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巻ノ六拾八 宴もたけなわ の巻

 例によって大作には転覆しようとする船がゆっくりと見えた。これってもしかしてスター○ラチナみたいなスタ○ド能力だったりして。

 とは言え、物がゆっくり動いて見えているだけで自分は早く動けない。こんな役に立たない能力も珍しいぞ。

 未来が予知できるんだけど見えた未来は変えられないって能力と双璧だろうな。


 まず大作の仰向けの背中が水面に触れる。続いて帆が覆いかぶさって来た。水面でこんなのに覆いかぶさられたら最悪だ。

 大作はアンブレイカブルという映画のブルース・ウィリスを思い出す。

 少しでも船と距離を取るため全力で船縁を蹴った。視界の端では千手丸が派手に投げ出されているのが見えるが助けには行けない。


 間一髪で帆から逃れることに成功した大作の体が湖に沈む。このままタイムスリップしたらテルマエ○マエだな。

 思わず馬鹿げた想像をしてしまったが懐に入れたペットボトルのお陰ですぐに浮かび上がることが出来た。


 船は真横を向いて半分以上は沈んでいる。木造船なので完全に沈んでしまう心配は無さそうだ。とは言え、これを起こすのは大変だぞ。

 船尾の方を見ると千手丸がしがみ付いていた。水を飲んだりはしていないようだ。


「申し訳ござりませぬ、大佐殿。合図を聞き損じてしまいました」

「ご無事にございますか、千手丸殿。こちらこそ相済みませぬ。ゼロというのは今だという合図にございます。先に説いておらなんだ拙僧のミス、じゃなかった、越度(おちど)にございます」


 まあ、転覆くらいなら想定の範囲内だ。バラスト付のフィンキールなんて無いから簡単に引っ繰り返ってしまうのだ。

 未来少年が乗ってたみたいなシングル・アウトリガーカヌーにすれば良かったんだろうか。


「とりあえず船を起こしましょう。三、二、一、ゼロですぞ」

「ぜろにございますな。心得ました」


 返事は良いけど本当に分かってるのか? とは言え、既に転覆してるんだからこれ以上酷いことにはならないだろう。


 帆の反対側に回って二人で勢いを付けて船縁に体重を掛ける。思っていたより簡単に船を起こすことが出来た。

 船には半分以上まで水が溜まっている。これを手だけで掻き出さないといけないのだろうか。

 手動式で良いからビルジポンプがあればなあ。大作はジョーズという映画のクライマックスを思い出す。

 いや、そんな贅沢は言わん。せめてバケツか洗面器が欲しい。両手で掻き出せる水は一回に百ミリリットルくらいだろうか。

 船に溜まった水は数百リットルくらい。千回以上は掻き出さねば。どんなに頑張っても半時間は掛かりそうだ。


 もう良いや。水が溜まったままだと船足は重いけど進めないわけじゃ無い。

 千手丸に指示を出して艪を使って船の向きを変えて貰う。大作が帆の向きを合わせると丁度良い具合の追い風が船を押す。歩くよりゆっくりだが船は岸に向かって進み始めた。




 数分後、バウンティ号は岸に辿り着いた。

 心配そうな顔をしていたお園の表情が安堵に変わる。重朝は上機嫌の様子だ。


「肝を冷やしたわよ、大佐」

「大佐殿、千手丸。大儀であった。風に向かって見事に進む様を皆が見ておったぞ。あっぱれじゃ」

「恐れ入りまする。タッキングに失敗して転覆してしまいました。ですが、設計段階で幅を広くとったり重心を低くすれば安定性は増します。舵と帆の扱いに慣れれば十分に解決可能にございます」


 大作は何の根拠も無いが自信満々に言い切る。若い船大工が興奮気味に話し掛けてきた。


「大佐殿。某には未だに合点が生きませぬ。いったいどのようにしてあのような技を思い付かれたのでございますか?」

「拙僧の思い付きではござりません。ポリネシアの人々は五千年の昔より三角形の帆を使って風に逆らって進んだそうな。南蛮のキャラベル船やキャラック船、明のジャンク船にも縦帆がござります。まあ、お屋敷でご説明した通りバミューダ帆装にジフを追加するのが一番にござりましょうが」


