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巻ノ七拾四 愛・舞・未唯 の巻

 大作とお園が話し込んでいる間に日は高く昇ったようだ。小屋の中にまで明るい日差しが差し込んでくる。


「起きろメイ。これ以上寝たら昼夜が逆転して体内時計が狂っちまうぞ」

「んん~ もうちょっと寝かせて……」

「早く起きないとキスしちゃうぞ!」

「え~~~!」


 お園が絶叫する。久々に出たな。おかげでメイも飛び起きてくれたけど耳が痛いって。


「あ、大佐。夢だけど、夢じゃ無かったんだ!」

「ところがどっこい、現実です! そんで、ほのかはちゃんと留守番してるのか?」

「鉄砲の評定からほのかが戻って三日目までは待ってたの。でも四日経っても戻らないから心配になって私が探しに出たわ。ほのかには留守番を頼んだわよ。でも、それから三日経ってるわね。ほのかも心配になって探しに出てるかも知れないわ」


 どう考えてもダメじゃん。ほのかの性格からして三日も一人で待ってられるとは思えん。こいつらを当てにし過ぎたのが敗因か。


「メイ、腹減ってるだろ。とりあえず何か食え。んで、一休みしたら山ヶ野に戻ってほのかを安心させてやってくれ」


 居るか居ないか分からんけどな。大作は心の中で付け加えた。




 腹一杯になったメイは山ヶ野に走り去った。それを見送った二人は孤児を探して町を練り歩く。

 予想はしていたがそんな奴は一人も見当たらない。どこかにはいるんだろう。だが、大通りの真ん中に突っ立ってたりはしないのだ。

 困った時の青左衛門だ。もう何度目か分からないが大作は若い鍛冶屋のところに行ってみる。


「大佐殿。本日は如何致しました? 評定は明日にござりますな」

「此度、拙僧の寺で身寄りの無い子供を引き取って面倒を見ることとなりました。お心当たりが御座いましたら紹介して頂けませんでしょうか?」

「生憎と存じ上げません。お役に立てず申し訳ございません」


 大作は予想していたので驚かなかった。次は材木売だ。奴がダメでも野鍛冶や轆轤師に墨屋もいる。ここ二週間で知り合いも随分と増えた。

 いや、先に弥十郎を訪ねてみようか。でもあの人って結構忙しいんだよな。

 大作はそんなことを考えながら通りを歩く。すると偶然にも通りの向こうから弥十郎が歩いて来た。


「奇遇じゃな大佐殿。評定は明日じゃったな」

「これはこれは工藤様。明日は入来院様や東郷様からも鍛冶屋が参られます。いつもより広い部屋をご用意下さいませ。それはそうと此度、寺で身寄りの無い子供の面倒を見ることとなりました。お心当たりは御座いませんか?」

「寺か神社では無かろうかのう。しかし何故そのような者を探しておるのじゃ?」

「ポルトガルからバテレンのアルメイダ神父と申す者が豊後国に来ております。大友様の下で孤児院とやらを作るそうな。先んずれば人を制す。我が寺が先に作りまする」

「ほうほう。お忙しいなか、そのようなことにまで気を回されておるとは感服仕った。困りごとがあらば儂の名を出して良いぞ。励まれよ」


 何だか知らないけれど弥十郎は上機嫌で去っていった。

 アルメイダ神父の来日は二年後だ。余裕で先手を打てる。

 大作は寺か神社という言葉を思い返す。寺は商売敵なのでとりあえず神社を訪ねるのが良さそうだ。


「この辺りで大きな神社って言うと…… 紫尾(しび)神社ってのが北にあるぞ。孝元天皇の時代に創祀ってマジかよ! 歩いて二時間ってところか。温泉が出るって書いてあるぞ。タダで入れるないかな? ダメか。入浴施設が作られるのは百年以上も先だ」

