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巻ノ八拾参 鉄砲を撃とう の巻

 鉄板を適当に丸めた銃身。尻にはネジも切らずに蓋をしただけ。銃床も火皿も火挟も付いていない。

 こんな物、とてもじゃ無いが鉄砲とは呼べない。鉄パイプの片方を塞いで小さな穴を開けたような物の発射テストが始まった。


 ほのかが不安げに呟く。


「こんなの上手く行くのかしら」

「普通に考えたら大失敗する未来しか見えないな。でも、ここまであからさますぎる失敗フラグって却って成功するかも知れんぞ」


 大作は他人事みたいに気軽に返した。


 まずは銃身の固定だ。ベンチレストなんて便利な物は無い。なので大きな岩の少し窪んだところを見付けて利用することにした。

 とりあええず尻の蓋が抜けないこと。それが一番大事だ。

 とは言え、岩に直接当てると破損や変形しそうだ。筵を何重にも敷いてクッションにする。

 万力で固定しているわけでは無いので発射時に銃身が跳ねる。そうならないよう銃身の上にも筵を被せて大きな岩を乗せる。

 こんなんで大丈夫なんだろうか。何の用意もしていなかったから段取りが無茶苦茶だ。


 弾が三匁五分だから火薬は一匁くらいで良いか。強度テストは三倍くらいのオーバーロードでやるつもりだ。でも、初っぱなから壊すわけには行かない。

 ちょっと待て。秤が無いぞ。一匁の火薬ってどれくらいだ? 五円玉の重さなのは知ってる。でも、目分量じゃ適当すぎる。


「工藤様。申し訳ございませんが秤をお借り出来ますかな」

「秤じゃと? そんな物、城にあったかのう。誰か秤を借りて参れ」


 若者が一人、城の方へ走り去った。

 他に足りない物は無いだろうか。大作は頭の中で鉄砲を撃つ所作をシミュレーションする。そうだ、弾や火薬を押し込めるのに槊杖(かるか)とか言う棒が要るぞ。

 それと火薬にどうやって火を点けたら良いんだろう。まあ、それは前みたいに藁の導火線を作れば良いか。

 問題は槊杖だな。四十センチくらいの棒切れが欲しい。テントのポールでも使うか? いやいや、そんなことに使って傷でも付いたら嫌だぞ。


「ほのか。四十センチ、じゃなかった一尺半くらいの棒切れを探してくれ。筒の奥まで入るくらい真っ直ぐなのだ。太かったらナイフで削ってくれ」

「分かったわ」

「工藤様。何か的になる物はございませぬかな」


 弥十郎が呆れ果てたと言った顔をしている。だけど、お前らだって気付いて無かったじゃないかよ。大作は心の中で逆ギレした。




 待つこと暫し。いろんな物が揃った。ようやく火薬が込められる。


「いよいよ鉄砲を撃つのね。心ときめくわ」


 ほのかが目をキラキラさせている。弥十郎や若者たちも興奮を隠しきれない様子だ。

 ターゲットは散々探したが適当な物が見つからない。仕方ないので土を掻き集めて腰くらいの高さの山を作った。

 まずは強度テストだ。命中精度の前に安心して撃てる物なのかどうかを確認せねば。


 導火線に火を点けるやいなや大作たちは走って逃げる。真後ろは危険そうな気がするので真横に退避だ。

 ほのかを抱き寄せるように屈み込んで筵を被る。それを見た弥十郎や若者もしゃがみ込む。


 前回の失敗の轍を踏まないよう大作は導火線を短めにしておいた。轟音と同時に砂山に土煙が立ち昇る。銃身が短いせいなのだろうか。非常に大きな音で耳が痛い。耳栓を用意した方が良さそうだ。

 銃身からは白煙がもうもうと吹き出ていた。


「大きな音ね。それに凄い煙だわ」

「朝に嗅ぐ黒色火薬の匂いは最高だな! 勝利の匂いだ!」

「もう夕方よ」


 銃身と蓋を慎重に観察するが大丈夫なようだ。触ってみるとほんのり暖かい。

 ネットによると続けて十二発ほど撃つと熱くなって連射できないなんて話だ。まあ、装填速度にも左右されるだろうが。そもそも七発ほど撃つと弾が込め難くなるとも書いてある。

