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巻ノ七拾伍 もう走れません の巻

 大作とお園がアイマイミーを連れて弥十郎の屋敷を訪れたのは日が沈むころだった。

 もう夕餉はとっくに終えていたらしい。一説によると昔の夕飯は十四時ごろに食べていたそうだ。そんな話を今ごろになって大作は思い出す。

 そんなんでよく夜中に腹が減らないな。よっぽど消化の悪い物を食べてたんだろう。


「おお、大佐殿。首尾良く身寄りの無い子らを見つけられたようじゃな」

「アイマイミーにございます。お見知りおきのほどを。見つけたまでは良かったのですが飯の用意を忘れておりました。今晩と明朝の飯をご厄介になれませんか? 近いうちに必ずお返しいたします」

「余所余所しいことを申されるな。何も無いが、たんと食べるが良かろう」


 タダ飯ゲットだぜ! 大作は心の中で絶叫した。




 大慌てで用意してくれたらしい夕飯は得体の知れない雑穀の雑炊だった。謎の芋が幾つか浮かんでいる。生煮えでちょっと固い。

 かなり酷い代物だがタダ飯に贅沢は言えん。お園もアイマイミーも無表情で黙々と食べている。


「今日は急だったからこんな物しか無いんだ。でも普段はちゃんとした物を食べさせてやるから安心しろ。Trust me!」

「そのようなことはございません。芋雑炊、美味しゅうございました」


 アイマイミーが作り笑顔を浮かべる。『もうすっかり疲れ切ってしまって走れません』ってか? 大作は何だか無性に悲しくなってきた。

 単なる雑用係りが欲しかっただけなのだが、すっかり情が移ってしまう。こいつらは何としても幸せにしてやらねば。


「困ったことがあったら何でも良いから俺やお園に言え。いつでも相談に乗るぞ」

「そうだん?」

「語らいね。早く大佐の言葉を覚えないと大変よ」


 食事を終えると丁寧に食器を洗って返し、弥十郎に丁重に礼を言った。


 いつもの板張りの部屋を宛がわれたので五人で並んで床に就く。筵が二枚あったので大作とお園は迷わず一緒に寝た。

 アイマイミーは不思議そうな顔をしている。だが、空気を読んで何も言わずにいてくれた。


 明日は待ちに待った鉄砲の評定だ。これを終えれば山ヶ野に帰れる。ほのかはちゃんと留守番してるんだろうか。

 身寄りの無い娘を三人も連れて露頭に迷うことになったらどうしよう。大作はこの夜、なかなか寝付けなかった。




 翌日の朝餉も酷い代物だった。だが、全員が文句一つ言わない。その様子に大作は返って不安になる。限界まで我慢して爆発されるより早めに文句を言って欲しい。

 食べ物の恨みは恐い。決してひもじい思いはさせないなんて大見えを切ったのだ。この酷い食事は重大な裏切りだと思われているかも知れない。

 カロリーメイトのメープル味とチョコレート味でも食べさせた方が良いのだろうか。大作は真剣に悩む。しかし、鍛冶屋が集まってきたので頭を切り替えた。


「おお、大佐様。昨日申しておられた身寄りの無い子は見付かったようにございますな」


 青左衛門がアイマイミーに目をやりながら声を掛けてきた。


「相変わらずお早いですな。この娘たちはアイマイミーと申します。使い走りで青左衛門殿をお尋ねすることもあるやも知れません。何卒お見知りおきを。ところで本日は入来院様や東郷様からも人がお見えになります。宜しくお願い致しますぞ」

「左様でしたな。何を任せましょう」

「適当で結構です。渋谷三氏の結びつきを強めるという象徴に過ぎません。結果は期待しないでおきましょう」


 三々五々、鍛冶屋が集まって来た。なし崩し的に評定が始まる。そう言えば、開始時刻とかきちんと決まって無いな。時計が無いって本当に不便だ。

 まずは炉の改良を担当する年配の鍛冶屋から報告がなされる。


「水車を使った(ふいご)と熱風炉は出来上がっております。火の勢いが大層強くなり、薪も僅かで済むようになりました。火に送る風を予め熱しておくだけでこのようなことが叶うとは。真に驚かしきことにござります」

