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巻ノ七拾 真に空の管 の巻

 ノープランで無線を作ろうなんて話をしてしまったけれど、ここからどうしよう。大作は今頃になって激しく後悔するが手遅れだ。

 助けを求めるようにお園に視線を送ってみる。だが、お園はにっこり微笑みながら耳元で囁いた。


「どうなるか分からないから人生は面白いんでしょう?」


 こりゃあ一本取られたな。何とかして話を纏めなきゃ。大作は覚悟を決める。


「電磁波とは電場と磁場が交互に変化して起きる波動にございます。光も電磁波の一つなので伝わる速さは同じです。ただし光と違って短波より波長の長い電波は電離層で反射します。物陰にも回り込みます。なので見通しの効かない山の向こうまで届くのでございます」


 こんな説明をしても伝わっていないのは承知の上だ。電磁波に関する説明で時間を稼ぎながら大作は頭をフル回転させる。

 考えてみれば鉄砲や大砲なんかより長距離通信手段の方がはるかに重要だ。こうなったら東郷を煽てて無線機を開発させられないだろうか。


「まずは銅の細線が入用になります。銅線をダイスという道具の穴を通しながら引っ張って少しずつ細くします。結晶が歪むので焼鈍(しょうどん)と申しまして加熱して再結晶化させて仕上げます」

「しょうどん?」


 大作はタカラ○ミーの『せん○い』に字を書いて説明した。

 空から日本○見てみようPLUSで作ってるのを見たような気がする。

 ヨーロッパでは十五世紀ごろにはダイスと水車で銅線を大量生産してたんだっけ?

 それほど大量に必要ってわけでも無いし、何とでもなるだろう。

 それに、技術を転用して有刺鉄線とか作れたら野戦におけるバリケード構築で重宝するぞ。


「次に銅線をエナメルで被覆します」

「えなめる?」


 ここが問題だな。そもそもエナメルなんていう特定の化学物質は存在しない。ガラス質の釉薬とかの総称なのだ。

 現代ではポリウレタン、ポリエステル、ポリエステルイミド、ポリアミドイミドとかで被覆してるらしいけどそんな物は手に入らん。


「とりあえず柿渋か漆でも塗ってみましょう。これを使って発電機や誘導コイルを作ります」


 自転車でコギングトルクの小さいコアレス発電機を回せば二、三百ワットは発電できるってネットで読んだことある。

 とは言え、強力な永久磁石なんて手に入らない。となるとグラム発電機ってことになるな。

 人力発電なんて聖帝サ○ザーみたいだぞ。きっと凄いトルクだろう。まあ、俺が回すんじゃないからどうでも良いか。


 日本海海戦で使われた三六式無線機は送信出力六百ワットで二百海里(三百七十キロ)届いたって書いてある。

 瞬滅火花式にしたり、受信側も水銀コヒーラとか言うのを使えばもっと性能が上がるはず。送信出力を一桁落としても四十キロくらいなら届くかも知れん。

 とは言え、かなりの試行錯誤が必要になりそうだ。テストだけで何年掛かるか分からんぞ。


「あとは鉛蓄電池も入用ですな。硫酸、希硫酸の濃度を量る比重計、はんだ、アンテナ、電鍵……」


 いったいどれくらいの期間と費用が掛かるんだろう。やっぱ東郷には荷が重いか。って言うか無理だろこれ。


「真に口惜しゅうございますが東郷様にて無線を作るのは難しいようにございますな。やはり狼煙で我慢しておき……」

「東郷には無理じゃと? 祁答院なら作れると申すか?」


 重治の声のトーンが下がる。大作は部屋の気温が急に下がったような気がした。


「余一郎、人を集めてまいれ。すぐにむせんを作るぞ」

「御意」


 部屋の隅に控えていた若い侍が即座に返事をする。

 すぐに無線を作るって正気かよ! 何でこの人はこんなに気が短いんだろう。入来院の殿も即断即決だったけど、こいつは単なるせっかちだな。銅線を作るところから始めるんだぞ。どう考えても年単位の時間が必要になる。

 ここはワイ○バーグ先生に肖るしか無いな。大作は精一杯の真面目な表情を作った。


「大和守様、おいしい料理には時間が掛かると申します。無線を作るにも大変長い年月と手間を要するのでございます」

「つまり、むせんとやらは美味い飯じゃと言いたいわけか? 余計に欲しくなるではないか」


 うわぁ~ 駄目だこいつ、早くなんとかしないと。って言うか手遅れ? 世界初の無線マニアの誕生に立ち会ってしまったんだろうか。


 ハインリヒ・ヘルツが電磁波の存在を明らかにしたのは1888年だ。それから僅か十三年後の1901年にはグリエルモ・マルコーニは大西洋を挟んだ三千五百キロの通信に成功している。

 電磁波の性質も電離層の存在も知ってるんだ。もしかして数年あれば何とかなるのか?


