巻ノ六拾四 Z艦隊再建計画 の巻
プレイアビリティの改善って何をやれば良いんだろう? 大作は暫しの間、真剣に考え込む。だが、いくら考えても何も出てこない。
「俺はゲームプログラマーじゃ無いんだ。無茶言わんでくれよ」
大作は情けない声でギブアップを宣言する。だが、お園は引き下がる気はさらさら無いようだ。
「だったらゴーマンの法則ね。直せなかったら機能にしてしまうのよ」
大作は驚きを隠せない。まさか、お園の口からジェラ○ド・M・ワイ○バーグが出てくるとは。
「つまるところ大佐は待っているのが退屈なんでしょ? その間に出来ることを一緒に考えましょうよ。大佐は何をしてる時が楽しい? どんなことが嬉しい?」
お園は大作の両手を取ると大きな瞳をキラキラさせて大作の顔を真直ぐから覗き込む。
それって初めて会った晩に俺が聞いたことじゃね? まさかこっちが聞かれる立場になるとは思ってもみなかったぞ。
境界性人格障害扱いしていたお園に心配されるとは屈辱の極みだ。大作の心は一瞬だけ沈みかける。
いや、案外と俺の精神状態もタイムスリップのストレスで限界に近付いているのかも知れん。
お園の目を見ると真剣に心配してくれているらしい。ここは素直に甘えてみようかな。
「この生須賀大作の大好物は自分が偉いと思ってる奴にНетと拒絶してやる事だ。まあ、それは置いとくとして、やっぱ歴史改変だな。蘇我入鹿暗殺を阻止するとか、壬申の乱で大友皇子を勝たせるとか、道鏡を皇位に就かせるとか。いやいや、皇室ネタは危険か? 伊○三尉が殺されたのだって朝廷を軽んじたせいだもんな」
「だったら私にも手伝わせて。『歴史改変はまだ良く分からないけどきっと覚えるわ!』で良いのかしら?」
四十日も一緒にいて何度も繰り返しアニメネタを聞かせた甲斐があった。大作はさっきまでの退屈が吹っ飛んだ気がする。
「そんじゃあやってみるか。さぁ~ みんなで、考えよう! って二人しかいないか」
「目算通りに金が採れたら大佐はどうするつもりなの? 鉄砲を揃えるの?」
お園が期待に満ちた表情を浮かべながら尋ねる。
「まあ、人数分は必要かな。金山を外敵から守らないといけないし。莫大な金が採れるってことはいずれ回りにもバレる。祁答院だっていつ敵になるか分からん」
「でも鉄砲は一年で出来ないかも知れないんでしょう。本当に堺に逃げるつもり?」
「本当言うと鉄砲なんてどうでも良いんだ。四年後の加治木城攻めは模型グライダー的な物に揮発油を積んで南東か北の山から発射すれば済む」
大作は気軽に言ってのける。
「相良油田ね。でも、あんな遠くに行って深さ五十間も穴を掘って油を持って帰るって大層な骨折りよ。間に合うのかしら」
「保険としてジエチルエーテルも作る。硫酸を触媒にしてエタノールを脱水縮合するんだったかな。小さな山城を丸焼けにするだけだから一石(百八十リットル)もあれば十分だろう。一升瓶の火炎瓶を百本作れるぞ」
「えたの~るはどうやって作るの」
お園がどちて坊やになったのか? 大作は一瞬焦る。いや、違うな。これは俺を退屈させないように気を使ってくれてるだろう。お園も別に嫌々やっているわけでは無さそうだ。だったらとことん付き合ってもらおう。
大作は岩剣城防衛についても熱く語る。岩剣城は三方が険しい断崖の山城で唯一の侵入経路も狭い坂だ。上から下に火炎瓶を投げれば一方的な攻撃が可能だ。大作は雨が降る可能性をあえて無視した。お園はそれに気が付いたようだが空気を読んで触れなかった。
何も無い山道を一時間ほど南に進むと川内川のほとりの山に山崎城が建っていた。川の向こう側には青々とした田んぼが広がっている。
小さな山城のすぐ南を通ると国道三百二十八号線と思われる山道が続く。半時間ほど南に進むと田んぼの広がる平野に出た。一時間半ほど歩いただろうか。
太陽が真上に来たころ、道の右側に巨大な山城が見えて来た。これが清色城で間違い無いだろう。
今まで見た小さな山城と違ってかなり巨大な山城だ。東西八百メートル、南北六百メートルの山に大小十六の曲輪があるんだそうな。
