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巻ノ八 走れメロスのように の巻

 お園の寝相の悪さで何度か安眠を妨げられた大作であったが、疲れていたこともあってなんとか熟睡することができた。

 翌朝、眩しい朝日を浴びて大作は爽やかに目覚める。


 お園の姿は無かった。トイレにでも行ったのかな。

 大作はデリカシーのない男と思われたくなかったので頭を振ってその考えを打ち消す。

 だが次の瞬間、バックパックが見当たらないことに気が付いて血の気が引いた。

 まさか、お園が持ち逃げしたのか?

 昨晩、あんなに気持ちが通じ合ったと思ったのに。


 四十三匁の銀塊十個、スマホ二台、太陽電池の充電器、手回し充電器、スタンガン、催涙ガス、ライター、クッカー、単眼鏡、浄水器、カロリーメイト四食……

 他にもまだまだ役に立つ道具が入っていたのに。全部持って行きやがった。

 残ったのはテントだけかよ!

 悔しさと悲しさで自然と涙が込み上げてくる。


「こんな辛いなら…… 切ないなら…… 愛なんていらない!!」

「あ、起きたんだ。おはよう大佐」


 お園がテントの入口からにこやかな笑顔をのぞかせた。手には薪を抱えている。


「へぁ!?」

「へぁってどういう意味? 朝の挨拶?」


 大作は驚きで開いた口が塞がらない。

 だが涙を拭くと真剣な顔をして言った。


「お園。俺を殴れ。ちから一杯に俺を殴れ。俺の心は、今、君を疑った。だから俺を殴れ」


 太宰治は1948年没だから著作権は切れてるよな。大作は念のためスマホで確認する。

 お園は真剣な表情でうなづいた。そして力いっぱいのデコピンをした。それから、お園は大作に言った。


「大佐、私を殴って。同じくらいの強さで私を殴って。大佐は心細かったのに黙って外に出た私が悪かったの」


『何だこのメロス展開?』と思いながら大作はお園を軽くテコピンした。

 そして二人はひしと抱き合った。

 バックパックは寝る前に前室に置いていたのをお園がテントの横に移動させていた。


 宇宙人か未来人の視聴者が今の二人を見ながら『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!』とか書き込んでるんだろうか。

 大作はジム・キャリーのトゥルーマン・ショーという映画を思い出した。






 お園が拾ってきた薪をかまどに並べる。


「私に火を点けさせてくれる?」

「使い方、分かる?」

「昨日見てたから大丈夫よ」


 お園はマグネシウムファイヤースターターを受け取ると火口の上でマグネシウムを3回削る。

 そしてストライカーにマグネシウムを押し付けて引く。

 火口に火花が落ちると素早く息を吹きかける。


「空気だ! 空気が重要だってトム・ハンクスも言ってた」


 今頃になって思い出すなんて。大作は自分の記憶力に自信が無くなってきた。


「お園、その火打石をあげるよ。俺より上手く使えるみたいだし」

「ありがとう。大事にするね」

「それから、これをもらってくれ」


 大作は銀塊を五個渡した。八百グラムの重さにお園は目を丸くする。


「私が持ってて良いの」

「何でも二人で半分こだ。一人で全部持っていて落としたり無くしても困る、それに重いし」

「分かったわ」


 大作がテントを畳んで片付けている間に、お園が昨日の夕飯の残りに水を足して暖め直す。


「お待たせ」


 お園が小さいマグカップに半分を移し、クッカーを大作に渡す。


「ありがとう」


 大作は昨晩あれほどゲロ不味だと思った料理が我慢すれば食べられるレベルになっていることに驚いた。

 美味いとは言えないが我慢すれば十分食べられる。

 食べ慣れたせいだろうか、それとも一晩寝かせたのが良かったのだろうか。

 大作は考えた末にお園が温め直してくれたからなんだと思うことにした。

 食器を洗って片づけた後、二人並んで歯を磨いた。




「俺は昨日行かなかった家を托鉢して回る。お園は白衣と緋袴を探してもらえるか。できれば千早も。それと髪を束ねる紙も欲しいな。あと塩とか味噌も頼む。他にもお園が要ると思うものがあったら買ってくれ」