 すぐにバレる嘘は付かない方が良い。大作は変な見栄を張ったりせず、正直に打ち明けた。

 年配の船大工が遠慮がちに口を開く。


「大佐殿。申し訳ありませぬが、たっきんぐとやらを見せては頂けませんか。お話だけでは良く分かりませぬ」


 勘弁してくれよと大作は心の中で叫ぶ。本当はお前らの方がよっぽど船に詳しいんだぞ。とは言え、そんな本音を口に出せるわけが無い。


「拙僧が全てやってしまっては覚えて頂くことが叶いませぬ。拙僧は岸からお教えいたします。どなたか千手丸殿と一緒に船に乗っては頂けませぬか?」


 千手丸はこの世の全ての不幸を一身に引き受けたような悲し気な目をしていた。

 重朝は乗りたくて堪らない様子だが空気を読んで我慢している。その他の大勢はわざとらしく視線を反らす。

 なんて奴らだ! そんなに我が身が可愛いのかよ! 大作は自分のことを棚に上げて心の中で逆ギレする。だが、全く顔には出さない。

 だったらこっちから指名してやれ。大作は若い船大工の肩を叩く。


「お手伝いを頼めますかな? 岸から離れぬよう心掛ければ大事ありますまい」


 若い船大工の顔に諦めの色が浮かんだ。




 若い船大工は惣吉と名乗った。

 先程の失敗は繰り返せない。まず、大作は陸の上で十分なブリーフィングを行う。


 続いて岸に半分乗り上げた状態の船の上に移動する。

 そして、風に対する帆の角度によって力の向きがどう変化するか徹底的に説明した。

 その後、何度も何度も舵と帆を動かす練習を続ける。


 苦労の末に惣吉と千手丸の呼吸がぴったり合ったようだ。

 なんで自分の時にこれをやらなかったんだろう。激しい後悔の念に駆られるが時既に遅しだ。

 既に太陽は真上に来ている。大作はテスト開始を宣言した。




 二時間後。大作は池の上を滑るように進んで行くキャット・リグを単眼鏡で見つめていた。

 何十回目か分からないため息が漏れる。

 あいつらは生まれついてのヨットマンなんだろうか。あっと言う間に船の操作をマスターしてしまった。そして、一度も転覆することなく自由自在に船を操っている。

 出港から一分で転覆した俺が馬鹿みたいじゃないか。突風で転覆して二人とも沈んでしまえば面白いのに。大作の心の奥底にどす黒い感情が沸いてくる。

 だが、船は突風を難なく()なして岸に戻って来た。


「素晴らしい、千手丸殿、惣吉殿。拙僧の方が教えを乞いたいくらいでございますぞ」


 大作は感情を圧し殺して卑屈な愛想笑いを浮かべる。

 俺は船乗りになる気なんてさらさら無い。船が上手く操れなくても全然困らない。あれは酸っぱい葡萄だと自分に言い聞かせる。


「大佐殿の作り給いし船のなんと素晴らしきかな。風に向かいて進みける船とは真に驚かしきこと」

「左様にございます。斯様な船を僅か半時で作られるとは」


 大作の気持ちを逆撫でするかのように皆が口々に褒め称える。ガラスのハートが居たたまれない気持ちで押し潰されそうだ。


「日も傾いて参りました。そろそろ屋敷に戻られた方が宜しかろう」


 盛り上がっている皆の気持ちに水を差すように大作は帰り支度を始めた。


「そうじゃな。入来院水軍の船出を祝って宴を催そうぞ。誰か先に戻って支度させよ」


 上機嫌の重朝に言われて一人の家臣が足早に駆けて行った。


 不貞腐れたような大作を見かねたのだろうか。不意にお園が耳元で囁く。


「一つ言い忘れてたけど、大佐は人に誉められる立派なことをしたのよ。胸を張って良いわ。おやすみ、大佐。頑張ってね」


 おやすみだと? お前は何を言っているんだ? いやいやいや、これってミ○トさんのセリフだ~!

