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巻ノ八拾七 夢に見た金 の巻

 大作は鉄瓶の中の物体に恐る恐る手を伸ばす。飛行石を拾うム○カ大佐の気分だ。

 仄かに温かい塊には異常な重量感があった。これって本当に金なのか? それにしても重たいなあ。


「大きいわねえ! でも余り綺麗じゃ無いわよ。金ってもっと光ってると思っていたわ」


 ほのかは大はしゃぎしている。だが、大作は漠然とした不安感に押し潰されそうだ。

 

「金は青い光を吸収するけど赤や黄色は反射する。だから反射光は赤色と黄色が混ざった金色になるんだ。こんな色になる金属は他には銅とセシウムくらいだな。大抵の金属は銀色だろ?」


 大作は適当な相槌を打ちながら金塊を川の水で良く洗う。水銀が残っていたら恐いのだ。卵を押し潰すとこれくらいの大きさになるんだろうか。想定してたのは(うずら)の卵くらいの大きさだったのに。

 急いで小屋に戻って重さを量る。一キロ近い重さに大作は驚愕した。想定の五倍もあるぞ。


 クールになれ、生須賀大作。アーサー・コナン・ドイルも言ってるぞ。あらゆる不可能を潰して最後に残った答えが真実なのだ。それが如何に奇妙であろうとも。


「こいつの体積が正確に分かれば比重が計算できるんだけどなあ。一部が欠けた回転楕円体の体積ってどうやって計算するんだっけ。そうだ(エウレカ)! アルキメデスの原理を使おう」

「あるきめです?」


 チタン製マグカップに水を一杯に入れて重さを量る。そっと金塊らしき物を入れると水が溢れる。どうやったら水を(こぼ)さずに金塊を取り出せるんだ? 先に考えとけば良かった。

 いやいや、この水をチタン製クッカーに溢さないよう移せば良いだろう。金塊らしき物を取り出して水を戻す。重さを量ると五十グラムくらい減っていた。

 こんなことしないでも零れた水をチタン製クッカーで受けて、その重さを量れば良かったんじゃね? 念のためにやってみると同じくらいの結果になった。

 って言うことは、やっぱ金なのか? 大作は少しだけ安心する。だが、そうなると別の疑問が浮かぶ。何でこんなに多いんだろう。


 一番怪しいのは宇宙人か未来人の介入だ。展開が遅すぎるのでテコ入れが入ったのかも知れん。大作はスマホを起動して山ヶ野金山に関する情報の隅々にまで目を通した。




 山ヶ野金山の鉱石には『とじ金』と呼ばれる金粒の固まった物が地表にゴロゴロしていたらしい。中には(てのひら)くらいある巨大な物もあったそうだ。

 ナゲットって言う天然の金塊のことだろうか。オーストラリアでは世界最大の三百キロ近い金塊が発見されたことがあるらしい。

 偶然デカいのが紛れ込んでいたって可能性はゼロでは無いな。それはそうと最初一年の露天掘りでその後二百年の産金量に匹敵する金を産出したって書いてある。

 これって本当なんだろうか。最盛期の一万五千人がこれだとすると最初の一年で十四トンも採れたってことなのか? 佐渡金山の最盛期でも年間四百キロだぞ。そんなことって有り得るんだろうか。

 とは言え、全盛期の南アフリカは毎年千トンも産出したらしい。ケープタウンが作られるのは百年以上も先だ。先に押さえるのもありだな。

 まあ、これ以上は考えてもしょうがない。明日、虎居に持って行って専門家に鑑定して貰おう。大作は考えるのを止めた。




 お園たちはまだ帰ってこない。何かトラブルでもあったんだろうか。大作はちょっと心配になる。メイを護衛に付けたとはいえ、若い女が十二人だ。全員帰ってこなかったらホラーだな。

 ピクニック・アット・ハンギングロックという怖い映画があったっけ。

 大作がそんな馬鹿なことを考えていると遠くから笛の音が聞こえてきた。聞き覚えの無い曲だぞ。何だこりゃ? もしかしてオリジナル曲を完成させたのか!

