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巻ノ七 夢に見たマッシュルーム の巻

 大作は生まれてこの方、滅多に無いくらい頭をフル回転させていた。

 四百年後の戦争とか米の代わりにパンを食べてるとか言われてもお園がピンと来ないのはむしろ当然だろう。

 何かもっと心に響くネタは無いのか? ナウなヤングにバカウケしそうなキャッチーなネタが必要だ。


 人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲だそうだ。


 食の話はさっきやったが不発だった。そもそも現物がカロリーメイトしか無い状況では無理がありすぎる。


 とはいえ十二時間寝てる奴らにこれ以上眠れなんて悪い冗談だ。

 せめて羽根布団とか低反発枕でもあれば良いのだが現物無しのトークだけでは辛い。

 有名なテレビショッピングの人みたいなセールストークができれば何とかなったかも知れないけど。


 年頃の女の子に異性が性欲の話なんてしたらドン引きされるだろうか。

 昔の人は性におおらかだったって話も読んだことあるが試す勇気は無い。

 もし滑ったらそれこそ取り返しが付かない。


 見た感じでは地位や名誉に拘っていそうにも無い。

 ああ見えて実はお家再興とか生き別れの家族を探してるみたいな裏設定があるのだろうか。


 駄目だ。知り合って六時間も経って無い、身の上もほとんど知らない娘の欲求なんて分かるわけない。

 もうこうなったら直接本人に聞いてみるしか無いと大作は思った。


「お園は将来の夢とかは無いのか?」

「夢? 時々は見るけどあんまり覚えていないわ」

「いやいや、寝ている時に見る夢じゃないよ。将来の目標とか、十年後の自分とか。モチベーションを維持するためには明確なヴィジョンが必要だろう」

「先のことなんて分からないわ」


 ケセラセラとかいう歌を大作は思い出した。人生なんてなるようにしかならんもんだ。

 まあ、昔の人は人生設計なんてしてそうにないもんな。

 人買いから逃げたのも完全に行き当たりばったりだったみたいだし。


「じゃあ丁度良い機会だ。身近な所から目標を立ててみようよ。まずは明日は何をしたい?」

「大佐は何をして欲しいの? 私にできることなら何でもやるわよ」


 何かこんな流れを見たことあるぞと大作は思った。

 大公の娘も『まだ泥棒は無理だけど、頑張って覚えるわ!』みたいことを言ってたぞ。

 いや、もっとそっくりな場面が別の作品にあったはずなんだが思い出せない。

 気になって気になって考えがまとまらない。

 変な流れを断ち切るために大作はとりあえず怪盗っぽいセリフを言った。


「阿呆みたいなことを言うもんじゃないぞ。もういっぺん暗闇に帰りたいのかぁ? ようやくお天道様の下に出て来れたんだぞ」


 お園がぽか~んと口を開けて呆れているが大作は気にせず強引に話を戻す。 


「俺のことはどうでも良いから、お園がしたいことを考えるんだ。スティーブ・ジョブズだって『やりたいことをやれ』って言ってたぞ。お園は何をしてる時が楽しい? どんなことが嬉しい?」

