表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/518

巻ノ八拾 愛の迷路 の巻

 煙硝作りの大雑把な方針は決まった。これ以上の細かいことは弥十郎と話しても時間の無駄だ。後は山ヶ野に戻ってお園たちと具体的なプランを練ろう。


「工藤様、今一つお願いできますかな。領内の家々で床下を掘る許可証? 免状? 鑑札? 誰かに見咎められた時に身の潔白を明かす書状を若殿に書いて頂きたい」

「そうじゃな。何者かと怪しまれるやも知れぬ。ひとっ走り行ってこよう」

「いえいえ、そこまでは急ぎませぬ。次の鉄砲の評定の折にでも受け取りに伺います」


 本当に腰の軽いおっさんだ。大作は心の中で苦笑した。




 さて、用事は済んだ。暗くなる前に山ヶ野に帰るとしても四時間くらいは自由時間がある。とっとと帰った方が良いのだろうか。

 ほのかと馬借が運んでいる材木が昼過ぎに山ヶ野に着くはず。夜までに小屋を作らないと野宿確定だ。早く帰って手伝った方が良さそうな気がする。

 日が暮れたころに帰り着いて小屋がまだ手付かずだったら最悪だ。


「そんじゃあ、山ヶ野に帰ろうか」

「はい、大佐様」


 何が嬉しいのか知らんけど愛が満面の笑みを浮かべる。大作と愛は二人並んで山道を東に向かって進んだ。




 またもや山道を五時間歩かねばならない。まだ愛とは心が打ち解けたとは言い難い状態だ。とは言え、あんまり仲良くなってフラグが立つのも避けたい。大作は当たり障りの無い話題で時間を潰すことにした。


「愛は将来の夢なんて無いよな。ちなみに寝てる間に見る夢じゃ無いぞ。先々、叶えたい願い事なんかのことだ」

(うつつ)に見る夢? もしや宿願の意にございますか?」

「それだ!」


 今頃になってそんな言葉に気付くとは。ちょっと、いや、かなり情けないぞ。まあ、良いか。大作は考えるのを止めた。


「それで? 愛は何か宿願はあるのか。まあ、言いたく無いなら無理に言わんでも良いけど」

「私は少しでも早く大佐様のお役に立ちとうございます。何なりとお申し付け下さりませ」

「お前もかよ!」


 大作が大声で突っ込んだので愛がびくっとした。悪いことしたな。大作はちょっと反省する。


「驚かせてごめんな。でも、少しくらいオリジナリティーのある返しをしてくれないと困るぞ。ちなみに、お園もメイもほのかも同じようなことを言ったんだ」

「左様にございますか。みな、大佐様のお役に立とうと一心に励んでおられるご様子。私も負けてはおられませぬ」

「勝ち負けはどうでも良い。大事なのはインパクトだ。もっと個性を前面に打ち出せ。お園は天文学。メイは護衛や情報収集。ほのかは財務経理。ちゃんと目標を見付けたんだ。まあ、半分は俺が押し付けたんだけどな。だから愛も目標を見付けてくれ。頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! 愛なら絶対に出来る!」


 愛がぽか~んとしている。久々にやっちまったな。まあ良いか、適当で。


「お園には巫女のゼネラルマネージャーをやって貰うって決めたんだっけ。とりあえず愛はチーフマネージャー見習いをやって貰おうかな。舞や未唯、昨日に来た娘なんかを取り纏めてくれ。若殿の前であれだけ堂々と話せたんだ。心配無い。俺が保証する」


 大作は愛の頭を撫でようと手を伸ばすが紙一重で踏みとどまる。髪は止めとこう。代わりに背中を軽く叩く。愛がびくっとした。

 いきなりのスキンシップは失敗だったんだろうか。セクハラ野郎だと思われたかも知れん。どうフォローするべきだ。むしろスルーした方が良いのか?


「勝手に触って悪かったな。もう絶対に触らない。絶対にだ!」

「いえ、お好きなだけ触れて下さいませ。愛は大佐様に触れて頂いて嬉しゅうございます。もっともっと触れて下さいませ」


 なんだこいつ。変なスイッチ入ったのか? ここでフラグをへし折らないと危険な香りがプンプンするぞ。大作は警戒レベルを一気に引き上げる。

 とりあえず愛との距離を半歩開く。だが、チラリと横目で確認すると愛がとても悲し気な表情をしている。もしかして更なる失敗を重ねたのか?