「行き帰りで二時(ふたとき)よ。急ぎましょう」

「でも本当に孤児なんているのかな? 無駄足だったら痛いぞ」

「どうせ他にすることも無いのよ。あっちに何があるのか見ておきましょう」


 川内川を歩いて渡った二人は田畑の中の道を北に進む。一時間ほど進むと山が迫って来る。だが小川に沿った道なので険しくは無い。

 狭い平地を開墾したらしい小さな田畑が並んでいる。山の間を縫うように更に一時間ほど北に進むと神社が見えきた。

 とんでもない僻地にしては意外と大きな神社だ。神興寺という僧坊も建っているらしい。修験者の姿も見えた。


「頼もう。拙僧は大佐と申します。宮司様にお目通りを願いたい」


 大作は大きな声で呼び掛ける。もうこういうのにもすっかり慣れっこだ。


「宮司は私でございます。このような山奥の神社にお坊様が何用にございますか?」


 脇の建物から返事と同時に目付きの鋭い怖そうな爺さんが現れる。


「近頃、南蛮よりキリシタンバテレンなる輩がこの国に訪れておることはお聞き及びでしょうか? 京の都では天皇(すめらみこと)や公方様も大層お心を痛めておられるそうな」

「なんと! キリシタンとやらの話は耳にしたことがございます。まさか尊きお方にまでご心配をお掛けしておるとは」

「事態を重視した有志は超党派による対キリシタン宗教組織を結成してこれに当たることとなりました。就きましては身寄りの無い子供がおれば何名か我が寺に融通…… 派遣?」

「当寺にてお世話させて頂けませんでしょうか?」


 咄嗟にお園がフォローする。だが、宮司の心底から胡散臭そうな視線が痛い。

 人買か何かと思われてるんだろうか。まあ、怪しさ大爆発も良いところだもんな。

 とは言え、どうやって信用を得たら良いんだろう。金を払ったりしたら逆効果ぽいな。大作は考えるのが面倒臭くなってきた。


 見かねたお園が口を挟む。いつ見ても見事なビジネススマイルだ。


「ぽるとがるのあるめいだしんぷと申す者が大友様の下でこじいんとやらを作るそうに御座います」

「こじいん?」


 首を傾げた宮司が鸚鵡返しする。孤児って言葉は明治時代に作られたんだろう。時代劇でも聞いたことが無い。


「我が国においては聖徳太子が推古天皇元年(593)に作られた悲田院が最初とされておりますな。神社仏閣にて身寄りの無い子を養っておることもありましょう。しかし拙僧の作ろうとしておる孤児院は更に進んだ物にございます。児童に読み書きや職業訓練を施して自立の機会を与えます」

「ほほう。それは素晴らしきお志にございますな。しかし信じて宜しいのですか?」

「Yes we can! 我々には堺の会合衆がバックに付いております。祁答院の大殿や若殿にもご賛同を頂けました」


 大作は勝手に殿まで引き合いに出して最高のドヤ顔で断言する。って言うか、読み書きくらい覚えて貰わないと仕事にならない。

 暫しの沈黙の後、宮司は深く頷くと社務所みたいな建物に入って行った。




「もっと面倒臭いことになるかと心配してたけど意外とすんなり行ったな。こんなことなら村の連中を雇うより孤児のスカウトに全力投球すれば良かったぞ」

「安堵するのは早いわよ。どんな子が来るか分からないのよ。ぱ~とだったら辞めさせられるけど引き取った子供は放り出せないわ」

「お待たせ致しました、大佐殿」


 宮司に声を掛けられて振り返った大作の目に飛び込んで来たのは女、女、女…… お園と藤吉郎の中間くらいの年格好だろうか。

 女三人よれば(かしま)しいだっけ? どうしてこうなった?

