表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/516

巻ノ八拾壱 タダより高い物は無い の巻

 狭いテントの中で大作はお園の前に正座する。どうせバレてるんなら追及される前に謝った方が得だな。大作は素早く決断した。


「申し訳ございません。私、生須賀大作は愛と口吸いいたしました。だけど、これは孤児の精神的な不安を取り除くために必要不可欠な緊急避難的措置だったんだ。決して(やま)しい気持ちでやったんじゃ無いぞ。俺は御仏にお仕えする身だろ。遍く衆生を救済しなきゃいけないんだ」


 そう言い切ると大作は額を床に擦り付けて言葉を待つ。暫しの沈黙を破ってお園が口を開いた。


「そうね、愛の顔を見れば分かるわ。大佐と手を繋いでとっても嬉しそうだったわよ。でも、大佐は私と夫婦なのよ。それは忘れないでね」


 大作が顔を上げると、お園はにっこり笑って大作に口付けした。どうやらお園にとって孤児の連中は物の数に入っていないらしい。心配して損した気分だ。

 大作にとっては三人も四人も同じだと思っていた。でも、お園にとってはメイやほのかとそれ以外の孤児との間には越えられない壁があるらしい。

 だとすると残りの孤児ともフリーキスじゃね? いやいや、無用なリスクは極力避けよう。孤児との個人的な接触は極力避ける。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


「早く二人だけの寝室を作ろう。ラピュタの玉座の間みたいに王族しか入れないんだ。それって掃除も王族がやるのかな?」

蚊帳かやも頼んだわよ。私、楽しみにしてるんだから」


 お園が抱き着いてきたので大作も抱き締め返す。ちょっと肌寒い夜だったので二人はそのまま眠りに就いた。




 翌朝、目を覚ますとお園はすでに朝食の支度をしていた。大作はテントを畳んで小屋の前に立つ。


「全員注目。我々の材木屋ハウスは昨日、目出度くも十人目の入所者を迎えた。人数が増えるのは喜ばしいことだ。しかし、情報伝達に齟齬が生じる恐れもある。故に本日より始業前に朝礼を行うこととした。あわせて全員の体調チェックも行う。何かあれば早めに申し出るように」


 大作は一旦言葉を切って全員を見回す。みんな真剣な表情で聞いている。だが、酷く雑然としているな。こういうのは整然と整列しなければ。


「お園、俺の右に来てくれ。メイ、ほのかは左。愛はそっち側の右端、残り全員は前後二列に並んでくれ。間隔はこうやって腰に手を当てて測れ」


 全員が怪訝な顔をしながらも指示に従って動く。緩慢では無いが俊敏でも無い。これは訓練が必要だな。まあ、寄せ集めの孤児なんだから無理も無いか。


「明日からは指示しないでも素早く今の形になってくれ。さて、今日の伝達事項だ。本日付けを持ってお園をゼネラルマネージャーに、メイを警備局長に、ほのかを財務局長に任命する。残り全員はお園の指導のもと、巫女の所作を学んでくれ。それと愛、お前はチーフマネージャー見習いだ。みんなの話を聞いて俺やお園との間を取り持ってくれ。以上だ。それじゃあラジオ体操。両手を広げてもぶつからないくらいに広がれ」


 孤児たちは中学生から小学校高学年くらいの年齢層だ。しかも二十一世紀に比べて栄養状態が悪いから発育も遅れている。なので両脚で跳ぶ運動で巨乳が大揺れする娘もいなかった。




 全員で輪になって朝食を食べる。このペースで食べたら二俵の米なんてすぐに無くなりそうだ。一人一日四合として約二週間ってところか。

 やはり距離の近い横川から購入することも考慮せねば。いずれは金山労働者を増やさねばならん。その過程では必ず横川とも交流が必要になる。問題はタイミングだ。まあ、農閑期まで待つか。大作は結論を先送りした。




 お園が巫女の講習会を始めたころ、五平どんと三人の老婆がやってきて作業が始まった。


「五平どん。今日で十四日目でしたな。働き手の数を増やして頂くことは叶いましょうか?」

「あと十人ほどなら出せぬこともございませぬ。それほどの人出がご入り用にございますか」

「あればあるほど。もし叶うなら千人とて欲しゅうございます。一月ほどしたら近在の村々にも声を掛けて下さいませ。今の四人の契約が切れたら一日休み。その次の日から十二人を二十日お願い出来ますかな」