 さっきまで楽し気に話をしていた。それが急に距離を取ったら気を悪くして当たり前じゃね。どうすりゃ良いんだ。小粋なアメリカンジョークで雰囲気を変えるしか無いか。


「その茶碗にちゃわんな!」

「ちゃわん?」


 やはり駄目か。戦国時代の、しかも九州南部の庶民には茶を飲む習慣なんて無かったんだろう。


「茶を飲む器だな。焼き物で出来てるんだ。焼き物…… 食器を持って来るのを忘れてた~!」


 またもや絶叫を上げた大作に愛が目を丸くして驚いている。


「お前なぁ~! 昨日、あんだけ言っただろう。もう山道を半分くらい来ちまったぞ。何で忘れちゃったんだよ?」


 大作は自分のことを棚に上げて一方的に愛を責めた。そうでもしないと自己嫌悪で落ち込みそうだ。だが、青白い顔をして涙目になっている愛に気が付く。いくらなんでも言い過ぎたぞ。大作は更なる難題に頭を抱え込みたくなる。


「ごめん。俺が悪かった。泣かないでくれよ。そうだ、何か欲しい物は無いか。それとも、何かして欲しいことでも良いぞ」

「して欲しいことにございますか?」

「俺に出来ることなら何でもしてやるぞ。いや、口吸いは駄目だけどな」


 愛が頬を染め、恥ずかしそうに眼を伏せた。これじゃあセクハラの上塗りだ。もはやリカバリーは不可能なんじゃね?

 だが、愛の口から出た言葉は大作の予想の斜め上を行く物だった。


「何故に口吸いをしてはならぬのでございますか?」


 愛が縋り付くような視線を送ってくる。大作は藁にも縋る思いで『エマージェンシー!』と心の中で唱えた。しかし、なにもおこらなかった!


「いやいやいや、俺はお園と夫婦なんだ。他の女と口吸いなんて重大な背信行為だぞ」


 これはアレだな。失敗に対する罪悪感とか、他者への依存心とか。何か分かんないけど愛情飢餓みたいな状態なんだろうか。

 メイやほのかとは吊り橋効果の影響でなし崩し的にキスしちゃった。でも、ここが絶対防衛圏だ。このラインで食い止めないと女の子全員とキスする羽目になりかねない。

 大作は決死の抵抗を決意する。総員死に方用意! しかし愛の攻勢は続く。


「ほのか様も申しておられました。私も二人だけの秘密を持ちとうございます」


 愛の熱っぽい視線に見詰められた大作は蛇に睨まれた蛙の気分だ。もうどうでも良いか。三人も四人も同じだ。大作の決死の抵抗は僅か十秒で終わった。




 来た道を西に向かって虎居へ戻る。愛は大作にぴったりと寄り添って腕を組む。はっきり言って歩き辛くてしょうがない。

 って言うか、山ヶ野に戻る前には止めさせないと大変だ。


「ありがとう大佐。二人だけの秘密ね」


 キスした途端に様が取れて妙になれなれしくなったぞ。女って怖いな。いや、親近感を持ってくれたのかも知れん。大作は良い方に解釈することにした。

 どっちにしろ、こりゃあ絶対にお園に気付かれるな。まあ、二人でたくさん話をして仲良くなったってことで誤魔化そう。


「本当に秘密だぞ。もしお園にバレたら俺は殺される」

「え~~~!」


 愛が大げさに驚いたので大作は耳がキーンとなった。ぴったり密着してるんだ。大声は勘弁して欲しいぞ。大作は心の中でぼやく。


「冗談だよ。さすがに殺されたりはしないだろう。でも、お園を悲しませたくないんだ」

「分かったわ」


 本当に大丈夫なんだろうか。大概のことは『まあ良いか』で済ませる大作だ。しかし、お園だけは替えが利かない。

 全てを失っても、お園さえいてくれたら再建できそうな気がする。でも、愛と二人で再建は無理ゲーにもほどがある。

 そうだ、バレそうになったら先手を打ってこっちから告白しよう。きっと許してくれるだろう。大作は考えるのを止めた。




 昼過ぎに立派な家、じゃなかった、ちびっこハウス改め材木屋ハウスに辿り着いた。

 あれ? 山ヶ野にあるのが材木屋ハウスなんだっけ? じゃあこっちは何なんだろう。

 それはそうと既に弥十郎の家を出て四時間くらい歩いている気がする。歩き過ぎて扁平足になったら嫌だなあ。

 大作は床下から適当に食器を取り出してバックパックに詰めた。さほど時間に余裕は無い。休む間も無く二人は帰路に就く。


「ちょっとでも近道しよう。たぶん、南東に見える道が前にほのかと窯元を訪ねた時の道だ。あれを東に進めば大幅なショートカットが可能だ」

「大佐、私は荷物を持たなくても良いの?」


 愛が遠慮がちに聞いてくる。しかし、大作にはすべて計算ずくなのだ。


「荷物は俺が持つから愛はサックスの練習をしてくれ」

「分かったわ」


 こうすれば愛に腕を組まれたり、ぴったり寄り添ったりされないだろう。


「これって、かんせつきすよね?」


 愛がにっこり微笑む。大作は頭を抱えたくなった。




 愛の吹くサックスを聴きながら大作は山道を適当に東に向かう。しかし、全然道が分からない。コンパスで方位を測って距離も数えているのに地図上の位置が掴めない。

 普段使ってる道より南を通っているのは間違い無い。と言うことは北東に進めば普段使っている道に出るはず。そう考えた大作はなるべく北東に進もうとするが曲がりくねった山道はそう素直に進めない。

