1:魔素が無い
海を眺め、朝日を全身に浴びながら海辺で空を眺めている俺の名はナイトゥ。先代の有者の名前がつけられたアッシュの港町へ行く途中、訳あって名も知らない島へと辿り着いた。
「皆無事に転送できた、よな」
一人愚痴るのもしょうがない。俺が乗った船はウミニャコと遭遇してしまったのだ、保有している魔力をほぼ全て不慣れな転送魔法につぎ込んだのだ。無事乗客全員を陸地に転送出来たか若干不安なのだが、確認のしようがないのでこうして青空を眺めながら一人愚痴るしかないのだ。
「しょうがねぇじゃん、俺ってば火の魔法使いだしさ? ったく、早くこんな島から俺も抜け出さなきゃな」
再び独り言。しょうがないじゃん? この島、魔素が本気少ねぇんだもん。一晩海辺で過ごしたにも関わらず、魔力が全くと言っていいほど回復しないのだ。おかげで俺の魔力貯蔵庫は空っぽのままだ。一晩ゆっくりして回復した魔力でアッシュの港町までひとっとび、という俺の計画は見事に砕け散ったところが今ココな訳で。
「ダーッ、腹減った! くそっ、世界第三位の火の魔法使いがこのザマとか、ふざけんなよっ!」
ジワリ、と瞳に涙が溜まるがグッとこらえる。そもそも、ウミニャコと遭遇する可能性を視野にいれて船ってのは専用バリスタをつんでるのが普通だろう? なのにあのクソ船長め……。
「まさかワシの船がウミニャコと遭遇するとは夢にも思わなんだ!」
ときたもんだ、俺が乗っていなかったらどうするつもりだったんだよあのヒゲモジャ野郎め……。
「まぁここでこれ以上寝てても無駄だな、にしても」
体を起こすと、砂がポロポロと転がり落ちていく。青いシャツを引っ張り、パタパタと中に紛れ込んでいた砂をはたき落とすと、背後にそびえる森林地帯へと体を反転させる。
靴は流され、シャツの上に来ていた上位の魔法使いのみが着ることを許される高価な服も同じく紛失。お気に入りのジーパンが無傷だったのはラッキーというべきか。立ち上がると、約一日ぶりの大地を両足で踏みしめる。
「にしても、この島は何なんだ?」
腰に手を当て、密林地帯と睨めっこタイム。明らかにおかしいのだ、何故ならば。
「なんでこんなにも生物の気配がないんだ? っつて自問自答しても始まらんか」
短髪をワシャワシャとかきむしると、空腹と水分不足から思うように力が入らず軽い立ちくらみに襲われる。そんな自身の不調よりも、今いるこの場所の空気感があまりにも透き通りすぎていて、空元気と理解しつつも俺の独り言は続く。
「まずは水だ水、まだ少しならイケル! きっとイケル!」
シャツを脱ぐと、海水にザブリ。既に全身海水でベトベトなのだ、今更濡れる事への抵抗は一切ない。そう、無いと思い込むようにした。
「後は俺の最後の魔力で……うしっ」
たっぷり海水を含んだシャツは一瞬で渇き、蒸発した水蒸気をズボンに入っていたピンク色のハンカチで受け止めてみせた。みるみるうちにハンカチは湿りだし、ついに俺はソレを口に咥える……が。
「ぺっぺっ! うげぇ、失敗したぁ」
ハンカチも海水をたっぷりと漂流時に吸っていたのだ、つまるところ最後の魔力を振り絞って無駄な事をした俺である。
「ハハ! ハハハハハ! 人間、追いつめられるとバカになるよな! 致命的だよな!」
自虐。何が第三位の魔法使いだ! 一人になり、魔力が使えなければ何もできないではないか。アッシュの港町に何をしに行こうとしていたのだ俺は? 格下の魔法使い達が現役の有者の手助けをしているから、本当にそいつらが相応しいのか偵察しに行こうだ? 笑えねぇ冗談だ。遭難して、寂しさの余り独り言で気を紛らわし、正常な判断すらできなくなっているのだ。そりゃ、俺が有者の従者に選ばれない訳だ。
「誰もいねぇのか本当に? くそっ、行ってやるよ!」
道なき道に足を踏み入れ、俺の漂流生活は始まる。