巻ノ伍拾八 ふえはうたう の巻
とりあえず日が暮れる前に縦穴式住居の出来損ないみたいな小屋が完成した。
まるで無人島に流れ着いた漂流者が流木で作ったみたいな出来だが『今はこれが精一杯』なのだ。
「なんだか『ふしぎな島のフ○ーネ』の木の上の家みたいだな」
大作が素直な感想を口にする。
「ふろー○って誰? その女にも懸想してたの?」
お園が膨れっ面して怖い目をする。だが、すぐに笑顔になった。
どうやら冗談のつもりらしい。大作は一瞬だけドキっとしたが胸を撫で下ろす。
お園の冗談のセンスはさっぱり分からん。大作は自分のことを棚に上げて呆れた。
「てんとよりは広いし雨風は凌げそうね」
メイは何だかとっても嬉しそうだ。まあ、テントより掘っ立て小屋の方がナンボかマシというのが世間の常識なんだろうか。
「周りより少し高くなった場所に作ったし、床には余った材木を並べて板を敷いた。少し強い雨が降ったくらいなら大丈夫だぞ」
疲労困憊の大作が力なく同意する。さっさと夕飯を済ませて眠りたい。
「お疲れ様。疲れも取れたから私めが夕餉を作るわ。みんなは休んでいて」
ほのかがドヤ顔で言う。任せて大丈夫なんだろうか。大作はとても不安になる。
このタイミングで料理が超下手糞な女の子っていうフィクションで定番のネタが来るんだろうか。
だが、大作の心配に反して夕飯は極々普通の出来だった。
考えてみれば塩と味噌くらいしか調味料が無いのだ。これで不味い物を作れと言う方が無理がある。
「大佐、美味しい? 良かったら食べさせてあげようか」
ほのかが上目がちに大作を見つめながら聞いてくる。正直に普通だなとは言いがたい雰囲気だ。
「とっても美味しいぞ。ほのかは何をやらせても器用にこなすな。ほのかがいてくれて本当に助かるよ」
ほのかは誉められて伸びるタイプな気がするので大作はとりあえず誉めておく。
だが、後ろでお園とメイが怖い顔をして睨んでいるのには全く気付いていなかった。
小屋作りで普段は使わない筋肉を使ったせいか全身の筋肉が痛い。温泉でもあればゆっくり暖まりたいところだがそんな物は無い。大作たちはさっさと眠りに就いた。
昼間にほのかが言っていた添い寝したいというのはどうやら本気だったらしい。
二日ぶりに帰ってきたということもあってお園とメイも気を使って遠慮してくれた。
大作はほのかと一緒に筵にくるまって眠る。
冬までには絶対に布団を手に入れよう。大作は心の中のto do listに書き込んだ。
翌朝、三人は寝坊した。まあ、急かされる用事も無いのでたまには朝寝も良いだろう。
別に朝寝するだけなら三千世界の烏を殺す必要なんて無い。
だいたい、そんな理由で烏を殺したら鳥獣保護法に触れる。動物愛護の観点から見ても大問題だ。
昨日のほのかに対抗したかったのだろうか。メイがどうしてもやりたいと言って強引に朝食を作った。
物凄く困ったことに何の特徴の無い普通の雑炊だ。大作は必死になって笑顔を作る。
「とっても美味しいぞ。メイは何をやらせても器用にこなすな。メイがいてくれて本当に助かるよ」
「それ、昨日ほのかに言ったことと全く同じよ」
お園が全く感情の込もっていない口調で呟く。
だが、大作にとっては全て計算済みだ。
「メイとほのかはラピュタ王国の両輪だ。二人は無くてはならない存在なんだ」
「りょうりん?」
が~んだな、出鼻をくじかれた。大作は頭を抱えたくなる。
「車輪は知ってるよな?」
「しゃりん?」
駄目だこいつら、早くなんとかしないと。
たしか牛車っていうのが平安時代からあったらしいけど京の都以外には無いんだろうな。