「心得ました」


 とりあえず来週から人数を三倍増だ。そのうち伊賀から忍びも来るだろう。そしたら金山経営や人集めは全部人任せだ。

 エタノール、硫酸、ジエチルテーテル、グライダー的な物、硝石丘。作らなきゃならん物が山積みだ。

 面倒臭いな。そっちも人任せで良いだろう。大作は考えるのを止めた。




 お園の様子を見に行くとちょうど休憩中だった。


「よっ! 暇か?」

「そんなわけ無いでしょう!」


 お園が頬を膨らませる。まあ、どう見ても本気で怒ってるようでは無さそうだが。


「ごめんごめん、冗談だよ。そんで、こいつらはどうよ?」

「みんな素直な良い娘よ。物覚えも早いわ」

「この娘たちには祁答院の領内の家々を回って床下から煙硝を集めて貰うんだ。若殿にもお許しを頂いた」

 

 お園が呆れた顔をしている。しょうがないだろう。本当なら昨晩に話をするつもりだった。でも、そんな雰囲気じゃ無かったんだから。


「勝手に決めて悪かったな。けど、あの娘らにも食い扶持くらい稼いでもらわんと。駄目かな?」

「そんなこと無いわ。だけど、手伝いが欲しいから身寄りの無い子を集めたのよね?」


 そうだっけ? そうだった! 何で心の中のメモ帳に書かなかったんだろう。

 もうどうでも良いや。どうせ二週間もすれば虎居に引っ越しだ。大作は考えるのを止めた。




 昼休みのラジオ体操を終えて小休止に入る。大作はお園と愛を連れ立ってパート連中の元を訪れた。


「五平どん。最近、学会誌にこんな論文が掲載されたそうな。長い年月に渡って人が住んだ家の床下には硝酸カルシウムが溜まっておるとのこと。ですが、我が寺が独自に開発した土壌処理技術を応用すれば毒だけを分離することが叶います。今なら無料サービス期間中にございますれば、是非とも一度ご体験頂きたい」

「むりょうさ~びす?」

「タダの意にございます。そのかわりと言っては何ですが、村の方々に効果のほどを宣伝して頂きたい。絶対に損はさせません」


 この作業が実は煙硝作りであること。ましてやそれが火薬の原料であることは極秘だ。Need not to know.なのだ。

 五平どんは唖然としていたが大作はそれを了承と受け取った。パートの契約が一旦切れる次の日に訪問する約束を取り付ける。


 大鍋や桶、布、明礬なんかは工藤様に頼んだ。

 他に何が要るんだっけ? 木灰だ。大作は煙硝作りの資料に目を通す。


 椿(つばき)(つき)の灰がベターらしい。そんな物この辺に生えてるのか?

 (かし)(かしわ)(こなら)(くぬぎ)(けやき)なんかの堅材の灰もベスト。これなら手に入るか?

 綿がら、そばがら、藍の灰も悪くない。わら、麦わら、松、竹、杉はバッドとのことだ。

 とりあえず次回の評定の折、この情報を持って材木売を訪ねて廃材か大鋸屑を貰えないか交渉だな。


 大量の水を煮詰めるには膨大な量の薪も必要だ。こんな物まで運んでられない。現金で現地調達するしか無いな。まあ、何とかなるだろう。




 こうして今日も平凡な一日が過ぎて行った。夕飯の後、髪や体が汚れている者は川で良く洗うよう言って聞かせる。これからどんどん暑くなる。若い女の子が体臭プンプンさせるのは勘弁して欲しいのだ。