 後はひたすらこれを繰り返すのみだ。大作は早くも面倒臭くなってくる。なので、ほのかに後を託した。




 銃声が轟く中、大作はスキンヘッドを抱え込んで考える。途中を何段階もすっ飛ばしたのでスケジュールが無茶苦茶だ。まずは材木売を訪ねてストックの仕様変更を頼まなければ。


 成り行きで銃身長が三十センチの短さになってしまった。だったらいっそブルパップ式にして極限まで全長を抑えるか。銃口が跳ねないようフォアグリップも付けよう。

 ちなみにブルパップって言うのはブルドックの子犬のことらしい。

 全長を三十五センチくらいに抑えられる。これくらい短ければ伏せたままでも装填できるだろう。

 史実では小銃が伏せ撃ち出来るようになったのは後装式のドライゼ銃からだ。まあ、銃撃戦にならない限り伏せ撃ちしても大したメリットは無いのだが。


 銃身長が短くなると照門と照星が近くなる。でも、どうせ有効射程は五十メートルくらいだから大した問題では無い。

 問題があるとすれば火皿が目のすぐ横になることだ。火花が目に飛ばないよう板状の部品で覆ってやる必要がある。

 火皿、火挟、トリガーなんかは入来院や東郷に頼んだ。仕様変更するなら早く連絡しないと。


「大佐、弾が入らないわ。火薬の燃え(かす)が詰まってるみたいよ」


 大作はほのかの声で現実に引き戻される。


「何発撃った?」

「六発よ」


 火薬の品質が悪かったのか。あるいは銃身と弾丸のクリアランスが小さ過ぎたのかも。改善の余地ありだろうか? このクリアランスは命中精度に大きな影響があったらしい。

 劣玉(おとりだま)って言う少し小さな弾を使って射撃を継続する方法もあったそうだ。


 って言うか、初弾はパッチで包むって決めたんだっけ。でも、それをやると腔圧が高くなり過ぎないだろうか。もしかして褐色火薬が必要になるのか。

 スマホでチェックすると硝石79%、硫黄3%、褐色木炭18%って書いてある。褐色木炭? 炭素50%の半焼炭なんてどうやって作れば良いんだろう。まったく分からん。炭焼に頼んで作ってもらうしか無いな。


 ともかくクリーニングロッドと(せせ)りが必要だ。

 とりあえず槊杖の端にナイフで溝を掘って藁を巻き付ける。そして水で湿らせて銃身内をクリーニングした。


「燃え滓は水に溶けるからこうやって掃除してやるんだ。濡らし過ぎたらダメだぞ。筒の中が湿っちまうからな」

「分かったわ」


 ほのかが発射テストを続ける。装填する度に銃身を動かしているので着弾もズレる。なので集弾性は良く分からない。だが十五間(二十七メートル)くらいなら人に当てるのは難しく無さそうだ。

 もしかしてこのまま実用化できるかも知れないな。まあ、日も傾いて来たので今日のところは切り上げよう。


「ほのか。火薬を三匁にしてテストするぞ」

「そんなことして壊れないの?」

「それを試すんだよ!」


 大作は知○泉で見た佐賀藩主鍋島直正の話を思い出す。反射炉で鋳造した大砲の強度テストの話だ。オランダ人に聞きに行ったら通常の三倍の火薬で試せって言われたとか何とか。


「大佐殿。そのようなことをして大事無いのか?」


 弥十郎も見るからに不安げな顔をしている。何でこいつらは俺の意図が理解できないんだ。大作はちょっと悲しくなる。


「非破壊検査が出来ない以上、わざと壊してみるしかありません。尻が抜けるとか、筒が裂けるとか。どこが弱いか調べてそこを補強するのです」


 全員がぽか~んとしている。もう良い。勝手にやらせてもらおう。大作は三匁の火薬を量って装填する。退避時間を稼ぐため導火線は長めにした。


「危ないのでなるべく遠くまで逃げて下され。ほのか、逃げるぞ」


 大作はほのかの手を取ると三十間ほど走る。空堀に飛び込むのとほぼ同時に大音響が轟いた。間一髪か。もうちょっと長くするべきだったな。


「危ういところじゃったな」


 驚いた大作は声の主を探して振り返る。そこにいたのは意外な人物、三の姫だった。




「僅か二十日で鉄砲を作るとは。和尚は()に驚かしき事をなされた。(わらわ)は一目見た折から只ならぬ御仁だと思うておったのじゃ。数多(あまた)の鉄砲を作りし暁には島津などあっという間に叩いてみせるわ」


