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巻ノ七拾参 俺たちの冒険はこれからだ! の巻

 (むしろ)の上でメイが穏やかな寝息を立てている。規則正しく上下する巨大な胸が目の毒だ。大作は思わず目を奪われそうになる。だが、お園が怖いので必死に目を反らす。

 とりあえず目を覚ますまでゆっくり寝かせてやった方が良いだろう。

 大作とお園はなるべく音を立てないよう気を使って昨日の夕飯の残りを温めた。


「今日の予定は全部キャンセルだ。のんびり寝かせてやろう。それより、ほのかが心配だ。まさかとは思うけど二人して金山を留守にしてないよな?」

「よていって『あらまし』のことね。そんなのあったかしら? でも、あれこれ気を揉んでもしょうが無いわ。なるようになるんでしょ」


 お園が他人事みたいに気軽に言う。まあ良いか。入来院の殿にも顔が利くようになった。山ヶ野金山がダメになったら串木野金山に行こう。大作は考えるのを止めた。


「メイをほったらかしにして出かけるわけにもいかんな。何して時間を潰そう」

「これからのことを考えましょうよ。大佐は歴史改変するって言ってたけど、その後はどうするの」

「歴史改変に終わりってあるのかな? 伊○三尉は『歴史は俺たちに何をさせようとしてるんだ』的なことを言ってたけど俺はそんなのはどうでも良い。歴史さえ変えられればその先はどうでも良いんだ」


 大作には確固たる目的は無い。守らなければならない物もお園くらいしか無い。これって実は結構な強みなのだ。

 思った通りに行かなかった時は『あの葡萄は酸っぱい』の一言で無かったことにしてしまえば良い。

 だが、お園は納得が行かないという顔をしている。


「大佐は将来の夢とかは無いの? 将来の目標とか、十年後の自分とか。もちべ~しょんを維持するためには明確なびじょんが必要って私に言ったわよね。目標って先途(せんど)のことでしょ」

「そんなこと言ったっけ? いや、お園が言うんなら言ったんだろうな。そうか! 俺には目標が無いからモチベーションが上がらないんだ!」

「今ごろそんなことに気が付くなんてさすがは大佐ね。せいぜい(やう)がりな先途を辿りましょうよ」


 お園がちょっと呆れたような顔でわけの分からないことを言う。だが、大作のことを真剣に考えてくれているらしいことは雰囲気で分かった。


 でも急に言われても困るぞ。大作は戦国時代の日本がどうなろうと知ったこっちゃ無い。第二次大戦の結果を書き換えるのが究極の目標なのだ。

 とは言え四百年も先の出来事ををピンポイントに書き換えるのは至難の業だ。って言うか第一次世界大戦が無ければ第二次世界大戦も無いんじゃね?


「とりあえず鎖国政策は『ダメ。ゼッタイ。』だな。世界の流れから取り残されちまう。海外の科学技術を貪欲に取り入れなきゃ。ガラパゴス化は不味い」

「がらぱごすか?」

「回りの国と交流を持たなきゃ取り残されるってことだ。特に産業革命に乗り遅れたのは痛かったな」

「ふぅ~ん。取り残されるのは嫌よね」


 科学技術は日進月歩なんて戦国時代の人間に納得させられるだろうか。でも鉄砲、大砲、風に向かって進む帆船なんかには感心を持って貰えた。


 日本人は欧米人に比べて新奇探索傾向が低く、損害回避傾向が高いって誰か言ってたな。歴史番組でも良く見かける脳科学者だ。ドーパミンのレセプター遺伝子の塩基繰り返し回数やセロトニントランスポーターの数が少ないとか何とか。

 でも人格形成に与える遺伝的要因は三分の一に過ぎず、残りの三分の二は外的要素だとも言ってたぞ。明石家さ○まのセロトニントランスポーター遺伝子は最も不安を感じやすいSS型だとか。

 要は育て方なのだ。リスクを正しく把握して無暗に失敗を恐れ過ぎないように。幼児教育とかでそういう方向に導いてやらねば。

 あとはチャレンジに付随するリスクを公的にバックアップしてやる社会的な仕組みを作るくらいか。

 公的研究機関とベンチャー支援ってところだろうか。


「史実では戦国時代に人口が五割も増えたそうだ。医療衛生と食料生産性を画期的に引き上げれば五十年で三倍増も夢じゃ無い。ヒトラーみたいに結婚ローンと独身税を作って児童手当をばら撒こう。そんで増えすぎた人口を棄民政策として半強制的に海外移住を進める。ナントカ公国を名乗って独立戦争を仕掛けてくるかも知れんがな」

