巻ノ八拾六 量産型完成 の巻
大作は材木売を訪ねて銃床の仕様変更を依頼した。前回の仕様変更時、追加費用は全額負担すると言ったはずだ。
材木売は揉み手をしながら満面の笑みを浮かべている。欲望に正直な奴は信用できる。大作は少し親近感を覚えた。
「まずは一丁、大急ぎで手直しをお願いできますかな? 夕方までテストして夜には結果をお伝えします。明日には鍛冶屋がもう三丁作ります。明後日に銃床を取り付けて下され。明々後日から二日掛けてリハーサル。五日後には若殿の御前にて本番です」
「忙しゅうなりますな。人を増やさねばならぬかも知れませぬ」
「宜しくお頼み申しますぞ」
材木売と大作は『お主も悪よのう』といった感じの邪悪な笑みを交わした。ついでに樫の廃材や大鋸屑を持てるだけ貰って行く。
夕方まで城の奥でテストか。昨日のテストには何の意味があったんだろう。って言うか慎之介に顔を合わせ辛いな。大作は気が重くなる。
「しまった! 槊杖や弄りを忘れてたぞ。細かいことばっかで嫌になってくるな。って言うか、何で『大作の鉄砲開発日記』みたいになってんだ?」
「あと五日の我慢なんでしょう。『後に行くほどどんどん楽になるから安心しろ』って言ったのは大佐よ」
「先の苦労より今、楽をすることが大事だろ。俺は夏休みの宿題をギリギリにやったりしないぞ。そもそもやらないんだ」
メイの呆れ果てたといった視線を大作は華麗に受け流す。しょうがない。もうひと踏ん張りするか。お園がいればサボれたかも知れんがメイじゃ無理だ。
アポ無しで轆轤師を訪ねて槊杖を作って貰う。と言っても、ありあわせの棒切れを適当な長さに切っただけなのだが。
それから青左衛門のところに戻って弄りを作るよう依頼する。こっちも適当な鉄片を叩いて伸ばしてあっと言う間に作ってくれた。見ただけでコピーできる特殊能力者にとっては朝飯前なんだろう。
材木売のところに帰ってくると銃床の仕様変更と取り付けが終わったところだ。みんな仕事が早いなあ。大作は心底から感心した。
鉄砲を担いで城に向かうと奥の方から火薬の破裂音が聞こえてくる。慎之介はサボっていないようだ。射撃場に着いたころには既に太陽は真上近くに昇っていた。
「日高様、良い日和で。鉄砲の調子は如何にございますか?」
「これはこれは大佐殿。朝から撃っておりますが鉄砲とは実に面白き物にございますな」
すっかりガンマニアになってしまったようだ。人を撃ってみたいとか言い出さなければ良いけど。大作はちょっとだけ心配になる。
バックパックから新しい銃を取り出すと慎之介が興味津々に見詰めてくる。これはフォローが必要だな。
「コストダウンと軽量化のために銃身を薄くしてみました。日高様に差し上げた物を初号機とすれば量産機にあたります」
S2機関も自己再生能力も無いけどな。ってか、紛い物だけど一応はライフリングも入っているのだ。
しまった~! パッチに使う布切れが無いぞ。もう嫌になってきた。何でメモしとかなかったんだろう。もしかして思い出していないだけで忘れちゃったことも一杯あるんだろうか。大作はやる気が急速に低下して行くのが実感できた。
気を取り直してバックパックから碇ゲ○ドウのサングラスを取り出して掛ける。アマゾンで九千四百五十円で買った物だ。遠くから見るとム○カ大佐のサングラスと似ていなくもない。
スキンヘッドでサングラスを掛けるとサ○プラザ中野くんみたいな外見になっているんだろうか。大作は鏡を見るか迷ったが止めておいた。
「それは何なの?」
「銃を撃つときは目を保護するためにシューティンググラスを掛けた方が良いだろ」
「ふぅ~ん」
興味が無いなら聞くなよ! 大作は心の中で絶叫するが顔には出さなかった。藁を束ねて耳栓を作って嵌める。
「めえったな~ オラ鉄砲は撃ったことねえんだ。わくわくすっぞ~!」
萌は家族旅行でハワイへに行った時にスタームルガーのライフルを撃ったそうだ。22口径LRを使う10/22って言う銃らしい。一説によると浅間山荘事件の犯人グループも使っていたんだとか。