 三の姫がわけの分からないことを言っているが大作は右から左に聞き流す。それより銃身の状態チェックだ。触ってみるとかなり熱いが触れないほどでは無い。

 外見的にも変化は認められない。もしかして少し膨らんでるんだろうか。あらかじめ外径を測っておけば良かった。例によって後悔先に立たずだ。


 これからどうしよう。壊れるまでテストを続けるべきか? でも、せっかくの初号機を初日で壊すのもアレだな。

 それより青左衛門のところに行って三倍のオーバーロードでも壊れなかったことを教えてやろう。その方が絶対にモチベーションが上がるぞ。


「恐れながら三の姫様。お話しの途中にございますが拙僧は急ぎ、鍛冶屋の許へ参らねばなりませぬ。お許し下さいませ。工藤様、当分の間ここを鉄砲の試し撃ちにお借り出来ませぬか?」

「相分かった。儂から話を通して置く」

「有り難き幸せに御座います。三の姫様、然らばこれにて失礼仕りまする」


 長居は無用だ。大作は深々と頭を下げるとダッシュで退散した。




 日が落ちるまで間が無い。大作は大急ぎで炭焼きを訪ねる。半生の木炭を複数パターン作ってくれと頼むと怪訝な顔をされた。しかし若殿の名前を出して強引に頼み込んだ。




 続いて材木売を訪ねる。銃床の仕様変更を願い出ると材木売は一瞬だけ悲しそうな表情になった。


「ロングタイプの銃床も無駄にはしません。ハイローミックスと申しまして長短の二種類を作りまする。開発に掛かったコストも全てお支払いします。ご安心下され」

「それを聞いて安堵いたしました。ところで大佐様。樫は大層固うございまして銃床に槊杖(かるか)を入れる穴を開けるのに難儀しております」


 国友鉄砲資料館の展示にもそんなことが書いてあったっけ。でも、そもそも穴を開ける必要なんてあるのか?


「角材を膠で貼って隙間を作れば宜しいのでは? 所詮は大量生産の消耗品にございます。少しでも安く上げて下さいませ」

「承知致しました」


 とりあえずショートバレルに対応したストックが応急的に必要だ。大作の無茶な要求に材木売は嫌な顔ひとつしない。目の前で現物合わせ加工で作ってくれた。




 青左衛門を訪ねるころには辺りは薄暗くなっていた。すでに戸締りの支度を始めているようだ。


「青左衛門殿、発射テストは上首尾にございましたぞ。二十発ほど撃ち、最後には火薬を三匁も込めましたが大事ありませなんだ」


 大作が銃身を見せると青左衛門の口元がほころぶ。


「これは、重畳(ちょうじょう)。この短さで済むなら鉄も僅かで済みますな」

「それで仕様変更をお願いしたいのです。全体の巻き数を半分にして軽量化。根元だけ今の巻き数にして強度を維持します。更なる軽量化が可能です。それと、ブレン軽機関銃みたいに照門と照星を銃身の左に付けて下され」

「ぶれん?」


 青左衛門が怪訝な顔になる。大作はスマホに画像を表示させた。


「万一、尻の蓋が抜けても怪我をせぬよう筒を顔の横に構えさせようかと。RPGやバズーカのように肩に担ぎまする。火皿が目に近くなるので火花が飛ばぬよう覆いも入用になりますな」

「これは驚かしきことをお考えで。随分と不可思議な造りの鉄砲になりましょうな」


 こんなんで大丈夫なんだろうか。ほんの数時間前までは想像すらしていなかった。大作はちょっと不安になる。

 まあ、俺が撃つわけじゃ無いからどうでも良いか。大作は考えるのを止めた。




 黒色火薬の残滓で腐食すると厄介だ。なので青左衛門にお湯を貰って銃身を洗う。熱湯なのですぐに乾くはず。でも、念のために銃身内や火穴を丁寧に拭く。さらに、椿油を貰って薄く塗った。

