰が自身の為にやってくれた好意を咎めることが出来ようか。
「でもな、魔力貯蔵庫が空になる寸前まで魔力を使うってのはいただけねぇなぁ?」
「今出来る最大限のアピールをしたいの、だから私も最大限頑張っておめかしするわ、だから引けないわよ?」
「ったくよぉ、誰に似て強情なんだか」
頬をかきながら、ぐぅと腹の音がなったところで食料調達を開始する必要性があることを思い出す。
「しかし、今日はこの周囲のフルーツリヴァイヴに実がなってないな」
「そうね。あれが実を実らせるのは運だより、それも一日たてば果実が消失しちゃうからね。ここより東へ進めばまだまだあるかもよ、フルーツリヴァイヴ」
未開拓地、東方面。いい加減、果物だけの生活も飽きてきているのだ。こうなりゃ、探索するしかない。
「そうだな。でも問題がある」
「なーに?」
「魔力切れ寸前で、いつでも倒れる自信がある」
「あはは! あんな迷信信じてるの? 魔力が尽きたら命も尽きるってやつ!」
「迷信じゃねーよ! 魔力の補助で体を動かし、更に魔力量が多いやつは身体強化をしている。それも息を吐くのが当たり前かのようにだよ! そこで突然魔力切れを起こしてみろ、どうやって息ってしてたんだろう? どうやって心臓の鼓動を鳴らしていたんだろう? と体が麻痺してそのまま逝ってしまうんだよっ!」
魔力が尽きたとき、人は死ぬ。これはこの世界では常識であるのに、ウトゥは迷信といいやがる。
「でもナイトゥは、現にこうして生きてるじゃない? 迷信だったのよ、きっと」
「ウトゥ、お前は悪魔か!」
「ごめんごめん、でも間違いなく、ナイトゥは一つの壁を超えることが出来るわ」
何勝手に悟ってるんだよ、全く。でも、ウトゥと会話をしている内に自然と足に力が入るようになり、力説出来るくらいまでには体の自由が出来るようになっているのも事実である。
「もうそんな壁とか、そんな細かい事は良いんだよ。まずは生き延びることを考えなきゃだからな」
「そうね、ごめんね?」
「何急に謝ってるんだよ、謝るくらいなら最初から俺の魔力で服なんざつくんじゃねーよ」
「違う違う、これからも頑張ってオシャレしていこうと思うから、宜しくねって意味よ?」
「バーロー」
ウトゥの笑顔を直視できない俺は、東へと歩みを進めるのであった。