 いや、労働力としては男の子の方が役に立つから女の子ばっかり余ってるんだろう。赤毛のアンなんかもそうだった。


 どうすれバインダー! ただでさえ女ばかりのメルトラ○ディ状態なのに女を三人追加なんて冗談じゃ無いぞ。

 断れるのか? 孤児を引き取るって言っておきながら女を連れてきた途端に要らないって言ったらどう思われるんだろう。

 人買と怪しまれて偽坊主だとバレたら袋叩きだぞ。護衛を連れて来なかったのは失敗だったな。例によって大作は思考停止に陥る。


「如何なされました大佐殿」

「いえ、女子(おなご)ばかり三人もとは思いも寄りませなんだ。一人か二人でも宜しゅうございますか?」

「この愛、舞、未唯は同胞(はらから)にございます。離れ離れにはしとうございません。三人一緒にお連れ下さいませ」


 確定だな。これは宇宙人か未来人のトラップだ。戦国時代の庶民の女の名前なんて文献資料にほとんど残っていない。だが、さすがにアイ・マイ・ミーはありえないぞ。

 お園はどう思ってるんだろう。横目で顔色を窺うが何の表情も読み取れない。大作は丸投げすることにする。


「女子の担当はお園だ。判断は任せる」

「こじいんは身寄りの無い子を世話するためにあるのよ。来る者は拒まず。私は御許(おもと)らに来て頂きたいわ」


 お園は優しいお姉さんを気取って三人娘に微笑みかけた。緊張で強張っていた女の子たちの表情が僅かに和らぐ。

 大作としては暗くなる前には虎居城下に戻りたい。そうと決まれば早く話を纏めよう。


「決してひもじい思いはさせません。味はともかく長靴一杯食べさせますのでご安心下さいませ」

「ひもじい?」


 宮司が変なイントネーションで鸚鵡返しする。なぜだか大作の頭の中には『くも○い』がふわふわと浮かんでいた。


(ひだ)るし? (かつ)える? hungry?」

「大佐殿は素腹(すばら)にございますか?」


 話が全然通じていないぞ。翻訳サービスのトラブルなのか。大作はもうどうでも良くなってきた。


「時に宮司様。Wikipediaによると拝殿の下から温泉が噴き出しておるそうにございますな。入浴施設を作られては如何かな? 神社だけに『神の湯』とでも称して湯治客を呼べば繁盛間違いなし。pH9.4のアルカリ性単純硫黄泉で肌がツルツルになりますぞ。美人の湯だとか宣伝すれば女性客も呼べましょうや」


 あまりにも脈絡の無い話の展開から取り残された宮司が口をぽか~んと開けている。大作はこのチャンスを見逃さない。


「しからばこれにて失礼仕りまする」


 大作とお園は深々と頭を下げるとアイマイミーを連れて紫尾神社を後にした。




 神社が見えなくなったころ大作は口を開く。


「キリシタンに対抗するとか言った手前もある。とりあえずアイマイミーには巫女のコスプレをしてもらおうか。お園は望月千代女みたいな歩き巫女の統括責任者をやってくれ。英語で言うとゼネラルマネージャーだ」

「もちづきちよめ?」

「知らないのか? 信濃国の有名なくノ一だぞ。いやいや、お園は甲斐の生まれだったな。忘れてくれ」


 大作は間一髪でお園の逆鱗に触れるのを回避する。

 でもスマホで調べると甲斐信濃二国巫女頭領って書いてあるぞ。やっぱ甲斐の有名人なのか? でもくノ一の頭領が有名ってことは無いかのか?

 永禄四年(1561)に第四次の川中島合戦で討ち死にした望月盛時の妻だと。十一年も先の話じゃないか。そりゃあ知るわけないよな。


「ところでアイマイミーは歳は幾つだ? 俺とお園は数えで十八だぞ」

「愛は十六にございます」

「舞は十五になるわ」

「未唯は十四よ」


 中学生くらいってことらしい。まあ、伝令くらいは任せられるだろう。暫くは適当に連れ歩いて道を覚えて貰わなければ。


「ちょっと待てよ。今晩どうすれば良いんだ? テントに五人は無理だぞ」

「何を言ってるの大佐? 立派な家があるじゃない。それより夕餉はどうしましょう」

「二人ならともかく五人で押し掛けたら塩を撒かれそうだな。でも工藤様は困りごとがあれば頼れって言ってたぞ。ダメもとで行ってみるか」


 僧侶と巫女とアイマイミーは虎居への帰り道を急いだ。


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