巻ノ九拾弐 仕事ばかりで遊ばない大作は今に気が狂う の巻
弥十郎の屋敷に戻るとすでに昼を過ぎていた。主はまだ帰っていないようだ。
もしかして三の姫の鉄砲独演会に付き合わされているんだろうか。大作は弥十郎のことが少しだけ心配になる。
家人の案内で座敷に通されると鍛冶屋連中は随分と盛り上がっているようだ。
「おお、大佐様。お待ちしておりましたぞ。大殿は如何仰せにございましたか?」
「青左衛門殿、勝手に帰られては困りますな。散々な目に遭いましたぞ。ですが、四十丁の注文を頂くことが叶いました。来年には二百丁、再来年には八百丁の予約注文も頂いております。さらに、入来院様や東郷様だけでなく菱刈様、蒲生様、有馬様にまで売って良いとお許し頂きました」
鍛冶屋たちの間にどよめきが起きる。つかみはOK!っぽいな。大作はそのまま話の主導権を取りに行く。
「皆様方はC/Pバランス理論という言葉をご存じですか? 売れ続ける商品はコンセプトとパフォーマンスの両方が重要になります。我々の鉄砲は小型軽量低価格にも拘わらず性能は他社製品に引けを取りません。されど鉄砲は未だプロダクト・ライフ・サイクルで言うところの導入期にございます。鉄砲の素晴らしさは使って貰わなければご理解頂けません。まずは体験キャンペーンを打ちましょう。たとえば的を撃って頂いて得点によって特典が貰えるとか。特典だけに」
「きゃんぺ~んを撃つのでございますか」
青左衛門が不思議そうな顔をしているが大作は気にせず続ける。
「拙僧は鉄砲四丁による射撃チームを考えております。大量の試供品が必要になりますゆえ、まずは百丁ばかり作って下さいませ。代金は全て我が寺が負担致します。梅雨明け…… じゃなかった。五月雨が明け次第、拙僧が自ら営業に回りまする」
「永劫に回る?」
いちから? いちからせつめいしないとだめなのか? 大作は心の中で深いため息をつくが顔には出さない。
「海の向こうのイタリアにはベレッタと言う銃器メーカーがあり、数多のマスケット銃を作っておるそうな。我らの敵は国友や堺にあらず。目指すは世界最大の銃器メーカーにございます。孫正義は『ニッチを狙え、という人はバカ。選ぶなら常に三十年後の王道を』とか何とか申されたそうな。我々の鉄砲は必ずや世界標準になりましょう」
「大佐様のお話しはとんと分かりかねます。されど、僅か一月でこれほどのことをなし得たのは大佐様のおかげ。永劫とやらもお任せ致します」
さっぱり分からんって顔をしていた年配の鍛冶屋が強引に話を纏める。この爺さんもきっと面倒臭いんだろう。大作は何となく親近感を感じた。
まあ、しょうが無いか。今まで刀を作っていた鍛冶屋だ。鉄砲を作ったのは良いけれど、販路も無ければ営業の掛け方も分からんのだろう。
鉄砲の営業なんて俺だって初めてだ。とは言え、入来院や東郷とのパイプを強固にしたり、有馬に顔を売るのに使える。大作は自分を納得させた。
「ところで鉄は足りておりますか?」
「鉄砲を百丁作るには鉄が五十貫目は入用になりましょうか? これくらいなら今ある蓄えで間に合いまする。足りぬとすれば鉛にございましょう」
青左衛門が難しい顔をしながら答える。鉄砲関連の金属加工ってことで鉛の入手も鍛冶屋に任せていた。もしかして、鉛の大量購入なんて鍛冶屋の通常業務じゃ無いと思ってるんだろうか。
大作はスマホを起動すると矢床みたいな形をした玉鋳型を表示させた。
「青左衛門殿、鉛弾を作るための道具を拵えて頂けますか。高い櫓から溶けた鉛を落下させて球にする技は絶対に秘密にせねばなりませぬ」
「こんな物で一つ一つ鉛弾を作るとは大層な手間にございますな」
青左衛門が面倒臭そうな顔をした。大作は何となく嬉しくなる。効率化は怠け者にまかせた方が上手く行く。こいつはきっと有能な怠け者なんだろう。
「そこが付け目にござります。祁答院から完成品を買った方が安いと思わせるのが肝要。鉄砲玉の儲けも馬鹿になりませぬぞ。プリンターを安く売ってインクで儲ける商売と同じにございます。海老で鯛を釣ると申しますでしょう」
