巻ノ八拾四 始まりの終わり の巻
翌朝、大作たちは手早く食事を済ませると評定の行われる座敷に移動した。前回までは中身の無い会議だと思っていた。だが、今回は決めなければならないことが山積みだ。
ちょっとでも準備時間を長く取って考えを纏めよう。だが、大作の意に反して早くも青左衛門が現れる。
「青左衛門殿は相変わらずお早いですな」
「鉄砲のことを考えておると矢も楯もたまらず気が急いてしまいました。時に大佐殿、筒の内に切った斜めの溝は擦り切れてしまわぬでしょうか?」
若い鍛冶屋は挨拶もそこそこに心配そうに話し始める。『そんなこと知らんがな~』と大作は心の中でぼやく。だが、決して顔には出さない。
「左様にございますな。鉄砲の筒は黒色火薬の爆発に耐えるために軟鉄で作られておるのでしたかな?」
「なんてつ?」
「炭素含有量が少ない粘りのある鉄です。そうじゃなきゃあんなに曲げられませんかな? Wait a minute. じゃ無かった! Just a minute, please.」
何で鍛冶屋にこんなことを聞かれなきゃならんのだ。お前ら金属加工のプロだろ。プライドって物は無いのかよ。そう思いながらも大作は必死でスマホを操作する。
何だっけ? 浸炭焼入れだ! 表面だけ硬化させて耐摩耗性と靭性を両立できるって書いてある。
「お待たせしました。刀を作る際、焼刃土を塗って焼き入れしますな。粘土に木炭の粉や砥石の粉を混ぜるそうな。あれをやれば良いのでは?」
「焼刃土は刀鍛冶の秘伝なれば、如何に大佐様の仰せとは言え他の鍛冶屋に教えるわけには参りませぬ」
なんだこいつ。急に面倒臭いことを言いだしたぞ。これからは鉄砲の時代だろう。もうだれも刀なんて欲しがらないのに。
でも、そんなこと言っても気を悪くされるだけだ。大作は何とか機嫌を取る方法を模索する。
「でしたら拙僧も代わりに秘伝を一つお教え致しましょう。水の代わりに油を使えば三倍くらいゆっくり冷えるので焼割れや歪みが起こりませんぞ。水と違って熱い方が良いそうなので手を浸けられないくらい熱い油を使って下され」
青左衛門の疑わし気な視線が痛い。こんなんじゃダメなのか? もう、面倒臭くなってきたぞ。大作は考えるのを止めた。
「浸炭焼入れの件は青左衛門殿にお任せいたします。まあ、溝が擦り切れたらそれまでのこと。もし擦り切れずとも、どうせ融けた鉛ですぐに溝が埋まってしまいます。スクラップにしてリサイクルしましょう。そうだ! ポリゴナルライフリングにすれば少しは長持ちするかも知れませんぞ」
鍛冶屋が集まって来たので大作は強引に話を打ち切った。
「まずは重大発表があります。試作品が完成しました。と言いたいところですが、まだ火皿も火挟も引き金もありません。ですが昨日、二十発ほど試し撃ちして良好な結果が得られました。これもひとえに皆様方のお力によるものと感謝の念に堪えません」
大作は試作品を披露する。同時に深々と頭を下げた。座敷にいる鍛冶屋の連中が一斉にどよめく。
「ですが、これは終わりではございません。終わりの始まりですらございません。しかしあるいは、始まりの終わりかもしれません」
大作は調子に乗ってウィンストン・チャーチルの名言を披露する。期待通りにみんなぽか~んとしていた。
「これはあくまで試作品。まずは徹底的な耐久テストを行います。ただし所詮は消耗品なので何千発もの耐久性は不要。それよりはコストダウンが重要になります。続いて先行量産型の徹底的なフィールドテストです。熱帯雨林、雪の原野、灼熱の砂漠などあらゆる環境で動作検証を行います。落として踏んでも、泥水を被っても確実に動作する信頼性と耐久性が求められます」
「そのようなことをして壊れてしまわぬでしょうか?」
「だ~か~ら~! わざと壊して弱いところを調べるのです」
もう良いや。そもそも自分たちが苦労して作った物を壊すのは心理的抵抗があるもんだ。テストはこっちでやろう。大作は話題を切り替える。
「ところで先行量産型を作るためには鉄が大層と入用になりますな。予定が大幅に前倒しになりましたが不足はございませんか」
「野鍛冶が鉄を買い漁っておるとの噂を耳にしましたぞ。忙し気に何やら作っておる様子にございます」
どこで聞いてきたんだろう。年配の鍛冶屋が爆弾発言する。大作は心臓を掴まれたような気がした。だが、必死にポーカーフェイスを作る。
「の、野鍛冶の方々は何やら新しき農機具を作っておられると聞きましたぞ。我々は別口で鉄を探しましょう。たとえば南蛮鉄は手に入りませんでしょうかな?」
「あんな物、高いだけで酷い代物にございますぞ」
