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巻ノ七拾八 セーブ・ザ・チルドレン の巻

「次は石臼だな。あんな物、山道を二十キロ運ぶなんて考えたくも無いぞ」

「私めも嫌よ」

「恐れながら私もお役に立てず、相済みませぬ」


 そりゃそうだ。リヤカーでもあれば何とかなるだろう。でもそんな物は無い。それに狭い山道だし。


 石臼は奈良時代に日本に伝わったそうだ。だが広く普及したのは江戸時代に入ってからのことだ。

 この時代ではまだ庶民には無縁の物だったらしい。前回は弥十郎の伝手で手に入れたがそう何度も使えない。


 ちなみに石臼の溝は使っている間に擦り減って行く。なので擦り減った石臼の目を立て直すの専門の石工もいる。

 あんな山の中からいちいち重い石臼を運んでいられない。金山がフル稼働するまでには石工をスカウトして常駐させねば。


 まず、歩き回って石工を探す。置いてあった石臼の中から適当な物を言い値で買う。相場が分からないが思っていたより高かった。

 金の製錬の他にも火薬作りでも石臼が必要となる。生産体制を早めに拡充しておく必要がある。大作は石工に一声掛けておくことにした。


「石工殿。近々、石臼の需要は大幅に増加します。我が寺でも百個くらいは購入予定があります。積極的な設備投資をお勧めします」

「さ、左様にございますか。主人と相談させていただきます」


 半信半疑の様子だ。弥十郎辺りからも言って貰った方が良いかも知れない。

 ついでに古道具で良いからと頼み込んで金槌を安く譲って貰う。最後に馬借への配達を頼んで石工を後にした。




「石臼って高いんだな。まあ、食器と建築資材がタダで手に入ったのがラッキーなだけか。この調子で水銀も安く手に入れたいな。さすがにそれは無理か」

「あんな不可思議な物、何処で手に入るのかしら」

「前は火薬を作るって言って工藤様に用意して頂いたんだっけ。何とか経費で落とせないかな」


 大作はWikipediaの水銀の項目をチェックする。


 日本では縄文時代から伊勢国の丹生鉱山で辰砂を採掘していたそうだ。

 奈良の大仏を金メッキするためには五万八千六百二十両の水銀が使われたんだとか。

 一斤が十六両で百六十匁だから二千二百キロほどになる。

 これが全て伊勢産かどうかは不明だが、中国にも輸出するほど産出していたらしい。

 しかし室町末期には掘り尽くされて閉山してしまう。その後は中国からの輸入に頼っていたようだ。


 国内最大のイトムカ鉱山で水銀が発見されるのは昭和十一年。それに北海道なんてあまりにも遠すぎる。

 菱刈の北にある大口鉱山でも水銀は採れるらしい。でも、それができるなら苦労はしない。あそこは島津の勢力下なのだ。


 近場だと江戸時代に佐世保市相浦の佐世保層群相浦層で自然水銀が取れたそうな。

 別の資料によると大潟新田の山際、相浦層群鹿子前層の砂岩頁岩礫質砂岩互層と書いてある。

 新田って地名からすると江戸時代に開墾されたんだろうか。

 この時代は何も無いだろうから共同開発を持ちかければ乗ってくる可能性は高い。

 肥前国は有馬氏の支配下だ。間にある相良とも敵対関係には無い。交易だって可能なはずだ。


 とは言え、今日明日の話じゃ無いな。最短でも数ヵ月は掛かる。

 大作は無い知恵を振り絞りながら弥十郎の屋敷に向かった。


 相変わらず忙しい人らしく弥十郎は留守だった。家人によると重経のところに行ったらしい。

 (たか)る相手としては大物の方が良いな。それに所詮は子供だ。簡単に騙せるかも知れん。

 ここまで来たついでだ。ダメもとで行ってみるか。大作は次なるターゲットを重経に定める。


「頼もう。大佐にございます。アポ無しで済みませぬが若殿にお目通りをお願い致します」

「大佐殿ではないか。急に何用じゃ」


 弥十郎が顔を出す。しまった、こいつがいるんだった。いや、案外と味方になってくれるかも分からん。とりあえず言葉のジャブだ。


「孤児院の件にござります。皆様方のご助力もあり、あっという間に募集定員を超えてしまいました。有り難きことにござりますが難儀もしております。恐れながら若殿にもご寄進をお願いできませぬかとお尋ねしました」