 ドミファソ~ ドミファソ~ ドミファソ~ミ~ド~ミ~レ~~


 聖者の行進じゃん…… こんな曲、教えたっけ? きっと無意識に口笛でも吹いてたのを聞いて覚えたんだろう。大作は少しがっかりした。

 とりあえず夕飯の準備だ。大作は鍋に水を汲んで火に掛けた。




 夕飯を食べながら大作は巫女軍団の一人一人に労いの言葉を掛ける。最初は『君は英雄だ』とか『大変な功績だ』とか言ってたのだが十人もいるとボキャブラリーが足りない。途中から『凄い』とか『偉い』しか出てこない。最後にはわけが分からなくなってしまった。


 みんな初めての実作業で疲れているようだ。簡単な反省会と明日の作業予定の確認を終えるとすぐに寝ることになった。

 だが、その前に大事な報告がある。大作はお園、メイ、ほのかを連れて小屋の外に出ると声を潜めた。


「予定通り、って言うか予定より多く金が採れた。みんなで頑張った成果だ。胸を張っていいぞ」


 お園とメイは金塊を見ると声も出ないくらい驚いてくれた。大作はとっても嬉しくなる。


「明日はメイと一緒に虎居に行くつもりだ。向こうには三日ほど泊まると思う。お園には愛の教育を頼む。パート連中の人数も三倍に増えるな。ほのかが面倒を見てやってくれ。伊賀から忍びが来るまで少しの辛抱だ。ここを乗り切れば一気に楽になるぞ。Trust me!」

「たぶん愛はもう一人でも大丈夫よ。私も一緒に行きたいわ」


 お園が頬を膨らませて拗ねる。この段階はまだまだ安全なはずだ。あと二回も変身を残しているんだから。だが、心配性な大作はテントに入ってからも気を抜かない。普段より多めにスキンシップを取ってお園のストレス解消に努めた。


「しまった~!」


 深夜に大作が絶叫を上げたのでお園が顔を顰める。


「水銀を回収するのを忘れてたぞ。悪いけど手伝ってくれ」

「明日じゃダメなの?」


 お園は迷惑そうな表情を隠そうともしない。何とか宥め賺して真っ暗闇を川辺まで進む。桶の水を捨てて水銀を鉄瓶に移した。良く分からないけど九割方は回収できたようだ。大作は安心して眠りに就いた。




 翌朝、食事を終えるとお園と愛が連れ立って近付いてきた。二人とも少し不安そうだ。


「私たちが採っているのは煙硝よね。もし村の人にそれが知られたらどうすれば良いかしら?」

「そんなこと心配してどうすんだよ。俺たちは若殿のお許しを得ているんだぞ。そん時はこう言ってやれ。『ニーチェ曰く、事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』ってな。俺たちが硝酸カリウムだって言ったら硝酸カリウムなんだ。絶対に煙硝じゃ無い。絶対にだ!」


 大作は勢いだけで強行突破する。まあ、こんなもんで大丈夫だろう。あの村とは友好関係にある。先のことは分からんけど今は心配無い。

 そうこうするうちに五平どんと十一人のババアたちがやってくる。錚錚(そうそう)たる顔ぶれだ。


「五平どん、今日から人が三倍に増えるのでしたな。これからも宜しくお頼み申しますぞ」

「お任せ下され。こちらこそ床下を祓って頂いて有り難き幸せにござります」

「皆様方に山下大将の言葉をお教え致しましょう。『勤労に喜びを見いだせ』以上だ」


 とりあえず三倍のスケールアップなら破綻はしないだろう。あとは五平どんとほのかの手腕に期待するのみだ。大作はメイを伴って虎居への山道を西に向かった。




「みんな上手くやってるかしら。全部人任せにして大佐は心配にならないの?」


 メイが心配そうな顔をしている。失礼な。全部ってことはないだろう。俺がどんだけ鉄砲作りで苦労したか見てなかったのか?


「俺はみんなを信頼してるんだ。だから託した。それに、もし今回失敗したってリカバリーする時間的余裕はたっぷりある。何とでもなるさ。それよりこんな曲を知ってるか?」


 大作は強引に話題を変えてケネス・ジョゼフ・アルフォード(1945年没)作曲の『ボギー大佐』を口笛で吹く。映画『戦場にかける橋』のテーマ『クワイ河マーチ』はこの曲をマルコム・アーノルド(2006年没)が編曲したものだ。原曲の方なら戦時加算を入れてもとっくに著作権は切れている。


