巻ノ六拾参 自由は便利 の巻
かなり強引な工数削減とアクロバティックな並行開発で大作たちは無理矢理に開発スケジュールを一年に押さえ込んだ。
果たしてこのスケジュールは実現可能なのだろうか。大作は無理なんじゃないかと他人事のように思っていた。
そもそも祁答院に取り入ったり、金山開発の目眩ましにするつもりのダミー計画だ。無理なら無理で鉄砲は堺から購入しよう。
もはや大作の気持ちは完全に鉄砲プロジェクトから離れていた。
あとは青左衛門を適当におだててプロジェクト責任者にしよう。
そうすれば毎週顔を出す必要も無くなって一石二鳥だ。
評定は青左衛門が中心になって無事に進んでいるようだ。
そうなるとやることは決まったな。
大作は弥十郎のところに行って小声で話し掛ける。
「工藤様。先ほどからの話にありますように東郷様や入来院様は勿論、菱刈様、北原様、相良様から広く人手を集めようかと思います。とは言え、一方的に引き抜くのは不味い。人材交流プログラムの名目でベテランを寄越してもらい、こっちからはド素人を出します」
「べてらんとは匠のことじゃな。それでは向こうが納得せんじゃろう」
弥十郎が冷静な突っ込みを入れる。だが、大作としては想定済みだ。
「鉄砲開発プロジェクトへの参加により最先端技術に触れることが叶います。これは非常に大きなセールスポイントです。この価値が理解出来ないような馬鹿とは取引する必要ありません。こっちからお断りです」
大作の自信に満ちた発言に弥十郎が目を丸くしている。大作は気にせず続ける。
「そう言えば肥前国の有馬様がポルトガル船と商いを始めるそうな。南蛮からしか手に入らぬ物はたくさんございます。今のうちに顔を繋いでおくべきかと。是非とも大殿様か若殿様に紹介状を書いて頂きとうございます。硫黄、鉄、銅、鉛、水銀など必要な物はたくさんございますぞ」
「相分かった。じゃが覚えきれん。あとで紙に書いてくれ」
工藤様って案外お馬鹿さんなのか? 大作はちょっと呆れる。でも、適当に返事だけされて忘れられるよりはなんぼかマシだ。
そう言えば材木売はどうしているんだろう。大作が姿を探すと青左衛門と話し込んでいるのが見えた。
ほっといても大丈夫だろうか。とは言え自分抜きで話が進むのも寂しい。大作は我儘な奴なのだ。
「お話は纏まりそうですかな?」
ほったらかしにしていた負い目があるので大作は遠慮がちに声を掛ける。
「おお、大佐様。銃床のことを青左衛門殿に教えて頂いておったところにございます」
今日は何も仕事をしていない。大作はそんな自覚があった。
何でも良いから一つくらいアイディアを出しといた方が良いだろう。大作は必死に無い知恵を絞る。
閃いた! 大作はスマホに写真を表示して二人に見せる。
「一つ仕様を追加して頂けますか。ストックにスリングを着けて欲しいのです」
「すりんぐ?」
元々は『三角巾』とか『負い革』って意味だっけ。大作は記憶の糸を辿る。
「吊るという意味にございます。肩掛けベルトとも申しますな。これがあれば鉄砲を担いでいる時も両手が空くのでとっても便利ですぞ」
材木売と青左衛門が何とも形容し難い顔をしている。
お園が怪訝な表情をして大作の耳元で囁く。
「便利って糞や尿のことを言ってるのよね?」
大作は慌ててスマホの国語辞典をチェックする。『大小便を排出すること。便通』だと! 昔はそんな意味で使われてたのかよ!
宇宙人か未来人の翻訳サービスの中途半端さに呆れながら大作は必死に言い訳を探す。
「両手が自由になれば用を足す時も楽ですぞ」
大作は何とか必死になって屁理屈を捻り出した。
「じゆう?」
材木売と青左衛門が一段と困惑した顔で鸚鵡返しする。
freeを自由って訳したのは福沢諭吉だっけ? いや、元々は欲望からの解脱を意味する仏教用語なんじゃ無かったかな?