どうでも良いけど緊急指令10-4・10-10って特撮番組があったな。大作の集中力は早くも危機的状況を迎える。
十発ほど撃ったところで大作の集中力が切れた。銃の安全性には問題無さそうだ。なので耳栓と共に続きをメイに任せて一休みする。
大作は正直言って銃にはあんまり興味が無い。音は煩いし、当たったら痛そうだ。あんな物のどこが良いんだろう。早く戦国時代を終わらせて厳しい銃規制を行おう。大作はスマホを取り出して予定表に書き込んだ。
日が傾いたので本日のテストは終了とする。そう言えば撃った弾はどうなっているんだろう。回収しないと勿体無いぞ。
砂山を穿り返すと少し変形した鉛弾がゴロゴロと出て来た。このままでは再利用は無理だ。リサイクルに回そう。
慎之介に別れを告げて大作たちは城を後にした。
鍛冶屋を訪ねてテスト結果を報告する。最初は不安げな顔をしていた青左衛門が笑顔に変わった。
「それでは明日中にあと三丁作って材木売に届けて下さいませ。拙僧はこれから寺に帰ります。明々後日には戻りますので昼からドライ・リハーサル、本番前日にランスルーを行いましょう。よほど大雨が降らぬ限り雨天決行でございます」
「心得ました。お任せ下さいませ」
ちゃんと意味分かってるんだろうか? 適当に返事されてたら嫌だなあ。真面目に説明すれば良かった。大作はちょっと不安になる。
まあ、明々後日にはこっちに来るんだ。最悪でも今の二丁だけで体裁を取り繕える。大作は考えるのを止めた。
夕暮れの道を東に向かって進む。愛と一緒に歩いた近道だ。あの時は酷い目に遭ったが五平どんの村に出るのは分かっている。
「大佐、何か話をしてよ。薄暗くて気持ち悪いわ」
「え~! 無茶振りすんなよ。急に面白い話なんて出てこないぞ」
「じゃあ、笛の新しい曲を教えてよ」
やっぱり星新一のショートショート『あーん。あーん』みたいになってきたぞ。ここはガツンと言ってやろう。
「メイ、オリジナル曲に挑戦してみたらどうだ。とりあえず好きなように適当に吹いてみ。即興演奏って言うんだ。アドリブとかインプロビゼーションとも言うな」
「好きなよう吹くってどういうことかしら。私が勝手に拍子を決めて良いの?」
「当たり前だろ。誰に遠慮する必要がある。作曲した瞬間から著作権はメイの物だ。死後五十年間に渡って相続されるぞ。とにかく何でも良いから吹いてみ。やってみないと始まらないぞ」
大作は気楽に言うがメイは何を吹いて良いか見当も付かない様子だ。さすがに無茶振り返しだったろうか。
「とりあえずソドレミから始めてみたらどうだ。これから始まる名曲が多いって宮○彬良も言ってたぞ」
「そどれみ、ね。分かったわ」
ソドレミ~ ソ~ドレミ ソド~レミ ソドレ~ミ ソ~ドレ~ミ ソ~ド~レミ
それから五時間に渡って大作はソドレミ攻撃にさらされた。絶対音感と完全耳コピ能力持ちのメイ。だが作曲の才能は無いのかも知れない。とりあえず作曲は俺のいない時にやってもらおう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
上弦の月が二十時ごろに沈むと星明りだけになった。文明の灯りが全く存在しない真っ暗闇をLEDライトを頼りに歩く。山ヶ野に辿り着いたのは二十二時ごろだった。
「腹が減って死にそうだぞ。なんで夕飯のことを忘れてたんだろう」
「みんな寝てるみたいよ。起こすのは悪いわ。残り物があるみたいだから食べましょう」
お園が用意してくれていたらしい雑炊を二人で食べる。やはり空腹は最高の調味料だ。冷えた雑炊は意外なほど美味しかった。
小屋の中は雑魚寝状態だ。今から割り込むのは難しそうに見える。幸いテントは使っていない。メイと二人で寝るしかないか。
状況が状況なのでお園も怒らないだろう。大作は考えるのを止めた。
「てんとで大佐と二人で寝れるなんて嬉しいな」
