巻ノ八拾八 リハーサル の巻
翌朝、大作とメイは手早く食事を済ませると青左衛門を訪ねた。若い鍛冶屋は心配そうな顔をしながら四丁の鉄砲を差し出す。
「これを二人でお城まで運ぶとなると大仕事にございますな。誰か手伝いにやらせましょうか?」
「いやいや、それには及びません。この鉄砲は軽うございます。二人で十分ですよ」
大作は指を二本立ててブレードランナーの名セリフっぽい物を紛れ込ませる。一丁で二キロ足らずだから城までなら何とかなるだろう。
そう思って二人で二丁ずつ鉄砲を担いで城に向かって歩き出す。歩き出したのだが…… 重っ! 大作は意外な重さに参った。
メイの様子を窺うと平気な顔をしている。二丁ずつと言っても大作は他にも荷物を背負っているのだ。
「大佐、重い? 私が全部持ってあげようか?」
「これくらい平気だぞ。メイこそ重かったら俺が持ってやるぞ」
大作はムキになって意地を張る。だが、それにしても重い。背骨が曲がりそうだ。大作は他のことを考えて気を紛らすことにした。
「鉄砲足軽ってどれくらいの荷物を担ぐんだろうな?」
「鉄砲と弾でしょう。それに米を三日分くらいかしら」
三匁五分の鉛弾と火薬一匁を油紙に包むと二十グラムくらいだろうか。仮に二百発とすると四キロだ。食料は三日分くらい携帯したって読んだことがある。一日五合が標準的な量だったらしいので三日で二キロを超える。これに加えて普通の鉄砲なら四キロくらいある。
「他にも食器とか雨具とか細々した物もあるか。全部で三貫目ってところかな? いやいや、陣笠は一キロ近いし胴丸だって四キロくらいあるはずだぞ。そんなの担いで一日に十里も歩けるのかな?」
「それくらいで音を上げてたら戦なんかできないわよ」
メイに笑われてしまった。昔の人は小柄なんで一見すると貧弱そうだ。でも、もやしっ子の現代人なんかよりずっと頑強なんだろう。
そう言えば、第一空挺団の装備は落下傘や小銃を含めて六十キロにもなるって聞いたことがある。家財道具一式でも担いでるんだろうか。
目的地まで飛行機で運んで貰えるなんて気楽な商売だ。大作は空挺団の過酷な訓練を華麗にスルーした。
そんなことよりこの時代、陸上輸送は馬が唯一の選択肢だ。たしか百キロくらいの荷物を運べたはず。ただし、Wikipediaによると馬は一日六キロくらいの餌が必要らしい。それに馬子の食料も必要になる。
体重四百キロの馬が重労働する場合の必要カロリーは二万七千キロカロリーって書いてある。日本の馬は小柄なので体重三百キロとすると必要カロリーは二万キロカロリー。大豆粕が百グラム当たり三百四十キロカロリーとすると必要量は六キロだ。
凄い! ぴったり計算通りとは。やはり課題は軽量で高カロリーの馬の餌だな。それを開発できれば輸送力の画期的な向上が望めるんじゃね?
でもトウモロコシも大麦もエンバクも大差無いらしいぞ。繊維質やタンパク質を考えると大豆粕が一番なんだろうか。
そもそも馬は草食動物だけど反芻胃を持っていない。胃袋も小さいため餌を少量ずつ頻繁に食べないといけない。だから自然の馬は一日の半分以上の時間は草を食べて過ごすんだとか。だから少しずつ頻繁にやる必要があるのだ。
おまけに暑さにとっても弱い。寒さにはそこそこ強い。でも、体温維持のためにはエネルギーが必要だ。そうなると一日中食べ続けることになる。
やっぱ馬じゃダメだな。むしろ牛に荷物を運ばせて現地で解体して食料にすれば良いんじゃね? そうすれば。帰りの食料が不要になるぞ。
いやいやいや、それって牟田口のジンギスカン作戦その物じゃないか。こんな見え見えの死亡フラグを踏んで堪るか。
そんな取り留めの無いことを考えている間に大作たちは城に着いた。
すっかりガンマニアになった若い侍、日高慎之介は朝から銃を撃っていたらしい。大作が重そうに抱えている銃に興味津々の様子だ。
「新しき鉄砲にございますな。明日のお目見えが待ち遠しゅうございます」
「宜しければお持ちになって下さいませ。日高様には鉄砲を撃つお役目をお願いしても宜しゅうございますか?」
「せ、拙者に一人で撃てと申されるのか?」
慎之介が少し引いている。こんな若者にはちょっと大役すぎるのだろうか。でも他に適当な奴がいない。大作は強引に押しきることにする。
「若殿へのお披露目にございます。拙僧や女性、鍛冶屋が撃つわけにも参りませぬ。日高様のような立派なお侍さまが撃ってこその鉄砲にございます。さぞや若殿の覚えめでたきことにございましょう」
「左様にございますか。しからばその大役、慎んでお受け致しましょう」
「さすれば、いまだ撃っていない鉄砲の試射をお願いいたします。一丁当たり十発ほど撃って癖を見極めて下さりませ。日高様にしかお願い出来ぬことにございます」
大作は出来立ての銃の強度テストまで慎之介に丸投げする。だが真性ガンマニアの慎之介はまんざらでも無いといった表情だ。一件落着。ちょろいもんだ。
そんなことより明日の段取りを考えなければ。出席者の人数や顔ぶれを確認して席順を決める必要がある。部外者の大作にできる仕事じゃ無いな。弥十郎に丸投げしよう。
的にする物を用意したり置く場所も考えなきゃならん。冒頭で若殿に簡単なスピーチをお願いした方が良いんだろうか。死ぬほど面倒臭いぞ。これも弥十郎に丸投だな。
大作は慎之介に一声掛けるとメイと一緒に弥十郎の屋敷に向かった。
荷物も減って気分も軽やかな大作はメイと並んで通りを歩く。明日さえ乗り切れば後は悠々自適の生活だ。ところで何をやれば良いんだろう?
