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巻ノ六拾弐 会議は踊る の巻

 もう何度も歩いた山道を大作たち三人は進む。もし帰りに夜道を歩くことになっても大丈夫だろうか。大作はちょっと心配になる。


「やっぱ五里は遠いよな。朝一の会議は前乗りで一泊だもん。余裕が出来たら馬が欲しいぞ。まあ何ヶ月かしたら金山経営は人に任せて町に住むからどうでも良いか」

「馬で山道を五里も駆けるのは無理じゃ無いかしら。まだまだ七日ごとに山道を十里も歩かないといけないのね」


 お園がうんざりした顔をする。気持ちは分かるがお園がいなければ話が進まない。って言うか俺がサボれないじゃないかと大作は思う。


 それはそうと、この時代の小さな馬では長距離は無理らしい。そう言えば、建築資材を運んだ時も鞋を換えたりしてたっけ。

 大作は心底からがっかりした。

 かと言って、この時代の素材では自転車なんて作れっこ無い。鉄道を敷いてトロッコでも走らせる? 何年掛かるか分からんな。

 やっぱタイムスリップでは定番の外来種の馬を輸入するしか無いんだろうか。でも、輸入して繁殖させるなんて十年計画だぞ。

 それにスーパーマンのクリストファー・リーヴみたいに落馬で脊髄損傷して首から下が麻痺なんて真っ平御免だ。

 大作は考えるのを止めた。


「伊賀から忍びが来たら生活拠点を町に移そう。一月後くらいのはずだからあと四往復くらいの辛抱だ」

「私めは大佐とお出掛け出来て嬉しいわ。お留守番組の時は寂しいけど」


 ほのかが本当に嬉しそうに言う。日向まで二日で往復するような奴だ。往復十里なんて軽い運動なんだろうと大作は思った。


「楽しいか楽しく無いかで言えば俺も楽しいぞ。ただ、三人の丸一日が移動時間だけで消えるのは勿体無さすぎるんだな。まあ、あと四回くらいだから我慢するしか無いか」


 考えても仕方無い。勉強する気分にもならない。大作たちは歌を歌って時間を潰した。




 夕方の早い時間に工藤弥十郎の屋敷に着く。弥十郎は不在だった。ああ見えて意外と忙しい人らしい。

 見覚えのある家人が対応してくれた。明日の評定のために前乗りで来たことを説明する。

 大作たちは板の間に筵が敷かれた簡素な部屋に通された。

 このまま居座れば一泊二食は確実だろう。大作は一人ほくそ笑む。


「半時もしないうちに日が沈みそうだな。もう少し時間があれば適当な不動産物件が無いか探しに行けたんだけど」

「せめて半時ほど早く出掛ければ良かったわね」


 ほのかが力なく同意する。もうちょっと計画性を持って行動すれば良かったと大作は反省した。ここで大人しく待つしか無さそうだ。


「しょうがないわね~ 明日、青左衛門様に相談してみたらどうかしら」


 お園が少し呆れたように言う。ナイスアイディア。大作は心の中のto do listに書き込んだ。




 日が暮れるころ弥十郎が帰宅したので挨拶に伺う。夕食を共にするよう誘われたので大作は頭を深々と下げて何度も礼を言った。

 出された物は青左衛門の時と同じくらい質素な物だった。炊き込み御飯みたいな色をしているけど玄米と麦の混合物?

