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巻ノ六 たのしいテント の巻

 チタン製クッカーに米、雑穀、野菜をまとめて放り込んで煮る。

 寄生虫が心配なので徹底的に煮る。

 チタン製クッカーは熱伝導率が悪い上に軽量化のために薄いので焦げ付きやすい。

 だが大作が使っているEPIの製品はATS加工といって底にアルミを溶射して貼り付けてある。

 底全体に熱が伝わるので焦げ付きにくいのだ。

 それでも焦げ付きが心配な大作はチタン製スプーンでこまめにかき混ぜるのを忘れない。


 火力が弱いために時間が掛かったがようやく米粒が柔らかくなった。

 チタン製マグカップをお園に渡して適当な量を注ぐ。

 大作はクッカーの蓋を食器代わりに使う。


 美少女と二人で野外で料理なんて例の映画の地下坑道の食事シーンみたいで凄く楽しい。

 調味料は一切無い。でも空腹が最高の調味料だと大作は思っていた。

 思っていたのだが……


「まず~!」


 味が無いならまだ我慢できるのだが、アクが強いというのだろうか。

 とても食えた物では無い。

 お園が平然と食べているのが信じられない。


 もしかして亜鉛不足が原因とかで味覚障害なんじゃなかろうか?

 大作はスマホで亜鉛が多く含まれた食べ物を調べる。

 牡蠣・タラバガニ・牛肉・カシューナッツ・松の実・かずのこ・ごま・納豆だと!