「大佐殿は数多(あまた)金子(きんす)を持っておったではないか」


 弥十郎からの鋭い突っ込みを受けて大作は心臓が止まりそうになった。だが、必死にポーカーフェイスを作る。


「あの金は寺を建立するためにお預かりした物にございます。孤児院の建設は拙僧の思い付き。勝手に流用するわけには参りませぬ。子供らの職業訓練さえ上手く行けば必ずや自立が可能にございます。なにとぞご寄進をお願いいたします。Save the Children!」


 大作が深々と頭を下げる。ほのかと愛も寸分違わぬ見事なシンクロを見せる。こいつなにげに凄いな。一度見ただけで技をコピーできる特殊能力持ちなんだろうか。


「若殿にお目通りをお願いして進ぜよう。付いて参られよ」


 弥十郎は暫しの逡巡の後に結論を若殿に丸投げした。きっと弥十郎も面倒臭くなったんだろう。大作は何となく親近感を覚えた。




「苦しゅうない。近う寄れ。連れの者も顔を見せよ」


 部屋に通された大作は部屋の真ん中辺りまで這い進む。部屋の隅に平伏していたほのかも体を起こす。愛は廊下で平伏したまま僅かに顔だけを上げた。

 突然の来訪にも関わらず重経は上機嫌で目通りを許してくれた。退屈な日常を送っていそうだもんな。大作はついでに鉄砲関連の報告をしておくことにする。


「有り難き幸せにございます。前にお目見えをお許し頂いてから半月になりますな。鉄砲の計らいは滞りなく進んでおります。近々にも成果物をご覧にいれましょう」

「もう鉄砲が出来たのか?」

「いやいや、そう急かれますな。美味しい料理は時間が掛かります」

「左様か。まあ、楽しみに待つとしよう。それで、今日は何用じゃ?」


 こいつ本当に十二歳の子供なんだろうか。大作はちょっと不安になる。見た目は子供だけど中身は大人だったりして。まあ、藤吉郎だって歳の割にはしっかりしてたけど。


「若殿のお力で水銀を都合して頂くことは出来ませぬでしょうか?」

「水銀とな。御本尊でも作られるのか?」


 仏像の金メッキに使うと思ったのだろうか。そりゃそうだよな。使用目的も聞かずにポンと水銀なんてくれるわけ無いぞ。大作は頭をフル回転させる。閃いた!


「雷酸水銀を作るのでございます。鉄砲は火縄の火を絶やさぬよう気を遣わねばなりませぬ。ですが雷酸水銀を使った雷管があれば火縄を用いずとも撃つことが叶いまする。雨の日や敵がいつ何時に攻めてくるか分からぬ時などは重宝にございますぞ」

「よう分からん。和尚がそう申すのならそうなのじゃろう」


 大作は心の中で『お前ん中ではな』と付け加える。こいつ本当に雷管の価値が分かってるんだろうか。


 エドワード・ハワードによって雷酸塩が発明されたのは1800年のことだ。1807年には早くも銃に応用される。

 早期の実戦投入により敵にコピーされるリスクは高まる。とは言え、本音を言うと大作は雷管なんて言うほど便利な発明とは思っていないのだ。

 YouTubeでハートマン軍曹の中の人がパーカッション・ライフルを撃つのを見たことがある。でも、雷管をセットするのが凄く面倒臭そうだった。

 それほど装填時間が短縮できそうには思えない。コストに見合う効果があるのか大いに疑問なのだ。


「火縄を用いずに火薬を爆発させることが叶いますれば様々な用途が開けまする。たとえば踏んだ者の足を吹き飛ばす地雷。触れた船に穴を開けて沈める機雷。こういった絡繰りを作れば戦の有り様は大きく変わりまする。数百年ほど後の世では一億個もの地雷が野山に埋められましょう。そして毎日毎日、百人もの何の罪も無い民草が足を吹き飛ばされるのでございます」


 重経と弥十郎の汚い物でも見るような視線を感じて大作は我に返る。ヤバイ! 軌道修正を図らねば。


「そのような目に遭いたく無くば敵より先に雷酸水銀を作らねばなりません。そういった非道な行為の代償が如何に高く付くか思い知らせるのです。これを抑止力と申します。民草の安寧を守るため、拙僧に水銀をお与え下さいませ」


 大作、ほのか、愛が一糸乱れぬシンクロで深々と頭を下げる。何だかロボットみたいだな。大作は思わず笑いそうになったが我慢した。

 でも何だか嫌な予感が止まらない。これは早期撤退が吉っぽいぞ。大作は素早く決断した。額を床に着けたまま暇乞いに移る。


「お忙しいにも関わらずお時間を割いて頂き有難うございました。拙僧は身寄りの無い子のためにご寄進をお願いして回らねばなりませぬ。お暇させて頂いて宜しゅうございますか?」