「かいがいいじゅう?」

「戦が無くなって腹一杯食べられるようになればたくさんの子供が無事に育つだろ。人が増えすぎると田畑が足りなくなる。船で海の向こうの国に行ってもらうんだ」

「よその国には田畑が余ってるの? 人は住んでいないの?」


 お園が当然の疑問を口にする。まあ、想像すら付かないことだろう。


「世界地図を見せたこと無かったっけ? そもそも日本は狭い割りに人が多すぎるんだ。アメリカやオーストラリアは日本の何十倍も広いんだ」

「でも少しは人が住んでいるんでしょ。仲良く出来るのかしら」

「放って置いてもどうせイギリスに無茶苦茶にされる。だったら代わりに俺たちが無茶苦茶するんだ。国内の戦が終わって用済みになった旧式火縄銃を十万丁単位で北米やオーストラリア先住民に無償供与する。弾薬製造設備も現地に作ろう。1607年のイギリスによるジェームズタウン建設を妨害するんだ。種痘って言って疱瘡に罹らない薬も作ろう」

「疱瘡の薬ですって! 心ときめくわね。じゃあ、それが大佐の目標なの?」


 お園が急に真剣な目付きになる。なんでそんなに結論を急ぐんだろう。大作は真面目に考えるのが面倒臭くなってきた。


「そうだ! お園、お前は憲政史上初の女性総理大臣になれ。二十一世紀でも実現していないことだ。上手く行けば凄い歴史改変だぞ! 今までにも女王や女帝はいたけど民主的な選挙で選ばれた最高権力者が女性なんて世界でも前例が無いはずだぞ」

「何で大佐はそんな先の話ばっかり考えるの? まずは四年後の戦のことを考えた方が良いんじゃないかしら」


 せっかく夢が世界に羽ばたきかけていたというのに。お園の言葉に大作は急に現実に引き戻される。短けぇ夢だったなぁ……

 とは言え、ちょっとは真面目に考えてみるか。小国プレイは序盤戦が重要なのだ。


「このまま放って置くと天文二十三年(1554)の九月に蒲生範清が加治木城を攻めるんだっけ? 菱刈に加えて祁答院、入来院、東郷の渋谷三氏も手を貸すことになる。二千の兵が肝付兼盛(きもつきかねもり)の守る加治木城を囲んだそうだ。Wikipediaや他のサイトなんかに肝付兼演(きもつきかねひろ)って書いてあることもあるけど奴は天文二十一年七月四日(1552年7月25日)に五十五歳で死んでるはずだ。同じ日に兼演の正室も死んでる。なので島津による謀殺って線もあるかも知れんな。ちなみに小松帯刀(肝付尚五郎)は肝付氏庶流の末裔らしいぞ」


 大作はスマホの情報を適当に並べ上げた。お園は軽く頷いて目で先を促す。


「対する島津貴久は島津一族と薩摩の国人を総動員した。最初は蒲生の拠点、帖佐城と蒲生城を牽制攻撃。続いて九月十二日に祁答院の大殿が守る岩剣城を攻めたそうだ。これを救援するため連合軍は加治木城の包囲を解く。だが加治木城から打って出た肝付と島津に挟撃されて撃破される。十月一日に岩剣城に総攻撃開始。祁答院の若殿は帖佐高樋で二日に討ち死に。三日には岩剣城も落ちたらしい」

「ふぅ~ん。大殿はどうされたの?」

「夜陰に紛れて落ち延びたって書いてあるな。天文二十三年九月三十日は西暦1554年10月26日で月齢カレンダーによると新月だったらしい。その前後なら何とかなるだろう。そんで十二年後に奥さんに刺殺される」


 旧暦の九月上旬は新暦だと十月上旬だから稲刈りの後ということだろう。

 ちなみに農繁期に戦が出来なかったというのは俗説で、実際には農繁期の戦も結構ある。そもそも近世以前は稲作への依存度は案外と低かったらしい。

 とは言え、この戦は農繁期を避けたらしい。だが、大作が作ろうとしている軍団は伊賀の傭兵と金山労働者が主体だ。こっちが攻撃タイミングを選べるならあえて農繁期に奇襲攻撃もアリだな。


「四年もあれば大佐の言ってた油田の油も採れるわね。鉄砲だって間に合うはずよ」

「いや、一年繰り上げて三年後にしようと思う。こっちが準備を整えてる間、敵だって遊んでるわけじゃ無いからな。三年って言うのはハーツオブアイアンを1936年スタートでやった場合の対ポーランド戦と同じだ。ドイツは1935年3月に再軍備宣言をやって1939年9月には電撃戦を成功させている。おもちゃみたいな戦車と貧弱な海軍しか無かったにも関わらずだ。スペイン内戦で実戦経験を積めたのと先進的な空軍を持てたのが大きかったんだろうな」