 まあ、手間が掛かるのを承知の上でやろうって言ってるんだ。だったらこっちも付き合ってやろうじゃないか。大作は覚悟を決めてスマホを起動した。




 余一郎と呼ばれた男はあっと言う間にいろんな身なりの男を十人ばかり連れて来た。いったいどういう基準で選ばれたメンバーなのか大作にはさっぱり分からない。

 簡単な紹介があったがモブキャラの名前なんて覚える気は全く無い。大作は右から左に聞き流した。

 夕方まで掛かって大作は何枚もの絵図面を描いて説明する。だが、電気に関する知識が全く無い人たちに電磁波を説明するのは本当に難しい。

 こいつら本当に理解しているんだろうか? 何か簡単な実験でもできれば良いのだが材料が無い。自然界の放電現象と言えばアレだな。


「皆様方は稲妻が何で出来ているとお思いですか? 雲は細かい水や氷の粒でございます。水素イオンは水酸化物イオンに比べて移動度が高いので氷がプラス、水がマイナスの電荷を帯びます」

「雲とは水や氷の粒じゃったのか? そう言えば、雨は雲からは降ってるくのう」


 重治が相槌を打つ。この説明じゃ無理なんだろうか? 大作は少し不安になるが説明を続ける。


「雷の放電は僅か千分の一秒に過ぎません。しかし、発電機で電力を持続的に作って誘導コイルで高電圧を発生させ、狭い間隔に放電を起こせば持続電波のような電磁波を作れるのです」

「小さな雷を起こし続けるということね?」


 さっぱり分からんと言う顔をした面々を見かねたお園が解説に割り込む。


「Exactly! あとは微弱な電磁波をアンテナで受信して水銀コヒーラで検出。ブザーかベルでも鳴らせば良いのです」

「あんてな? こひーら? ぶざー? べる?」


 やっぱ、どう考えても無理だろ。この件だけに掛かりっきりになっても十年は掛かるんじゃね? こうなりゃ自棄だ。

 大作はYAH○○!知恵袋で見かけた『真空管を自作する』とかいう情報に目を通す。


「ここまでが第一段階です。続いて真空管を作ります」

「しんくうかん?」

「親指ほどの筒の中に電極を入れて空気を抜いてやります。すると電極間の電圧変化を増幅することが叶います。非常に高速で動作するスイッチ…… 継電器? になるのです。そのためには非常に高度な真空が必要となります。油回転真空ポンプ(ロータリーポンプ)で作れる真空は十のマイナス三乗mmHgくらいです。真空管製造に必要な真空は更に二桁ほど高い十のマイナス五乗mmHgなので油拡散ポンプ(ディフュージョンポンプ)が入用です。真空度を計るために電離真空計も入用ですな」


 大作は最初は真面目に説明しようと思っていた。だが、集中力がガリガリと削られて行くのが自覚できた。もしかして自分は注意欠陥・多動性障害なんだろうか?

 ちなみに、二十一世紀なら十数万円も出せば必要機材が手に入るらしい。ニコ動にも『真空管の作り方』なんて動画があるくらいだ。もしかして努力と熱意次第では、この時代でも頑張れば何とかなるのか?


 タングステン、バリウム、ニッケルなんかも必要らしい。


 タングステンは京都の大谷鉱山とか鐘打鉱山とかで採れるはずだ。融点が三千四百度以上らしいけどどうやって加工するんだろう。電気炉とか要るのか? 粉末冶金法ってなんだそりゃ。とてもじゃないけど手に負えそうも無いな。


 バリウムは札幌の松倉に日本最大の鉱山があったそうだ。この時代だととんでもない僻地だな。とは言え、北海道には自然水銀の採れるイトムカ鉱山や勇払油田とか美味しい資源が眠っている。