考えてみると一月以上この時代にいるけど馬車を見た記憶が無い。
道路事情が悪い。すぐ山道になる。おまけに川に橋が掛かっていない。
製造コストに見合った効果が得られないんだろう。
昨日『おんまはみんな』を歌った時に馬車の話をしたけど全然伝わってなかったんだ。
大作は真面目に説明するのが馬鹿馬鹿しくなって来たので適当に誤魔化すことにする。
「車輪の再発明って言う言葉がある。一般に普及している技術や解法があるにも関わらず、同じような物を一から作ることだな。たとえば洗濯板を買わずにわざわざ板を削って作ると大変な手間だろう?」
「せんたくいた?」
大作は嫌な予感がしたのでスマホで急いで調べる。1797年にヨーロッパで発明され、明治中期に日本に伝来だと! そう言えば時代劇なんかで見たこと無いはずだ。
「ごめん。全部忘れてくれ。メイとほのかはラピュタ王国の両手だ。二人は無くてはならない存在なんだ」
「分かったわ」
「ありがとう」
メイとほのかが満面の笑みを浮かべて頷いた。
お園を見ると無表情で黙々と食べ続けている。これはフォローしといた方が良さそうだ。
大作は隙を見てお園にだけ聞こえるようにこっそりと耳打ちする。
「お園はラピュタ王国の中枢だ。こいつら二人などガラクタにすぎん。ラピュタの頭脳はすべてお園に結集しているのだ」
お園の表情が綻ぶ。大作は安心して食事に戻った。
「そう言えば『れとるとろ』の『ぱいぷ』が出来るのは今日かしら?」
食事の後片付けをしながらお園が思い出したように言う。あれって五日前だっけ? カレンダーが無いから分からん。
鉄砲の評定なんて、もしも忘れてすっぽかしたら大事だぞ。
大作は記憶の糸を手繰り寄せる。確か火薬の調合をして乾燥する間の暇潰しに出掛けたんだ。
次の日が爆発実験だ。そんで重経様の家に行ってプレゼンして夕飯を食べて泊めて貰った。
朝食の後でほのかが日向に向けて走った。弥十郎様の屋敷で鍛冶屋を集めて評定を開いた。三の姫に会ったっけ。これが二日目だな。
材木売に行って銃床の話をして材木を注文した。これが三日目だ。
そんで昨日は朝から馬で材木を運んだ。昼過ぎにほのかが帰って来た。掘っ立て小屋を建てた。四日目だな。
ってことは今日は五日目だ。
まあ、完全記憶能力のお園が言ってるんだ。間違い無いだろう。
とは言え何時ごろ出来るとまでは聞いていない。『今回まだその時と場所の指定まではしていない』とか言われたらどうしよう。
のんびり歩いて行けば昼過ぎに着く。出来ていれば持って帰ってこれる。でも夕方まで待たされたら明るいうちには戻って来られない。
暗い山道で転んでパイプを壊したら元も子も無い。その場合は河原で一泊だな。
「八時ごろ窯元に出掛ける。たぶん日暮れまでに帰って来れると思う。もしかしたら明日の昼になるかも知れないけど心配するな。メイは一緒に来てくれ」
「え~! 私めじゃ無いの?」
ほのかが不満げに膨れっ面をする。満面の笑みを浮かべるメイと対照的だ。
「ほのかとは前に行っただろ。メイにも窯元の場所や顔を覚えて貰うんだ。お留守番組には金鉱石の選別と粉砕を頼む。絶対に石粉を吸い込まないよう注意しろ。マスクを忘れずに着けて常に風向きに気を配るんだぞ」
塵肺になったら大変だ。大作はくどいほど念押しした。
大作とメイが山道を進む。
二人っきりになるのは初めてだっけ? 大作はメイと出会って三週間ほどの記憶を思い返す。
船でエ○ァの話を何時間かしたのが最初で最後だろうか。夢遊病で殺されかけたんだ。そう言えば夢は見付かったんだろうか。