「威力と命中精度のアピールには具足を撃つデモンストレーションが最適かな?」
「え~! 今ごろそんなことを考えているの?」
呆れた果てたようなメイの視線を大作は華麗にスルーした。
「三匁五分弾ならこの時代の具足なんて簡単に貫通できるな。実戦なら砕けた弾が中に飛び散って酷いことになるぞ。傷口はズタズタだし人体内に残った破片で鉛中毒だ。現代だったらとてもじゃ無いけど使えない兵器だな」
急にメイの表情が曇る。大作は奇妙な不安を感じて胸がぞわっとした。
「あれ? もしかしてこの鉄砲って使っちゃダメなのかな?」
無垢の鉛弾ってハーグ陸戦条約の第二十三条で禁止された『不必要な苦痛を与える兵器』に該当するかも知れない。それに三匁五分弾の直径は十三ミリもある。
五十口径(12.7ミリ)以上の対物ライフルで人を直接照準で撃ったらダメって俗説もこれの関係だ。
著作権にあんだけ煩い連中だ。きっと戦争法規にだって拘りを持ってるんじゃね? これは不味いことになったぞ。大作は頭を抱え込む。
使用する弾丸を三匁に変えれば口径12.3ミリくらいだからこっちはクリアできる。問題は丸い鉛弾をフルメタルジャケットにできるかだ。
プレスで何とかなるのか。ちょっと良いアイディアが思い付かないな。仮にできたとしても物凄いコストアップになるぞ。
「祁答院や島津って戦時国際法で言うところの交戦団体になるのかな? 独立国家間の戦争なのか日本国内の内戦なのか、はたまた私闘なのかも良く分からんぞ。そもそも薩摩って国なのか?」
「薩摩国って言うんだから国なんじゃないかしら」
大作は必死に記憶を辿る。確か天文四年(1535)のクーデターで島津実久が薩摩守護に就いたんだ。でも天文八年(1539)に島津貴久に敗れて出水に逃げた。天文十四年(1545)には島津貴久が薩摩・大隅・日向の守護として朝廷に公認される。国人衆の反発は激しいものだったが各個撃破で抑え込む。朝廷から修理大夫に任じられ、幕府や島津氏一門に名実ともに守護として認められるのは天文二十一年(1552)ごろだ。
こいつらを非国家主体のテロリスト集団だと主張するのは無理があるな。むしろ祁答院の方がテロ集団だと言われそうだ。
いやいや、それは問題にならない。交戦者資格の四条件さえ満たせば民兵や義勇兵だって立派な合法交戦者だ。国民突撃隊の腕章みたいな物を用意すればクリアできる。
そもそも国連憲章第五十一条は武力攻撃の主体を国家に限定していない。島津が祁答院に自衛権の要件たる『差し迫った脅威』をもたらしているのは紛れも無い事実だ。急迫性と均衡性の要件を満たせば祁答院には先制的自衛権を行使する正当な権利がある。何の違法性も無い。
「交戦権は問題無いな。だからと言って不必要な苦痛を与える兵器を使って良いってことにはならない。せっかく作ったのに使えないのか?」
「でも敵だって使ってるんでしょう?」
メイが心底から不思議そうに呟く。
「それだ! ナイスアシストだぞメイ。『やられたらやり返す。倍返しだ!』って言うのは報復だから違法だ。でも、敵の国際法違反を止めるためには自分たちも違法行為を余儀なくされることもある。そういうのは復仇って言って行為そのものは違法でも、違法性は問われないんだ」
「ふぅ~ん」
さっぱり分からんって顔をしているメイ。それを放置して大作は一方的に捲し立てる。
「敵の違法行為を阻止するため止む負えずやるんだ。要は大義名分だな」
日本で最初に実戦で火縄銃が使用されたのは天文十八年(1549)の加治木城攻めだとする説がある。これが証明できれば問題無い。もし証明できなくても島津が鉛弾を使用する鉄砲を大量に保有しているという事実だけで十分だろう。イラク戦争の口実にされた幻の大量破壊兵器みたいな物だ。
ちなみに北海道では平成十六年から鉛弾の使用が禁止され、平成二十六年からは所持も禁止されている。今後はより広い地域で禁止されるだろう。
