巻ノ六拾壱 ゴールドラッシュ の巻
大作とほのかは男に連れられて東に進む。しばらく行くと男の家より幾分かマシな屋敷が見えて来た。
「こちらが村長のお屋敷にございます。村長!」
「なんじゃ? 五平どん」
屋敷から現れた老人が男に返事する。こいつ五平っていうんだ。そういえば名前を聞いていなかったことを大作は思い出す。
「こちらのお坊様が北に半里ほどの山中に『ふかちろん』の寺を建立されるので手伝いを四、五人ばかり探しておられるそうにございます」
大作は深々と頭を下げる。ほのかもシンクロする。
「拙僧は大佐と申します。此度、大殿のお許しを頂き寺院を建立することとなりました。まずは四、五人からのスタートとなりますが、行く行くは百人、千人と人を増やす所存にございます。是非ともお手伝いをお願いいたします」
「手伝いと申されましたが日当は出るのでございますか?」
大殿の名前を出したから賦役か何かかと疑ってるんだろうか。大作は地方における人足の日当の相場を記憶の底から引っ張り出す。
「手元不如意で余裕がございません。一人一日二十文でお願い出来ませんでしょうか?」
「朝晩の飯はご用意頂けるのでありましょうか?」
まさか価格交渉が始まるとは思っていなかったので大作は焦る。食事付きが当たり前なのか? 食糧に余裕は無いので金で解決したい。
「我々は食べ物にも事欠いておる有様にございます。申し訳ございませんが飯は用意出来かねます。その代わりと言っては何ですが五文を上乗せして二十五文では如何でしょう?」
「失礼ながらお尋ねします。食べるにも事欠いておられるそうですが、日当は間違い無く払って頂けるのでございましょうか?」
言葉は丁寧だが村長がとっても疑わしげな目付きをしている。そりゃそうだと大作も思う。話の辻褄が合っていない。
大作はバックパックから残り少なくなった銀塊を取り出すと村長に渡す。
「二千を二十五で割ると八十ですな。四人の二十日分の日当を前払い致します。何卒良しなにお願い申し上げます」
大作は再度、深々と頭を下げる。ほのかもシンクロする。暫く待つが返事が無いので大作は顔を上げる。
村長は銀塊を穴の開くほど見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「日ごとに違う者でも宜しゅうございますか? 村人に偏りが出ぬようにしとうございます」
「それはご随意にどうぞ。ですが、力の要らぬ簡単な仕事です。なるべくならお年寄りにお願いいたします」
もし水銀中毒で病気になったり死んだ時、老人なら歳のせいに出来る。だが、若者がバタバタと病気になったり死んだら不自然だ。
大作の意図に気が付いたのだろうか。ほのかの視線を感じたが大作は努めてそれを無視した。
大作と村長は労働条件等の細かい部分を話し合って決める。明朝に迎えに来ることを約束して大作とほのかは帰路に就いた。
「どうだ、俺の交渉能力は? 四人いれば毎日一トン…… 二百七十貫目くらいは鉱石が処理できる。二十日間あれば二十トンっていうと五千貫目以上は処理出来るはずだ。回収率五十パーセントとしても百グラム、二十七匁くらい金が取れる。銭十二貫文くらいか? 日当に銭二貫文払っても銭十貫文の粗利だぞ」
大作は有頂天になって捕らぬ狸の皮算用を始める。少し楽観的かも知れないが、とりあえず採算割れは無さそうだ。
「でも、こっちから先に日当を言わなくても良かったんじゃ無いかしら。向こうに言わせてから値切った方が良かったわよ。一人一日五文の差は千人だと一日銭五貫文になるわ」
ほのかが金山経営を真剣に考えてくれていることに大作は感動した。でも、その考え方は間違っている。指摘しておかねば。
「ほのかは人件費はコストだと思ってるのか? そんなんじゃあ、目先のコストは削減出来ても従業員のモチベーションも下がっちまうぞ。労働生産性も落ちるから中長期的な視点で見ると弊害の方が大きいんだ」
「五文を惜しんだせいでやる気を削いでは元も子も無いってことね」
散々鍛えた成果だろうか。大作がコストとかモチベーションといった言葉を使っても普通に理解してくれている。
「松下幸之助氏は『事業は人なり』って言ってるぞ。『売り手良し、買い手良し、世間良し』っていう近江商人の三方良しビジネスが一番なんだ」
掘っ立て小屋が見えて来たので大作はもっともらしい話をして締めくくった。
お園とメイは黙々と鉱石を粉砕していた。粉鉱石の山は二トンくらいになっていた。
これは処理を急がねば。強風が吹いたら全部飛んで行ってしまうぞ。
