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巻ノ伍拾七 大きな森の小さな家 の巻

 大作たち三人は早目に朝食を終えると材木売のところに急いだ。


「山ヶ野まで山道を五里だな。のんびりしていると馬が今日中に帰って来れないぞ。そうなったら二日分の料金を取られるのかな?」


 大作はふと思い付いた疑問を口に出してみる。


「私は『しり』じゃ無いわ。質問すれば答えが帰ってくるのが当たり前?」


 お園が不敵な笑みを浮かべながら答える。こりゃあ一本取られたな。大作は素直に感心した。

 メイが必死に笑いを堪えながら言う。


「きっと(ほど)で決まるんじゃ無いかしら」


 距離で決まるって言いたいらしい。それなら追加料金の心配は無さそうだ。大作は一安心した。

 でも現地に宿泊施設なんて無い。もし泊まるとなったら野宿だ。

 料金のことはともかく、帰れるものなら帰ってもらった方が良いだろう。


 大作たちが材木売のところに着くと、既に馬の背中に荷物を載せようと若い馬子が悪戦苦闘している最中だった。


 歴史番組なんかで見たことのある昔の日本の小さな馬だ。

 この時代、すでに西洋人もモンゴル人も馬を去勢していたらしい。だが、日本では明治まで馬を去勢する習慣はなかったそうだ。

 そもそも日本の馬は大人しいので(くつわ)すらかませていない。

 骨も蹄も頑丈なので蹄鉄も付けていない。代わりに草鞋(わらじ)を履かせているようだ。


 当時の馬の標準的な積載能力は資料によってバラツキがあるが米二俵、百二十キロだとか二十五貫目、九十五キロだとか書いてある。まあ、百キロくらいなんだろう。

 とはいえ、柱や板の形状は馬で運搬するのに向いていないのは明らかだ。

 石臼みたいな重量物もあるので本当に大変そうだ。

 何とか馬の背に載せることは出来た。だが、大作たちも左右で荷物を支えて手伝うことになった。 




 山道を積み荷を一杯に載せた馬が進む。馬子が手綱を引き、大作とお園とメイが積み荷を支える。


 昔の日本の馬は側対歩と言って前足と後足を左右交互に動かす。見ていると何だか変な感じがするがこんな歩き方の方が坂道に強いらしい。

 片岡愛之○が歴史番組で言ってたような言って無かったような。まあ、どうでも良いか。この馬しかいないんだから考えても仕方ない。


 五時間もこれが続くのかよ。大作は頭を抱えたくなる。何でも良いから楽しいこと考えて気を紛らわそう。


「景気付けに歌でも歌おう。『お馬の親子』って知ってるか?」


 大作はスマホで曲を探すが正しいタイトルが『おうま』であることに気付く。

 作曲の松島彜(まつしまつね)は1985年没だと。著作権保護期間中じゃないか!

 小学校の音楽教科書に載ってる歌くらい自由に歌いたいもんだな。

 いや、あれでも良いんじゃね? タイトルは何だっけ? 大作は必死になって曲を探す。


「あったぞ! 『おんまはみんな』って歌だ。アメリカ民謡だから曲の著作権は大丈夫だな。訳詩の中山知子は2008年没だと。駄目じゃん。いっそ英語で歌うか? 作詞のジェイムズ・ベイリーは1896年没だな」


 The old gray mare, She ain't what she used to be

 Ain't what she used to be, Ain't what she used to be

 The old gray mare, She ain't what she used to be

 Many long years ago.


 大作はとりあえず英語で歌ってみた。馬子が思いっきり怪訝な顔をしている。


「この歌は南北戦争中の1862年にフッズ・テキサス小隊の楽団長だったジェイムズ・ベイリーが作った歌らしいぞ。ある晩、間違って樽を蹴飛ばしたら雌馬が驚いて馬車を引っ張ったまま走り出したんだ。そしたら積んであった荷物が大きな音と立てた。それでびっくりしたテキサス小隊の兵は敵が攻めてきたと勘違いして逃げ出したって話だ。ちなみにジェイムズ・ベイリーの本職は旅回りのサーカス団長だぞ」