「ふぅ~ん。私には良く分からないけど何とかなるってことね。大殿も若殿も死なずに助かるのなら幸いだわ」

「そうとも言えんぞ。史実では良重が死んで祁答院は立ち行かなくなる。大井実勝・高城重治・久富木重全たち三人の家老が連判で領地を入来院重嗣に譲渡。嫡流は日向国飫肥に出奔してた三男の重加が継いだって書いてある。次男の重種ってのもいたらしいが養子って説もあるな。たとえばシャ○がガル○を殺ったみたいに大殿と若殿が死ぬように仕向ける。秀吉が光秀を討ったみたいに俺が(かたき)を取る。予め重加って奴に取り入っておく。そんで清洲会議で三法師を担ぎ上げた秀吉みたいに後見役として祁答院を実効支配する。どうよ?」


 大作はドヤ顔でお園の目を見詰めた。長い間、沈思黙考していたお園が首を傾げながら口を開く。


「ひでよしって大佐が寝言で言ってた名前よね。それはそうと大殿と若殿が討ち死にするように仕向けるなんてお気の毒じゃ無いかしら? お二人ともとっても良いお方よ」

「そんなこと無いぞ。『命な惜しみそ、名を惜しめ』って聞いたことあるだろ。このままだと二人とも最低の見っともない死に方をする。代わりに武士として最高の死に場所を用意してやるんだ。感謝して欲しいくらいだぞ」

「ふぅ~ん」


 お園はいまだに納得が行かない様子だが、とりあえず目で先を促している。だが大作にはこれ以上は具体的なプランなんて無い。どうやって誤魔化すか頭をフル回転させる。


「島津貴久は天文二十一年(1552)に修理大夫に任じられたり嫡男の忠良に足利義輝の偏諱を貰って義辰を名乗らせたりするるらしい。一門や庶家に一味同心を盟約した起請文を書かせたりもするぞ。朝廷、室町幕府、島津氏の大半から守護として認めて貰えたってことだ。これに嫌がらせの妨害するのは難しいかな」

「何か手立てはあるの?」

「島津の分家に薩州家ってのがあって島津実久(さねひさ)って奴がいる。天文四年(1535)のクーデターで一時的に薩摩守護になるんだけど同じく島津の分家の伊作家に負ける。出水に引き篭もって抵抗を続けてるらしいから、こいつが使えるかも知れん」


 大作はスマホから適当に拾い読みするが具体的なプランが全く思い付かない。

 ちなみに実久は天文二十二年(1553)閏一月に足利義輝に拝謁するために上洛。帰り道で病気になって出水に戻って七月二十二日(8月30日)に死ぬ。

 予定通りなら大作が奇襲攻撃を仕掛けるころだ。

 出水は三万石くらいだろうから味方に出来れば大きい。ただし薩州家と東郷は仲が悪くて天文十六年(1547)から二十年も争いを繰り返すらしい。

 その争いの原因というのが実に酷い。薩州家の現当主は実久の嫡男の義虎。その家臣が飼っていた犬を東郷重治の家臣が盗んだそうだ。

 何て低レベルな争いなんだ。両方とも死ねば良いのにと大作は心の中で毒づくが口には出さない。


「『坂の上の(くも)』で『釣りバ()日誌』のハマちゃんの人が言ってたぞ。イギリス人は北米先住民に武器を渡して殺し合わせた。敵同士を戦わせて漁夫の利を得るのが一番楽なんだ」

「楽が出来るに越したことはないわね。でも、そんなに上手く行くのかしら」

「そもそも戦なんて予定通りには行かない物だぞ。もう良いじゃん、適当で。孫氏曰く『凡そ戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ』だぞ。ガチガチに計画立てたってその通りになんて行かないんだ。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するのがベストだろ」

「ようするに、行き当たりばったりってことね?」


 そこに気付くとは鋭いな。だけど島津を倒すという確固たる目的はあるんだ。あんなのと一緒にしないで欲しいぞ。


「まあ、稲刈り直前に加えて奇襲効果が三倍付くからダメージはデカい。たぶん薩摩くらいなら瞬殺だろう。伊東や大友は烏合の衆に過ぎん。心配なのはむしろその先だな。九州から中国四国に進もうと思ったら村上水軍が邪魔になる。石高換算で十五万石くらいの勢力を持ち最大動員兵力は一万って書いてある。マトモに戦ったら苦労しそうだな」

「どうせ大佐はマトモに戦う気なんてないんでしょう?」

「村上水軍はもともとは大内に属してたんだ。でも天文二十年(1551)に陶晴賢が謀反を起こして大内義隆を殺す。天文二十三年(1554)に陶と大内の船団が帆別銭(だべつせん)を踏み倒そうとして蒲刈島沖で襲われるって流れだ。歴史改編ポイントとしては陶の謀反を失敗させるのが面白そうだな」


 面白いか、面白くないか、それが問題なのだ。


「そうね。おもしろきこともなき世をおもしろく すみなしものは心なりけり。だったわよね」


 お園が納得、と言うよりは半分諦めのような微笑を浮かべている。

 とりあえず追求は済んだらしい。大作はほっと一息付いた。


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