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21:バーンの木

 気配を消し、彷徨うワイバーンへと徐々に近づいてゆく。胸の鼓動が聞こえてしまわないだろうか、沈まれ俺の心音。


「ねぇナイトゥ、危ないよ? やめよ、戻ろ?」


 ウトゥの心配する声が、警戒していた俺の緊張を刺激する。思わず、ヒッ、と小さな悲鳴をあげてしまう。


「バ、バカッヤロゥ! 思わず……ちっ、手遅れじゃねぇか!」


 彷徨い周囲を調べるかのように徘徊していたワイバーンは、俺の存在に気が付いたのかグルルと喉を鳴らしながら近づいてくる。ただし、俺が知っているような凶暴な動きは一切みせず、ゆっくりとゆっくりと二足歩行をしてくる。対して俺も、ここまでくれば身を隠す必要も感じず正面に姿を現して見せる。


「あっ、ナイトゥ! ダメだって、逃げなきゃ、危険だよぉ」

「ちょっとウトゥは黙ってな? これは俺の心とアイツの心との問題だ」


 俺はワイバーンの瞳を覗くように顔を上げた。そして確信を得る、根拠のない確信。


「なぁ名も知らぬワイバーンよ、お前は俺を喰らいに来たのか?」


 俺の問いに答えるわけも無く、ワイバーンはゆっくりと距離を詰める。後十歩もすれば目と鼻の先、既に鉤爪の射程圏内。跳躍すれば一瞬で俺の体を抉り絶命させるだろう距離。だが、俺は更に問いかける。


「違うよなぁ? ああ、その目は違うな。探しに来たんだろう? ついて来い、導いてやる」


 グルル、と喉を鳴らしながら近づくワイバーンに背を向けると、俺は絶命したワイバーンの眠る場所へと歩みを進める。完全なる隙、だが俺の声に応えるかのようにワイバーンは俺の踏んだ道をついてくるのであった。


「もぅ、無茶しすぎだって……でも」


 ウトゥの小声が聞こえてくる。たぶんウトゥなりの独り言だったのだろうが、俺に丸聞こえである。


「でも、魔物との会話をするなんてまるで魔王みたい」


 魔王、か。一種の人間の職業というべき魔王。人間が所持するには余りにも桁外れな魔力を保持する者の総称でもあり、世界を一人で変える力を持つ者の事だ。人は魔王に支配され、魔物もその想像を絶する力に絶対服従を誓うのである。


 ただ、魔王は孤独な存在。その有り余る奇跡の力の使い道は魔王のみぞ知る世界なわけで、簡単に言えば自由なのである。領土を拡大して好き放題する魔王がいれば、魔物を従える事を好き好んで旅する魔王。色々な魔王が存在する中、大抵は他の魔王とぶつかり合い争い事をしているイメージしかない。


 ぶっちゃけると悪いイメージしかないわけで。


「魔王とかゆな」

「あう、聞こえてた?」

「たりめーだろう」

「震えてる?」

「たりめぇだろぅ……」


 野生のワイバーンに背を向け、歩くなど自殺行為でしかない。なのに、何故俺はこんな無茶な行動に出ているのか。そもそも、言葉が通じている訳も無いのに。


「でもな、何かわかっちまったんだよ」


 そうだ、わかっちまうんだ。この心のざわつきは、大切な人を探すのに必死な思い。今の俺には、そんな他者の心の声が聞こえてしまうんだ。


「へへ、やっぱ俺は狂ってるのかな」


 ウトゥの時しかり、ワイバーンとの会話しかり。やはり俺以外誰も居ないこの島での生活で、俺の何かが狂いだしているらしい。


「そんな事ないよっ! ナイトゥは優しいんだよ! 心が豆腐並に弱いだけで、現実逃避に独り言を口走って自分で突っ込み入れちゃうような、そんなナイトゥだから」

「やめれ」


 独り言をする俺に対して、ワイバーンは突っ込みを入れることも無くついてくる。何かの挑発と受け取られて、ガブリとされなくてよかったと今更ながら思う。


 そんなくだらない会話をウトゥとしながら、導いた先には衰弱死したワイバーンがうずくまるように大地に身を落としていた。死体は腐敗する事も無く、ただ強制的に魔力を搾り取られ続け、体の節々が魔力の代償として消失していた。