「燐が多く含まれているのでしたかな? ですが金で何とかなるならそれに越したことはない。半年や一年では転炉や反射炉を作ることも叶いません。せいぜい水車動力のトリップハンマーで鍛錬を省力化するくらいでしょう」
全員が顰めっ面をして黙り込む。いまさら足踏み式脱穀機をキャンセルすることも出来ん。堺に泣きついてみるか。大作は心の中の予定表に書き込んだ。
下手の考え休むに似たり。誰一人として代案が出せないので鉄の入手は棚上げとなった。今ある鉄で先行量産型を製造。フィールドテストを行っている間に鉄の入手先を模索するのだ。
序盤から資源確保が最大のネックになるとは。まさにハーツオブアイアンの小国スタートそのものだ。まるでゲームをやってるみたいだな。大作は奇妙なリアリティに感心する。
「工藤様は来週、じゃなかった。七日後に若殿の御前にて鉄砲のお披露目? お目見え? ご覧に入れられるよう調整をお願い出来ますか?」
「うむ、それではひとっ走り……」
「いやいや、後ほどで結構にございます」
大作は半ば強引に鉄砲のデモンストレーションを開催するよう頼み込む。早めに成果をアピールして金を引き出さねば。鍛冶屋たちの資金がショートしてしまう。
「青左衛門殿は間に合わせの火皿や火挟を作って下さいませ。どうせ一時凌ぎなのでサーペンタインロック式で構いません」
「さ~ぺんた……」
青左衛門の言葉を遮って大作はスマホに画像を表示させた。こいつの器用さなら見ただけでコピー出来る。きっとそういう能力者なんだろう。
他に何かあったっけ? 大作はほのかの顔色を窺うがぽか~んとしている。やっぱりお園を連れて来るべきだった。反省するが手遅れだ。まあ、良いや。大作は考えるのを止めた。
「皆様方のご尽力を賜り試作品は仕上がりました。なれども大事なのはこれから。油断してL85みたいな欠陥小銃にならぬよう気を付けねば。今後ともより一層のお力添え、何卒よろしくお願い致します」
大作が評定を終わらせると弥十郎が嬉し気な顔で近付いて来る。ちょっと怖いぞ。だが、心配は杞憂に終わる。
「水銀と巫女装束が手に入ったそうじゃ。今から運ばせようぞ」
「折角ですが明日で宜しゅうございますか? 今からですと馬借が帰ってこれませぬ」
「左様じゃな。では、明朝じゃ。ひとっ走り、馬借のところに行ってこよう」
本当に腰の軽いおっさんだ。何か第一印象と違いすぎるぞ。知らん間に別人と入れ替わってたら怖いな。大作は頭を振って変な想像を追い払った。
ほのかと一緒に青左衛門を追いかける。そう言えばこいつ、今日の評定では一言も口を利かなかったな。ちゃんと聞いてたんだろうか。大作は不安になる。
「今日の評定で決まったことを覚えといてくれよ。いつもお園に任せっきりにしてるだろ。だから俺は何にも覚えていないんだ」
「え~~~! 私めには言葉が難しくてほとんど分からなかったわ。無理を言わないでよ!」
ですよね~ まあ、青左衛門が何とかしてくれるだろう。大作は考えるのを止めた。
途中で青左衛門に追い付くかと思っていたが姿が見えない。鍛冶屋に辿り着くとすでに帰宅して忙しそうに働いていた。
大作は適当な火皿やサーペンタインロック式の火挟を作るよう頼み込む。ついでに銃身の左に照星と照門もお願いする。照門はピープサイトだ。
待っている時間が勿体無い。そう思って大作は轆轤師を訪ねてみる。こちらも忙しそうに働いていた。
「あ~? 申し訳ございません。お名前を忘れてしまいました」
「安楽でございます。本日は如何なされました、大佐様?」
轆轤師が怪訝な表情で出迎える。どうやら轆轤をクランク機構を使った足踏み式に改造しているようだ。これって脱穀機製造のために渡した技術の転用だよな。ちゃっかりしてやがる。大作は感心した。
「これにございますか。大佐様のご注文にお応えするため、まずは自らの轆轤を改むるべきかと思い至りました」
「左様ですか。本日はつまらぬお願いで参上仕りました。一匁の火薬を量れる木の匙を作って貰えませぬか」
轆轤師の目が点になっている。どういうこと? 大作はちょっと不安になる。
「なにもわざわざ作らずとも、市にて丁度良い物をお求めになられれば宜しかろう」
「ご、ごもっとですな。それはそうと足踏み式脱穀機のことですが、拙僧の名を人に明かさぬようお願いできませぬか? 実はこれは若殿の思い付きにて、首尾良く事が運ぶまで秘めて置きたいとの話。伏してお願いいたします」
「心得ました」
「しからばこれにて」
大作は野鍛冶のところにも行って大作の名前を出さないよう頼んで回る。鉄を大量消費している犯人が自分だとバレたら大変だ。でも、こんなんで何時まで誤魔化せるだろう。まあ、バレたらその時はその時か。大作は考えるのを止めた。