 そもそも、そんな物があったら苦労してないぞ。


「食べないなら私がもらうわよ」


 お園の声で大作は我に返る。あまりの不味さに現実逃避していたようだ。

 どうしよう。今日のところはカロリーメイトにしておこうか。

 でも四箱なんて明日で食べ終わってしまう。

 どっちにしろ明後日からはこのゲロ不味い食事しか無いのだ。

 だったら非常食は温存した方が良い。


「猫舌だから冷ましてるんだ。ちなみにラング・ド・シャはフランス語で猫の舌って意味だぞ」


 どう返して良いか分からなかった大作はとりあえず口から出まかせで誤魔化す。

 お園は思いっきり怪訝な顔をしながらも、とりあえず食事を続けた。






 まるで鼻をつまんで苦い薬を飲むように大作は無理やり食事を腹に流し込んだ。

 半分ほど食べて残りは明日の朝食に置いておく。

 それから大作は入念に歯を磨いた。歯ブラシが無いので指や葦の茎を使う。

 トム・ハンクスも無人島で虫歯になって死ぬほど痛そうにしていたからだ。

 大作は歯ブラシくらい持ってくれば良かったと後悔した。


 腕時計を見ると十七時を過ぎていた。日没まで1時間ほどだ。

 城と川の間に神社のような建物があったのを思い出す。

 あそこまで行って泊めてもらえるか聞いてみるべきだろうか。

 でももし断られたらあの付近で野宿は無理だ。

 もう一度ここまで戻ってくるなんて考えただけで嫌になってくる。


「やっぱり野宿しかないか」

「しょうがないわね~」


 お園も同意見のようだ。

 だったら暗くなる前にやることをやろう。


「お園、葦を抜いて敷き詰めてもらえるか」

「分かったわ」


 大作は尖った石があれば取り除き、凹凸を少しでも減らすよう川原の石を均す。

 お園はその上に葦を敷き詰める。


 大作はバックパックから一人用テントを取り出す。

 ビッグアグネス フライクリーク 1 Platinumという超軽量テントだ。

 フットプリント(グランドシート)込みでも九百グラム足らずしかない。


 流石の大作も普段からテントを持ち歩く必要があるのかはかなり悩んだ。

 ツェルトなら二百グラムくらいだが立木かストックが無ければビニールシートと大差ない。

 だがポールや張り綱にフットプリントまで用意したら七百グラムくらいになりそうだ。

 登山するわけではないんだから二百グラムくらいの重量差なら快適さを重視した方が良い。

 悩みぬいた末に選んだ結論が超軽量一人用テントだった。


 ダイソーで買った銀マットを敷き、その上にフットプリントを敷いて四隅にペグを打つ。

 アルミ製のポールをY字型に組み立ててポールの端をテント本体のグロメットに差し込む。

 テント本体六個のフックをポールに引っ掛けるだけでインナーが張れた。五分も掛からない。

 フライシートを被せてテント本体やフットプリントをプラスチックのバックルで繋ぐ。

 ガイラインを両サイドへ確実に固定すれば完成だ。

 テントを買った時に練習で一回立てただけにしては上出来と言えるだろう。


 大作は我ながらあまりの手際の良さに感動していた。

 火起こしで完全に自信を失っていたがこれなら何とかなりそうだ。


「わぁ、大佐の袋って不可思議な袋ね。なんでも出てくるもの」


 お園が驚きの歓声を上げたので大作は少しだけ自信を取り戻した。この時代には魔法も鞄もなかったんだろうな。

 だが次の瞬間、テントの入り口から強風が吹き込んでテントが吹き飛ばされそうになる。

 なんとか持ちこたえたがこのままではヤバそうだ。


 そう言えば日本中を徒歩で旅している人がテレビ番組で言っていたのを思い出す。

 テントの入口は必ず風下にしなければならないのだ。

『立てる前に思い出せよ~!』と大作は自分に突っ込んだ。


 思い切り深く打ち込んだペグを苦労して抜く。

 テントは一キロしかないので向きを変えるのは簡単だ。

 反対に向けて置き直してペグを打ち直す。

 お園は空気を読んで何も言わないがその心遣いが反って痛い。


「お待たせ」

「小さいけど素敵な寝床ね」


 お園に気を使わせてしまった。

 ここは小粋なアメリカンジョークで雰囲気を変えようと大作は思う。


「あまり私を怒らせない方がいい。二人っきりで当分ここに住むんだぞ」

「え~~~!」

「冗談だよ」


 二人はひとしきり笑うとテントに入った。






 春とはいえ朝方は冷え込むだろう。

 寝袋は無い。眠る時にしか使わない寝袋より防寒具でも用意した方が効率が良さそうに思ったのだ。

 大作はゴアテックス製のレインウェアをお園に着せると自分はエマージェンシーシートを体に巻き付けた。

 体を動かす度にクシャクシャと耳障りな音がする。

 なるべく体を動かさないようにしないと眠れそうもない。


 テントの中は奥行二百十八センチ、幅は奥が七十六センチで手前が百七センチの台形をしている。

 長方形なら互い違いに寝ることもできるが台形だと二人で肩を並べて寝るしかない。

 狭い密室で美少女とほぼ密着して寝れるのだ。


 大作はこれまで一人用テントに六万円も払ったことを内心では後悔していた。

 だが今は自信を持って言える。『大作GJ!』

 あとはお園がいびきをかかないことを祈るのみだ。


 日が暮れる前にと思ってテントを張ったのだが冷静に考えるとまだ十八時だ。

 明朝六時に起きるとして十二時間も寝るのか?

 昔の人は油が勿体無いから日が暮れたらすぐに寝たって話をネットで読んだことがある。

 だが本当に十二時間も眠れるものなのだろうか。


「お園はいつもは何時ごろに寝てるんだ?」

「なんじ?」


 お園が怪訝そうな顔で聞き返す。

『顔が近いよ!』

 思わずキスしそうな距離に大作の脈拍が急上昇した。


「日が暮れたらすぐに寝るのか?」

「することが無ければ寝るけど。でも夜更かしすることも多いわよ」


 ネットで読んだ話なんてやっぱり嘘ばっかりだなと大作は思った。

 だがお園が字が読めたのを思い出す。

 だとするとこの娘はただの百姓娘ではないはずだ。

 実はどっかの姫なのかも知れない。

 とは言え本人が帰る家が無いと言ってるんだから無理に聞く話でも無いだろう。


「じゃあ話をしても良いかな?」

「そうね。私も大佐のことをいろいろ知りたいわ」


 下手に誤魔化すより本当の話をした方が良いのだろうかと大作は考える。

 伊○三尉だって長尾景虎にいきなり本当の話をしていた。

『ひとつ嘘をつくと二十の別の嘘をつかなければならなくなる』というスウィフトの名言もある。

 大作は自分は必要とあれば平気で嘘をつけるタイプの人間だと思っていた。

 だが大量の嘘を矛盾なくつき続けるというのは脳のリソースの膨大な浪費ではなかろうか。

 それに一番身近な人に絶対の信頼を寄せるというのは意外と楽な生き方なのかも知れない。


「俺は二十一世紀からやってきた未来人なんだ。このままでは日本は四百年後の戦争で三百万人の犠牲を出して敗北する。同じ失敗を繰り返さないためには歴史の流れを変える必要がある。そのためにはお園、君の協力が必要なんだ!」