 麹味噌に得体の知れない芋が浮かんでいる。とりあえず寄生虫の心配だけは無さそうだ。

 やはりこの時代の食生活は動物性タンパク質が足りない。海から遠く離れているので仕方無いんだろう。


 食後にも大作たちは何度も礼を言って頭を下げる。

 とは言え、そう何度もこの家も使えないだろう。あと使えそうなのは材木売の家くらいだろうか。

 床に就いて大作は考える。梅雨入り前には家を何とかしなければ。大作は心の中のto do listに書き込んだ。


 いや、ちょっと待てよ。今頃になって思い出したが『成功者はto do listを使わない』とか言う記事をネットで読んだことがあるぞ。

『いつかやる』じゃダメなんだ。優先順位を付け、いつまでに必要なのか明確化して予定表で管理するべきなのだ。

 とりあえず大作は予定表を作ることを心の中のto do listに書き込んだ。




 翌朝、大作たちは少し早起きした。大作は髪が中途半端に伸びて来たのが気になる。丁度良い機会なのでお園に手伝って貰って綺麗に剃った。

 ほのかに聞こえていないのを確認して大作はお園に耳打ちする。


「ありがとう、お園。こればっかりはメイやほのかには任せられないからな」


 お園は黙っていたが表情はまんざらでも無いようだった。




 質素な朝食を終えた三人は評定が行われる部屋に移動する。すでに青左衛門が先に着いて待っていたので大作は驚いた。


「これはこれは青左衛門殿。お早いお越しで。お待たせして申し訳ありません」

「いえいえ、お気に召さるるな。今日の評定ではどのようなお話が聞けるのか。楽しみで気が急いてしまいました」


 何か知らんけど凄い期待されている。とは言え勝手にハードルを上げられても迷惑だ。大作は鉄砲作りに深入りする気は毛頭無いのだ。

 祁答院に取り入るために鉄砲の効能を大袈裟に喧伝した。だが、本音を言えば鉄砲なんて言うほど役に立つとは思っていないのだ。


 ジェイム○・F・ダニガ○も書いてた気がする。戦場では小銃なんてみんな適当に撃ってるだけだ。あんな物に当たって死ぬのはよっぽど運が無い奴だけだろう。

 西南戦争の田原坂では一日に何十万発も撃ったって話だけど死傷者なんて百分の一以下だ。

 どこで読んだか忘れたけど南北戦争では死傷者一人当たり三百発の弾薬が消費されたそうだ。それが第一次大戦では数千発、第二次大戦では数万発、ベトナム戦争では十万発以上に増えたんだとか。

 戦国時代に機関銃を作れれば大勝利なんて脳内お花畑なSF小説の中だけに許される話だ。現実には百倍の弾を撃てば命中率が百分の一、いやそれ以下に減少するだけなのだ。


 近代戦の主役は何と言っても大砲に間違い無い。ナポレオンは砲兵出身だった。上野で彰義隊を破ったのも会津や函館をボコボコにしたのも大砲だ。

 戦国時代の日本では大砲が活躍出来なかった。それは伝わったタイミングとか道路事情とかいろいろあるんだろう。

 だが、大砲なら、大砲なら何とかしてくれるはずだ。


 重くて運べないだって? 解決策ならいくらでもある。たとえば三百トンくらいの船に大砲をずらりと並べれば良い。これで海沿いの城も町も田畑も焼け野原に出来る。

 内陸に関してはロケット弾や無反動砲を作るという手もある。小田原城や大阪城みたいな巨大な城は置いといて、中小の城は射程一キロもあれば楽勝だ。

 大きな大砲を鋳造して砲身内部を旋盤で加工、ライフリングを刻む必要がある。無煙火薬の大量生産、安全装置付きの信管も必要だ。出来れば駐退機も作りたい。いや、面倒臭いから迫撃砲で良いか?

 十年もあれば戦力化出来るだろうか。歴史通りなら桶狭間の合戦が起きるころだ。根拠は無いけど何とかなりそうな気がする。




 気が付くと青左衛門が怪訝な顔をしている。妄想世界に浸り過ぎていたようだ。大作は考えるのを止めた。


「前回はキックオフミーティングなのでプロジェクトのメンバー紹介、体制発表、目的や作業分担、スケジュールの共有化などで終わってしまいました。今回は細部の決定。そして更に重要なスケジュール管理について決定したいと思います」

「すけじゅーるかんりにございますか」


 青左衛門が間の抜けた顔で鸚鵡返しする。大作はうっかりしてお園たちと話をするように英語を使ってしまった。当たり前だが全然通じていない。

 こいつは鉄砲プロジェクトのリーダー的存在だ。この際、徹底的に鍛えるか。大作は素早く決断する。


「スケジュールとは日取りのことにございます。我らは半年で鉄砲を作らねばなりません。そのためには様々な物を決まった日までに作り上げねばなりません。その順番や日付を個々に決めていくのです」


 戦国時代にだって工程管理って概念くらいはあるだろう。そうじゃなきゃ堤防や城みたいな大規模土木工事が出来ない。


「工程計画・管理手法にPERTという物がございます。もともとは米海軍がポラリスという潜水艦発射弾道ミサイルの開発に際して使った手法にございます。まずは各作業の相互依存関係をネットワーク図にします。そして各作業の日程計画を作成します。するとクリティカルパスが明らかになるのでそこを重点的に管理します」


 大作には青左衛門の表情が知的好奇心に輝いているように見えた。

 こいつは鍛えがいがありそうだ。大作は邪悪な笑みを浮かべるとスマホを起動した。




 さすがは俺の見込んだ男だ。大作は感動すら覚えていた。鍛冶屋連中が勢揃いするまでの半時ほどの間に青左衛門はすっかりPERTをマスターしたようだ。

 ただし、それと引き換えに大作の集中力は早くも切れかかっていた。まだ評定は始まってもいないというのに。

 そもそも大作にとってはプロジェクト管理なんて専門外も良いところだ。もうこの件はお園と青左衛門に任せた方が良いんじゃなかろうか。

 ほのかを連れて不動産物件でも探しに行こうかな。そうと決まれば善は急げだ。評定の前にトイレに行くと言って脱出しよう。


「大佐様、みなさまお揃いのご様子。評定を始めて宜しいでしょうか?」


 妄想世界に現実逃避していた大作の意識が現実世界に引き戻される。

 タッチの差かよ。まあいいや。中座なんていつでも出来る。大作は諦めの早い性格なのだ。


 すっかり忘れていたが鍛冶屋に混じって材木売の姿も見える。

 大作は鍛冶屋連中に材木売を紹介した後、今日の予定を告げる。


「本日は鉄砲製造のスケジュールを決定します。前回、みなさまに作業の割り当てと工数の見積もりをお願い致しました。本日は各工程の作業(タスク)の明確化。各工程の必要工数。工程の実行順序や前後関係の明確化。ネットワーク図の作成。作業全体の所要時間の算出。クリティカルパスを対象とした所要時間短縮の検討。以上を行います。それでは青左衛門殿。よろしくお願いします」