「二人ともご苦労さん。明日から手伝いが四人来てくれることになった。ちょっとは楽が出来るぞ。明日は早起きしてメイと一緒に迎えに行く。明後日からは勝手に来てもらう予定だ」
「どんな人がくるのかしら」
メイがちょっと不安そうにしている。そういえばこいつ、人見知りなんだっけ? 不安にさせるのは不味いな。大作は努めて明るく言う。
「日によって違う人が来るらしいけど年寄ばっかりだぞ。ちゃんと日当を払ってるんだからサボってないかしっかり見張っててくれよ」
「さぼって?」
お園が知らない言葉に食い付く。サボるって言葉の語源はフランス語のサボタージュだっけ? 大作は咄嗟に記憶を辿る。
「フランス語で木靴をサボ(sabot)って言うんだ。ちなみにAPFSDS(離脱装弾筒付翼安定式徹甲弾)で発射時のガス圧を受け止めて侵徹体に伝える装弾筒のこともサボって言うな。そんで、木靴を履いて作業すると効率が落ちるとか、木靴で機械を蹴飛ばして作業しなかったとか、逆に機械の調子が悪いと木靴で叩いたとか諸説ある。最近は木靴で機械を蹴って壊したって説が主流らしいな。ようするに怠けるってことだ」
「不奉公ってことね。『きぐつ』っていうのは木の靴かしら」
お園はAPFSDSのことを華麗にスルーして話の要点だけを要約した。スルー検定一級合格だなと大作は感心する。
明日は早起きしなければならない。大作たちは夕食を終えるとささっと眠りに就いた。
翌朝、日が昇るころ四人は目を覚ました。食事を後回しにして大作はメイを連れ立って村に向かう。こいうのは初日が肝心なのだ。
道すがらメイは笛で『コンドルは飛んで行く』を吹く。なんだか知らんけど非の打ちどころの無い演奏だ。
「ねえ大佐。私、何か別の曲を吹いてみたいわ。教えてくれる?」
大作は嫌な予感がした。もしかして曲を覚えるペースがどんどん早くなって行くんじゃなかろうか?
星新○のショートショートに似たような話があったのを思い出す。知ってる曲を全部教え終わったらどうなるんだろう?
まあ、その時はオリジナル曲を作るように勧めれば良いだろう。大作は考えるのを止めた。
大作は口笛でヤンキードゥードゥルを吹く。浦賀に来たペリー提督はフィルモア大統領の親書を江戸幕府に渡すという使命を帯びていた。久里浜に上陸した海兵隊はこの曲を行進曲として演奏したらしい。
「楽しい曲ね。気に入ったわ。短いからすぐに覚えられそうよ」
メイがオリジナル曲を作曲するのも遠い話では無いのだろうかと大作は思う。
だが、村に着くころにはメイはヤンキードゥードゥルを上手に吹いていた。大作はちょっとだけメイのことが怖くなった。
村長の屋敷に行くと五平を含む四人の男が待っていた。老人をリクエストしたのだが大作の目には若いんだか年寄なんだか良く分からなかった。そもそもこの時代の平均年齢が良く分からない。
たぶん、作業内容が分からないから向こうも様子見の段階なんだろう。
村長が少し意地の悪そうな微笑みを浮かべている。
「昨日とは異なる女性をお連れですな。ふかちろんのお寺には女性が何人もおられるのでしょうか?」
「あとはもう一人だけにございます。無神論では肉食妻帯OK。I could care less.」
本当なら『I couldn't care less.』と言うべきところを大作はあえて文法的に間違った言い方をした。
そのほうが『全然大丈夫』というニュアンスが伝わりそうな気がしたのだ。だが、残念ながら誰にも伝わっていなかった。
帰り道はメイが先頭に立ってヤンキードゥードゥルを吹く。
この曲はもともと1775年ごろのイギリス人がフレンチ・インディアン戦争中のヤンキーをからかった物らしい。
俺たちは独立戦争の民兵かよ! 大作はやけくそ気味にアルプス一万尺を二十九番まで歌った。
掘っ立て小屋に戻った二人はお園とほのかに四人の男を紹介する。そして休む間もなく作業を開始した。
なにせこいつらは時給三文の高給取りだ。遊ばせとく暇は無い。タイムイズマネーなのだ。
大作は山本五十六の『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』を思い出しながら男たちに作業を説明した。大作にだって学習能力はある。
粉鉱石を升で一杯ずつ測って水銀で処理する。その都度、小石を一個ずつ並べた。後で数えて何杯処理したか集計するためだ。大作はデータを正確に取るよう口を酸っぱくして説明した。
一時間おきに小休止を取った。五平が遠慮がちに大作に尋ねる。
「お坊様。これはいったい何をされておられるのでしょうか?」
「土壌調査の一環にございます。土壌汚染対策法に基づいてここの土が特定有害物質に汚染されておらぬか調べております」
