巻ノ九拾七 アメリカ日本化計画 の巻
大作たちは歌ったり世間話をしながら曇り空の下を歩き続ける。山ヶ野へ辿り着いたのは真昼を少し過ぎた頃だった。
巫女軍団は床下祓いに出払っているようだ。一人だけ残った娘がパートの村人たちと一緒に作業している。
大作に気付くと娘が手を止めて駆け寄って来た。これって舞だっけ? 大作は薄れかけた記憶に鞭を打って何とか思い出す。アイマイミー三姉妹の真ん中だ。確か数えで十五って言ってたような。
「おかえりなさい、大佐」
「ただいま、舞。何か変わったことは無かったか?」
「石臼の溝が擦り減ってきたって五平どんが言ってたわ」
しまった~! 前から予想してたのに何の手も打っていなかった。まあ良いや。明日にでも虎居に誰か走らせよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「こちらは今井宗久様と山師のお二人。そんでチーム桜の方々と藤吉郎だ。巫女が二十人になったらしいけど、寝泊りする場所はあるかな?」
「二十一人よ。おかげで私の巫女服が足りていないの。少し窮屈だけど十人くらいなら何とかなるわ」
お前らは何とでもなるんだろうな。女ばっか三十数人の中で寝る方の身にもなって欲しいぞ。大作は心の中でぼやく。
それはそうとハンモックか二段ベッドを作れば収容人数を大幅に増やせるはずだ。昔の寝台車やアウシュヴィッツなんて三段ベッドだし。ちょっと古い護衛艦や潜水艦も三段ベッドだけど、それが原因で船乗りが反乱を起こしたなんて聞いたことも無い。
ちょっと待て。今井宗久たちはどうすんだ? 大作は宗久に向き直ると声を落として囁く。
「ところで今井様。今晩はどこに泊まるおつもりですか? ここでは三十人の女性に交じって雑魚寝するしかございませんが」
宗久が急に情けない顔をする。そんな慌てるようなことか? ここまでの道中、いったいどうやって寝泊りしてたんだろう。
「村長のお屋敷に泊めて頂けるようお願いしてみましょう。これは巫女の舞にございます。以後、お見知りおきを。今から採鉱場や処理場を案内いたします。人足の連中にはここで金が採れることは秘密にしております。決してその話をせぬよう、お願い致します」
「心得ました」
宗久と山師二人の後ろにチーム桜の面々がゾロゾロと続く。いきなり現れた十人の美女に五平どんが目を丸くして驚いているようだ。
「お久しゅうございます、大佐様。こちらの方々は?」
「我らだけでは手が足りなくなりました故、堺から呼び寄せたサポートチームにござります。お見知りおきを」
簡単に挨拶を済ませた大作は一同に作業工程を説明して回った。
今後、金山労働者は大幅に増加する。毎回これをやるのは大変だ。早めにマニュアル的な物を作ろう。大作は心の中の予定表に書き込んだ。
「鉱石を砕いたり、石臼を回すのに大層と人手が掛かっております。水車を使いとうございますが、未だ叶いませぬ」
「それは早う、どないかせんといけませんな」
「たくさんの水銀も入用になります」
「水銀? そのような物で何をなさるのでしょう?」
宗久が不思議そうな顔をする。まあ、無理も無い。鹿皮を扱う堺の商人からしたら専門外も良いところだ。大作は待ってましたとばかりに蘊蓄を傾ける。
「金は水銀に溶けるのでございます。古墳が作られておった頃から消鍍金と申すやり方で小物に金を張っておったそうな。奈良の大仏様もこうやって金を張ったそうですぞ」
「おお、それは聞いたことがございます。されど、それを使って石の中から金を取り出すとは感服仕りました。如何にしてこのようなことを思いつかれたのでありましょうか?」
宗久がなおも食い下がる。新たなどちて坊やの誕生かよ。説明が面倒臭くなってきた大作は精一杯の凄みを効かせて宗久を睨みつける。
「好奇心は猫も殺すと申しますぞ。今井様は水銀を必要な時に動かして下されば良い。もちろん、拙僧が堺の密命を受けていることもお忘れなく」
「して、水銀から金を取り出すにはどのように致すのでしょうか?」