まあ、そっちに関しては四百年も先の話なので何の問題も無い。とは言え、鉛による土壌や水質の汚染は無視できない。目指すべきは環境に優しい戦争だ。
純銅製のバーンズ弾とか芯材の鉛が飛散しないフェイルセーフ弾の研究も進めよう。膨大な量の銅が必要になるな。
とりあえずは鉛の有害性を社会啓発して行こう。
それにしても何だって戦国時代にタイムスリップして著作権や戦時国際法を気にしなきゃならないんだろう。
まさか特許権とかも考慮しないといけないのか? でも特許権の存続期間は出願から二十年だ。
二十世紀の発明なら大抵の特許権は切れている。心配無いだろう。大作は考えるのを止めた。
弥十郎の屋敷に着くと軒先にはてるてる坊主が吊るしてあった。ラッキーなことに主は在宅している。大作が明日の段取りについて頼もうとすると弥十郎が遮った。
「明日の支度ならこちらで進めておるぞ。的には具足を用意させておる。木綿の火縄もほれ、この通りじゃ」
「それを聞いて安堵致しました。忝うございます」
完全に行動を読まれているぞ。大作はちょっと、いや、かなり恥ずかしくなった。こうなると残りの時間はリハーサルに当てた方が良いな。
「それではお城までご同行をお願いできますかな。リハーサルと参りましょう」
「り、りは~さるじゃな。相、分かった」
弥十郎にとっても若殿の御前で鉄砲を撃つというのは一大イベントだ。人任せにするつもりは毛頭無かったらしい。二つ返事で城に向かった。
それにしても歩いてばっかりだな。早くも大作は嫌になってくる。今の件だって電話があれば片付いたのに。やはり電話の実用化は急務だ。
東郷に頼んだ銅線開発は進んでいるんだろうか。カーボンマイクと誘導コイルくらいなら作る自信はある。ネックになるのは電線かな。
退屈しのぎに大作はスマホを弄る。電信は1837年にイギリスのウィリアム・クックが商業化したらしい。天然ゴムが実用化されるのは1839年チャールズ・グッドイヤーの加硫法の発明を待たねばならない。それまではどうやって被覆してたんだろう。何にも情報が無い。タールでも塗るか?
1849年に佐久間象山は松代で電信の実験を行ったらしい。鐘楼と六十メートル離れた小屋を絹を巻いた銅線で通信したんだそうな。でも、こんな物を何キロも敷設できんぞ。
一方、1845年のイギリスではポーツマス港にインドゴムを使った海底ケーブルを敷設した記録がある。
やっぱゴムだな。とは言え、南米からゴムの木を輸入して育てて採取なんて何年かかるか分からん。となるとサブで代用するしかない。
植物油でも魚油でも良い。不飽和油に硫黄を混ぜて加熱すると褐色の黒サブ、塩化硫黄を混ぜると白サブとか飴サブになるって書いてある。
ノイズに強い撚り対線はアレクサンダー・グラハム・ベルが1881年に発明した。特許はとっくに切れている。急いで作ろう。
大作は本音を言うと明日に迫った鉄砲のお披露目が面倒臭くてしょうがない。そのせいなのか全然関係無いことばかり頭に浮かんでしまうのだ。
そんなことを考えているうちに三人は射撃場に着いた。射撃テストを終えて一休みしていた慎之介がにこやかに出迎える。
「工藤様、大佐殿、鉄砲の調子は上々にござります。明日が楽しみですな」
「それは重畳。然らば、リハーサルと参りましょう。っと、その前に鉄砲を扱う際の安全管理に付いてお願いがございます」
「あんぜんかんり?」
弥十郎、慎之介がハモる。お披露目が失敗しても大したことにはならない。でも、人身事故だけは絶対に避けねば。製造物責任を問われかねない。大作は精一杯の真面目な表情を作る。
「皆様方は危険予知活動と言う言葉をご存じですか? 鉄砲に限らず危険物を扱う現場では安全最優先の意識共有が大事にございます。挨拶は『ご安全に!』です。言ってみて下され。はい、ご安全に!」
「ご安全に!」