市に寄って匙を見繕う。しかし食器の匙は計量に使うには浅すぎる。これでは火薬の計量に使うと誤差が大き過ぎて使えない。大作は諦めてもう一度、轆轤師を訪ねた。心底からの迷惑そうな顔を見ると心が折れそうだ。だが、何とか拝み倒して深い匙を作ってくれるよう頼み込む。
一時間ほどで青左衛門のところに戻ると、すでに火縄銃の改造は終わっていた。さすがは俺の見込んだ天才ガンスミスだ。大作は感動すら覚えていた。
「おお、素晴らしゅうございますな。青左衛門殿。動きも滑らかで文句の付けようもありません。ですが、先行量産型では思い切った仕様変更をお願いしたい」
「どのようなことにございましょう」
「どうせならコストダウン重視で一から設計変更しましょう。たとえば火挟自体に弾力性を持たせてバネを省略します。そして火蓋で火鋏を支える構造にします。引き金を引くと火蓋が開いて火鋏が落ちる。部品点数を大幅に削減できます」
大作はタカラ○ミーの『せん○い』に絵を描いて説明する。何で評定で議題に出さなかったんだろう。我ながら本当に行き当たりばったりだな。
青左衛門は難しい顔をして考え込んだ末に口を開く。
「これでは誤って引き金に手を触れてしまうと危のうございまぬか?」
「然らば親指の届くところに金具を付けて火蓋を動かせるように出来ませぬか? グリップセーフティです。そうすれば構えたまま火蓋を切れまする」
「それは珍しき絡繰りにございますな。お任せ下され」
そう言ってるんだから任せて大丈夫だろう。ついでに荒縄を貰って三点式スリングを自作する。時代遅れって言う人もいるけど大作はこれが格好良いと思うのだ。それに今は四百年前だ。きっと最新式に違いない。
こうなるとクイックリリース式のバックルも欲しいな。こんど轆轤師あたりに頼んでみよう。
「それでは拙僧はお城の奥で鉄砲の試し撃ちに行って参ります。何かございましたら工藤様へお言付け下され。大層と忙しゅうなって参りましたな。宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しゅうお願い申し上げます」
鍛冶屋ってみんなこれくらい器用なのかな。もし祁答院を選ばなかったらどうなってたんだろう。大作は虎居城へ歩きながらそんなことを考えていた。
「あ~~~!」
ほのかが不意に大声を出したので大作はびくっとした。何なんだよいったい。
「夕餉をどうするか忘れてるわよ」
「ナイスだほのか。危なかったな。道すがら托鉢して行こう」
お園を連れてくれば良かったなんて考えて悪いことしたな。少なくとも愛よりはよっぽど役に立ってるぞ。ほのかの評価を大作は少しだけ上方修正した。
女連れの僧侶が鉄砲を担いで托鉢したらどう思われるだろう。考えるまでも無くNGだ。大作はほのかに鉄砲を預けた。でも、これはこれで凄く目立つ。
いや、大丈夫か。この時代の庶民は鉄砲なんて見たこと無いはずだ。調子に乗った大作はほのかに銃を構えて貰う。思った通りだ。行き交う人々は誰も気にしていない。
もしかしてこれは使えるかも知れんぞ。巫女鉄砲隊を敵の領土内に事前に侵入させておく。開戦と同時に後方攪乱を行うのだ。でも、女の子に危ないことをやらせるのは嫌だなあ。
馬鹿げた妄想に浸りながらも大作は托鉢を行う。日が傾くころには何とか今晩と明朝の食料が確保できた。
「そんじゃあ…… 何だっけ? 材木屋ハウスに行って夕飯にしようか」
「えっ? 鉄砲の試し撃ちはしないの?」
「だってお腹が空いただろ。それに移動時間も考えたら大した時間は取れないぞ」
ほのかが少し残念そうな顔をしている。そんなに鉄砲を撃ちたかったんだろうか。
「しょうが無いだろ。行って帰って来るだけで一時間、半時くらい掛かるんだから。明日で良いじゃん」
「でも明日は馬借と一緒に山ヶ野に行くんでしょ?」
忘れてた~! 駄目だ。忙しさが脳の処理能力の限界を越えてるぞ。今はほのかの助けで何とかなった。だけど今に大事な予定をすっぽかしそうだ。
やはり秘書みたいなのが必要だ。だから孤児を集めたんだっけ。そのせいで貴重な戦力のお園の手が取られてしまうとは。本末転倒も良いところだぞ。
「ほのかは明朝、馬借と一緒に山ヶ野に帰ってくれ。そんで入れ替わりにメイにこっちに来て貰う」
「え~!」
ほのかが不満そうに頬を膨らませる。その頬を指で突っ突きながら大作はなるべく優しい声を出す。
「機嫌直してくれよ。そのかわり夕飯と朝飯は俺が作ってやるぞ。何なら俺が食わしてやろうか?」
「戯れじゃ無いわよね!」
「何でも食べたい物を作ってやるぞ。材料はこんだけしか無いけどな」
二人はひとしきり笑うと材木屋ハウスへと急いだ。