もうどうでも良いや。大作はお園に後を任せて一休みすることにした。
部屋の隅で暇を持て余しているほのかのところへ大作は向かう。
「よっ! 暇か?」
大作はコーヒーを飲みに来た課長のように気楽な調子で話し掛けた。
「ちゃんと話は聞いていたわよ。半年が一年に延びちゃったけど大丈夫なの?」
「知らん!」
大作は一刀両断に切り捨てる。
いやいや、鍛冶屋に聞かれたら不味いな。大作は声を落としてほのかの耳元で囁く。
「鉄砲は祁答院に取り入るための方便に過ぎん。せいぜい派手にやって金山開発の目眩ましになってもらおう」
「鉄砲無しで薩摩に勝てるの?」
ほのかが不安げに大作の耳元で囁く。
何でこいつら揃いも揃って弱気なんだろうと大作は呆れる。とりあえず安心させておこう。
「そもそも薩摩に勝つ必要なんて特に無いんだ。どうせ連中には天下なんて取れっこ無い。勝ち目が無さそうだったらその時点で完成している鉄砲関連の技術と金を持って堺に戻ろう。桶狭間より前なら何とでもなる」
大作は気楽に言い放つ。だが、ほのかの表情はさらに不安そうになった。もう良いや。放っておこう。
お園の方に目をやると怖い顔をしてこっちを睨んでいる。
やっべ! もしかして二人していちゃついてるみたいに見えてるんじゃね?
大作はお園のところへ揉み手をしながら飛んで行った
夕方の早い時間に評定は終わった。大作は弥十郎に念押ししておくことにする。
「工藤様。紹介状の件、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「そうじゃった、そうじゃった。若殿のお名前で良いな? 今から一っ走り行って来よう」
早! 腰の軽いおっさんだと大作は感心する。
いや、腰の軽いって言い回しは軽率とか短慮ってことだっけ? まあ、どっちでも良いか。大作は考えるのを止めた。
ってことは待ってた方が良いのかな。でも帰りが遅くなるとメイが心配だ。紹介状が来たらさっさと出掛ければ良いのか。
「お園とほのかはこのまま帰ってくれ。そんで代わりに明日の朝にメイをこっちに寄越してくれ。そのまま入来院に向かう。二、三日で戻るから留守中、パートの連中の面倒を頼む」
「私が行かなくても大丈夫?」
お園が不満そうにしている。大作としてもお園を連れて行きたいのは山々なのだが、そうも行かない。
「ほのかを一人ぼっちに出来んだろう。この埋め合わせは新婚旅行でするから我慢してくれ」
「メイは一人で留守番してるわよ? なんでほのかは一人に出来ないの?」
お園が食い下がる。うわ~ 面倒臭いやっちゃな~ 大作は必死に言い訳を考えるが何も思いつかない。
「入来院の後にも東郷、菱刈、北原、相良とかあっちこっち行かなきゃならん。その度に三人も出掛けてたらロスが大きすぎるだろ」
大作は咄嗟に論点ずらしを試みる。だが、言いながら何となく早目に負けを認めた方が得なんじゃないかと考えを改めた。
「分かった。じゃあ、入来院にはお園と行こう。若殿の紹介状があるんだから護衛無しでも大丈夫だろう。ほのかは一人で帰ってメイと留守番しててくれ」
「御意。私一人なら日が落ちる前に戻れるわ」
御意だって! 何を急に気取ってんだろう。大作は吹き出しそうになるのを必死に我慢する。まあ、機嫌良く従ってくれてるんだから放って置こう。
さて、今晩はどうしよう。工藤様に頼み込めばもう一晩くらい泊めてもらえるだろう。でも、お園と二人っきりになる二週間ぶりのチャンスだぞ。
「今晩どうしよう? 工藤様にもう一晩泊めて頂けるよう頼んでみようか?」
「てんとは持って来てるのよね? 私は大佐と二人っきりになりたいわ」
お園の熱っぽい視線を感じて大作はドキっとした。だが二人だけの世界は一瞬で打ち破られる。
「大佐殿。若殿に紹介状を頼んで参ったぞ。祐筆が今晩中に用意するそうじゃ。明朝に貰い受けて来るので今晩も泊まって行くが良い」