「それは良うございました。同じ原理でフランクリンストーブという暖房器具も作ることが出来ます。余裕があれば冬までに商品化しましょう」


 滑り出しはまずまずの様子だ。大作の集中力も今のところは問題無い。


「火力が強まると炉の痛みも早まりましょう。耐火煉瓦の方は如何な塩梅にござりますか?」

「生憎と儂らは焼き物には詳しゅうございません。いろいろ試してはみたのですが難儀しております」


 何でもっと早く言わないんだよ。大作は心の中で毒づく。

 この組織は今だにコミュニケーションに難があるようだ。飲み会でもやった方が良いんだろうか。


「拙僧の知り合いに窯元がございます。一度、話をしてみましょう」


 評定が済んだら顔を出してみよう。ついでに七輪を作ってもらおうか。鹿児島でも珪藻土は採れるはずだ。


「圧延機はどうなっておりますか? 五分の一の実証試験機でしたな」

「重しを乗せて筒を回す絡繰りは仕上がりました。筒を滑らかにしておるところにございます」

「プレス機は如何にございますか?」

「絡繰りは仕上がっておりますが真金や薄板が仕上がっておりません」


 鍛冶屋連中の相手は青左衛門に任せて良さそうだ。暫くすると工藤家の家人が現れて弥十郎と大作を呼び出した。


「入来院様と東郷様の鍛冶屋だと申される方が来られております」

「おお、参られましたか。工藤様からもお言葉を頂けますか。何か景気の良いことを言ってその気にさせて下され」


 大作は例によって面倒臭いことを弥十郎に丸投げした。




 昼を少し過ぎたころに評定は無事に終わった。青左衛門によると入来院と東郷には火挟みや火蓋みたいなパーツ製造を依頼したそうだ。

 鍛冶屋たちが帰って行く。大作がふと気付くとほのかが部屋の隅にいた。


「いつまで経っても帰って来ないから大層憂えたわよ。この娘たちはどうしたの?」

「アイマイミーだ。妹だと思って可愛がってくれ。日が暮れる前に山ヶ野に戻りたいけど虎居でやりたいこともある。ちょっと急ごう」


 大作たちは弥十郎に一泊二食の礼を言うと屋敷を後にした。まずはアイマイミーに青左衛門や材木売の家を教えて回る。

 続いて野鍛冶、轆轤師、墨屋を巡った。ほのかもこいつらには初対面だ。

 大作は行く先々で孤児院を作ったので身寄りの無い子がいれば紹介して欲しいと宣伝して回る。


 最後に立派な家を見せると全員が面白いように失望してくれた。まあ、金山で一儲けすれば本当の立派な家に引っ越せるだろう。


「あとは窯元を訪ねて耐火煉瓦を作って貰うぞ。でも、耐火煉瓦ってどうやって作るんだろうな。俺にもさっぱり分からんぞ」

「たいかれんが?」

「鉄がドロドロになるほど熱しても融けない煉瓦…… 焼き物だな」

「ふぅ~ん。そんな物をどうやって焼くのかしら」


 大作のスマホには各種の耐火煉瓦の素材に関しても情報があった。でも組成が分かっても入手方が分からない。

 そりゃあ年単位の時間を掛ければアルミナやマグネシウムだって手に入らんことは無いだろう。でも時間はそんなに無いのだ。

 とりあえず金の製錬の副産物として石英の粉は山ほどある。適当に粘土や石灰や木灰を混ぜて焼いてみるか。

 成分分析なんて出来ない。何十パターンも作って試行錯誤するしか無いだろう。


 忙しそうな窯元に無理を言って時間を貰う。耐火煉瓦が実用化されれば市場規模は大きい。大作は完成品の大量発注を確約して耐火煉瓦開発プロジェクトへの参加を了承させた。


「それでは石英の粉は明日にも届けさせましょう。七輪を作るのは後回しで結構です。手の空いた折にお願いします」

「鉄が溶けるほど熱しても融けぬ焼き物とは心ときめきまするな。何卒よしなに願い奉る」


 時刻は十三時を回っている。もう一仕事だ。大作は米を二俵、味噌、塩、魚の干物を買って先日の馬借へ届けるよう頼む。そして馬借に行って明日、山ヶ野に米を運ぶよう依頼する。さらに山ヶ野からの帰りに石英の粉を窯元へ運ぶことも頼んだ。