駄目だこりゃ。こいつ、人の話を全然聞いてないぞ。大作は素直にギブアップした。
「それは半月ほどお待ち下さいませ。それまでの間、今井様には人集めと水車作りをお願いしても宜しゅうございますか? ここから川に沿って東に二里ほど行くと横川に出ます。まずは、そちらに行って見られませ」
「いや、某は……」
「頼みましたぞ」
「……」
大作のあまりにも強引な依頼に宗久が呆気なく折れる。やっぱりな。初対面の時から押しに弱いタイプだと思っていたのだ。
こいつらの飯や寝床も用意しなきゃならんのだろうか。って言うか、もしかして給料も俺が払うのか? まあ、しょうがない。せいぜい給料分は働いて貰おう。大作は考えるのを止めた。
「メイ、チーム桜の方々と藤吉郎に詳しい手順を教えてやってくれ。お園は一緒に来てもらえるか」
「どうしたの、大佐」
お園が期待と不安の混じり合ったような顔をしている。大作はみんなから声が聞こえない辺りまで離れると手ごろな岩に腰を下ろした。
「俺たちは明日から何したら良いと思う?」
「え~! まだ、そんなこと言ってるの? こんどる軍団や井上一族でしょう」
間髪を入れずにお園が即答する。ちょっと呆れた顔はしているが怒ってはいないらしい。大作は腫れ物に触るように続ける。
「それはチーム桜に任せれば大丈夫だろ。金山は今井宗久がいるし。ジエチルエーテルは秋まで放置だ。入来院と東郷には月に一度くらい顔を出せば良いかな。加治木城を巡る戦いでキーパーソンになる蒲生範清って奴にも会っといた方が良いんだろうけど……」
「てそうの時に言ってたわよね。人は背中を押して欲しい時と止めて欲しい時があるって。今の大佐はどっちなの?」
「それが分からんから聞いてるんだよ。金山と鉄砲作りは一段落した。あとは座って書類仕事してるだけでも島津を倒せそうな気がしないでも無い。問題はそこから先なんだ。歴史の修正力って知ってるか?」
大作は言葉を区切ってお園の顔色を伺う。ちょっとタレた大きな瞳が興味深そうに輝いている。
「歴史の復元力とも言うな。たとえば、歴史のターニングポイントとなるイベントの結果を変えたり、影響力の大きな人物を取り除いたとする。でも、代わりの事件が起こったり、別の人物が現れて似たような結果にしかならないって話だ。小さな揺らぎでは世界線が収束してしまうとか何とか。もしヒトラーがいなくてもスターリンが第二次大戦を起こしただろうし、レーニンがいなくてもロシア革命は起こったんじゃね? ってことだな」
「何を言ってるのか露ほども分からないわ。でも、大佐がやろうとしている歴史改変は出来ないってことかしら?」
お園の語気がほんの少し荒くなった。気のせいか僅かに目が吊り上がっている。
「世界線を乗り換えようと思ったら未来が大きく変わる分岐点に干渉しないとダメみたいだな。たぶん武田信玄や毛利元就を殺したくらいじゃどうにもならん。こんなジョークがある。ヒトラー、ゲッペルス、ゲーリング、ヒムラーが乗った飛行機が墜落した。助かったのは誰だと思う? 答えはドイツ国民だ」
お園がさっぱり分からんって顔をしているが大作は気にせず続ける。
「たとえ信長、秀吉、家康を纏めて殺そうが、結局はどっかの大名が関白だか征夷大将軍だかになる。そいつは足利よりマシな中央集権的な武家政権を作るだろう。その政権が鎖国政策を取るかどうかは分からん。でも、ヨーロッパから遠く離れた日本は産業革命に乗り遅れるだろう。十九世紀から必死に追い掛けても百年足らずでは追い付けない。石油資源も鉱物資源も無い。近隣に強力な同盟国も無い。結局は全世界を敵に回して敗北するんだろうな」
「どうやっても歴史は改変できないの? これまでの骨折りは何だったのよ!」
お園の目が吊り上がり、語気が荒くなる。こいつ、頭も記憶力も良いんだけどちょっと視野が狭いんじゃね? 大作は自分のことを棚に上げて少しだけ呆れた。
「ちゃんと聞いてたか? 分岐点って奴を見つければ何とでもなるんだ。問題はそれがさっぱり分からんってことだな」
お園ががっくりと項垂れた。と思いきや、その瞳に炎が灯る。まさか? 再起動!