 そこまで言って大作はさも当然のように青左衛門に振った。

 青左衛門は一瞬だけ表情を固くする。だが、すぐに落ち着きはらった様子で評定を進めていった。どうやら本当に大作がいなくても問題無さそうだ。

 大作は時おり同意を求められた時に黙って頷くだけで済んだ。


 話を聞きながら大作は紙をB6サイズくらいに切って京○式カードを作る。


「これって海難事故のデータ集計で作った札ね」


 大作の耳元でお園が嬉しそうに囁く。お園の中ではあの作業って楽しい思い出なんだろうか。


「これに作業や所要日数を書く。結合点には最早開始時刻、最遅完了時刻を書く。これが同じなのがクリティカルパスだな。パソコンが無いからお園にしか出来ない作業だ。頼んだぞ」

「まかせてちょうだい」


 例によって大作はお園に丸投げした。お園は嫌な顔ひとつしない。むしろ久々に活躍の場が出来て喜んでいるようだ。

 お園の計算に間違いは無いだろうが大作もスマホの電卓を片手に検算をする。

 青左衛門や他の鍛冶屋連中にも作業と所要日数の妥当性を再確認するよう頼んだ。




 全員が固唾を飲んで見守る中、クリティカルパスと所要日数が算出された。


「七百四十日だと! 二年以上じゃん。目標は半年だぞ。どっかで計算間違えて無いか?」


 大作の声が思わず裏返る。どえいことになったぞ。試作品を作るだけで二年だと。


「間違っていないわよ。圧延機に手間が掛かり過ぎてるんだわ」


 お園が落ち着いた声で指摘する。大作は少しだけ冷静さを取り戻した。

 確かにあれは難易度が高そうだ。とは言え、プレス加工のためには均一な厚みの鉄板を安価に量産することが大前提になる。どうすりゃ良いんだ?


「半年で必要な理由は何かあるんでしょうか? 二年じゃ駄目なんでしょうか?」


 青左衛門がピントの外れたことを言っている。このままでは四年後には薩摩との戦いで敗北する。そんな未来を知らん奴はまるで緊張感が足りない。


「是が非でも三年後には千丁が必要になります。ここがデッドラインです。試作品のテストとバグ取りには最低でも半年、出来れば一年は欲しい。F35の開発があんな酷いことになったのはテストも終わっていないのに量産化を強行したためです」


 意味は伝わっていないが事態の深刻さは理解して貰えたようだ。全員が苦虫を噛み潰したような顔をしている。もういっそ鉄砲製造は諦めるか?

 ジャック・ウェルチも『選択と集中』って言ってるぞ。ゼネラル・エレクトリックの経営方針は『世界市場で一位か二位になれない事業からは撤退する』なのだ。

 無理ならすっぱり諦めて金山にマンパワーを集中した方が良い。

 堺から一丁当たり銭十貫文で買ったとしても二、三百丁くらいなら揃えられるだろう。自社生産に拘る必要なんて無いんじゃね?


 大作は鍛冶屋連中の縋るような視線を感じて思わず息を呑む。

 いやいや、シャープだって液晶に集中投資して大失敗してたじゃないか。

 特定分野に特化した企業は収益性が高いなんて嘘っぱちに過ぎん。生存者偏向っていうバイアスが掛かってるんだ。集中特化に失敗して淘汰された企業はデータに上がってこない。成功例だけ集めても意味が無いんだ。


 って言うか、あんだけ大見得切っておいて今さら鉄砲は無理でした何て言ったら金山も駄目になるんじゃね? 金山から目を反らさせるためのダミー計画としても鉄砲開発計画の存続は必要だ。


 大作は大きく溜息をつくとツルツルの頭を撫で回しながら口を開く。


「さすがに二年を半年にするのは難しそうですな。妥協して一年に先延ばし致しましょう。作業工程の改善や並行出来る作業の見直しを行います。マンパワーの追加投入も必要です。コア技術以外の作業を外部委託することも検討せねばなりますまい。ですがシナジー効果も期待できますぞ。工藤様には東郷様や入来院様への口利きをお願い致します」


 大作は弥十郎に向かうと深々と頭を下げる。お園とほのかがシンクロした。


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