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巻ノ七拾七 ちびっこハウス の巻

 腹も膨れたし明日も早い。することも無いのでさっさと寝よう。大作がテントを手に立ち上がった。


「そろそろ寝ようか。テントを……」

「昨日はお園と二人で寝たわよね。(わたくし)めやメイとも寝てくれるのよね? ち~むのめんば~は対応なんでしょう」


 ほのかが大作の目を真っ直ぐから見つめながら言う。メイも刺すような視線を送ってくる。


「いやいや、これは夫婦の問題だ。職場にプライベートを持ち込むのは関心しないぞ」

「でも、ずっと四人で寝てたわよね。なんで急に私たちだけ除け者にされるの」

「この小屋に七人は狭いだろ。テントに四人は窮屈だし」

「じゃあ愛と舞と未唯にてんとで寝て貰えば良いわ」


 お園が有無を言わさぬ気迫で議論を打ち切った。これは逆らわない方が良い。大作は考えるのを止めた。




 一人用テントを手早く張ると大作はアイマイミーに頭を下げる。


「ごめんな。あと二週間…… 半月ほど我慢してくれ。梅雨入り、じゃなかった五月雨までにはちゃんとした家を建ててやるからな」


 これくらいのことでキレたりはしないだろう。でも、とりあえず謝っといた方が無難だ。

 九州南部の梅雨入り平均は五月三十一日ごろ。今日って西暦で何日だっけ。スマホの西暦和暦変換アプリで確認すると五月十九日と表示された。

 ダメじゃん! どうすれバインダー!