 鉱物油が無かった時代には日本刀にも植物油や動物油を塗ってたらしい。って言うか、それしか手に入らないんだからしょうがない。


 そうこうしている間に完全に日が暮れてしまった。大作とほのかは弥十郎の屋敷に向かう。材木屋ハウス(虎居)に行き掛けて思い出したのだ。夕飯の準備をしていなかったことに。

 托鉢するか金で買うつもりだったのに鉄砲のせいで忘れていた。ほのかもそれくらい気が付いて欲しかったぞ。大作は心の中で愚痴るが声には出さない。




 弥十郎の屋敷に着くと既に戸締りを終えていた。まさかこんな時間に訪ねてくるとは思ってもいなかったのだろう。弥十郎は迷惑そうな顔を隠そうともしない。

 何でも良いから言い訳しないと。大作は頭をフル回転させる。


「材木売に頼んで銃床を作って頂きましたぞ。筒の左に照門と照星を付けるよう青左衛門殿にもお願いしてあります。このように構えて撃ちまする。少しでも早くお見せしたくてお邪魔いたしました」

「左様か。まあ、上がるが良いぞ。何か用意させよう」


 無事にタダ飯はゲット出来た。でもさすがに迷惑を掛け過ぎたようだ。フォローのつもりで大作は鉄砲関連の話をした。だが、弥十郎は虚ろな目をしている。


「工藤様、如何なされました?」

「実はあの後、三の姫様に捕まって鉄砲の話を散々聞かされたのじゃ。鉄砲の話は遠慮してくれ」


 そうだったんだ。無事に脱出できてラッキーと思っていたが、弥十郎が引き受けていてくれたとは。大作は心の中で頭を下げた。




 夕飯は大慌てで用意してくれたらしい質素な物だった。食べ終わるといつもの部屋で床に就く。


「こんなに早く鉄砲が出来るなんて夢にも思わなかったわね。お園やメイもきっと驚くわよ」

「鉄砲作りは手段であって目的では無い。って言うか、何で俺は鉄砲なんて作ってるんだっけ? 祁答院に取り入るためか。そもそも鉄砲なんて言うほど役に立たないんだ。ヨーロッパの例だけど有効弾は二百発に一発なんて資料を読んだことあるぞ」


 これって本当なんだろうか。三千丁の鉄砲の一斉射撃で十五人しか死傷者が出ないってことだ。四分間に十二発ほど撃ったら銃身が加熱する。その時点の死傷者は百八十人。こんなんで勝てるのか?

 鉄砲三段撃ちの伝説で有名な設楽原決戦では武田軍が壊滅するまで八時間も掛かったって片岡愛○助も言ってた。

 理由はいろいろ考えられる。たとえば黒色火薬は煙が凄い。風向きにもよるだろうけどそんなペースで撃ったらすぐに何にも見えなくなりそうだ。


 いや、それよりも心理的要因の方が遥かに大きいだろう。有名なマーシャル准将の調査報告だ。戦場で積極的に戦闘に参加したのは十五~二十パーセントしかいなかったとか何とか。

 問題の本質は鉄砲の性能や戦術では無い。人間的な問題だってことなのか?

 だったら近代的な心理学を応用した訓練で改善できるってことだ。オペラント条件付けによる飴と鞭だっけ。それだけで殺傷率は十倍以上も異なるって書いてあった。

 フルメタルジャケットのハートマン軍曹か。一度やってみたいけど、五分で飽きそうだな。これも伊賀の忍びに任せよう。大作は考えるのを止めた。


「ともかく深入りは無用だな。火薬の煙なんて吸い込んだら健康にも悪そうだ。あとは人に任せよう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 それはそうと二十日で試作品が完成するとは。何だか良く分からないけど順調に行き過ぎて恐いな。もしかしてここ最近の出来事が全部夢だったらどうしよう。目が覚めたら相模川で気を失った直後とか。

 いや、秋葉原の病院のベッドなんてオチも悪くないな。でも、その場合は大怪我してるはずだ。首から下が動かないとか、三十年も昏睡状態だったとかだったら最悪だぞ。

 そんなことを考え始めた大作はこの夜、なかなか寝付くことが出来なかった。




 翌朝、大作は普通に目覚めた。とりあえず夢オチじゃなかったな。いやいや、多重夢オチなんて珍しくも無い。大作は気を引き締めて鉄砲の評定に臨んだ。


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