「どうしたら良いか大佐はもう分かってるんじゃ無いの? 言ってみてよ」
「第一次大戦以降のアメリカは世界最強だ。広大な国土に膨大な天然資源と人口。広い海で隔てられてるから攻め込むのも難しい。技術力で圧倒的な差を付ければアメリカに勝てんことも無いだろう。でも、そこまでやったら日本が日本で無くなっちゃいそうだ。だったら発想を転換してみたらどうじゃろう。俺が、俺たちがアメリカになる!」
お園が『何言ってんだ?』って顔をしている。だが、とりあえず話を最後まで聞くつもりらしい。目で先を促している。
「カリフォルニアのゴールドラッシュでは最初の五年で三百七十トン、続く三十年で三百四十トン、その後にも六百二十トンもの金が採れたそうだ。山ヶ野の五十倍だぞ。これを餌に移民を募って十六世紀中に百万人単位の日本人を送り込む。日本をアメリカ化…… じゃ無かった、アメリカを日本化するんだ。どうよ!」
「勝てないからって私たちがあめりかになるなんて卑怯じゃないかしら。何とかして勝つことはできないの?」
眉間に皺を寄せてお園が詰め寄る。こいつ、こんなに主戦論者だったっけ? 初めて見る意外な一面に大作はちょと引いた。
「四百年後に俺が生きてるんならいくらでも戦いようはあるぞ。でも、いくら頑張っても俺たちは百年と生きられない。もう良いじゃん。死んで三百年後の日本がどうなろうと」
「え~~~! 私たち、そんなどうでも良いことに一所懸命になってたの?」
さすがのお園もあまりにも身勝手な大作の梯子の外しっぷりに目が点になっている。だが、大作は敢えて攻めに行く。
「どうでも良いなんて、そんな悲しいこと言うなよ! アメリカは凄いんだぞ。お前に見せてやりたいな。グランドキャニオンやナイアガラの滝を。そうだ! バリンジャー・クレーターを見に行こう。深さ百間、差し渡し十一町もある大きな穴だぞ。宇宙から十五間もある隕石って言う大岩が降って来て出来たんだ」
「なにそれ怖い! でも、見てみたいわね」
「だろ~! カリフォルニアのすぐ向こうだ。ついでにモニュメント・バレーにも行こう。いろんな映画撮影に使われた名所なんだ。そうだ! その頃までに気球でも作ろう。空からアメリカを見てみよう+だ。きっと楽しいぞ」
日本を印度化する計画があんなに大成功したんだ。アメリカ日本化計画だってきっと上手く行くだろう。大作は考えるのを止めた。
暫くするとほのかが馬借と一緒に材木を運んで来た。馬の背中からそっと叺を降ろすと重そうに運んで来る。
「何だそりゃ。食い物か?」
「食べるための物よ。大佐ったら器のことを忘れてたでしょう。窯元に寄って貰って来たのよ。匙や箸もあるわよ」
「素晴らしい、ほのか君! 大変な功績だ。あやうく今日も鍋から食べる羽目になるところだったな」
大作が大げさに褒めると、ほのかもオーバーリアクション気味に喜んでくれた。
馬借を見送った大作はお園とほのかに手伝って貰って小屋の増築を行う。もう寒さは気にしなくて良い季節だ。三人はとりあえず雨が降り込まないことだけを考えて適当に板を組み合わせた。
「当座はこれで凌ぐしか無いな。夏までにはプロの大工を雇って何とかしよう。台風…… 野分? までに何とかしないと三匹の子豚みたいになっちまうぞ」
「さんびきのこぶた?」
「ブーフー○ーを知らんのか? いや、知るわけ無いか。忘れてくれ」
日が傾き五平どんたちが帰って行く。入れ替わりのように愛を先頭に巫女軍団が戻って来た。大作の姿に気が付くと嬉しそうに愛が駆け寄る。まるで飛び込むように勢い良く抱きついた。
「大佐! 戻ってたのね」
「愛も元気そうだな。床下祓いも順調そうで何よりだ」
大作は愛の髪が清潔に洗われているのを確認すると優しく撫でる。途端に巫女軍団がざわついた。それに気付いた大作は慌てて愛から離れる。
巫女軍団の不審人物を見るような視線が痛い。大作は一人ひとりの目を見ながら精一杯にこやかにほほ笑む。何だか半分くらいは見たこと無い顔ぶれだ。
「みんな、ご苦労さん。お初にお目にかかる方も多いようだな。俺が、俺たちが、ガンダ…… じゃ無かった、大佐だ。困ったことがあれば何でも言ってくれ。みんなは貴重な労働力だからな」