「私、(うそ)は吹けないわ」

「笛があんなに上手いんだ。簡単だからやってみ。両手が塞がってても吹けるって便利…… 何だその、とにかく吹いてみ」




 不服そうなメイを宥め賺して口笛を吹かせながら山道を進む。イギリス軍の捕虜もこんな気分だったんだろうか。虎居へ着く頃には太陽が真上に昇っていた。


「まずは両替商を探すぞ。っと思ったけど止めとこう。青左衛門に聞いた方が早いな」


 若い鍛冶屋を訪ねると四丁の鉄砲が誇らしげに並べてあった。銃床も取り付けられ槊杖や三点式スリングも完備してある。


「素晴らしい! 青左衛門殿、若殿もさぞやお喜びになることでしょう。ところで近所に両替商はございませんか?」

「りょうがえしょう?」


 戦国時代にはいないのか? 渡来銭と秤量貨幣しか無いんだ。両替できないと困るだろう。


「金銀と銭の両替を営む商人にございます」

替銭屋(かえせんや)割符屋(さいふや)に参られては如何にございましょうか。お城から川沿いに下った辺りにございます」

「左様にございますか。一つお願いして宜しいかな。これを細かく割って頂きたいのですが」


 大作がバックパックから金塊を取り出すと青左衛門は目を丸くして驚く。だが、何も聞かずに金塊を(たがね)で割ってくれた。




 大作とメイは川沿いの道を下る。教えて貰った替銭屋はすぐに見つかった。対応してくれた番頭は随分と若そうだ。

 持ち込んだ金塊が那智黒石の試金石に擦り付けられる。その色を見れば品位が分かるらしい。江戸時代以降ならこれに希硝酸を掛けるともっと精度の高い鑑定が出来たそうだ。


「ほとんど混じり気は無いようですな。四匁二分で金一両、銭二貫九百五十文と両替させて頂きます。間銭(あひせん)は四分にございます」


 番頭は感情の全く籠っていない声で告げる。とっても胡散臭そうな表情だ。乞食僧が金塊なんて持ち込んだので不信感を抱いてるんだろう。

 後先を考えずに行動してしまったが、どうすれば良いんだろう。

 金一キロを銀と交換したら持ち運ぶのが困難ってレベルじゃ無いぞ。

 大作は丁寧に礼を言って替銭屋を後にする。金が本物か鑑定するために利用させてもらったような物だ。ちょっと悪いことをしたな。


 念のため割符屋にも行ってみるが結果は同じだった。価格カルテルを結んでるんだろうか。いや、単に近所だから交換レートも同じなんだろう。


 鎌倉時代には金一両は四匁五分で、これを京目と呼んだらしい。地方では田舎目と言って四匁や四匁二分などバラバラだった。十六世紀後期に畿内から金一両が四匁四分が広まっていったそうだ。

 金一両と銭の交換レートは変動相場制で二貫六百文から三貫百五十文くらいだったらしい。


「間銭が四分って田舎だからなのかな?」

「私も良くは知らないわ。でも、何処に行ってもそんな物なんじゃないかしら」


 交換手数料が四パーセントって痛いな。二十五分の一にもなるぞ。買い物はなるべく大口取引して金で支払うことにしよう。むしろ、膨大な資金力を使って自分で両替商を経営してやろうかな。

 そんなことを考えながら大作は銀細工(しろがねざいく)の職人を探した。




「頼もう。拙僧は大佐と申します」


 大作は銀細工屋を見つけるといきなり飛び込んだ。不機嫌そうな老人が刺すような視線を向けてくる。愛想って物は無いのかよ。頑固一徹の職人でも気取ってるんだろうか。

 まあ、ここで断られても他に行けば良い。大作はスマホに写真を表示しながら気軽に話しかける。


「金一匁で指に嵌めるくらいの小さな輪が欲しいのですが。いかほどで作って頂けますかな?」


 反応が無い。無反応は辛いな。大作は一番小さな二十匁くらいの金塊を取り出して職人の目の前に置いた。職人が口をぽか~んと開けて驚く。


「手間賃はその金から削って下さいませ。残った金を一匁に切り分け、娘子の薬指に合わせて頂きとうございます」

「お、お坊様は何故にそのような物をお求めになられるのですかな?」


 職人の表情は相変わらず固いままだ。だが、やっと反応が返ってきたので大作はほっとした。


「古代エジプトには結婚指輪(ウェディング・リング)と言う(なら)わしがございました。夫婦(めおと)の契りを交わした者が左手薬指に給料三ヶ月分の輪を嵌めて永遠の愛を誓うそうな。拙僧は我が国にもこの慣わしを広めようかと思うております」