 どん底まで落ち込んでいた大作は急に船のことなんでどうでも良くなった。






 宴と聞いていたので大作とお園は物凄く期待していた。だが、メニューは昨晩と全く同じ物だった。

 お園のあまりの落ち込みように端で見ている大作の方が辛くなる。重朝も罪なことをするもんだ。

 まあ、こことも明日の朝食でおさらばだ。これ以上の長居は後のスケジュールに支障が出る。


「宴もたけなわでございますが船の話をさせて頂いて宜しいでしょうか?」


 大作は宴とやらを半ば強引に切り上げさせて話の主導権を奪いに行った。

 紙と筆を用意させてバミューダ帆装の絵を何枚も描く。

 水密甲板の必要性についても時間を掛けて説明する。


 それから何だっけ? 舵の改良だ。この時代の舵は船から後ろに突き出した板に長い柄が付いている。なので操作できる角度が限られていて小回りが効かない。

 これを垂直の回転軸を持った舵板を滑車を使った舵輪(だりん)で操作できるように改良する。十八世紀初めにイギリスで発明される物だ。

 和船の舵は遠浅に対応するため上下に可動するなんて無茶な作りだ。

 だが、舵輪式に改良すれば上下は小さいけど前後に長くすることで対応可能だろう。

 大作はF4ファントムⅡの垂直尾翼を思い出す。あれも空母艦載機だから高さ制限に引っ掛かって前後に長くしたんだっけ。

 巨大な舵はキールを持たない和船が横に流されるのを防ぐという意味でも重要なのだ。


 他に何か無かったかな? 大作はお園の顔色を伺う。幸いなことに機嫌は直っているようだ。


「大きな木綿の帆はどうやって織るの?」

「ナイスアシスト、お園」


 よくぞ聞いてくれました! 産業革命の基礎を作った偉大な発明だ。


 帆のために太い糸を作ろうと思ったらミュール紡績機が必要だな。

 大作は早速スマホで確認するが非常にデリケートな機械だったらしい。頻繁に微調整が必要だったので次第にリング紡績機に置き換えられたとのことだ。

 幸いなことにスマホにはリング紡績機の構造も入っていた。これなら作れるだろうか。


「こんな風に糸巻きをぐるぐる回してやれば勝手に糸が捩れるんだ」


 ちょっと待てよ。こんな物を作ろうと思ったら歯車が必要になるんじゃね?

 まあ、ホブ盤くらいならこの時代でも作れるだろう。

 ホブ歯切りが発明されたのは1856年らしいが原理自体は簡単だ。

 インボリュート歯形に気が付いた奴が偉かったんだな。

 いやいやいや、これを回転させるにも歯車が要るんじゃね? 鶏が先か卵が先かって奴だ。

 そうなると最初の歯車は(やすり)で削って作るしか無いってことだな。


 あとはカートライトの力織機だが、こっちは輪を掛けて大変そうだ。

 設計から実用化まで二十年近く掛かっている。二百五十年も先の技術でこれだけ苦労してるってことは一筋縄では行きそうも無いな。

 とは言え、飛び()緯糸(よこいと)を巻いたボビンを入れるだけでも劇的な効率アップだ。まずは小さなことからコツコツやって行くべきだろう。


 大作は絵を何枚も描いたが船大工はあからさまに迷惑そうな顔をしている。

 考えて見れば糸を紡いだり布を織るなんて、どう考えても船大工の仕事じゃ無いぞ。

 大作は千手丸に絵を押し付ける。こいつも嫌そうな顔をしているが重朝に渡すわけにも行かない。


「簡単なる仕掛けにて糸紡(いとつむ)ぎや機織(はたお)りが大層楽になります。大量生産によって糸や布の価格は低下するので大きな需要増が見込めます。是非とも鍛冶屋や機織りの方にお勧め下され」


 大英帝国の礎とも言える産業革命の切っ掛けの一つになった偉大な発明だぞ。こいつらには全然価値が分からんらしいけど。


 まあ、これさえ作れば産業革命が始まるなんて単純な話でも無い。

 あれはイギリスが海外に膨大な需要と供給を得られたから起こったのだ。

 七年戦争がパリ条約で終結した結果、アメリカやインドからフランス勢力が駆逐された結果と言える。

 船の帆を作るだけの需要で一気に工業化が進むはずもない。


 そもそも経糸と緯糸で織った織物って伸縮性も通気性も悪い。

 編物がスペインやポルトガルから伝わるのは百年以上先になる。

 メリヤス編みとかニット編みを何とかしないと靴下や下着も作れないのか?

 ひげ針を使った編機の開発を急ぐ必要があるぞ。冬までに何とかしないと大変だな。

 大作はスマホの予定表に書き込む。期限は九月末にした。


 入来院のIC(インダストリアル・キャパシティー)がどれくらいなのかはさっぱり分からん。

 まあ、四万石くらいあるはずだから船の改良と紡績機や機織り機の開発くらいなら可能だろう。

 ただし、船を作るのはここからずっと西の海沿いだ。祁答院から距離があるので頻繁に顔を出すことも出来ない。

 月一くらいのペースで様子を見に来るのが精一杯か。

 千手丸や惣吉の奮闘に期待しよう。


 大作の必死の説明にも関わらず盛り上がりはイマイチみたいだ。何かもっともらしいことを言って締めねば。


「NASAでは『失敗という選択肢は無い』と言う言葉を良く用います。ですが研究開発分野では失敗は許容されるべきです。革新的な試みであればあるほど多くのリスクを許容しなければなりません。これは必要コストなのです」


 何の反応も無い。まるで独演会のようだったなと大作は呆れる。微妙な空気に包まれたまま宴とやらは終わった。




 随分と遅い時間になったので宛がわれた部屋に戻った二人はすぐに床に就いた。


「船やら布やら随分とたくさんの物を入来院様で作ることになったけど大丈夫かしら」

「どうだろな。保険の意味で東郷にも同じ話をしてみようと思ってる。まあ、金山さえ上手く行けば金の力で強引に進められる。問題は船乗りの訓練だな」


 中世の船乗りがどれくらいの訓練期間を必要としていたかなんて見当も付かない。商船大学や商船高専は四、五年の間に乗船実習が一年くらいあるんだっけ?

 漁業や海運の従事者を金に飽かせてヘッドハンティングすれば何とかなるだろうか。

 本格的に海軍力が必要になるのは数年後だ。時間は十分にある。大作は考えるのを止めて眠りに就いた。


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