三人は怪訝な顔をしながらも従ってくれた。ちょっとバラバラだけどまあ良いか。時間が勿体無いので先を急ごう。
「鉄砲を扱う時は四つの約束を必ず守って下され。一つ、鉄砲には常に弾が込めてあると思うべし。二つ、筒先は撃ってはならぬ物には決して向けぬこと。三つ、的を撃つその時まで引き金に指を掛けぬこと。四つ、的とその向こうに何があるか常に見極めるべし。以上にございます」
「相、分かった」
本当に大丈夫なんだろうか。まあ、時間はたっぷりある。とりあえずやってみよう。
「まずは火薬を使わずに流してみましょう。皆様しゃがんで下さいませ。日高様は左膝を立てて左肘を乗せて構えて下され。この姿勢をニーリングと申します。スリングをピンと張って銃を安定させます。右足つま先は立てて、いつでも立ち上がれるようにして下され」
「に~りんぐ?」
「弓と違って真正面に構えて下され。いずれはボディーアーマーを作ります。脇腹を敵に向けるのは宜しくありません。ニーリングロールの代わりにこれを右足の甲の下に置くと楽ですぞ」
思いっきり怪訝な顔をしている慎之介に丸めた筵を渡す。こんな基本的な話は鉄砲を持たせた時にしておけば良かった。大作は後悔するが例によって後の祭りだ。
「日高様は鉄砲を撃ったら右後ろのメイに渡して下され。メイは火皿に残った滓を吹き飛ばしてから筒に火薬を入れて槊杖で衝く。真後ろにいる拙僧がそれを受け取る。弾を込めて火皿に火薬を入れて火蓋を閉める。左後ろの工藤様はそれを受け取る。火縄に息を吹き掛けて火挟に挟んで日高様に渡す。宜しいですか? まずは鉄砲一丁だけでゆっくりやってみましょう」
「なんじゃと? 儂は火縄に息を吹いてから火挟に挟むのじゃな?」
「私は火皿の灰を払ってから火薬を込めるのね」
「急かれずとも結構です。速さよりミス…… 失敗しないよう気を付けて下さいませ」
たっぷりと時間を掛けて大作はリハーサルを行う。ガンマニア慎之介はニーリングにもすぐに適応した。その射撃の腕に不安は全く無い。それに比べて装填三人組の不安感は半端無い。
それでも昼過ぎには目に見えて動きが良くなってきた。安全管理手順も守られているようだ。一休みの後は実際に火薬を使った練習を夕方までみっちり行う。
日も傾いてきた。締め括りとして四丁で五発ずつの計二十発を続けて撃つ。メイの腕時計で計ると二分と掛かっていない。
「鉄砲とは真に凄まじき代物じゃな。初めて会うた日に大佐殿は戦の有り様を変えると申された。じゃが、これほどの物とは思うてもおらなんだぞ」
弥十郎が感慨深げに呟く。若殿もこれくらい驚いてくれるだろうか。今一つインパクトに欠けるぞ。大作は少し不安になる。でも、それをこいつらに言ってもモチベーションが下がるだけだ。威勢の良い話でもして締め括るしか無さそうだ。
「早合を使わずにこの早さとは感服仕りました。本番では急くことはありませぬ。絶対に怪我をせぬこと。それだけをお気を付け下され。銃創は健康保険が使えないそうですぞ。若殿は必ずやお喜びになることでしょう」
大作の話に三人が真剣な顔をして頷く。今日のところはこれで解散となった。
大作とメイは二丁ずつ鉄砲を抱えて青左衛門の鍛冶屋へ向かう。それにしても重い、重すぎるぞ。城に置いてくれば良かった。
更なる軽量化って無理なんだろうか。鉄の品質をもっと向上させれば可能だろう。あるいは無煙火薬を開発したらどうだ。燃焼速度を穏やかにできれば最大腔圧も下げられる。肉厚を減らせば軽量化と省資源化を両立できる。
でも、どっちも明日には間に合わないな。大作は考えるのを止めた。
まずは青左衛門に銃身を洗浄してもらう。続いて銃身や尻の蓋を念入りにチェックする。念のため銅のガスケットも新品に交換してもらった。
鉄砲に関してはこれだけやれば十分だろ。もし何かあったら責任は青左衛門に押し付けよう。大作は考えるのを止めた。