「有り難き幸せにございます」
全然有り難く無い。そう心の中で思いながらも大作とお園は深々と頭を下げた。
夕飯は昨日と代わり映えのしない質素な物だった。タダ飯に文句を付けられる立場では無いのだがもうちょっとマシな物が食べたい。本当ならお園の手料理が食べられたのに。大作は心の中で弥十郎に逆恨みした。
昨日と同じ部屋で寝る。でも昨日と違って二人っきりなので肩を並べて筵に包まって寝た。
早く家を見つけて二人だけの寝室を持とう。大作は心の中の予定表に書き込んだ。期限はとりあえず一月後にした。
翌朝の朝食も代わり映えしなかった。
入来院に行ったら食事くらい出るんだろうか。海に近いから魚とか出たら嬉しいな。でも勝手に期待しておいて裏切られたら悲しいぞ。期待しないでおこうと大作は思った。
食後に寛いでいると弥十郎が文を何通か持って来る。大作とお園は深々と頭を下げ、何度も礼を言って受け取った。
目的地の清色城は南に歩いて三時間ほどとのことだ。山の中だから全然海に近くないぞ。魚は諦めた方が良さげだ。
紹介状があるとは言え、すぐに目通りが叶うかは分からない。少しでも早く着きたいので挨拶もそこそこに大作とお園は出発した。
田畑の真ん中を通っているのが未来の国道二百六十七号線だろうか。それっぽい道を南に進む。
「二人で旅をするのは一月ぶりか。あの頃は楽しかったな」
大作が昔を懐かしむようにしみじみと言った。お園が不思議そうな顔をする。
「今は楽しく無いの?」
「楽しいか楽しく無いかで言ったら楽しいぞ。でも、お園と二人で旅してた頃は本当に楽しかったんだ」
大作の答えを聞いてお園が嬉しそうに微笑む。しかし、続く言葉にお園の顔色が変わる。
「このまま二人でどっかに姿をくらまそうか? 金はほのかが津田様に返してくれるんじゃないかな。島津に手を貸して九州を制圧しつつ義久や義弘を始末するなんてどうだ。十年で九州。二十年で中国・四国を押える」
「島津は敵じゃなかったの?」
お園が目を丸くして驚いている。そりゃそうか、これまで散々倒すべき敵だって扱き下ろしてきたもんな。
「しょうが無いだろ。あんまり暇だったんで頭ん中でもう何十回も島津を滅ぼしちゃったんだ。今はむしろ島津に天下を取らせたいくらいだぞ」
「戯れよね? 伊賀の忍びがいないと無理だわ」
お園は大作の言葉を歯牙にもかけず受け流した。ちょっとくらい真面目に考えてくれても良いのに。大作は少し悲しくなる。
いっそお園も放って一人でどっかに行こうか。いやいやいや、すでに大半の銀を使っちゃったし道具もいろいろ渡しちゃったぞ。
それに四十日も一緒にいてやっとこさエ○ァやラピュタのネタが通じるようになったんだ。それを切るなんて勿体無いオバケが出る。視聴者だって絶対に着いて来ない。
「大佐はどうして前ほど楽しく無いの? どうしたら楽しくなるか一緒に考えましょうよ」
お園が駄々っ子をあやすような優しい口調になった。
「新しい刺激が無いんだ。金の製錬は同じ作業の繰り返しだろ。鉄砲の開発は一年も掛かるし。もう飽きた」
お園の顔が心底から呆れ果てたといった感じに変わる。もしかして怒らせた? 大作は少し不安になる。
「だってしょうが無いじゃんか! シミュレーションゲーム内の時間経過がリアルタイムだったら誰だって暇を持て余すぞ。第二次大戦シミュレーションゲームのワンプレイに六年掛かったらやる気になるか? 伊賀から忍びを呼ぶだけで一月半なんてプレイアビリティが低すぎるんだ!」
逆ギレなのは自覚しているが言い出したら止まらない。大作は一気に言い切った。
今さらこんな泣き言みたいなことを言ってお園に見捨てられないだろうか。だが、心配に反してお園はとても優しく微笑む。
「じゃあ、どうやったらぷれいあびりてぃを良く出来るか一緒に考えましょう」
心配は杞憂に終わったが、こりゃまたとんでもない無理難題を仰る。大作は頭を抱えたくなった。