「一発一文の儲けでも千発で銭一貫文、千丁なら銭千貫文の儲け。見逃す手はございませぬな。しかし、それほど多くの鉛が手に入りましょうか?」
「百丁の鉄砲に千発ずつ三匁五分弾を揃えるには三百五十貫目の鉛が入用。鉄砲千丁なら三千五百貫目。入来院様や東郷様にも同じだけ用意致すなら合わせて一万五百貫目。大層な量にございますな」
鍛冶屋の一同が唖然として顔を見合わせている。一万五百貫目といえば四十トン近い。大作にはさっぱりボリューム感が沸かない。
そもそも戦国時代の鉛の生産量や輸入量のデータなんて見たことも無い。断片的な資料から、漠然と鉄の四分の一くらいの値段じゃないかと思っていた。
これが鉄なら何となく想像は付く。戦国時代の資料は見当たらなかったのだが室町時代末期や江戸時代初期の鉄の生産量は年間千トンくらいってデータを見たことある。国民一人当たり約七十グラム。単価は米の三倍から七倍くらいだったらしい。
祁答院の人口を四万人と仮定すれば年間消費量は約三トン。二、三年間に鉄砲生産で二トンを使うというのは非現実的な数字では無さそうだ。
これに対して鉛の需要は鉄砲玉の他でも急増している。天文二年(1533)に石見銀山が発見されたり、天文十一年(1542)に生野銀山の採掘が本格化したのだ。国内産の鉛はこれら銀山で灰吹き法に使われたそうな。
一方で戦国時代中期の鉄砲玉にタイ・ソントー鉱山の鉛が多く使われていたって資料も見た気がする。
この先、鉛が大量に必要になるのは間違い無い。硫酸を大量生産するためにグローバー塔、鉛室、ゲイ=リュサック塔なんかを作らなきゃならない。無線を作るのに鉛蓄電池も作りたい。
現状では近場の鉛鉱山は串木野しか無い。金や銀の他にも銅、鉛、亜鉛が採れたって書いてある。開発にどれくらい掛かるか分からないけど押さえるなら早い方が良いだろう。
「拙僧に妙案がございます。六月にも倭寇の頭目、王直なる者の手引きによりポルトガル船が初めて平戸へ来航するそうな。今から割り込むのは無理としても入来院様か東郷様に港を開いてポルトガル船を呼べぬものかお願いしてみましょう」
言うだけならタダだ。薩摩には元亀元年(1570)までに十八隻ほどポルトガル船が来るはず。相手は商人なんだから儲けにさえなれば取引は可能だろう。
次に行った時に是非とも薦めよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「まずは古鉄を買い集めましょう。一軒当たり百匁でも千軒回れば百貫目。鉛については入来院様や東郷様に南蛮人から買い上げて貰う。我らが鉄砲や火薬を売り、鉛を融通して頂くのでございます」
鍛冶屋の連中に依存があるはずも無い。大作は評定を纏めに入る。
「大殿や若殿へのお披露目も終わり、注文も頂けました。これにて鉄砲開発も一段落。週一、じゃ無かった、七日ごとの評定は今回で終わりに致しましょう。材木屋ハウスに我が寺の巫女を常駐させますので何かあればそちらに言付けて下さりませ」
「心得ました。まずは鉄砲を百丁にございますな。材木屋殿も宜しくお願い仕ります」
「相、分かりました」
大作は別れ際に青左衛門を捉まえてミニエー弾を作る玉鋳型の製作も依頼した。これもまだ極秘だが研究開発を先行しておいて損は無いだろう。
アメリカの通販サイトで七十五ドルで売られている物の写真があったので説明には苦労しなかった。すでに旋盤の試作品が完成したそうなので製作に支障は無さそうだ。
結局、最後まで屋敷の主の姿を見ること無く鉄砲の評定は終わりを告げる。
迷える魂よ、安らかに。大作は心の中で合掌した。
屋敷を出ると幸いなことに雨は止んでいた。大作はお園とほのかを引き連れ、前に篠笛を買った店を訪ねる。
「頼もう! 拙僧は大佐と申します。アルトサックスのリードを探しておりますれば……」
そんな物を売っているはず無いのは分かっている。だが、大作は売っていて当たり前といった顔でサックスのリードを外して見せる。
職人風の若い男は怪訝な顔でそれを受け取ると穴の開くほど見つめた。