「情けない兵ね。富士川の戦いみたいだわ」


 メイが相槌を打つ。意外と物知りなんだなと大作は感心する。


「さーかすだんちょうって何なの?」


 お園は知らない単語が気になるようだ。


「サーカスってのは大道芸みたいな物だな。動物に芸をさせたり、大きな玉に乗ったり、空中ブランコって言ってゆらゆら揺れる紐から紐に飛び移ったりするんだ」


 こんな説明で伝わるんだろうか。大作は不安になる。だが、お園はそれ以上追求することは無かった。きっとどうでも良かったんだろう。


「それはそうと金山の労働者が千人規模になったら食い物はどうすれば良いかな? 一人当たり一日五合の米と野菜を食うとするだろ。そうすると毎日二百五十貫目は運ばにゃならん。毎日十頭の馬が運ぶことになるぞ。距離を考えるとやはり横川から運んだ方が良いんだろうな。やっぱり頃合いを見て横川に行ってみよう」


 大作は退屈凌ぎに話題を振って見る。だが、反応は意外なところから帰って来た。


「お坊様。そのお話は真にございますか?」


 馬子がいたのを忘れていた! 金山の話はまだ極秘事項だぞ。メイに命令して口を封じるか? ついでに馬も頂いちまおうか。

 いやいやいや、馬子が帰ってこなかったら真っ先に疑われるのは俺たちだろ。どうすれバインダー! パニックになった大作は思考停止に陥る。


「大佐。まだお寺も建っていないのよ。虎ぬ狸の皮算用も良いところだわ」

「信徒が千人なんて夢のまた夢ね」


 お園とメイが咄嗟の機転で誤魔化す。二人に怖い顔で睨まれた大作は竦み上がった。

 大作は無駄口を叩くのを自重する。間が持たないのでお園が歌う。

 さっき聞いたばかりの『おんまはみんな』を英語で完璧に歌ったのには大作も驚きを隠せなかった。




 途中で一度、馬の草鞋を交換した。馬子の話によると、重い荷物を積んで山道を歩くと頻繁に交換する必要があるらしい。

 草鞋代も馬鹿にならないのか? 二足三文とか言うけど、こんだけ大量消費すると大変だろうな。大作は他人事ながら心配になった。


 昼過ぎには山ヶ野に無事に着くことが出来た。みんなで手分けして積み荷を降ろす。

 大作たちは馬子に何度もお礼を言って感謝した。

 帰りは積み荷が無いので日が沈むまでに町に戻れるだろう。


 山道を荷物を支えながら二十キロも歩いたので大作は心底から疲れ果てていた。

 今日はもうお休みにしようかな。明日できることは今日やらなくても良いって誰かも言ってたような気がする。

 先日、ほのかにしたリンカーンの話とは正反対だ。でも、幸いなことにほのかは遥か彼方で郵便配達中なのだ。


「みんな疲れただろう。今日はもう休みにしたらどうかな」

「私はちっとも疲れて無いわよ。庵を建てるんじゃなかったの?」

「大佐は休んでて良いわよ。私たちにまかせて」


 げえっ、関羽!! これは恥ずかしいぞ。無理してでも頑張るしか無いのだろうか。


 大作のスマホには小屋の建て方もいくつか入っていた。

 とりあえず大作は小屋を建てるシーンのある映画やドラマを思い出す。


『大草原の小さな家』でマイケル・ランドンが丸太小屋を建てていた。

『大いなる勇者』でロバート・レッドフォードも丸太小屋を建てていた。

 丸太の端の方にノッチと言う切り込みを入れて積み重ねて行くのだ。

 だが、この作り方は今回の参考にはならない。


『刑事ジョン・ブック 目撃者』でも村人総出で倉庫を建てていた。

 寝かせて作った壁をみんなで引っ張って立てたような気がする。

 ちょっと待てよ。そもそも壁は板にするのか? 壁無しという方法もあるな。


 縦穴式住居みたいに斜めに柱を組み合わせて屋根を大きく作っちゃうという手もある。

 ネットで見かけた群馬県庁みたいに(むしろ)みたいなものを被せるのも良いかも知れない。


 藁や茅で屋根を葺いて板は壁や床に使うべきか? 土壁という手もあるぞ。

 って言うか何でそんなことを今ごろ考えているんだろう。行き当たりばったりもここに際まれりって感じだな。大作は我ながら情けなくなってきた。

 まあいいや、こういう時はみんなで決めれば良いんだ。そうすれば失敗した時に責任を問われずに済む。


「そんじゃあ小屋を建てるとするか。どんなのが良いと思う?」

「え~! 考えて無かったの?」


 間髪を入れずお園が突っ込みを入れる。大作は『ですよね~』と内心で相槌を打つが顔には全く出さない。


「みんなで住む家だぞ。みんなで考えるんだ」

「それじゃあ、ほのかが可哀想だわ」


 メイがボソッと呟く。面倒臭いことを言う奴だ。大作は心の中で悪態を付く。

 いや、ちょっと待てよ。これを言い訳にすればほのかが帰って来るまでサボれるんじゃね?