「白衣と緋袴っていくらくらいするのかしら?」


 手で糸を紡いで機織りが織ってた時代だ。きっと凄く高価なんじゃないかと大作は思う。

 スマホに中世の物価に関する資料も入ってた気がする。でも、それを着物に仕立てると高くなるだろうし、古着だと新品より安いだろう。地方だと物価は安いのか? 流通コストが掛かるから高くなるのか? さっぱり分からん。

 って言うか、この時代の人間に分からん物が大作に分かる訳がない。


「まかせるよ。足下を見られてぼったくりに遇わないように気を付けて。迷ったら買わずにいったん戻って来てくれ。そうだ、小銭も持ってた方が良いな。出来たら塩だけでも手に入れて欲しい」


 大作はキーホルダーに付けていた永楽通宝の六文銭を外して渡す。一つ数百円した物だから勿体無いような気もするが使わずに持っていても仕方ない。


「気張ってみるわ。でも白衣や緋袴を探してるなんて変に思われないかしら」

「お園は本物の歩き巫女なんだけど、洗濯してたら風で飛んでったとか言えば良いんじゃないかな。お天道様が真上に登る頃にまたここで会おう」

「ちょっと恥ずかしいけど仕方ないわね」


 二人は手を振って別れた。

 大作は托鉢を行うが昨日の数時間の経験もあってそれなりに様になっている。

 あわせて街道や関所などの情報収集を行う。


 江戸城の南の街道を進むと川を渡ってすぐに甲州道への分岐があるらしい。

 そのまま日比谷入江の西岸を南に下って行くと次の川のすぐ南に霞が関がある。

 そこから先は海岸沿いに南に小田原まで道が続いているとのことだ。


 どっちに行く? そもそもどこに行く?

 大作はお園の意見を全然聞いていなかったことを思い出した。






 大作は腕時計で時間を確認して十二時前に薪を拾いながら川原に戻った。水を濾過して火を起こし湯を沸かす。

 お園が入手してきた塩で味付けした雑炊はご馳走とまでは行かないが十分に美味しかった。


「大佐の国ではお昼にもご飯を食べるのね」

「昼に食べないと夜まで持たないよ」

「だから夕方に食べるんだと思うわ」


 火が暮れたら寝るんだから夕飯はその前に食べるんだろう。

 だから一日二食で十分なんだと大作は納得した。

 雑炊を食べながら大作は尋ねる。


「お園は甲斐へ帰りたいか?」

「いいえ、土地も身寄りも無いから帰るところなんて無いわ」

「じゃあ、どこか行きたい国はあるか?」

「そんなの無いわ。だって武蔵の国につれてこられるまで甲斐から出たことなかったのよ」


 大作は馬鹿なことを聞いたと反省した。もう少し考えてから話せば良かった。


 さてどうするか。せっかく戦国時代にタイムスリップしたのに死ぬまで托鉢するのもアレだ。

 堺あたりに行って未来知識を活用して何か大きな商売はできないだろうか。


 江戸時代の出版文化を先取りして木版多色印刷や活版印刷を実用化するなんてどうだろう。

 十九世紀に日本の浮世絵は海外で大変な日本ブームを巻き起こしたらしい。

 逆に南蛮の文学を翻訳出版したら人気が出るかも知れない。


 複数の縦帆を備えて向かい風に対する逆走性能を追求したスクーナー船を作るのも面白そうだ。ジンバルに乗せた羅針盤も標準装備したい。『海運王に俺はなる!』ってか。


 そうは言っても先立つ物が無い。お園と二人で一年やそこら食べて行くのには困らないが新規事業を立ち上げるには全く足りない。小さなことからコツコツとやっていくしか無いのか? だが時間はそんなに無いかも知れない。


 今年は1550年だから十八年後の1568年には織田信長が堺に矢銭二万貫を課す。徹底抗戦を叫ぶ会合衆に対して現実主義者だった今井宗久は迷わず信長との和平を主張した。


 大作なら絶対に『このたびは堺に矢銭二万貫をご請求頂きありがとうございました。厳正なる選考の結果、誠に残念ながら今回はご期待に沿えない結果となりました。ご希望に添えず恐縮ですが、何卒ご了承の程お願いいたします。つきましては、ご請求に際し、お預かりしました請求書を返却いたしますのでご査収ください。多数の環濠都市の中から堺に請求いただきましたことに感謝するとともに織田様のより一層のご活躍をお祈り申し上げます』とか返事を出すところだ。