「生憎、あるとさっくすとやらを存じ上げませぬが篳篥の葦舌のような物にございますな。されど、これほど薄く削った物は見たことがありませぬ。いったいどのような音色を奏でるのでございましょうか?」
鋭いな。流石は楽器のプロだ。大作は素直に感心する。
職人の手からリードを受け取ると再びマウスピースに取り付けた。リガチャーのネジをクルクル回す様子を職人が興味津々で見詰めている。
何を吹こう。大作は一瞬迷ったがメンデルスゾーンの結婚行進曲に決めた。
マウスピースを咥えて軽やかに演奏を始める。こんなにのんびりした曲だっけ? なんだか軍隊の就寝ラッパみたいだぞ。
って言うか違うぞこれ、ワーグナーの結婚行進曲じゃないかよ! とんでもない間違いをしてしまった。歌劇『ローエングリン』の内容がアレなので結婚式で使うのは止めた方が良いって葉加瀬○郎も言っていた。
大作の動揺が伝わったのだろうか。お園、ほのか、楽器職人もそろって不安気な顔をしている。大作は恥ずかしくて消えてしまいたくなったが必死にポーカーフェイスを装う。再びリードを外して職人に手渡した。
「リードとは南蛮の言葉で葦の意にございます。なるべく似た物を欲しております。葦の他にも竹や木など、硬い物から柔らかい物まで色々と作って頂けますかな。自分で削って微調整を致しますので少し厚目に作って頂きとうございます」
「心得ました。南蛮の吹物など手前共も初めてのことで勝手が分かりませぬ。日にちを頂いて宜しゅうございますか?」
「とりあえず一枚だけで良いのですぐに作って頂けませぬか。それが無いと吹くことが叶いませぬ故、お願いいたします」
大作が大金をチラつかせると職人が急に満面の笑みを浮かべた。『欲望に忠実な奴は信用できる』とは言え、豹変ぶりが露骨すぎるぞ。
ふと気が付くと、ほのかが物欲しそうな顔をしながら目線を送ってきている。
「私めにも笛を買ってくれるって約束はどうなったの」
「今、買おうと思ってたんだよ。忘れてたんじゃないぞ。それより、吹き物は俺とメイがいるからドラムをやってみないか? きっと楽しいぞ」
「どらむ?」
大作はスマホに写真を表示させると職人の目前に差し出す。
「ついでと言っては何ですがスネアドラムを作って頂けませんでしょうか? 太鼓の底にスナッピーと言う細い鉄線を触れさせるのでございます」
「太鼓は皮を用うる物なれば『かわた』が生業としております。手前どもでは扱っておりませぬ」
またもや変てこなセクショナリズムかよ! 大作は心の中で毒づく。笛と太鼓なんてセットみたいな物だろうに。
それともアレか。皮剥ぎや皮なめしは賎民の仕事だから関わり合いたくないってことなのか? でも、今井宗久も武具に使う鹿皮で儲けたって書いてあったような。
それにしても、何で昔の人はこんなに縄張り意識が強いんだろう。ヴィクトリア女王が若い頃のバッキンガム宮殿では、窓拭きの外と内で担当部署が違っていたなんて話を思い出してしまった。
いやいや、二十世紀だって変わらんぞ。二号計画とF研究、火龍と橘花、DB601エンジンのライセンス生産。枚挙に暇がない。
「私めのどらむは?」
ほのかが口を尖らせて呟いたので大作の意識が現実に引き戻される。
「また今度にしよう。あれは重いから」
大作は例によって先送りという名の究極奥義を使った。
曇り空の下を大作たち三人は野鍛冶を目指して歩く。笛職人が作ってくれたリードはかなり腰が強かった。強く息を吹き込む必要があるけれど音にエッジがあるので遠くまで響きそうだ。見よう見まねでこれを作るとは。あの職人の腕は期待して良いだろう。
野鍛冶の傍らにはV字型の金具が山と積まれていた。作業は順調に進んでいるようだ。大作には鉄の品質とかは分からないが脱穀に使うくらいなら摩耗や破損の心配は無さそうだ。
大作は検品と称して百本ほど金具を預かった。
轆轤師の様子も覗いて見るが、こちらも進捗に問題は見当たらない。野鍛冶から持ってきた金具を渡して設計図の通りに取り付けるよう依頼する。
「絡繰に障りがあらば早めに見付けねば大層な手間になりますな。試してみとうございますが稲がありませぬ」
「稲扱きしておらぬ稲がどこかにございませぬかな?」