「着いたぞ」


 立ち止まる俺のスグ隣を通り過ぎるワイバーン。そして、絶命したワイバーンの体を覆うようにコイツも身を丸めて寄せ合う。


「グルル」


 悲し気な鳴き声に聞こえた。そのまま、まだ飛び立つだけの余力を持ったワイバーンは動かなくなる。


「お前は選んだんだな」


 俺は支えにしていた枝を構えてみせると、ワイバーンへと語りかける。相変わらずグルル、としか鳴かないコイツに対して、俺は意を決する。


「わかった、俺がお前たちを静かな眠りにつかせてやる。だから、これからはお前たちはずっと一緒だ」


 そんなハズがない事は理解している。死んだ相手の為に自らも死を選ぶ道理などなく、決してそれで何かが救われるなんて思ってもいない。それでも、こいつは選んだのだ、最後までコイツと一緒に居る事を。


「俺がしてやれるのは無慈悲だがこれしかねぇんだ、ごめんな」


 枝を覆い被るワイバーンの心臓部に突き立てると、俺は一気に力を籠めソレを押し進める。ズブズブと皮膚を、肉を抉っていく感触が手のひらに直に伝わってくる。本来ならば剣も簡単には通さない肉体を、枝は容赦なく貫いてゆく。


 枝を通じ、ウトゥが魔力吸収を行っているのだ。正直ここまでえげつない性能を有しているとは思っていなかったが、それでも俺は力を緩めない。やがて、二匹のワイバーンが枝に貫かれた頃には枝の取っ手部分まで埋もれていた。


「ごめんな、ごめんな……」


 あのまま数分もこの島に居続ければきっとコイツも空を飛ぶ力を失い、俺みたいなサバイバル人生を一生送るか最悪絶命していただろう。だからこそ、俺の選択はこうだった。


「安らかに眠れよ」

「わっ、見てナイトゥ」


 涙をぬぐおうとした瞬間、ウトゥが二匹のワイバーンを指さす。何だよ、俺は今コイツの心に心打たれてだな……ん?


「な、何だ!?」


 突き刺さった枝が光を帯び、二匹のワイバーンが一瞬で粒子状に分解されると同時に、枝が地面に根を張り肥大化を始めたのだ。


「な、なぁ、枝って根っこが生えたり、巨大化したりする?」

「知らないわよっ」


 珍しくウトゥが動揺をみせる。どうやら知識外の出来事にはアドリブが効かないらしい。まっ、俺もなんだがな。


「逃げたほうがいい、のか?」

「うー、うー、わからないよー!」


 決して嫌な感じはしないが、周囲の魔力を吸い続け大木へとなろうとしているソレがどうなるのか、最後まで見届けたいと思ってしまった。やがて、幹となり枝を生やし、最後に胸板程ある大きな葉がなった。


「ああああ!」

「うわっ、今度は何だよ」

「あれっ、あれって金剛繊維葉ダイバーリーフじゃない!?」

「何だよそれ?」

「えっ、嘘でしょ? 知らないの? えっ、えっ?」


 何急にテンションあがって、知ってるのが当然のような言いぶりをするんだウトゥは。ちょっとウザイよ?


「そんな目で見ない! ちょっとからかっただけじゃんかもぅ」

「もぅもぅうるせー! 早く何か教えやがれ」

「んもぅ、これは金剛石ダイヤモンドの葉っぱ版よ!」

「……うん?」

「反応うすっ、うすっ!」

「二度突っ込まんでええて……で、ダイヤってあの石っコロだよな」


 ウトゥが涙を流す素振りを見せる。


「はぁ、ここまで男の子こじらせちゃってるなんて……いーい? 希少で、女の子は皆大好きなの! 石っコロなんていっちゃダメ!」

「お、おぅ」

「それでね、あの葉っぱは割くと中から金剛繊維ダイバーがとれるの。着色良し、輝き良し、強度良し、柔軟性更に良しと、奇跡の繊維なのっ。女の子の最強装備《オシャレの最終形態》として金剛繊維の服を求めるのよっ!」

「そ、そうなのか?」

「そうなのっ。そして、ナイトゥは自分の服にちゅーもーく!」


 言われるがままに、自らの服を見てみる。ああ、確かにこれは酷い。


「ねっ? これはきっと神様からの贈り物よ!」


 ウトゥ、お前神様なんか信じているのかよ。とは突っ込みを入れず、この機会にと俺はこの木と向き合う。


「お前たちの想い、俺が引き継ぐよ」


 俺はこっそりと、バーンの木と名付けた木からそっと一枚、金剛繊維葉を頂戴するのだった。

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