正面の高さ二十メートルもある切通しが圧巻だ。凄いと言えば凄いんだが、ここまで掘り込むくらいならトンネルを掘った方が早かったんじゃなかろうか。
正直言って大作は今まで城という物を内心では馬鹿にしていた。会津城も五稜郭もアームストロング砲でボコボコにされたって印象しか無い。
とは言え、このクラスの山城は正攻法で落とそうとすればかなりの犠牲を覚悟する必要がありそうだ。
だが、大砲なら、大砲なら何とかしてくれる。
重砲の集中砲火に耐えようと思ったら分厚いコンクリートで作るしか無い。あるいは地下十メートルに強固な地下壕を作るとか。
逆に言えば適切に構築された陣地を砲撃だけで破壊するのは至難の業なのだ。
第一次大戦におけるソンムの会戦ではイギリス軍は六日間二十四時間に渡って百七十三万発の徹底的な準備砲撃を行った。緑豊かな草原は月面みたいにクレーターだらけの不毛の荒野に変わる。だがドイツ兵は地下深くで息を潜めて耐え忍んでいたのだ。
結局のところ砲撃終了は攻撃開始の合図にしかならなかった。地下壕から出て配置についたドイツ兵が待ち構えるところにノコノコ歩いて行ったイギリス兵は重機関銃でなぎ倒される。攻撃初日のイギリス軍は死者・行方不明者2万、負傷者6万の損害を出した。損耗率は九割を超えている。怖い数字だ。
そもそも砲撃に耐えることを目的に作られた強固な陣地なんだから砲撃で破壊するのは無理に決まってる。当たり前の話なのだ。どうしても破壊したいなら八十センチ列車砲みたいな化け物を作るしか無い。
そこまでやっても硫黄島みたいに網の目のような地下トンネルを張り巡らされたら撃破は困難だ。
米軍はトンネル入口を見つける度にガソリンを流し込んで火を着け、爆破で塞いだそうな。
ハーツオブアイアンでも強固な要塞に大軍で篭られたら攻略は非常に困難だったっけ。
核、兵糧攻め、ロケット攻撃、インフラ破壊。それより要塞から引っ張り出した方が早いな。
あとは、田畑や町を根こそぎ焼き尽くして継戦能力を奪うしか無い。いやいや、それってもはや要塞攻略でも何でも無いんじゃね?
「たいそう立派なお城ね」
お園の声で大作は取り止めの無い妄想から引き戻される。
「そうだな。天然の地形を最大限に利用しつつも大規模な工事で防御力を強化している。さすがは入来院様だ」
どこで誰が聞いてるか分からん。大作はとりあえず褒めちぎっておく。背後から急に声を掛けられたら大変だ。
入口に受付カウンターなんて無いので番兵みたいな人に紹介状を見せる。すぐに中から大作より少し若い侍が走って現れた。お客様を待たせないための配慮だとすれば関心なことだ。
若い侍によると入来院氏の十二代当主、入来院重朝岩見守は本丸にいるそうだ。直ぐに二人を案内してくれることになった。
平時から殿様が山城で生活なんてしている訳が無い。たまたま用があって来ているんだろうか。まあ、会ってくれるんだからどうでも良いか。
「紹介状の効果は凄いな。いきなりお客様扱いして貰えたのは初めてじゃね?」
大作は嬉しさのあまり大はしゃぎした。だが若い侍が不思議そうな顔をしている。その視線に気付いたお園に脇腹を小突かれて大作は我に返った。
「それにしても見事にござりますな。これほどの切通しを見るのは鎌倉以来でございます」
咄嗟に口から出まかせの言い訳で大作は誤魔化す。鎌倉は行ったことあるけど切通しはテレビでしか見たこと無いのは秘密だ。
それにしても、ここの切通しは本当に狭い。人がすれ違えないくらいの狭さだ。
防御施設として非常に有効なのは分かる。でも不便過ぎないか? 物資搬入とかどうしてるんだろう。大作は潜水艦への物資搬入を想像して顔を顰めた。
これじゃあ、太った人は通れないな。そういえば海上自衛隊では太りすぎてハッチを通れなくなったら乗艦勤務不適格とかで陸上勤務に回されるとか何とか。
細い急な坂道を高さ三十メートルほど登っては降りてを繰り返す。何度目か分からなくなり、疲れ果てたころに本丸に辿り着いた。
もし逃げて帰ることになっても道が全然分からない。こりゃあ、今回はおふざけは最小限にしておこう。大作は心の中で宣言する。