「え~~~!」


 流石に大作にも学習能力があったので直前に耳へ指を突っ込んで絶叫を回避した。

 この距離で叫ばれたら鼓膜が危ない。

 そう言えばターミネーターのサラ・コナーも最初は全然信じていなかったっけ。


「俺は未来の歴史やこの時代には無い科学技術に関する知識を持っている。だがこの時代の一般常識が欠如している。お園にはその方面でのサポートを頼みたい。我々が手を組めば必ずやWin-Winの関係を築いて行ける」

「うぃんうぃん?」


 大作はあえてお園が分からない言葉を多用して話をする。

 その方が未来人っぽく聞こえそうだ。

 話を信じてもらえるかは分からないが。


 大作はスマホの電源を入れて何か適当な物が無いか探す。

 エロ画像やエロ動画は不味い。

 写真を取れば一発で信じてもらえるんじゃないかと思いカメラを起動する。

 テントの中はもう真っ暗なので手回し充電器のLEDライトを点灯してツーショット写真を撮った。


「これは写真と言って、その、なんだな。見たままの、あれを、写し取る絡繰(からくり)りだ」

「ふぅ~ん」


 リアクション薄っ!

 大作は失望した。魂が吸い取られるみたいな大騒ぎするとは思わなかったがもう少し驚いて欲しかった。

 なんか『過去へ来た男』そのままの展開だな。

 やっぱり俺は何もできないまま惨めな末路を迎えるのだろうか。


「大佐の生国(しょうごく)はどんな所だったの?」


 大作が落ち込んでいるのに気付いたお園が空気を換えようと話題を振ってくる。

 心遣いはありがたいのだが大作はいたたまれない気持ちで一杯になった。

 

 もし立場が逆だったらどうだろうと大作は考える。

 五世紀未来から来たと自称する人間にいきなり動作原理も理解不可能な物を見せられたらどう思うだろう。

 ハードウェアじゃ駄目だ。大事なのは人間の心だ。


「二十一世紀はまあまあ平和でまあまあ豊かな所だな。ここ七十年ほどは戦で死ぬ人も飢えて死ぬ人もほとんどいない。好きな所に行ってやりたい仕事ができる。まあ仕事が無いこともあるけどな」

「仕事が無い? 田畑(でんぱた)が無いの?」

「逆だ。米が余ってるから田んぼを遊ばせてるんだ」

「え~~~!」


 やられた。予想外だった。大作は耳がツーンとなった。

 お園はそんな馬鹿なといった表情をして怒りをあらわにした。


「なんで? なんでお米が余るの? 飢えてる人の口には入らないの?」

「だから飢えてる人なんていないんだよ。むしろ食べ過ぎで太って困る人もいるくらいだぞ。それに米の他にもいろんな食べ物があるんだ。パンとか麺類とか」

「ぱん?」


 お園が興味津々といった表情になる。

 大作は話が変な方向に進んでいるのに気付いたがとりあえず説明を続ける。


「昼に食べたのを覚えてるか? あれがもっと大きくてふわふわしてるんだ」

「あんなのをご飯にしてるの? 旅の道中だからあんなの食べてるのかと思ってたわ」

「米は朝に炊いたらその日のうちに食べないと次の日にはカチカチになったり腐ったりするだろ。パンなら結構日持ちするし、手間も掛かからないんだ」

「お腹が空いてたから食べたけどあんなの毎日食べるのは御免だわ」


『お前はパン屋のおソノさんだろ!』と大作は心の中で突っ込んだ。

 機会があればちゃんとしたパンを焼いてお園に食べさせてやりたい。

 でも小麦はともかくパン酵母ってこの時代に発見されていたのだろうか。

 大作は頭の中のto do listにパン酵母探しとお園にパンを食べさせることを書き込んだ。


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[気になる点] 奴隷が会話の中で時代に無い言葉使われてもなんのツッコミも疑問も持たないのが異常。世紀なんていっても通じるかよ!
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