 いや待て、虎居に立派な家があるじゃないか。

 パートの契約契約は五月二十八日までだ。二十九日に水銀を蒸発させて金を取り出そう。

 金の製錬さえ上手くいけば俺がこっちに居る必要は無い。


 山ヶ野にはメイとほのかを交代で常駐させて管理させよう。肩書きはメイが警備局長。ほのかが財務局長ってところか。

 五平どんはエリア統括マネージャーにしよう。パートの人数も大幅増だ。そのためには金槌や石臼が要るな。

 いやいや、水銀が大量に必要だぞ。たしか工藤様の伝手で手に入るはず。

 そうじゃない。作業場の屋根が要るんだった。梅雨になったら野晒しで金の製錬なんて出来ない。

 って言うか、今までよく雨が降らなかったもんだ。こいつが最優先だな。


「大佐様。如何なされました。大佐様」


 愛の遠慮がちな声に大作は現実世界へ引き戻される。


「え? なんだって?」

「いえ、何でもございません」

「心地悪しげにて、例ならぬ気色かと憂えました」


 舞と未唯がほっとした表情をみせた。


「ご無事なようで安堵いたしました」


 三人が声を揃えてハモる。自然に割台詞をやってのけたぞ。流石は姉妹だ。

 訓練すればジェットストリー○アタックとか出来るようになるんじゃなかろうか。まあ、それは追い追いやって行こう。


「そんじゃあ、おやすみ。良い夢見ろよ!」


 大作は狭い小屋に戻る。久々に四人揃って床に就いた。


 明日はどうしよう。虎居まで行って食器を購入。材木、水銀、金槌、石臼の配達を依頼するか。でもお金がもう無いぞ。

 いっそ予定を前倒しして水銀を蒸発させて金を回収するか。十一日もやってるんだから数十グラムは採れるはず。って言うか、採れないと困る。

 問題は水銀の回収率だな。もし水銀の大半が回収できなかったら明後日から作業が出来ない。

 大作は久々に真剣に悩む。散々悩んだ末に結論が出ないまま眠ってしまった。




 翌朝の朝食もアイマイミーに任せた。ただし大作は三人をまだ完全に信頼はしていない。毒でも混ぜられたら厄介なのでさり気なく監視の目を光らせる。

 食事を終えたころ五平どんたちがやって来た。何だか妙に騒がしいぞ。女、女、女……


「大佐殿。身寄りの無い娘子を集めて参りましたぞ。はな、きく、はぎと申します」

「嘘だといってよ、バー○ィ」


 大作は目の前が真っ暗になった。




 五平どんの連れて来た三人の娘も中学生くらいの年格好に見えた。簡単な自己紹介をしてもらったが大作は右から左に聞き流す。

 それよりこいつらの処遇だ。七人ならテントの併用で何とかなった。でも十人だと何人かは野宿だ。一部を虎居の立派な家に連れて行くか。

 こいつらの食い扶持もどうすりゃ良いんだろう。金山労働に投入か。でも石粉や水銀には近付けたくないぞ。


「お園。銀の残りはどれくらいだ?」

「四つよ。何か買うの」

「もうすぐ五月雨だろ。家を増築したいし、屋根の付いた作業場も要る。水銀も入用だ。銭八貫文じゃ全然足りないな」


 建築資材は材木売に泣きついて掛売を頼めば何とかなるかも知れない。水銀も工藤様の伝手を使えないだろうか。十日後には百グラムくらいは金が採れるはずなのだ。もし採れなかったら夜逃げするしか無い。


「津田様の金を借りるんじゃなかったの?」

「そうだっけ? そうだった! 二貫目の金があるじゃんか。どこに埋めたんだっけ?」


 大作の大声に五平どんと老婆やアイマイミーが訝し気な顔をしているが構っている余裕は無い。事態は一刻を争う。


「お園、その娘たちに仕事を教えてやってくれ。虎居に行って材木や水銀を手に入れてくる。ほのかと愛は一緒に来てくれ」

「今日は虎居に泊まるの?」

「こっちには寝場所も無いからな。テントや食器は置いて行くよ。そうだ、五平どん。娘子の寝床にする筵を何枚か売って頂けますか」

「おお、それは気付きませなんだ。お代は結構です。明日にもお持ちしましょう」


 とりあえずこっちは任せて大丈夫だろう。大作、ほのか、愛は二十キロの山道を西に向かって歩き出した。




 大作は考える。あいつら本当に孤児なんだろうか。


 ネットで読んだ話によると農民に家族なんて概念が出来たのは太閤検地の後だそうだ。社会が安定、一地一作人制が定着したから家族とか結婚なんてシステムも成立したとか何とか。

 それ以前の農民は奴隷でこそ無いが、領主に隷属していた。農民は夫婦とか親子とか以前に全員が領主の所有物みたいな物なのだ。

 だから親を失った身寄りの無い子供がたくさんいるなんて状況が不自然だ。そもそも乳幼児死亡率の高い時代に何でこんなに子供がいるんだ。

 とは言え、望月千代女の歩き巫女やアルメイダ神父の孤児院の話もある。


 どっちが本当なんだろう。分からん。大作は考えるのを止めた。


「愛は吹き物は出来るのか?」


 五時間の道のりは黙って歩くには長すぎる。大作は適当に話題を振った。


「いえ、お役に立てず申し訳ございません」

「じゃあ、試しにサックスに挑戦してみないか?」


 どうせ暇つぶしだ。バックパックからサックスを取り出して半ば強引に手に持たせる。


「それって、かんせつきすよね?」


 ほのかが悪戯っぽく微笑みながら鋭い指摘を入れる。


「そんなんじゃ無いって。お園には絶対に内緒だぞ」

「うふふ、二人だけの秘密ね」

「だ~か~ら~!」


 大作とほのかのやりとりを見た愛は不思議そうな顔をしている。だが、空気を読んで何も言わなかった。




 大作は虎居に着くまで愛にサックスの吹き方を教えた。やり始めて気付いたのだが、あっと言うまに上達して俺より上手くなったらどうしよう。大作はとても心配になる。

 しかし心配は杞憂に終わった。愛には音楽に関する特別な才能は無いようだ。鳴らしたい音を自由に出せるくらいにはなった。だが、曲を吹くのはまだまだ先のことになりそうだ。