 さっさと帰りたいのは山々だがとりあえず疑問形で入る。機嫌を損ねるのは絶対に不味い。だが、大作が何となく予想していた通りに重経から声が掛かった。


「夕餉の支度をさせておる。身寄りの無い子らの職業訓練とやらについて話を聞かせてもらえるか」


 ヤバいぞ。まさか愛から話を聞いて孤児院の実態調査でもするつもりなのか。事前に口裏を合わせておけば良かった。変なこと口にしてボロを出さなきゃ良いけど。大作は心臓を締め付けられるような気がした。




 すぐに大作たちの部屋にお膳に乗った料理が運ばれて来た。


「そこな娘。も少し近う寄れ。直答を許す。大佐殿の孤児院とやらはどのようなところじゃ?」


 愛が廊下から部屋の一番隅に這い進む。大作は無駄だと思いつつも『お願いだから変なことを言わないで』とテレパシーを送る。


「大佐様がお建てになられた孤児院は今はまだ粗粗(あらあら)しげな小屋に過ぎませぬ。されども、そこに集う子らもみな大層な幸いにて、大佐様に深く(くだん)の恩を知りて宜しく報謝(ほうしゃ)すべしと心得ております」

「であるか。食に事欠くことは無いか?」

「ございません。器が足りぬ折、大佐様は(わたくし)どもに先に食べむと申されました。かたじけなきことにございます」


 何だか知らんけど愛は上手いこと誤魔化してくれてるみたいだ。打ち合わせも無しでこれだけのアドリブがこなせるなんて凄いな。大作は心底から関心する。

 この交渉能力は何かに生かさないと勿体無いぞ。渉外担当でもやらせるか。


「大佐様は私の二人の妹も養うて下さりました。あるとさっくすと申す吹き物の稽古を付けて下さいました。珍しき品々を見せて下さいました」

「左様であるか。事の(てい)いちいちにあらはれぬ。冷めぬうちに食ぶるが良い」


 重経は話に満足したのだろうか。孤児院に対する追及は終わったようだ。

 大作は愛がここまでやれるとは思ってもいなかった。こいつは俺なんかよりよっぽど詐欺師の才能があるんじゃなかろうか。

 他に何か忘れてなかったっけ? そうだ、煙硝がどうなってるのか確認しなきゃ。


「時に工藤様。煙硝作りは如何な塩梅にございましょうや?」

「あのまま蔵に置いてあるぞ。一月待てと申しておったではないか」


 弥十郎が他人事のように気楽に言う。ちゃんと作り方は説明したはずだぞ。大作は祁答院の行く末が心配になってきた。


「鉄砲は火薬がなければ鉄の筒に過ぎませぬ。急いで家々を回って煙硝を採らねば。家一軒から二貫目の煙硝が採れるとして鉄砲二千発分と言ったところにございましょう。向こう三年に千軒は床下を掘り返さねば」

「日に一軒じゃな。人足を雇うて事に当たらせるしかあるまいて」


 作業が始まっていないのなら割り込む余地があるってことだ。大作はこのチャンスを見逃さない。


「恐れながら拙僧にお任せ頂けませぬでしょうか。身寄りの無い子らの自立支援のためには現金収入が入用にございます」

「それは良き思いじゃ。和尚に任す。心して励め。水銀も儂から寄進しよう。弥十郎、領内の水銀を掻き集めて山ヶ野に送れ」

「御意」


 何だか知らんけど随分とあっさり話が纏まった。上手く行き過ぎて大作は返って心配になる。いつもならフォローしてくれるお園も居ない。調子に乗って失敗しないよう自戒せねば。


「しからば、お礼に一曲サックスを吹かせて頂きましょう。お耳汚しにございますがお聴きくださいませ」

「おお、さきほど申しておったさっくすじゃな」

「かんせつきすよね」


 ほのかが目をキラキラさせながら大作にだけ聞こえるほど小さな声で囁いた。



        ◆◆◆◆◆◆



 七十八話の長きに渡って掲載して参りましたこの小説ですが、今回を持ちまして毎日更新を終わらせて頂きます。

 暖かい声援や厳しいご指摘の数々、大変ありがとうございました。

 スカッドは、もうすっかり疲れ切ってしまって毎日更新できません。何卒お許し下さい。


 これからは週一を目途に更新して行く予定です。


 とは言え、人間なんていつ死ぬか分かりませんので四ヶ月後に暫定版の最終回を予約掲載設定してあります。

 もし長期休載の後に唐突な最終回が更新されたら、スカッドは既にこの世に無い物とお考え下さい。


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