「そうだ。こないだ言ってた笛を買ったぞ。吹いてみるか?」
「笛の話なんてしたっけ?」
あれ? 笛の話をしたのはほのかとだっけ。まあ、どうでも良いや。
「七穴の篠笛だぞ。吹いてみそ」
「私に吹けるかしら」
何でみんな同じ反応なんだ。『吹けるかな? じゃねぇよ。吹くんだよ』と大作は心の中で突っ込む。
「ふ~~~ ふ~~~」
メイが必死に息を吹き込むが音は鳴らない。
篠笛はエアリードと言うタイプなので振動する薄片が無い。しかもリコーダーやオカリナみたいにエッジが整形されていないので口でビームを作らなければならない。
一見すると簡単そうに見える。だが、実際には音を鳴らすだけでもかなり難しいのだ。
篠笛を選んだのは失敗だったのかと大作は反省する。でもリコーダーやオカリナなんて売っていなかったんだから仕方無い。
「貸してみ」
大作はメイから篠笛を受け取ると口に当てる。しまった! これって間接キスじゃね? まあ、お園に黙ってれば良いか。
篠笛は初めてだが中学の時に知り合いのフルートを一回だけ吹いたことがある。もちろん簡単には音は鳴らなかった。だが意地になって吹き続けてとりあえず音を鳴らすことには成功したのだ。
口許が良く見えるようにメイの方を向いて大作は篠笛を吹く。
何度も試行錯誤を経て音を鳴らすことができた。
穴を一つも押さえていないので篠笛は甲高い音を鳴らす。
穴は七つ開いているが同じ大きさの穴が等間隔で並んでいるので音階に調律されていない。
これで知ってる曲を吹こうと思ったら死ぬほど苦労しそうだ。
穴の位置や大きさを西洋音階に合わせて作り直した方が良いんだろうか。
それはそれで大変だろう。でも後々のことを考えると最初に一回だけ苦労した方がトータルコストを押さえられそうだ。
まあ、山道を歩きながら出来る作業じゃ無いか。大作は考えるのを止めた。
「今みたいに吹いてみ」
「これって『かんせつきす』よね?」
メイが伏し目がちに耳元で囁く。
こいつ、いつの間にそんな言葉を覚えたんだ。
エ○ァに間接キスなんて出てきたっけ? 碇シ○ジ育成計画の漫画版でレ○が何か言ってたような言って無かったような。そんな細かいとこまで良く覚えていないぞ。
何でも良いから誤魔化さねば。そんな大作の動揺を見透かすようにメイが意味深な笑みを浮かべる。
「ほのかと口吸いしてたわよね?」
「見てたのか!」
大笑いするメイを見て大作は自分が一杯喰わされたことに気付く。
俺は何でこんなに簡単に引っ掛かるんだろう。まあ良いや。騙すより騙されろだ。
ウォーレ○・バフェ○トも言っていた。周囲の人からそれなりの評判を得るには二十年掛かる。だが、その評判はたった五分で崩れることがある。
これからは心を入れ換えて正直に生きるぞ。大作は真剣な顔で黙って考え込む。
それを見たメイは大作が機嫌を悪くしたと誤解したのだろうか。上目遣いに大作の顔を覗き込んだ。
「ごめんね大佐。でも私だけが口吸いしたこと無いのよ。仲間外れは寂しいわ」
そう来たか。チームのメンバーを平等に扱えって奴だ。ここで扱いに差を付けたら絶対に拗ねるだろうな。大作は決断した。
「みんなには内緒だぞ」
そう言うと大作は素早くメイに口付けをした。
「二人だけの秘密ね」
メイはとっても嬉しそうに微笑んだ。だが大作の心は重く沈み込む。
ほのかとキスしたのがこんなに簡単にメイにバレたんだ。お園にもバレてんじゃね? って言うか、メイとキスしたのもお園にバレるんじゃね?
いっそこのままメイと二人でどっかに逃げようか。暫しの間、そんな妄想で現実逃避する大作であった。




