2:空腹のせいだ
足の裏がズタズタになりつつも道なき道を歩き続ける俺は、身長が低くて初めて良かったと思ったのだ。もしも背が高ければ、枝でもっと体中傷だらけになっていただろう。幸いなことに、頭すれすれの位置で枝が伸びていることが多く、枝を掻き分けて歩く必要はなかった。
「にしても、虫すらいないとか……魔素が少なすぎて生物が生きていけない環境、なわけないよな」
歩き続けると、ひときわ大きな大木と対面した。体感時間で一時間は歩いただろうが、実際は三〇分も歩いていないだろうと推測する俺。世界第三位ともなれば、これくらいの誤差修正はできるのだ。
「なんて自慢にもならない自慢はよして、登ってみるか……」
大木をよじ登ると、漂流した地点を目視することが出来た。漂流地点は今いる場所から南側である。
「西には岩場か、でも見た感じ潮の満ち引きで迂闊には近づけない感じだな」
磯のついた岩場を確認すると、今度は東側に視線を移す。が、密林地帯が続き何も目ぼしい発見はなかった。
「と、なると残るは北側だけか。村の一つでも見つけれれば良いんだがな」
そして北へ視線を移し、俺は密かに抱いていた悪い予感が当たってしまったことを知ってしまう。視線の先には、歩いてきた道と同じ距離を進んだ先辺りから海が一面に広がっていた。西側を見たときから、嫌な予感はしていたのだ。
「こうなるともう、ここって孤島な訳で……」
島。それも人の気配どころか、生物の気配もないのだ。
「無人島、それも魔素も無ければ刃物も無いときた。これってもしかして俺……」
日が真上に登ろうとした頃、俺は太陽を直視しながら最後の気力で叫んだ。
「つんだー! 完全に俺、ツンダー! ツンダッター! ツンツンダッター! ハハハハハハ」
太陽を直視したくらいで、俺の火へのレジストが破れることはない。だが、チリチリと蒸発を続ける貴重な涙という名の水分は、絶え間なく蒸発を続けた。
「そう悲観しないで?」
「ああ、そうだよな! 悲観したって、何も、始まらない、よな」
「そうそう、男の子でしょ? まずは何か食料を確保しましょう? 私、あれなら食べられるって記憶にあるわよ」
「そうかそうか、あの黄色い房の集まりは食べられ、る、のか?」
「うんうんっ! そう、あれよあれ!」
「んん!? 誰だ! 何処から話しかけている!?」
突然聞こえた声に最初は幻聴、もしくは独り言がツラツラとこぼれ出ていたのだと思っていた。しかし、あまりにも鮮明に聞こえる声に俺の頭は一気に活性化する。
「ちっ、気配を完全に消すとかまさか!? 暗殺者か、しかし何故こんな場所で……俺様が衰弱したところを狙い撃ちってか!?」
「落ち着いてよ」
「くっ、何処だ……」
大木の上、なおかつ周囲は丸見えなのだ。隠れる場所があるとすれば木の下、だがそんな場所から声をこんなにも鮮明に伝えれるなんて不可能だ。何かの魔法か? いや、そもそも暗殺者が俺に助言をするのか?
「やっと気づいたね、相棒。私は貴方自身よ、ナイトゥ」
「俺、自身? ハハ、ついに幻聴が聞こえ出しちまったか」
大木の枝に腰を下ろし背を預けると、静かに目をつぶり人生の終わりを迎え入れようとする俺。
「何してるのよ! ま・ず・は食事でしょ! ほら、こんな処で寝てないで、私だってペコペコなのよもぅ。動く気がないのなら私が体をかりるわよ?」
「へ?」
気づいた時には遅かった、体は自然と自由落下。足の裏も切り傷だらけで、着地時に痛みが来ると覚悟をしたが一向に痛みは訪れない。代わりに、俺は別の驚きと対面していた。
「いったぁい、普段から魔法に頼りすぎよ相棒? ねぇ、聞いてる?」
「……俺?」
「だから、少し体借りるって言ったでしょう?」
今、俺の目の前に俺自身がいる。では、俺は一体? ぐるりと俺自身のまわりを浮遊してみる。離れようとするも、一メートル以上は離れる事は叶わないようである。
「何遊んでるのよ? ほら、ちゃんと確保できたわよ。私は戻るから、しっかり食事とって魔力を補充しなさいよね?」
「ちょ、まてよ!?」
自分自身へ手を伸ばすが、唐突に伸ばした手に重量感を感じ取り景色が入れ替わる。先ほどまでは、自分自身しか見ることが出来ず、暗闇の世界を自由に浮遊していたにも関わらず気が付けばこうして黄色い房を手にたたずんでいた。
「一体何が? 幻影でもみたか? 人間、追いつめられると不思議な体験をするもんだな……」
「そんな考察良いからっ! 早く食べなさいっ!」
「お、おうっ!?」
再び声。言われるがままに、俺は黄色い房をもぎり皮をむくと口いっぱいにソレを頬張った。若干の水分も含んでいたソレは食べごたえがあり、更に口いっぱいに広がる甘味に、無我夢中で全てを平らげていた。すると、再び声が聞こえてきた。
「美味しかったわね。次は寝床も確保したいところね」
「ちょっとまて、お前は……」
食料から微量だが魔素を取り込み、魔力を回復させた俺はやっと声の正体を視ることが出来たのだ。
「やっと気づいてくれた。宜しくね、相棒」
「なぁ、お前は何故」
空腹から解放され、俺の思考がフル回転を始める。
「何故お前は、俺の姿をしている?」
疑問。何故俺自身が俺に話しかける?
疑問。何故、コイツは女言葉なのだ?
疑問。俺は病気か何かで幻影でも見ているのか?
「やだわ全く。私は貴方自身よ? 貴方の内なる魔力の塊が創り出した、もう一人の自分。喋り方は、貴方がきっとこういう話し方にあこがれていたのよきっと」
「ンな訳あるかー!」
一歩踏み出し、俺自身へと突っ込みを入れようと握りこぶしをつくる俺だったが、もう一人の俺は口元に手を当て、楽し気に笑い返してくるだけだった。