 ミッションコンプリート。日暮れには間に合わないが真っ暗になる前には山ヶ野に着くだろう。大作とお園とほのかとアイマイミーは山道を帰路に就いた。




「アイマイミーには山ヶ野と虎居を使い走りして貰うことも多いだろう。しっかり道を覚えてくれよ」

「心得ました」

「三人は読み書きは出来るのか?」

「はい。みな、読み書きは得物にございます」


 本当かよ。戦国時代の識字率ってそんなに高かったのか? 大作は記憶を辿る。

 1443年に朝鮮通信使で日本に来た申叔舟は『日本人は男女身分に関わらずみなが読み書き出来る』とか何とか記述していたそうだ。

 1549年にザビエルがローマに送った報告書にも住民のほとんどが読み書き出来るとあったらしい。

 もしかして崩し字が読めないのって俺一人なんじゃね? 大作はとても不安になる。内部文書は楷書で常用漢字を徹底させよう。


「そんじゃあ、お園。とりあえずアイマイミーに九九を教えてやってくれ。その後は鉱山の仕事だ」


 山ヶ野まで残り一時間ほどの山中で日が沈む。大作たちはLEDライトで足元を照らしながら進んだ。

 予想はしていたがアイマイミーはLEDライトに全く驚いてくれなかった。

 人数も生活拠点も増えた。これ一個じゃ心もと無いな。石油ランプ的な物を作った方が良さそうだ。大作は心の中の予定表に書き込む。期限は一か月後にした。




「遅かったわね、大佐。随分と憂えたわよ。その娘たちは?」


 大作たちの気配に気付いたメイが小屋から出て待っていてくれた。


「アイマイミーだ。妹だと思って仲良くしてやってくれ。孤児院って言って身寄りの無い子供を引き取ることにした。まだまだ増えるから覚悟しといてくれよ」

「今日こそ帰ってくると思ってたのよ。それなのに暗くなっても戻らないんだもの」

「ごめんごめん。入来院で二泊もしたのが敗因だな。あれが無ければ虎居で二泊しようなんてことにもならなかった。その代わりこんな物が手に入ったぞ」


 大作がバックパックからアルトサックスを取り出す。


「何なのこれは? 黄金色でとっても綺麗ね。金で出来ているの?」


 ほのかが大袈裟に驚いている。メイも目を丸くして声も出ない様子だ。


「前に話をした真鍮で出来てるんだ。銅と亜鉛の合金だな。夕飯の後に吹いてやろう。それより腹が減って死にそうだ。お園、頼めるか?」

「みんな疲れてるでしょう。私が作るわ。もう済ませたから」


 メイが何だか張り切っている。メイの料理の腕は確認済みだ。とは言え、アイマイミーに美味しい物を食べさせると約束している。ここは最強メンバーで行くべきだろう。


「お園。疲れてるところ悪いけど味付けを手伝ってやってくれ。メイだけじゃ心配だ」


 大作はメイに絶対聞こえないよう注意してお園に耳打ちした。




「食器が足りないぞ!」

「順番に食べるしかないわね。私は後で良いから愛、舞、未唯は先に食べると良いわ」


 四人から七人に増えたのだ。マグカップやクッカーの蓋まで使っても全然足りない。スプーンや箸も足りない。

 何で町で買っておかなかったんだろう。電話があれば今からでも馬借に頼めるのに。大作は激しく後悔する。

 たかが食器を買いに往復四十キロ歩くなんて真っ平だ。とは言え、食器無しは不便すぎる。五平どんの村か横川に行くしか無いだろう。


 お園とメイの共同作業の夕食にアイマイミーは満足してくれたようだ。

 これまでと違って三人とも穏やかな顔をしている。お園やメイやほのかが気を使って話しかけると笑顔も見せた。

 女三人で姦しいなら六人揃うとどうなるんだろう。とりあえず男の孤児を増やして男女比を何とかしなければ。大作は心の中の予定表に書き込んだ。


 夕飯の後に大作はテイク・ファイブっぽい曲を即興で吹いた。四分の五拍子という珍しいリズムだ。全員が不思議そうな顔をしながらも耳を傾けている。

 ちなみにテイク・ファイブの著作権はアメリカ赤十字が持っているらしい。デスモンドが亡くなった時に遺言に基づいて寄付したそうだ。なので例によって著作権に触れないようアレンジしている。

 演奏の直後にメイが篠笛で見事にコピー演奏したのには大作も驚きを隠せなかった。


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