「昨日も一緒に寝たじゃん」
「てんとで二人だから嬉しいのよ。いつもお園と寝てるでしょ」
メイの価値観はさっぱり分からん。もう疲れ果てた。七時間くらいは眠れそうなので二人はさっさと床に就いた。
翌朝、目を覚ますとお園は少しだけ不機嫌そうだった。三日も留守にしてたせいだろう。どうフォローすれば良いのかな。大作は少しだけ悩む。
「お園、今日でパート連中は一旦終了だろ。夕方にちょっとした納会をやりたいんで簡単な料理を作ってくれるか」
「のうかい? 簡単な料理っていつもの御飯と違うの?」
「任せるよ。ビュッフェスタイルの立食パーティ? そんなのだ」
お園は全然分からんって顔をしている。まあ、目的は理解してくれたようだ。食べられる物なら問題無いだろう。大作は考えるのを止めた。
朝礼を終えた大作は明日に行う水銀蒸発作業の下準備をする。
まずはスマホで下調べだ。水銀の比重は13.5くらい。比熱容量は水の三十分の一くらいなので容積当たりで見れば水より暖まりやすいはず。沸点は摂氏三百七十五度ほどだ。
随分前に入手した鉄瓶に水を入れて蓋をする。隙間を粘土で塞いで重しを乗せる。窯元に作ってもらったパイプを取り付けて隙間を粘土で塞ぐ。こんなんで大丈夫なんだろうか。大作はとても心配になる。まあ、とりあえずはテストだ。
作業場から少し離れた川の下流に移動する。本番で万一、水銀が環境に放出された場合の影響を最小限にするためだ。この川は横川まで東に向かい、そこから南に向かって鹿児島湾に流れ込む。何かあっても祁答院や五平どんの村には影響無い。
樫の廃材や大鋸屑を燃やして鉄瓶を火に掛ける。パイプの先端を桶に張った水に浸けた。待つこと暫し。パイプの先端からぶくぶくと泡が出る。蓋や継ぎ目から蒸気は出ていないようだ。高い圧力が掛かるわけじゃ無いんでこんな物で大丈夫だろう。風向きにさえ注意していれば最悪でも水銀が回収できなくなるだけだ。
全ての水が蒸発するまで一時間ほど掛かった。さっぱり分からんけど水銀でも一日あれば蒸発させられるだろうか。叺に樫の木灰を回収して本日の作業を終了する。
夕方、普段より一時間ほど早く五平どんたちの作業を切り上げる。この二十日間で処理した鉱石は予定の二十トンを軽く超えていた。
「五平どん、二十日間お疲れ様でした。また明後日から宜しくお願い致します。心ばかりの料理を用意しました。みな様でお召し上がり下さい」
「おお、大佐様。このようなお心遣い、痛み入りまする。これからも村人総出で励みます故、何卒よしなに願い奉りまする」
こっちはこんな物で良いだろう。大作がお園の姿を探すと巫女軍団と語らっているのが見えた。大作はさり気無く近付いて声を掛ける。
「明日は床下祓いのデビュー戦だな。悪いけど俺は水銀を蒸発させる。代わりにメイを手伝いに出すよ。頑張れ! がん……」
「ほのかと二人っきりになるのね?」
お園が言葉を遮って不快感を露わにする。メイとほのかは焼き餅の対象外じゃ無かったのか? 明日には夢にまで見た金が採れるんだ。こんなところで躓くわけにはいかん。大作は必死に言葉を選ぶ。
「纏まった金さえ手に入ればこっちの物だ。製錬の方法が間違っていないって分かれば俺たちがこっちに居る必要も無い。だからお園、お前も愛をしっかり教育するんだ。そうすればずっと一緒にいられるぞ。これまでの二ヶ月間の苦労はすべて明日の結果に掛かってるんだ」
「ずっと一緒! 分かったわ。明日一日で愛に床下祓いが出来るようにしてみせるわね」
お園が満面の笑みを浮かべて大作の腕に抱き着く。それを見たメイとほのかは恐い顔をして睨んでいる。だが、大作は金がどれくらい採れるのかが気になって何も目に入らなかった。
村に帰る五平どんに明日のことを念押しする。夕飯は済ませたので後は寝るだけだ。大作とお園はテントで横になると明日の作業を確認する。