 見た感じでは嫌々やってるわけでは無いらしい。丁度良い時間潰しになった。


「初めてにしては上手いもんだぞ。余裕が出来たらそのうちリコーダーでも作ってやろう。愛のリコーダー。なんつって……」

「りこ~だ~?」

「何でも無い。忘れてくれ」


 何であんなことを口にしてしまったんだろう。タイムスリップで過去に戻って改変できたら良いのに。死ぬほど後悔したがもはや手遅れだ。オヤジギャグには要注意。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。




 まずは窯元の煙を目印に進む。何を置いても食器が最優先だ。


「大佐殿。良い日和で。たいかれんがでしたらまだ焼き上がっておりませんぞ」

「いえいえ、実は我が寺において身寄りの無い子を引き取ることになりました。就きましては割れたり欠けたりした器があればご寄進をお願いしたい」

「そのお話しなら聞き及んでおりますぞ。城下でも評判になっておるようにございますな」


 まずいな。拡散希望のTwitterみたいになってるようだ。早くストップを掛けないと山ヶ野が孤児で溢れ返るぞ。想像以上に状況は悪化している。大作は頭を抱えたくなった。


「その件ですが応募が殺到して通常業務に支障を来しております。申し訳ございませんが一旦受付を中断させて下さいませ」

「左様にございますか。して、器にござりましたな。割れ欠けなどと申されますな。好きなだけお持ち下さいませ」

(かたじけ)のうございます」


 ここで調子に乗って言葉通りに受け取ると図々しい奴だと嫌われる。それにどうせ孤児が使う分だから割れ欠けで十分だ。大作は精一杯の遠慮がちな表情を作る。それでいて三人で持てるだけの不良品を頂戴した。


 食器を立派な家に運ぶ。それはそうと立派な家だと分かりにくいな。○○庵みたいに適当な名前を付けた方が良いんだろうか。

 まあ、孤児院と言えばアレだな。ちびっこハウスで良いか。全国に同名の保育園がたくさんあるので著作権とか商標権の問題も無いだろう。


「ほのか、ここがちびっこハウスだ。俺が修理して、お園が掃除したんだ。凄いだろう。なんたってタダだぞ」

「そうね。凄いわね」


 どういう意味で凄いのか知らんけど同意してくれた。床板を持ち上げて食器を隠す。一休みしたら次は材木売に向かう。

 材木売は相変わらず忙しそうに働いていた。しかし、大作に気付くとにっこり笑って手を休めた。


「大佐殿。如何いたしました。身寄りの無い子を探しておられるそうですな」

「その件は一旦募集を中止しております。再開まで暫しお待ち下され。本日はお願いがあって罷り越しました」

「ほうほう」

「身寄りの無い子の保護施設を拡充しようと思うております。板一枚、柱一本でも結構です。何卒ご寄進をお願い致します」


 大作は深々と頭を下げる。ほのかもシンクロした。愛に説明するの忘れていたぞ。だが、一瞬の遅れで付いてくる。良い反応だ。大作は感心した。

 材木売が難しい顔をしている。数日前にもちびっこハウスの修理で端切れみたいな板や柱を貰ったばかりだ。図々しいと思われたかも知れん。


「材木売殿はネーミングライツをご存じですか? 命名権と申して建物に好きな名前を付けることが出来まする。ご寄進頂けますれば、せめてものお礼に孤児院にお好きな名前を付けて頂いて結構です。社会貢献は企業イメージの向上にも繋がりますぞ」

「きぎょういめ~じにござりますか」

「アダム・スミスも申されておりますぞ。企業の利益を求めた活動も『見えざる手』によって社会全体の利益となる。孤児たちもやがて大人となります。家を建てることがあれば必ずや材木売殿の顧客となりましょう」

「分かり申した。多少傷んだ板や柱で宜しければ寄進させて頂きます。馬一頭で運べるくらいで宜しいか」


 材木ゲットだぜ! 大作は心の中で絶叫する。そうだ、大事なことを忘れていたぞ。


「ところで材木売殿の屋号は何と申されますか?」

「材木屋にございます」


 そのまんまやん! それにしても日本初の孤児院の名前が材木屋ハウスってどうなんだろう。

 大作たちは何度も何度も礼を言って材木売を後にした。


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