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巻ノ伍拾六 秘密のコンサルタント の巻

 朝食を済ますと三人は町に行って材木売(ざいもくうり)を探すことにした。


「そもそも材木売って町中にあるのかな?」


 大作が寝る前にスマホで調べたところでは材木売とは平安時代に現れた木材の行商人のことだ。移動販売と店舗販売の両方の形態があるらしい。材木商人(ざいもくしょうにん)材木商(ざいもくしょう)材木屋(ざいもくや)などとも呼ばれたそうだ。


 京、鎌倉、奈良、堺といった大都市には材木座があったらしい。だが、地方に関しては情報が全然見当たらない。

 とは言え、需要があるのだから供給もあるんだろう。問題は町中に店を構えているかどうかだ。


「店先に板を並べて売ってるような店は見かけなかったわね」

「工藤様のお屋敷からして(かや)葺だったわよ。板葺き屋根は諦めた方が良いんじゃないかしら」


 お園とメイが他人事のように気の無い返事をする。


「お前ら、いつまでもテント泊で良いのかよ! 九州南部なんてあと一月で梅雨入りだぞ。台風だって通り道だし」

「つゆ? たいふう?」

「五月雨と野分きのことだよ。こっちの家は屋根が頑丈そうに作ってあるだろ」


 大作にとっても中世の建築なんて専門外も良いところだ。鉄砲や金と違って興味も知識も全く無い。

 何でもかんでも自力でやる必要は無い。プロを雇って建ててもらった方が良いんだろうか。

 でも予算規模がさっぱり分からん。とりあえず見積もりだけならタダだろう。聞いてから考えよう。


 昔は寺院や城のような大規模な建物を作る時は大きな丸太を現場まで運んで、その場で加工していたらしい。

 だが、重機もトラックも無い時代なので輸送の手間を考えて伐採地で製材することも多かったようだ。

 それに、増改築や修繕といった小口需要だってあるはずだ。材木を店先に並べて売るような材木売もいないと困るだろう。そういう情報に一縷の望みを託して町を練り歩く。


 ちなみに、大木を真っ二つに出来るような大きな(のこぎり)は室町時代に中国から伝来したそうだ。

 それ以前は石を割るように丸太に(くさび)を打ち、木目に沿って割いて粗割りしていたらしい。そして表面の凸凹を槍鉋(やりがんな)で削って平面にしていたのだ。


 大作は想像しただけで面倒臭くなってきた。大鋸おがってそんなに技術的なハードルが高いのだろうか。

 ともかく、これによって木の繊維と平行に挽くことが出来るようになった。そして同じ時期に台鉋(だいがんな)も伝来して日本の製材は画期的に進歩したのだ。


 次に大きな技術革新が起きるのは江戸時代初期の前挽き大鋸の登場らしい。それまでの大鋸は二人で両方から挽いていたのだが、一人で挽くことが出来るようになったのだ。

 大作はザ!鉄○!DASH!!で見たのを思い出した。あれを作って売れば大ヒット間違い無いんじゃね? 次に青左衛門に会った時に聞いてみよう。


 他にも使えそうな情報が無いか大作はスマホを探す。だが、残念ながら製材関連の情報なんて皆無に近い。

 大鋸で木を切る人を木挽(こび)きと呼ぶとか、大鋸を挽いた時に出る屑が大鋸屑だとかいった役に立たなそうな情報ばかりで大作は途方に暮れた。




 散々、歩き回った末に三人は材木売らしき店に辿り着いた。良く見ると店先に商品サンプルらしき板が並べてある。

 お園が呆れたように呟く。


「途中で誰かに聞けば良かったんじゃない?」

「こういうのは自分で見つけてこそ価値があるんだぞ。頼もう!」


 大作が唐突に大声を出す。お園もメイもすっかり慣れたらしく平然としている。

 店の中から飛び出すように元気よく手代が現れる。


「へい! お坊様。如何なされましたかな?」

「拙僧は大佐と申します。此度、大殿の命により鉄砲を作ることになりました」


 手代が口をぽか~んと開けて呆けた顔をしている。大作は気にせず続ける。


「鉄砲にはストック、じゃなかった銃床? 木で出来た持つ部分がありますな。向こう三年に千丁ほど作ることになりまして、これに合わせて銃床も用意する必要がございます。此方でお作り頂くとすれば、いかほどになりますかな?」