大作はあらかじめ考えておいた言い訳を並べる。五平はそれ以上は追求して来なかったので大作はちょっとがっかりした。
食事は出ないが昼に長めの休憩を取り、全員でラジオ体操をする。四人の男は怪訝な顔をしながらも文句を言うこと無くラジオ体操に付き合ってくれた。
その後も夕方まで役割を交代しながら作業を続ける。日没の一時間ほど前、目標としていた一トンには届かなかったが本日の業務を終了した。
教育に掛かった手間や作業習熟を考えると明日以降は期待できそうだ。
明朝は迎えに行かないことを四人の男に確認する。朝食を済ませたら速やかに出勤するよう念押しして解散にした。
夕飯を食べながら大作は三人娘に労いの言葉を掛ける。
「みんなお疲れさん。こういうのは最初が一番しんどいんだ。今日は大変だったけど明日はちょっとは楽になる。明後日はもっと楽になる。後に行くほどどんどん楽になるから安心しろ。一月もしたら俺たちは書類仕事だけで済むはずだ」
「しょるいしごと?」
「ペーパーワークのことだよ。とにかく今よりは絶対に楽になる。レベルが上がると戦闘が楽になるRPGみたいなもんだ。約束する。Trust me!」
三人とも分かったような分からないような顔をしている。って言うか、分かるわけ無いんじゃね? でも、とりあえず納得してくれたようだ。
明日は村まで迎えに行く必要は無い。だが、連中が来る前に朝食を済ませておかねばならない。簡単な反省会を終えると大作たちは筵に包まって眠りに就いた。
翌朝、食事を終えたころ五平が三人の村人を率いてやって来た。どうやら五平はリーダー的存在らしい。
初日の作業を見て判断した結果なのだろうか。残りのメンバーは漫○太郎の作品に出てくるような老婆だった。
『おまえのようなババアがいるか!!』と大作は内心で突っ込みを入れる。そうは言っても現実にいるんだから仕方ないのだが。
簡単な自己紹介を済ませたらすぐに作業を開始する。老婆への作業指示は五平がやってくれたので大作たちは見ているだけで良かった。
昼休みの後のラジオ体操を終えたころ、お園が思い出したように言う。
「そういえば明日は鉄砲の評定よね。ここはお休みにするの?」
「そうはいかんだろ。お園がいないと話が進まないから一緒に来てくれ。順番から言うと護衛はほのかの番だからお留守番組はメイだな」
メイの顔色を伺うように大作は切り出す。ほのかは非定型うつ病かも知れないのでメイの方がなんぼか安心できる。
「一人ぼっちなのに組なんて変だわよ」
メイが少し寂しげに笑う。
なんだか心配だけど一晩くらいなら大丈夫だろうか。大作は不安になるが他に方法が無い。
「遅くなるかも知れないけどなるべく明日の夜に帰って来るよ。もしかすると明後日の昼前になるかも知れないけど心配するな。頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! メイなら絶対出来る!」
大作は最後は無責任な精神論で逃げた。
「一人一人の作業量をちゃんと記録しておいてくれ。そのうちにデータ集計してノルマを決めたりしよう」
「のるま?」
例によってお園が知らない言葉に食い付いて来る。大作は慌てて記憶を辿る。
「もともとはロシア語で規範とか基準って意味だっけ? 果たさねばならない作業量の割り当てって意味で使われる。まあノルマ未達だからって罰金を課したりは出来ないんだけどな。労働基準法第十六条でペナルティが設定された契約条項は無効になるんだ。六ヶ月以下の懲役または三十万円以下の罰金だぞ」
「じゃあ『のるま』は何のためにあるの?」
メイが不思議そうな顔をしている。大作は何も言わずに微笑みを浮かべる。そしてじっくりと時間を取って三人娘の顔をゆっくりと見回す。
お園の顔色が何か閃いたように急に明るくなった。
「のるまを超えた者に褒美を出すのね」
「お園は賢いなあ」
大作はオーバーリアクション気味にお園の頭を撫で回す。お園は気持ち良さそうに目を細める。
だが、メイとほのかがほんの僅かに表情を固くしたのに大作は気付かなかった。
「今は全員一律に日当を払っているな。でも、ある程度データが揃ったら技能や経験に応じた給与体系を導入する予定だ。そのためにも正確なデータが必須だ。頼んだぞメイ」
大作はメイの目を見つめて両肩を優しく叩いた。
「五平どん。拙僧は森でのお勤めがございますので何かございましたらメイにご相談下され。しからばこれにて」
今晩、メイが一人で留守番だと知られるのは防犯上マズい。大作は五平にさり気なく嘘をついた。
そしてメイにウィンクするとお園とほのかを連れ立って弥十郎の屋敷に向かった。