土壁で板葺き屋根の屋敷が建っていた。お世辞にも立派とは言い難いが、こんな山の中まで資材を運んで来るのはさぞかし大変だっただろう。
若い侍が声を掛けると小屋の中から子供みたいな侍が飛び出して来た。藤吉郎と同じくらいの年格好に見える。小姓って奴だろうか。
粗末な着物を着た男が桶に水を入れて持って来る。足を洗えということらしい。お持て成しなのだろうか。それとも、汚れた足で上がって欲しくなかったのだろうか。どっちなのか分からないが断る理由も無いので気合を入れて足を洗う。
すぐに小姓の案内で狭くて簡素な部屋に通された。奥には畳が一畳だけ敷いてある。
手前には菅で編んだ座布団が二枚敷いてあった。あらかじめ敷いてある場合、ここに座れという指示なので遠慮せずに座るべきだろう。
ちょっと待った! 左右のどっちが上座なんだっけ? 雛人形は向かって左がお内裏様だよな。
いやいや、左が上座なはずだぞ。左大臣は右大臣より上位なんだ。雛人形にも京雛と関東雛があって京雛はお内裏様が向かって右だ。
大正天皇即位の礼を西洋スタイルでやったせいで関東雛はお内裏様が向かって左だそうな。
んで、結局はどっちに座るのが正解なんだ? 殿様から見て向かって左が上座なのか? 違う、左上座なんだから素直に左に座れば良いんだ。
プチパニックに陥った大作を気にもせず、お園は迷わず右側に座る。それを見て大作も平静を取り戻す。
「殿のおなり~」
小姓が唐突に大声を出す。大作は悲鳴を上げそうになったが何とかそれを飲み込んだ。大作とお園は額を床に擦り付けるように平伏する。
なんで護衛を連れて来なかったんだろう。今頃になって激しい後悔に襲われるが手遅れだ。何でも良いから無難に切り上げて早く脱出しよう。大作は素早く方針を決める。
静まり返った室内にミシミシと板の間を歩く音が響く。もしかして、ここの殿様って凄いデブなのか? いやいや、切通しを通れないほど太ってるってことは無いはずだ。
こんな時だというのに例によって大作の脳裏には全然関係無い話が浮かぶ。
昭和の昔、トンガ王国のツポウ四世が来日したそうだ。国王は新幹線に乗るのを凄く楽しみにしていた。だが、国王は物凄い巨漢だった。それを案じた当時の国鉄関係者は二人掛座席の間の肘掛けを外したらしい。
しかし、これで準備万端と安心していた国鉄関係者は予想外の事態に驚愕する。新幹線のドアの横幅は案外狭かったのだ。だが、青ざめる国鉄関係者を他所に国王は横を向いて乗ったそうだ。めでたしめでたし。
ようするに国王は横幅はあったけど、お腹はあまり出ていなかったのだろう。
「岩見守である。面を上げよ」
「拙僧は大佐と申します。岩見守様に拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」
大作が顔を上げると入来院重朝が興味津々といった視線をお園に向けていた。三十過ぎくらいだろうか。予想に反して全然太っていない。むしろ痩せ気味みたいだ。
重朝の視線が大作とお園の間を往復する。お園を紹介しろということなのか? お園に自己紹介させた方が良いんだろうか? 全然考えてもいなかったぞ。どっちが正解なんだろう。まあ、違っててもそれが原因で切り殺されたりはしないだろう。
「こちらは巫女のお園と申します。アスペルガー、じゃ無かった、サヴァン症候群と言う類まれなる力を備えており申す」
「さばんしょうこうぐん?」
「とても物覚えが良いのでございます。まあ、その話は河内守様(祁答院良重)の御用が済んでからで宜しゅうございますか?」
さっさと話を終わらせてここを脱出したい。大作は話を脱線させるのは大好きだ。だが、人に話を脱線させられるのは大嫌いなのだ。
咄嗟に大殿の名を騙って強引に会話の主導権を奪い取る。
「うむ。苦しゅうない。好きにいたせ」
「恐れ入ります。既にお聞き及びとは存じますが島津は種子島に鉄砲を作らせておるとの話。鉄砲は十丁、二十丁なら恐るるに足りませぬが百丁、二百丁と揃えられると誠に厄介な代物。そこで祁答院においても鉄砲を作ることと相成りました。つきましては入来院様にもご助力をお願い致したく馳せ参じました次第にございます」