 どれどれ、まず重晶石に含まれる硫酸バリウムを六百~八百度に加熱し、炭素を使って硫化バリウムに還元する。それを硝酸と反応させると硝酸バリウムが得られる。硝酸バリウムを熱分解して酸化バリウムを得る。酸化バリウムをアルミニウムで千百度で還元させるとバリウムとアルミの金属化合物が得られる。さらに残った酸化バリウムは、先の反応で形成された酸化アルミニウムと反応する。こいつと酸化バリウムが反応するとバリウムが蒸気になるのでアルゴン雰囲気下で冷却して回収する。


 さっぱり分からん。何語だこれ。そもそもハンフリー・デービーがバリウムを単離したのは1808年らしい。やっぱ無理だろ。いっそ半導体でも作った方が早いんじゃないかとすら思えてきたぞ。まあ、バリウムゲッターが無くても真空度を上げれば良いんだ。

 何にせよ短波の長距離無線電信が必要になるのは海外に進出するようになるころだ。実用化は二十年後でも良いだろう。大作は心の中の予定表に書き込んだ。


「無線に関して拙僧がお話しできることはこれくらいにございます。分からぬことがあれば、その都度お聞き下さりませ」

「相、分かった。余一郎、そなたに任せる。心して励め」

「御意」


 ワンマン経営者を持つとどこでも苦労してるんだな。大作は余一郎に少しだけ同情した。

 それはそうと、何年掛かるか分からん無線技術だけではアレだな。何かもう少し知識を切り売りしておこう。


「話は変わりますがモールス符号をご存じですか?」


 知っているはずは無いのだがとりあえず疑問形で入ってみる。

 案の定、全員が首を傾げている。


「音の高さ、長さ、光を遮る長さ、何でも良いので二種類の合図の組み合わせにていろは四十七字を知らせる技にございます。たとえば『ト』は『・・-・・』で『ラ』は『・・・』という具合です。飛行船に乗っていて空賊に襲われたら『・・・- ・・・- ・・・-』ですが女の子に後ろから頭を殴られないよう気を付けて下さいませ」

「いろは一文字一文字に割り振るとは驚かしき考えじゃな。東郷はどう表すのじゃ?」

「『・・-・・ ・・- ---- ・・ ・・-』ですな。ただし、使っているうちに敵に知られてしまうやも知れませぬ。乱数表を用いて使う度に置き換えるのが宜しかろう」


 何だか良く分からないうちに大作の無線講座は終わった。




 日も傾く頃、本丸から伸びる細い山道を西側の麓に降りる。田海川の手前に武家屋敷らしき物が建ち並んでいた。

 防衛上の理由なんだろうけど物凄い山の中に住んでいるらしい。近世の城下町と違ってこの時代の侍は郷から随分と離れたところに住んでいるのだ。


 重治は夕餉への陪席を許してくれた。大作は心の底から夕飯のメニューが(なまず)以外であることを祈る。ただし神様には祈らない。

 大作の祈りが通じたのか夕飯に出て来たのは(うなぎ)だった。現代のように腹を開いたりタレを付けたりはしていない。ブツ切りにして塩や味噌を付けて焼いているらしい。

 お園が美味しそうに食べているのを見て大作は胸を撫で下ろす。だが、残念ながら大作にはブツ切りで塩や味噌を付けた焼き鰻なんて食べられた物では無かった。何と言っても小骨が気になる。神経を擦り減らすような食事が終わるころ、大作は疲れ果てていた。




 二人はそれなりの部屋を宛がわれた。畳の上で夜着を被って床に就く。


「今日の大佐の話はいつにも増して分からなかったわ。いったい何の話をしていたの?」

「本当言うと俺にも良く分からん。高度に発達した科学は魔法と見分けが付かないって聞いたこと無いか? お園だってスマホを使いこなしてるけど中身がどうなってるかなんて分からんだろ」


 知ったかぶりしてもすぐにバレそうなので大作は正直に打ち明けた。それに無線関連には鉄砲と同じくらい関わり合いたく無いのだ。だって感電とか怖いし。


「そんな物を東郷様は作れるのかしら?」

「知らん! 技術と情報はあるんだから人、物、金を惜しげも無くつぎ込めば何とかなるんじゃね? マンハッタン計画やアポロ計画みたいな物だろう。明日は朝飯を食ったらとっととお暇しよう。そろそろ帰らないとメイとほのかが心配だ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 山ケ野に戻ったらどうなっているんだろう。まあ、あいつらがどうなろうとお園さえ無事なら再建は可能だ。大作は心の不安を無理やり抑え込んで眠りに就いた。


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