 もしかして気が付かないうちに普段使ってる道を北に抜けてしまったのでは。太陽が山陰に隠れるころには大作はすっかり心細くなっていた。


 まだ日没まで一時間くらいはありそうだ。でも、帰り着ける気が全然しない。適当に歩いたから今さら虎居にも戻れそうも無い。

 テントは置いて来た。食器はたくさんあるけど肝心の食料を持っていない。最悪だ。どうすりゃ良いんだよ。なんで近道なんて通ろうとしたんだろう。


「大佐、もしかして迷ったの?」

「迷って無い。道が分からなくなっただけだ」

「それって迷ったのと違うの?」

「そうとも言うな」


 愛に心配を掛けたく無い一心で大作は精一杯の虚勢を張る。そんな心配をよそに愛はにっこり笑った。


「道を歩けばどこかに出るわよ。日が暮れる前に寝所を見付けましょう」

「ごめんな、愛。怒って無いか?」

「器のことを忘れてた私が悪いのよ。ごめんね」


 昨日、食器のことを愛に頼んでおいて本当に良かった。大作は心の中で胸を撫で下ろす。

 こうなったらもう野宿で良いや。夕飯はカロリーメイトだ。大作が諦めた途端に山道が途切れて細長い平地に出た。視界の果てまで田畑が広がっている。


「良かった。向こうに家が見えるわ。道を教えて貰えるわね」

「どんなもんだ。俺の選んだ道に間違いは無かっただろ」


 二人はひとしきり笑うと家を目指して田畑の中の道を進んだ。




「これはこれは、五平どんではございませぬか。このようなところで何をなされておられるのですか」

「大佐様こそ如何なされました。ここは儂の家でございますぞ」


 そう言えば前に来たことあるぞ。想定していた道とそんなには違っていなかったらしい。ここからなら半時間くらいか。本当に真っ暗になる前に辿り着けそうだ。

 大作は思わず安堵のため息を漏らした。だが、五平どんが衝撃の事実を告げる。


「大佐様。今日も身寄りの無い娘を四人ばかりお預け致しました。宜しくお願い致します」

「え~~~! 昨日ストップと申しませんでしたか? 言って無い?」


 大作は情けない顔で五平どんと愛を交互に見詰める。二人とも首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


 もうどうでも良いや。こうなったら来る者は拒まずだ。いっそ戦国最強の巫女軍団を作ってやろう。

 嘘か本当か知らんけど池田恒興の長女、せんが二百人の女鉄砲隊を率いてたとか、伊達にも田村の三春御前が率いる二百人の女鉄砲隊がいたとか。

 ネットで読んだ話だから信用できんけど戦場で発見された人骨の三分の一が女の物だったなんてのもあった。


「愛、忙しくなるぞ!」

「うん、大佐!」


 なんだか限界まで疲れてナチュラルハイになってきたぞ。大作と愛は手を繋いで山ヶ野を目指した。




 ほとんど真っ暗な道をLEDライトで足元を照らしながら山道を進む。ようやく小屋が見えて来た。暗闇の中、目を凝らすと歪な形に大きく増築されているのが見て取れる。

 大作たちの足音に気付いたらしい。小屋の入口に掛けた筵を捲ってお園が笑顔を見せた。


「遅かったわね。心配したわよ」


 しかし、大作と愛が手を繋いでいるのに気付いた瞬間、お園から表情が消える。大作は弾けるように手を振り解く。でも、どう見ても手遅れだ。


「こ、これはアレだ。暗いから転ばないよう用心してたんだ。愛とは何もなかったぞ。絶対に何も無い! 絶対にだ!」

「大佐って分かり易いわよね」

「少しはめんたるを鍛えた方が良いわよ」


 メイとほのかがニヤニヤしながら突っ込みを入れる。

 とりあえず、お園は怒ったり泣いたりしていない。最悪よりは二段階ほど手前ってことらしい。大作は何だか拍子抜けした気分だった。




 大作はその後、全員の見守る前でお園に夕飯を食べさせられるという羞恥プレイを強要された。

 娘たちの好奇の視線に晒されて大作は消えてしまいたくなる。

 やっとのことで食事を終えた大作は安堵のため息をつく。しかし、お園はさらなる迫撃を掛ける。


「大佐には聞きたいことがいっぱいあるの。二人でテントに行きましょう。今夜は寝かさないわよ」


 ようやくお園がにっこり笑う。だが、大作は心臓を鷲掴みされたような気がして震え上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