一度使ったネタを再利用するのは気が引ける。だが、良いネタが思いつかないんだからしょうがない。少女たちが冷ややかな視線を返す。それに耐えきれなくなった大作は視線を逸らした。
「それじゃあ、夕餉にしましょう。みんな、支度を手伝って」
愛が声を掛けると巫女軍団がテキパキと動き出す。大作は何だか良く分からないが負けた気分がした。って言うか、巫女軍団が愛の私兵みたいになってるぞ。
これは非常に危険な兆候だな。今の愛は突撃隊幕僚長のエルンスト・レームみたいな立場だ。このままだと桜と愛がヒムラーとレームみたいな激しい政争を繰り広げるに違い無い。
チーム桜は十人。巫女軍団は二十一人。本気でくノ一が殺しに行けば勝ちは間違い無い。でも、その後が大変だ。貴重な労働力を失い、五平どんたちもドン引きだろう。
どげんかせんといかん。現状では愛の個人的な忠誠心に疑いは無い。だが、仲良くし過ぎてお園の反感を買うのは怖い。いっそ、愛を更迭して後任に舞を据えるか? いやいや、それじゃあ同じことの繰り返しだ。
だったら、お園の直轄部隊にするか。それも駄目だな。そもそも、お園が忙しいから中間管理職を置いたんだ。どうすれバインダー!
まだ三十数人の小集団なのに内部抗争で組織崩壊の危機とは先が思いやられる。HOIではクーデターを仕掛けることが出来る。でも、AIがクーデターを使って来ることは無かったのだ。どう対処したら良いのかさっぱり分からん。
とりあえず桜だけでも確実に手懐けておかなければ。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
夕飯の準備が出来ても宗久たちは戻って来なかった。今日は帰って来ないつもりなんだろうか。あるいは逃げ帰ったのだろうか。
まあ、あんな奴らどうでも良いや。去る者は追わずだ。大作は考えるのを止めた。
「夕飯の前に少しだけ時間を貰えるかな。堺と伊賀から新メンバーが駆け付けてくれたので紹介したい。まずはチーム桜の皆さんだ」
大作はチーム桜の一同を前に押しやって自己紹介させる。
「桜にございます。以後、お見知りおきを」
「茜と申します」
「牡丹でございます」
チーム桜の自己紹介を聞き流しながら大作は考える。こいつらを手っ取り早く仲良くさせる方法は無いんだろうか。
メンバーをシャッフルしてチーム対抗のゲームってのが定番だろう。でも、年齢や体格はバラバラだ。道具も無いし。
それともアレだ。タウンミーティング的なことをやろうかな。いや、その前にやらねばならんことがあった。
「食べながらで良いからみんな聞いてくれ。考えてみると今までちゃんと話をしたこと無かっただろ。今日は俺たちの目的とか目標について説明したい。分からないことがあれば何でも遠慮せず聞いてくれ」
「いでんてきあるごりずむって何なの?」
ほのかが間髪を入れずに反応する。何て空気の読めない奴なんだ。でも、何でも聞けって言った手前、無視するわけにもいかん。
大作は大きくため息をつくと早口で説明する。
「ミシガン大のジョン・ホランド教授が1975年に提唱された進化的アルゴリズムの一種だな。組合せがあまりにも多過ぎて量子コンピューターでも無いと総当たりで厳密解を求めることが非現実的な問題。たとえば組合せ最適化問題とかNP困難な問題なんかを現実的な時間内に解く解法だ。まず答えの候補を複数用意する。良さそうなのを選んで交叉や突然変異を繰り返して答えを探すんだ。こんなんで良いか? ほのか」
こんな説明で満足がいったのだろうか。ほのかがにっこり微笑みながら頷く。だがチーム桜と巫女軍団はドン引きしているみたいだ。
何とかして空気を入れ替えねば。大作は全員の顔をゆっくりと見まわしながら芝居がかった口調で語り始めた。
「俺は二十一世紀からやってきた未来人なんだ。このままでは日本は四百年後の戦争で三百万人の犠牲を出して敗北する。同じ失敗を繰り返さないためには歴史の流れを変える必要がある。そのためには君たちの協力が必要なんだ!」
「……?」
チーム桜と巫女軍団がぽか~んとしている。もしかして失敗だったか? 頭を抱え込むお園を見て大作は少しだけ後悔した。