明日に一晩掛けて五平どんの家の床下土を溶出。明後日に煮詰めれば明々後日には煙硝が採れる。メイかほのかに走って持ってこさせれば若殿へのお披露目に間に合うはずだ。
かなり綱渡りのスケジュールだな。雨でも降ったら一巻の終わりだ。まあ、間に合えば纏めて報告してしまおう。
ちょっと待て。何かあった時の切り札に温存しといた方が良いのかな。いや、判断は後で良いか。とりあえず出来たら持ってきてもらおう。大作は考えるのを止めて眠りに就いた。
翌日の朝礼で大作は皆の前に立つ。全員の目が泳いでいる。こっちにまで緊張感が犇々と伝わってくるようだ。何か景気の良い話でもするか。大作は頭をフル回転させる。
「一週間…… じゃ無かった。七日間にも及ぶ厳しい訓練、ご苦労であった。本日はこれまでの訓練の成果を思う存分に発揮し、悔いのない結果を披露して欲しい。明応の政変により戦乱の世が始まって既に五十余年。これ以上戦い続けては人類そのものの危機である。我々は戦乱の世を終わらせるだけの強い力と固い決意を持っている。お園の指示に従い、落ち着いて訓練通りに行動するように。以上だ」
リラックスさせるつもりだったのに巫女軍団は却って緊張してしまったようだ。愛にも声を掛けておこう。大作は愛に優しく微笑む。
「愛、このミッションをクリアすればお前は見習い卒業だ。正規のチーフマネージャーに昇進して巫女軍団を率いて欲しい。期待しているぞ」
「はい、大佐。頑張ります!」
「良い返事だ。愛は賢いなぁ」
大作は愛の髪が清潔に洗われているのを確認してから頭を撫でる。だが、お園、メイ、ほのかが恐い顔をして睨んでいるのに気付かない。
メイが篠笛で『宮さん宮さん』を吹く。それに合わせてお園、愛、巫女軍団が金魚の糞みたいにゾロゾロと行進して行った。
大作とほのかは鉄瓶に入れた水銀、桶、パイプなどを抱えて川下に移動する。いよいよ水銀を蒸発させるのだ。
「水銀蒸気はとっても危険だって覚えてるか? 常に風向きに注意して絶対に風下に回らないよう気を付けろって言っただろ」
「すいぎんじょうき? そんな話は聞いていないわよ」
あれって、ほのかが拗ねて不貞腐れた時だっけ。まあ、煙が上がってるんだから風向きは良く分かる。注意していれば大丈夫だろう。
それからは退屈な時間が続いた。大作は離れた風上から単眼鏡で監視する。火の勢いが衰えたら薪を足し、桶の水位が下がったら水を足す。
風上から近付き、呼吸を止めて素早く作業したのは言うまでも無い。
「どのくらい金が採れるのかしら。心ときめくわね」
ほのかが目をキラキラさせながら呟く。だが、大作は不安で不安でしょうがない。
「金鉱石一トン当たり十グラムとして二十トンには二百グラムの金があったはずだ。問題は回収率だな。こればっかりは皆目見当もつかないぞ」
「蓋を開けるまで分からないのね」
ちょっと残念そうな口ぶりだ。その一言が大作をさらに不安にさせる。
「シュレーディンガーの猫って知ってるか? こういう時、コペンハーゲン解釈によると『鉄瓶の中が空っぽ』から『鉄瓶の中に金が二百グラム』まで様々な状態が重なり合っている。蓋を開けた瞬間に波動関数が収束して金の量が確定するんだ。一方、エヴェレットの多世界解釈では色んな世界が重なり合っている。観測者が蓋を開けた瞬間に自分がどの世界にいたのか分かるんだ」
大作は自分自身を落ち着かせるためにも無意味な話で時間を潰す。
ほのかがぽか~んと口を開けて呆れている。大作は尽き果てようとしている集中力を振り絞って監視を続けた。
日が傾くころ、桶に浸かったパイプの先端から泡が出なくなった。鉄瓶が空になったのだろう。
大作は風上から息を止めて近付いて鉄瓶を火から降ろす。冷えるまで待ってから桶の水に浸けて更に冷ます。
常温にまで冷めたのを確認して蓋を外して再度、退避する。水銀中毒が恐い大作は各工程にたっぷりと時間を掛けた。
適当な板切れで団扇のように扇ぎながら鉄瓶の中を覗き込む。
大作の目に飛び込んできたのは想像もしていない光景だった。