 この日も大作はお園とテントで寝た。どうやらお園は山ヶ野にいる間はテント泊を常態化させたいようだ。

 でも、メイとほのかの不満が爆発しないだろうか。大作は漠然とした不安を覚える。何かフォローした方が良さそうだ。




 翌日、朝礼と朝食を終えた大作はメイに声を掛けた。


「ちょっと永野までの山中を探検したいんで一緒に来てくれるか。昼過ぎには帰って来るつもりだ」

「永野って北西に半里くらいよね。何があるの?」

「今は何も。でも場所は分かってるから迷う心配は無いよ」


 二人は川に沿って北に進んだ。小屋から十分に離れたところで大作はスマホを取り出す。そしてフランス人鉱山技師ポール・オジエの描いた山ヶ野金山域実測図を表示した。


「山ヶ野から永野の地下には金鉱脈が広がってるんだ。今日はその坑道入口が作られる場所を確認しようと思う」

「ふぅ~ん」

「何だかつまらなそうだな。帰りたいか」

「そんなこと無いわよ。大佐と二人でお出掛けなんて嬉しいわ。そうだ、笛の新しい曲を教えてくれる?」


 まさか金山の地下鉱脈に全く興味を持って貰えないとは。大作はちょっと悲しくなる。こんな奴に金山の警備を任せて大丈夫なんだろうか。

 まあ、良いや。伊賀から忍びが来たらそっちに任せよう。メイは俺の専属ボディーガードだ。


「笛の名曲か。何か面白いのあるかな~?」


 大作は最近サックスのことしか考えて無かったので頭がなかなか切り替わらない。スマホでいろいろ調べて『宮さん宮さん』を探し当てる。

 明治維新で錦の御旗を掲げた官軍が行進する時の曲だ。ぴ~ひゃら、ぴっぴっぴのメロディーは一度聴いたら頭から離れん。

 作曲者は大村益次郎(1869年没)だったんだ。それはそうと何であの人はあんなにおでこが広いんだろうな。まあ、死ぬほどどうでも良いか。


 それまでの日本の軍隊には行進曲なんて物は無かった。でも、格好良い行進曲は処刑用BGMと同じくらい重要だ。

 この時代の雑兵は着の身着のままでダラダラ歩いてるんだろう。格好良い制服を着た兵士が行進曲に合わせて整然と進む。民衆の支持や信頼を得るには有効だ。

 トルコ軍楽隊のジェッディン・デデンとかバグパイプの勇敢なるスコットランド行進曲とかレパートリーを広げたい。メイがいれば可能だろう。


 大作はサックスを取り出すとおもむろに演奏を始めた。かなりキンキンと甲高い曲だ。でも、流石はアルトサックス。十分に吹ける。


「いとも容易い曲ね。一遍聴いただけで吹けそうよ」


 お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな。絶対音感を持っていらっしゃる方は言うことが違う。大作は心の中で嫉妬の炎を燃やすが顔には出さない。

 大作とメイの二人だけの官軍は息をぴったり合わせた演奏をしながら山道を進んだ。地図とメイのお陰で道に迷うことも無い。予定通り昼過ぎには山ヶ野に戻って来れた。




「本当に何にも無かったわね。大佐は何であんなところに行きたかったの?」

「初めに言っただろ。坑道の入口を作る場所を見ておきたかったんだ。そんなに退屈だったのかよ」

「そんなこと言って、本当は私と二人っきりになりたかったんじゃ無いの?」


 やっぱりこいつにはテレパシー能力があるんだろうか。驚く大作を見てメイがにっこり微笑む。


「大佐、もうちょっとめんたるを鍛えた方が良いわよ」


 次の瞬間、二人の唇が重なる。呆気に取られる大作を残してメイは走り去った。

 小屋の前まで戻るとお園がニヤニヤしている。どうやら一発でバレたみたいだ。メンタルってどうやって鍛えたら良いんだろう。大作は本気で何とかしたくなった。


 この日の夕飯は普通に食べることができた。やはりメイとほのかは別枠らしい。夜は大作の思っていた通り、お園と二人でテントで床に就いた。




 翌日の朝食後、大作は虎居に向かうことにした。明日は鉄砲の評定だ。ついでに野鍛冶や轆轤師の進捗も確認しておこう。


「お園は巫女の連中にいろいろ教えてやってくれ。今回はほのかだけ連れて行くよ」

「私が行かなくても平気?」

「もう四回目だからな。中身もどんどん薄くなって来た。そのうち出なくても良くなりそうだぞ」


 苦笑するお園に手を振って大作とほのかは山道を西に向かった。




「また五時間も歩くのかよ。せめて自転車があればなあ」

「じてんしゃ?」

「大きな輪が着いててゴロゴロ転がるんだ。歩くより速くて楽だぞ。まあ、凸凹の山道じゃあ使えないけどな」


 大作はスマホに自転車を表示させた。ほのかが不思議そうな顔で覗き込む。


「山じゃなければ使えるの?」

「う~ん。平地なら何とかなるのかな」


 チェーンやギアは無理だな。でも、十九世紀にドイツで作られたドライジーネみたいなのなら何とかなるかも知れん。足で地面を蹴って走るやつだ。

 でも、ゴムタイヤが無いと振動が凄いぞ。ボーン・シェーカーって呼ばれてたとか何とか。

 ブリジストンやダンロップのエアレスタイヤみたいに特殊形状スポークとかを使ってホイールで衝撃を吸収すれば何とかなるかも知れん。

 あとは竹か何かで板バネを作るとか。

 そもそも、別に自転車に拘る必然性も無いな。巨大な車輪の付いたキックボードで良いんじゃね?

 何にせよ馬よりは安価に歩兵の機動力を向上できるかも知れない。スイス軍なんて二十一世紀の初頭まで自転車部隊があったんだ。


「余裕が出来たら材木売や轆轤師に頼んでみよう。そしたら二人でサイクリングだ」

「二人だけでね! 約束よ」


 ほのかが満面の笑みを見せる。間違えてメイとサイクリングに行ったりしないよう注意せねば。絶対にだ! 大作はスマホを取り出してメモ帳に書き込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