「ご飯を食べてる時が一番楽しいわ」


 そうきたか。これは天然ボケという奴なのだろうか。もう漫才のボケ役でもやったら良いんじゃないのか。

 まあ、二十一世紀なら食レポとかグルメ雑誌の記者とか就職先はあるんだが。

 せめて江戸時代なら職業にできたかも知れないと大作は同情した。

 この時代でもお毒味役とかなら可能だがあれは命懸けの仕事だしな。

 職業選択の自由が無かった時代の人に無茶なことを聞いた。


 そもそも何でこんな話になってるんだろうと大作は記憶を辿ってみる。

 いつのまにか『やりたいことをさせてやるから俺の言うことを聞け』みたいな上から目線になっていたんじゃないだろうか。


 ギブアンドテイクの関係なんかじゃ駄目だ。もっとお互いを信頼しあう必要がある。

 信頼関係構築にはまず自分の方がオープンになること。

 それが相手の警戒心を解く第一歩だってネットで読んだことがある。


「本当を言うとさ。俺も急にこんな時代にやって来て怖くて怖くてたまらないんだ。帰りたいけど帰れないし。俺もお園と同じで知ってる人が一人もいないんだ」

「そうだったんだ。銀をあんなにポンポン出すかと思えば裸足で托鉢するし。何者か聞いてもちゃんと答えてくれなかったじゃない」


『しまった~!』

 軽いジョークのつもりだったのにまさかドン引きさせてたとは。

 まさに『後悔先に立たずんば虎子を得ず』そのものだと大作は反省した。

 いや、そんな諺は無いけどな。


「ごめんな。これからはちゃんと本当のことを話すよ」

「うん。でも大佐の言葉は半分くらいしか意味が分からないんだけどね」

「それも今度から気をつけるよ。なるべく分かりやすいように話すから」

「私も頑張って大佐の言葉を覚えるわ」


 相手に関心を持つ。相手の大切な物を尊重する。無条件の積極的関心というやつだ。

 これも信頼関係構築に非常に重要だとネットに書いてあった。

 理解できるかどうかより、理解しようとする姿勢が重要なのだ。

 何だか良く分かんないけど良い感じだ。

 大作はネットの知識が始めて役に立った気がした。


「じゃあこれからは二人は一心同体少女隊……」


 いやいや、意味不明な言葉は使わないって約束したばっかりだった。

 大作は言いかけた言葉を引っ込めて真剣に言葉を選ぶ。


「じゃあこれからは思ってることは何でも遠慮せずに話すよ」

「そうね。私も遠慮しないわよ」


 お園は心の底からの笑顔を見せた。

 大作も微笑みながら、それでいて真剣な目をして言った。


「我ら二人、生まれし時は違えども、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くせん事を願わん」

「半分どころかほどんど分からなかったわ。ずっと一緒にいようってこと?」

「良いことも悪いことも、何でも仲良く半分こってことさ」

「良い言葉ね。今度紙に書いてくれる」

「紙が手にはいったらな。それじゃ、そろそろ寝ようか」


 今日はこれくらいにしておこうかと大作は話を切り上げた。

 実はさっきから眠くて仕方がなかったのだ。今日は本当にたくさん歩いた。


「おやすみ、お園」

「おやすみなさい、大佐」


 よほど疲れていたのだろうか。大作はあっという間に眠りについた。

 

「ありがとう……」


 ほとんど聞き取れないほど小さな呟きとともに大作の頬に柔らかいものが触れた時、大作の意識は完全に夢の中だった。






「Vor 20 Sekunden」


 スピーカーからの大きな声で大作は我に返った。

 ここは船のブリッジなのか? 海面から数十メートルの高さらしい。

 それも民間船舶ではない。軍用艦艇らしい装備が並んでいるようだ。

 複数の人影が見えるが薄暗くて顔や服装までは分からない。


「zehn neun acht sieben sechs funf」


 大作は何となくこれがドイツ語のカウントダウンらしい事に気が付いた。


「vier drei zwei eins」


 いったい何が起こっているんだ! 大作は思わず身構える。


 「null!」


 その瞬間、太陽のような眩しい閃光が辺りを覆い尽くす。

 思わず目を閉じるがそれでも明るさに目が眩む。

 肌に真夏の直射日光のような熱を感じる。


 数秒で眩しさが消えたので恐る恐る大作は目を開ける。

 そこに見えたのはるか上空に向かってゆっくりと立ち上って行くキノコ雲だった。

 核爆発に間違いない。大作は確信した。


 周囲に歓声があがる。

 大作はすぐ隣にいる人を見て驚いた。

 ヒムラーがハイドリヒに抱き付いて肩を叩き合っている。

『この二人って仲が悪かったんじゃなかったっけ?』と大作は思った。


 そしてその反対側にいる人を見て思わず息を飲む。

 ヒトラーと萌が満面の笑みを浮かべて握手していたのだ。


「Es wurde schlieBlich vollendet!」

「Es ist unser Sieg darin!」


 何だか分からないがずいぶんと盛り上がってる。

 萌は1930年代にタイムスリップして核開発に成功したんだろう。

 萌は美味しいところを全部持って行ってしまう


 羨ましい。なぜここにいるのが自分じゃないんだ。

 大作は胸がえぐられるような悲しみと絶望感に沈んで行った。


「ぐえっ!」


 脇腹に激しい痛みを感じて大作は唐突に夢から覚めた。






 お園の肘が大作の鳩尾に突き刺さっていた。

 いびきをかいたらどうしようという心配は杞憂に終わったが、お園は信じられないくらい寝相が悪かったのだった。


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