 考えただけで腹が立ってきた。大作は昔から織田信長が大嫌いなのだ。信長を死に追いやったというだけの理由で明智光秀が大好きなくらいだ。あんな奴が天下人として君臨するのなら呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)みたいに国外脱出した方がマシだ。


「お園は異国に行ってみたいとは思わないか?」

「いこく? 聞いたことないわ。どこにあるの?」

「一月くらい船で南へ行ったところかな」

「え~~~! 海ってそんなに広いんだ」


『注目するのはそこなんだ』と大作は思った。住めば都とは言うけれど合わないからと気軽に帰って来られる距離でもない。最悪の事態を想定した避難場所にしておこう。


 やはり商人なんて柄じゃ無い。できるなら二十一世紀の科学知識を生かして無敵の軍団を作って力で叩き潰してやりたい。

 だが伊○三尉と違って三十人の部下や装甲車やヘリなんて便利な物は無い。スタート時点で大きな差がありすぎる。


 山本勘助は実績はほとんど無かったが兵法家としての名声はそれなりに有名だったらしい。それでも武田晴信(信玄)が知行二百貫で召抱えたのは破格の待遇だったそうだ。

 部下は少なくても良いが豊富な資金と大きな自由裁量権が必要だ。何の実績も無い若造にそんな待遇を与えてくれる者がいるだろうか。


 信長なら有能と認めた者ならば身分に拘らず実力が発揮できる地位に付けそうだ。だが奴は個人的には上司にしたく無い男ダントツ一位だ。そもそも勝つに決まった奴に仕えるなんて面白くも何ともない。

 1939年のアメリカにタイムスリップして原爆開発に協力するSF小説があったとして面白いか? 大作は基本的に判官贔屓なのだ。

 第二次大戦シミュレーションゲームをアメリカでプレイしたってスリルが無いだろう。普通にやったら全世界を敵に回しても負けっこ無い。


 だがスマホ片手に十年間も歴史改変妄想してきた大作にはただの歴史改変ではもはや足りない!!

 超歴史改変を!! 驚天動地の超歴史改変を!! 一向宗が信長を倒すとか、真田信繁が天下人になるとか。そんな誰でも思い付きそうな改変はシュレッダーにポイだ。

 琉球王国やアイヌ民族が日本を征服するとか、正親町天皇が親政を執り行うとか。思わずブラウザバックしたくなるようなびっくり日本史が見たい。

 そもそも二十一世紀の科学知識を駆使して普通にやったら勝つに決まってる。何か縛りを付けないと難易度が低すぎる。


 とは言え、お園と二人で戦を始める訳にも行かん。誰かと手を組むか、仕官しなければ。


 とりあえず北条は無しだな。家臣団の結束が強すぎる。太田道灌を殺したのもマイナスポイントだ。あそこで活躍したら粛清されそうな気がする。それに四公六民だっけ? 本気で戦をする気があるのかよ。


 序盤戦で信長の最大の敵になる今川義元はどうだろう。見た目が悪いからと山本勘助を門前払いしたってエピソードを読んだことがある。征夷大将軍・足利義晴に偏諱を賜ったような奴だ。スマホに入った知識だけが頼りの高校生が対等な同盟関係なんて夢のまた夢だな。会ってもらうことすら無理だろう。

 それに今川も無駄に大きくて家臣が多い。のし上がろうとすれば嫉妬や軋轢で絶対に苦労する。家臣のままで終わるつもりは無い。だが、乗っ取るには大きすぎる。


 伊○三尉は長尾景虎(後の上杉謙信)と同盟を組んだ。でもあれは近代兵器があったからだ。こいつもアポを取るだけで一苦労しそうだ。それに奴はあと二十八年も生きる。部下になって死ぬのを待っていたら大作は四十五歳だ。大酒飲みで辛い物ばかり食べてたから脳卒中で死んだんだっけ。