「じゃあ、やっぱり今日は休みにしてほのかが帰って来るのを待とうよ」

「どんな小屋を作ろうがほのかは文句なんて言わないと思うわ。さっさと作っちゃいましょうよ」


 お園は小屋を作りたい派らしい。ここはメイを味方に付けて多数決で逃げ切ろう。大作は素早く方針を決定する。


「帰ってきた時に変な小屋が建ってたらほのかが悲しむぞ。絶対に待った方が良いと思うぞ」

「そんなこと無いわよ。むしろ喜ぶと思うわ。大佐は何でそんなに小屋を作りたくないの?」


 お園の語気が荒くなる。お前こそなんでそんなに小屋を作りたいんだよと大作は思う。

 何だか面倒臭くなってきたぞ。こんな不毛な口論を続けるくらいなら小屋を建てた方が良いかも知れないな。

 いつものごとく大作が考えるのを止めようとした瞬間、背後から急に声を掛けられる。


「私めが喜ぶことって何?」

「うわぁ!」


 大作が振り返るとほのかが大きな胸を揺らしながら肩で息を付いていた。


「ほのかが日向に向かって出発したのって二日前の朝だったよな? 本当に日向まで行って来たのか? って言うか、よくここにいるって分かったな」

「帰り道だから寄ってみたの。少しでも早く届けようと夜通しで駆けたのよ。日向でもすぐに船が見付かったから急いで戻ってきたわ」


 ほのかは心底から嬉しそうだ。知らない土地で一人ぼっちは寂しかったんだろうか。

 それにしても日向まで二日で往復なんて本当なんだろうか。大作は年賀状やダイレクトメールの配達が面倒になって捨てたり自宅に持ち帰る配達員を思い出す。

 とは言え『本当に届けたのか?』なんて失礼なこと聞けない。ここは労っておくしか無いな。


「お疲れ様。まさか二日で帰ってくるとは夢にも思わなかったぞ。疲れただろう。ゆっくり休め。腹は減って無いか?」

「平気よ。それより私めが喜ぶことってなに? 大佐が添い寝でもしてくれるの?」

「見てたのか!?」


 大作が絶叫するのを見てお園とメイが頭を抱え込む。


「何で大佐は同じ手に何度も引っ掛かるの? 昨日の夜のことを見てるはず無いでしょう」


 お園とメイに加えてほのかまでが突き刺さるような視線を向けて来る。何で俺はこんなにメンタルが弱いんだろう。大作は割りと本気で落ち込んだ。




 ほのかは平気だと言っているが無理矢理に休ませる。体調を崩して寝込まれても厄介だ。

 とは言え、四人でテントは厳しい。ほのかの意見を聞きつつ三人で小屋を作ることになった。


 まったくと言って良いほどやる気が出ない大作がぶっきらぼうに尋ねる。


「それでどんな小屋を作るんだ? なるべく楽に作れるのが良いな」

「傘みたいに柱を組んで縄で縛りましょう。それで板を載せるの」


 実はお園もやる気が出ないんだろうか。どことなく口調が投げ遣りだ。


 何だか想像していたより随分と酷い小屋になりそうな気がしてきた。

 まあ、梅雨までにはプロに頼んでちゃんとした家を建てよう。これは仮住まいなのだ。


 大作はワイドスクラ○ブルだったかトコロさんの何だったかで見た話を思い出す。


「基礎工事をしていない掘っ立て小屋は建築基準法で言うところの建築物とは認識されないらしいな。こんな山の中だから都市計画区域のはずは絶対に無い。十平方メートル未満で屋根が開閉出来るようにしておけば建築確認申請を出さなくても大丈夫なはずだ」

「勝手に建てても大丈夫ってことね?」


 お園は大作のわけの分からない話から要点だけを汲み取った。

 言っておいて何だが良く理解出来た物だと大作は感心する。


 土地定着性、外気遮断性、用途性の全てが揃っていると課税対象になり、役所への届け出が必要になるので要注意なのだ。


「そんじゃあ頑張って作るとするか」

「しょうがないわね~」


 壊滅的と言って良いほどモチベーションは上がらない。だが日暮れまでに作業を終わらせなければ。

 わけの分からない義務感だけで三人は作業を続けた。


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