「これは驚かしきお考えにございますな」


 自分で言っておいて何だが、こんな説明で分かったんだろうか。少しだけ職人の表情が和らぐ。だが、ここは一気に攻めるべきだろう。大作は語気を強める。


「我が国においても遥か(いにしえ)には指に輪を嵌める習慣があったそうな。結婚指輪は必ずや大ヒット間違いなし。若い娘子は皆こぞって欲しがるようになりましょう」


 メイは相槌を打つのも忘れてぽか~んとしている。スマホに表示された指輪の写真に興味津々の様子だ。大作は肘で脇を軽く突っつく。


「わ、若い娘子ならきっとみんな欲しがるわよ。永久(とわ)()づることを誓うなんて麗しいわね。私も欲しいわ~」


 なんてわざとらしい棒読みだろう。大作は頭を抱えたくなる。だが、スマホの写真を食い入るように見つめる職人の耳には入っていなかったようだ。


「勝手が分からぬ故、日にちを頂けますかな。明後日までに仕上げて見せましょう」

「有り難き幸せにございます。宜しくお願い致します」


 大作は深々と頭を下げると、メイも一瞬遅れてシンクロした。




 銀細工屋を後にした二人は野鍛冶を目指して歩く。メイが(しき)りに大作の顔色を窺う。


「大佐は指輪が出来たらお園にあげるつもりなんでしょう?」

「安心しろ。お前らにもやるぞ。チームのメンバーは公平に扱わなきゃな。でも、左手薬指に嵌めて良いのはお園だけだぞ」

「くすりゆび?」


 メイが不思議そうな顔をしている。大作は左手薬指を立てて目の前に翳した。


「この指だよ。良く知らんけど薬を水に溶かしたり塗る時に使うとか何とか」

「紅差し指のことね。でも、何でお園だけ左手薬指なの?」

「何でって言われてもなぁ…… 英語ではring fingerって言って指輪を嵌める指なんだ。そんじゃあこうしよう。右手薬指に嵌めて良いのはメイだけだ。ほのかには内緒だぞ」


 こんなことで拗ねられたらかなわない。大作は出し惜しみせず早めに切り札を使った。メイの表情が目に見えて綻ぶ。危機は去ったようだ。




 二軒の野鍛冶と轆轤師を訪ねて金塊を渡す。今回採れた金では全額を清算するには足りない。でも、製品もまだ未完成だ。全額を支払う必要も無いだろう。

 そんなことより金山の住環境や作業環境の拡充を優先しなければ。続いて二人は材木屋を訪ねる。大作に気付いた材木屋が声を掛けてきた。


「おお、大佐様。鉄砲の具合は如何にございますか」

「非の打ちどころのない出来にございましたぞ。明後日のお披露目が楽しみですな」


 材木屋はニコニコしている。だが、若干の警戒心も抱かれているようだ。今まであれこれ理由を付けて材木をせびった。そろそろお返ししておこう。大作は金塊を取り出す。


「孤児院の増築が必要になりました。これで材木を売って頂きたい。馬借の手配りもお願いできますかな」

「心得ました。今日中に見繕って明日にもお届け致しましょう」

「何卒よしなに願い奉りまする」


 さらに大作は米、味噌、塩、魚の干物を買って先日の馬借へ届けるよう頼む。そして馬借に行って明日、山ヶ野に米を運ぶよう依頼した。




「ねえ大佐。買い物くらいなら私がやったわよ。大佐は大佐にしか出来ない大事なことをやった方が良かったんじゃないの?」

「俺も何となくそんな気がしてたんだ。ドラッカーも言ってるぞ。人事で大切なのは適材適所であるってな。メイも気付いてたんなら早く教えてくれよ。もう日が暮れちゃうぞ」

「私だって今、気付いたのよ。明日は朝から気張りましょう」


 メイが他人事みたいに気軽に言う。まあ、明日頑張れば良いだろう。それに、もし失敗しても恥をかくだけだ。

 二人は材木屋ハウス(虎居)に戻ると夕食を作る。味噌と塩の力は強大だ。先日とは比較にならないマトモな食事に大作は感動した。


 明日も忙しくなりそうだ。二人は仲良く筵に包まって床に就く。

 蚊が飛び回る前に蚊帳(かや)を手に入れねば。そんなことを考えているうちに大作は眠りに落ちた。


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