5:口の中は黄金色
「さて、まずは何からしたものか」
「本当は理解してるくせにー」
全く、無駄に騒がしい奴だ。まずは雨をしのげる天井の有る小屋を建てたいところなのだが、魔法が使えるわけでも道具があるわけでもないのだ。
「この木くらいなら、伐採が出来るか?」
「イケイケー! やっちゃえナイトゥー!」
茶化されるがまま、精神を統一させた俺は全力で細木に拳を放つ。瞬間、俺は右腕に謎のパワーが集約出来た気になり、インパクトの瞬間悟る。
無理だぁ。
「うおおおおぉおお、いでぇぇぇ」
「アハハー! バッカデーイ、ナイトゥバッカデェーイ!」
「何でおっさんっぽい突っ込みなんだよウトゥ。くぅ、拳がぁぁぁ」
ひりつく拳を見ると、赤く腫れあがった指が痛々しく主張している。中指に至っては切り傷から軽い出血ときたものだ。
「なぁ、消毒液ってないよな?」
「ないねー」
「絆創膏ってないよな?」
「ないねー」
「やばくね?」
「ないねー」
「ておい、話聞き流すなよ! 手負いとておいって突っ込みはかけてねぇからな!」
「わかってるよー。ナイトゥの事じゃなくて、私は今この木の事を考えてるの」
なんだよ全く、ついに木と会話でも始めてしまうのかウトゥよ。そんな俺の心の突っ込みを知る由も無く、真剣な面持ちでウトゥは話し始める。
「この木、それにあの木も……ナイトゥ知ってるよね? これきっとフルーツリヴァイヴだよ、だから……」
「フルーツリヴァイヴ? なんだそれ?」
俺自身の癖に、俺の持つ知識への引き出しアクセスの早いウトゥの言葉に、早くそのフルーツリヴァイヴが何なのか教えて欲しいと腕を組み解説を待つ。
「禁書庫で読んだアレだよアレ! 遠く離れた地の食材を実らせる木だよ、大量の魔素を取り込んだフルーツリヴァイヴは賢者の食木って呼ばれてる幻の木だよ!」
うーん。禁書なんて読んだ記憶はないが、きっとウトゥが言うのならばそうなのだろう。
「確か、この木になる果実は数日に一度実り、実らせてから数時間で枯れ落ちるんだよ。原因は確か魔素不足で維持できなくなるから、だったかな?」
「ん?」
「簡単に言えば、この木がこの島の魔素を食いつぶしてるんだねー」
という事は全て切り倒せば俺の魔力も復活するのか!?
「あっ、ナイトゥ変な事考えてない? この木の価値はナイトゥの命より重いんだからね! それに、この木があったから私達は今こうして」
「はいはい、わかったわかった! 別の方法で拠点作るから。それよりちょっといいか?」
「なーに?」
「その、だな……」
久方ぶりに食事をとり、久しく忘れていた自然現象に股間が疼きだす。一言でいえば放尿がしたい、のだが女の姿をしたウトゥの無邪気なまなざしに言い出しにくい俺である。
「なんで俺が遠慮せにゃいかんのだ……」
「ん、さっきからどうしたのナイトゥ?」
顔を覗き込まれ、余計に言いにくくなったが一度訪れたリミットからは解放されるわけも無く、俺はしぶしぶ答える。
「その、トイレにだな……」
「なぁんだ、私この木の裏に居てるから終わったらまた呼んで」
「お、おう」
思った以上に物わかりの言いウトゥは、ふわりと木の裏側へと移動した。姿が見えなくなるのを確認した俺は、恐る恐る声をかける。
「ウトゥ、そこに居るよな?」
「安心して、私達はずっと一緒だよ」
「お、おう」
気恥ずかしい思いをしながらも、俺は解放されるがために構えるが……。
「むぅ」
「まーだー?」
近くに人がいるとどうにも、解放されそうで解放されないという困った状況に陥ってしまうのだ。だが、構えてから数十秒、やがて訪れるそのタイミングに合わせて事件は起こる。
「うあああああ」
全くの同時であった。まるでウトゥが嫌がらせのためか、仕組んだのだろうか。放物線を描くその先にはウトゥが木をすり抜け無邪気な表情で俺に話しかけようと開いた小さな口が。
「ナイt゛゛゛」
確かに俺を呼ぼうとしいたのであろうウトゥの口は黄金色に輝きを放ち、実体を持たないはずなのに何故か声は濁り、ウトゥは動きを止めただひたすらにすべてが終わるまで固まっていた。
「その、だな? これは事故であって、むしろ被害者は俺な訳で。そうだよ、なぜ俺自身に……くそぅ、くそぅ」
既に俺であり、俺とは言い難い存在まで昇華したウトゥを前に、俺は天を仰いで天気を確認する。
「今日もいい天気、だな!」
「曇りだけどね」
目の輝きを曇らせながらウトゥは静かに突っ込みをいれるのであった。