「作るじゃと? 鉄砲をか? そのようなことが叶うのか?」
そんなに驚くような話だろうかと大作は戸惑う。八板金兵衛は半年で作ったんじゃ無かったっけ? それとも、作るより買った方が早いって意味で驚いてるのか? とりあえず言葉のジャブだ。
「鉄砲はお高うございます。それに纏まった数を揃えなければ役に立ちませぬ。なれば買うより作るのが道理。拙僧にお任せあれ。Trust me!」
「とらすとみ~?」
しまった~ 逃げ道が無いから自重してたのに。大作は激しく後悔する。
「既に祁答院では先週から、じゃなかった十日ほど前より鉄砲開発プロジェ…… 計略? 企て? なんだっけ?」
「計らい?」
お園が助け船を出す。大作は軽く頷いて続ける。
「既に祁答院の鍛冶屋が一同に会して鉄砲を作るための計らいを進めております。此度、入来院様の元に推参仕ったのも、この計らいへの参加をお願いするため。どうかお力をお貸し下さいませ」
言い切ると大作は深々と頭を下げる。お園も見事なシンクロを見せる。
こんなもんで仕事は果たしただろう。何でも良いから早く帰りたい。YESでもNOでも良いから答えを引き出したらダッシュで帰ろう。それだけで頭は一杯だった。だが、返って来た回答は大作の予想を裏切る。
「して、その鉄砲作りに合力致せば入来院に何の益があるのじゃ?」
そんなことも分からないって、こいつ馬鹿か? 大作は一瞬呆れる。いや、条件闘争でも始めるつもりなのかも知れん。話が長引きそうな予感に大作の気持ちが沈む。
もうどうでも良いや。なるようになれ。大作はリミッターを呆気なく解除した。
「岩見守様は入来院に水軍を作るおつもりはございませんか? 拙僧は船の性能や安全性を画期的に向上する方策を多数持ち合わせております」
「すいぐん?」
重朝は目が点になっているようだ。鉄砲開発プロジェクトの参加条件を巡る熱いバトルになんて乗る気はさらさら無いのだ。
俺のターン! 大作はほくそ笑みながら眼鏡の真ん中を左手の中指で持ち上げる仕草をする。眼鏡は掛けていないのだが。
「今の時代、水軍に任せられる任務は短期的、戦術的な物ではありません。単独兵器として戦線の後方に打撃を与え、戦火を銃後にまで及ぼすという戦略的任務を遂行可能です。水上戦力がその長大な航海能力を発揮すれば地上軍の防衛線を迂回して敵地の遥か後方に侵攻が可能です。田畑、港、町を焼き払ってインフラ…… 社会基盤設備?」
「民草の日々の暮らしを支ふ物のことにございます」
お園がすかさず助け舟を出す。ナイスアシストお園! 大作は視線で感謝の意を表する。
「民草の日々の暮らしを支ふこと叶わずば戦を続ける気力も失せましょう。レーダーも通信も無いため、水上戦力の接近を敵は事前に察知することも連絡することも叶いません。よって攻撃側は防御側に対してイニシアチブ…… 優位に立つことが出来うるのです。ヴァイキングや遊牧民の襲撃を撃退するのが難しい理由がお分かりになりますか? それは、いつどこが襲撃されるのか事前に予想出来ないからにございます」
大作は一気に言い切ると精一杯のドヤ顔で重朝の目を見つめる。だが、頭の中ではすでに次に行く東郷のことを考えていた。
たぶんこいつは乗って来ない。まあ、東郷も海に面してる。あっちに行ったら本気を出そう。
鶴ヶ岡城はここから歩いて三時間くらいだっけ? 今から行ったら着くのは夕方か。夕飯を目当てで来たって思われたら恥ずかしいな。
やっぱ今日は昼からオフにしよう。お園と藺牟田池の泥炭形成植物群落でも見に行ったら面白そうだ。
大正十年三月三日に国指定天然記念物に指定されたらしいぞ。直径一キロの火口湖に泥炭が沈んでいるんだそうな。
その一部が浮かび上がった浮島が三百個くらいあるんだっけ。浮島は寒い高層湿原では珍しく無いけど低層湿原では凄く珍しいんだとか。
集中力を完全に切らした大作は妄想世界に現実逃避していた。