大作と轆轤師が揃って首を傾げる。お園に肘で脇腹を突かれたほのかが呆れた様子で口を開いた。
「もうすぐ麦刈りだって知ってる?」
「麦踏って冬の季語じゃなかったっけ? いや、早春か。って言うか麦の秋って言葉もあるな。でも、麦の秋って五月から六月だろ。すると麦の秋は夏の季語? わけが分からないよ……」
「さんざん麦畑の横を歩いたじゃない。大佐って興が乗らないことは全く目に入らないのね」
お園が冷たい視線を向ける。しょうがないじゃんか! それに視野狭窄な方が天才っぽく見えて格好良いだろ? 大作は心の中で弁解するが恥ずかしいので口には出さない。
大作は麦刈りが済んだ時期に近場の村でテストを行うことを依頼すると轆轤師を後にした。
そう言えば、窯元に頼んだ耐火煉瓦はどうなってるんだろう。同時並行してるプロジェクトが多すぎて管理限界を超えてるぞ。人でも雇った方が良いんだろうか。
そのために苦労して孤児を集めたことを大作はすっかり失念していた。
窯元を訪ねて様子を窺うといつもと違って浮かない顔だ。
「その様子では耐火煉瓦は首尾良く行っておらぬようにございますな」
「大佐様の申された通り、作っては試しを繰り返しておりますが一向に良い物ができませぬ。真にそのような物を作ることが叶うのでありましょうか?」
窯元の顔に疑惑の色が浮かぶ。もしかして疑われてるのか? まあ、無理も無いか。大量に作ってりゃそのうち出来るなんて怪しさ大爆発だ。
やっぱ下野国の葛生から苦灰石を取り寄せるしか無いんだろうか。でも、どんだけ時間が掛かるか分からん。そうだ、閃いた!
「窯元殿は遺伝的アルゴリズムをご存じですか? 菊○怜の卒論テーマは『遺伝的アルゴリズムを適用したコンクリートの要求性能型の調合設計に関する研究』ですぞ」
「いでんてきあるごりずむ?」
「行き当たりばったりでは無駄が多すぎます。選択、交叉、突然変異を繰り返して人工進化を加速。最適解を求めるのです」
窯元の表情が一段と疑わしげな物に変わる。やっぱ、こんなんじゃ駄目か。
大作が金塊を差し出すと窯元の表情がぱっとほころぶ。どいつもこいつも欲望に忠実なことで。一人くらいは知的好奇心で動く奴にも会ってみたいものだ。大作は心の中でため息をついた。
窯元を後にした三人は材木屋ハウス(虎居)に向かった。ほのかが興味津々といった顔をしながら口を開く。
「いでんてきあるごりずむって何なの?」
お前はそんなに知的好奇心旺盛なキャラだっけ? いやいや、ブリューワー・ドブソン循環の時もそうだっけ。普段なら真面目に相手をしてやるところだが今日は本当に疲れた。大作はどうやって逃げるか頭をフル回転させる。
「俺は遺伝的アルゴリズムを詳しく知ってるけど、この余白では狭すぎるんだ。また今度で良いだろ」
「そんなこと言って、本当は良く分かっていないんじゃ無いの?」
お園がいたずらっぽい笑みを浮かべる。やっと機嫌が直ったらしい。大作はほっと胸を撫で下ろす。
「お園やほのかも疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ」
「ぼくって何なの? それに、まだ明るいわよ。よっぽど朝が早かったのかしら」
突っ込むのはそこなんだ。エ○ァ以外のネタが全然通じないのは辛いな。もうどうでも良いや。大作は逃げに徹する。
「何となく品が良さそうな一人称だよ。シ○ジ君だって僕って言ってただろ。そうだ! ほのかはキャラが立って無いからボクっ娘になってみたらどうだ? それはともかく、仕事ばかりで遊ばない大作は今に気が狂うぞ。帰ったら明日から何するかみんなで考えてみるというのはどうじゃろう? 楽しいぞ」
「そうね。大佐に任せてたらどうなるか分かったもんじゃないわ。それはそうと大佐こそ、きゃらがぶれてるわよ」
「三人寄れば文殊の知恵よ。私たちに任せて」
信頼を失うのは一瞬、取り戻すのは一生。もしかして俺は一生掛かっても信用を取り戻せないんだろうか。大作はちょっと心配になる。
まあ良いや。どうせ俺だってこいつらを信用なんてしてないんだ。大作は考えるのを止めた。