 強い危機感をもった小規模勢力が狙い目だな。

 組織という物は自己目的化して暴走する。二十一世紀ですら優秀な新人を潰そうとする無能な上司なんて珍しくも無い。

 ましてや、生まれや家柄なんて物が幅を利かせていた時代だ。実力主義っぽい織田家ですら秀吉が出世するのにどれだけ苦労していたことか。

 いきなりナンバーツーになれるくらいの小さな組織の方が都合が良いな。


 大作はスマホを起動すると戦国武将勢力地図を探して1550年を開く。


『将軍義輝を三好長慶が追放、室町幕府崩壊』

『大友から毛利が独立』

『村上義清に武田信玄が大敗』


 毛利元就に関してもう少し詳しい情報を探してみよう。

 Wikipediaに書いてあることを要約すると『今年の七月十三日に井上元兼の一族を皆殺し。残る家臣団に毛利への忠誠を誓わせた』とのことだ。


 良く分からんけどナチスが突撃隊(SA)幹部を粛清した長いナイフの夜みたいな物だろうと大作は想像した。

 あれの成功を見てスターリンも大粛清をやる気になったらしい。

 たしか当時のドイツはベルサイユ条約で陸軍が十万人しかいないのに突撃隊は四百万人、武装した兵力は五十万人もいたんだ。ゲーリング・ヒムラー・ハイドリヒが手を組んだとはいえ良く成功したもんだ。

 突撃隊幕僚長のレームに事前に情報を流してやればどうだろう。先手を取ってヒトラーを軟禁。ゲーリング、ヒムラー、ハイドリヒを拘束してしまえ。ヒンデンブルク大統領は……

 いやいやいや、それは今考えることじゃ無いな。話を戻そう。


 そんな毛利にノコノコ行って大丈夫だろうか。でも新しい人材を探しているかもしれない。

 とはいえ大作は元就にも最悪の印象しか持っていない。騙し討ちの奇襲や降伏させて虐殺みたいな卑怯な手しか印象に残っていない。仮に元就に仕えても井上みたいにいつ粛清されるか分からない。

 逆に井上一族とやらに事前に情報を流した方が面白そうだ。

 そういえば萌はなんで毛利輝元なんかに夢中だったんだろう。どうせ女体化フィギュアの出来が良かったとかなんだろう。


 長宗我部はどうだろう。元親はまだ満十一歳で元服前だ。元親の父の国親に関して調べる。まだかなりの弱小勢力だが数年前から積極的に勢力を拡大している。有能な人材を求めているはずだ。

 だが四国ってどうなのだろう。四国統一が完成してもせいぜい百万石。動員兵力は三万人がやっとだろう。信長が十万の兵で攻めてきたら瞬殺されそうだ。

 まあ、四国統一だけに三十年も掛けるつもりは毛頭無いけど。


 九州はどうだ。龍造寺隆信は満二十一歳。家督を継いでまだ二年。歴史通りなら来年に大内義隆が陶隆房(後の晴賢)の謀反で死ぬ(大寧寺の変)と、後ろ盾を失った隆信は家臣の反乱で肥前を追われる。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 龍造寺は南蛮や明との貿易を積極的にやらなかったようだが唐津に港を作れば不可能では無いだろう。


「九州に行ってみようかと思うんだけど、お園はどう思う?」

「きゅうしゅう?」


 お園はまたもや初めて聞いた地名だと言う顔をした。この時代はなんて言うんだろうと大作は考える。


「筑前とか筑後とかがある大きな島だよ」

筑紫島(つくしのしま)のことね。随分と遠いわよ」


 新幹線なら二万三千円で五時間、格安航空券なら一万円以下で二時間くらいだろう。

 この時代なら一ヶ月くらいなのか。大作には見当も付かない。


 頭を使い過ぎて疲れてきた。一休みしようと大作は話題を変える。


「そういえば白衣や緋袴はどうだった?」

「白い布しか見掛けなかったわ。困ってるって言ったら神田明神さまか湯島天神さまへ行ってみたらどうだって言われたの。それで神田明神さまには行ってみたけど余ってる白衣も緋袴も無いって言われたわ」

「神田明神って?」

「お城のすぐ東にある神社よ」


 あれが神田明神だったのか。江戸城拡張に伴って移設されたって話を大作は思い出した。

 それはそうと湯島天神なら昨日のスタート地点から北に五百メートルじゃないか。


「駄目元で湯島天神へ行ってみるか」

「しかたないわね~」


 二人は川で並んでクッカーを洗うと湯島天神に向かって歩き出した。


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