 大作は毎度のごとく、いきなり予定に無い話を始めた。だが、お園もメイも呆れてはいるが驚いてはいないようだ。慣れとは恐ろしい。

 手代は一瞬だけ固まっていたが我に返ると作り笑顔で答える。


「手前では即答致しかねます。番頭と相談致します故、中に入ってお待ち下さいませ」




 店内は薄暗くて木の香りで充満していた。客間らしき部屋に通された三人は適当に座る。時間潰しに大作が話題を振った。


「オレ○ジジューステストって知ってるか?」

「おれん○じゅーすてすと?」


 お園とメイがハモる。知ってるわけが無いと分かっていても聞かないと話が始まらない。

 ジェラルド・M・ワイ○バーグの「コンサルタ○トの秘密」という本に出てくる話だ。


「蜜柑の搾り汁みたいな物だな。ある殿様が明け六つ時、家臣七百名に搾りたての蜜柑汁を振る舞いたいと言い出した。一人一人に大きな器でな。お前らならどう答える?」

「そんなの無理に決まってるわ! 搾り汁を七百杯なんて一日仕事になるわよ」

「簡単よ。百人手伝いを集めて七杯ずつ搾れば良いのよ」


 お園とメイが即答する。残念ながら二人とも不合格だ。このテストの正解は『できます。これだけかかります』と適正なコストを提示することなのだ。

 日が昇る前に蜜柑を絞るだけのために百人雇う。これに幾ら掛かるかも見積もらずに『簡単に出来る』などと答えてはいけないのだ。


 そんなことを話しているうちに店の奥から番頭らしき恰幅の良い年配の男が揉み手をしながら現れた。


「これはこれは大佐様。この度は数ある材木売の中から当店をお選び頂きまことにありがとうございます。生憎と主人は所用で出掛けております故、私めがお伺いいたします」


 妙に腰の低い男だ。大作は今までに会ったことの無いタイプなので警戒レベルを一段階引き上げる。

 男はとびっきりの営業スマイルを作りながら話を続ける。


「昨日、工藤様のお屋敷に鍛冶屋が集まっておられたとの話は我々も聞き及んでおります。私どももその鉄砲作りとやらのお手伝いが叶うとは思ひも懸けぬ喜びにございます。是非とも詳しいお話をお聞かせ下さりませ」

「銃身や絡繰りの仕様がまだ固まっておりませんが銃身長が三尺、全長四尺くらいになります。続けて撃つと銃身が熱くなりますので上は剥き出しで横や下を木で覆ってやらねばなりません。このような形の物が三年で千丁ほど入用になります」


 大作はスマホに火縄銃を表示して番頭に見せる。


 そういえばストックの長さを考えていなかったことを大作は思い出す。

 種子島に伝来した火縄銃は頬付け形だった。その後、西洋の銃は早い時期に肩付け形の銃床になった。それに比べて日本では幕末まで頬付け形のままだった。

 鎧を着た状態では肩付け形の銃床は使い辛いのが原因だろう。

 現代戦ではボディアーマーを装着することが多い。ストックの長さを調整できるテレスコピックやリトラクタブルのストックが使いやすいため再評価されているそうだ。

 まあ、量産開始までに決定すれば良いか。大作は考えるのを止めた。


「これは赤樫(あかがし)ですかな? 固いですが欠けやすうござりますぞ。削るのも大層な手間ですな」


 さすがは専門家だと大作は感心した。鉄砲と違ってこの分野で口出しすることは無さそうだ。とは言え、何かインパクトのあることを言っとかないとタダの坊さんだと思われてしまう。


「ストック、じゃ無かった銃床には普通、胡桃(くるみ)や桜を使いますが樫やブナの合板でも結構です。所詮は消耗品なのでコストを少しでも安く抑えて頂きたい」

「ごうばん?」

「薄い板を木目の縦横を互い違いに熱圧接着した物にございます」


 笑顔を絶やさなかった番頭の目付きが急に変わったので大作は不安になる。まあ、護衛のメイがいるので命の危険は無いだろう。


「一丁ずつ削り出していたら大変な手間です。専用工具や型を作って大量生産する設備投資が必要になります。三年間に千丁の発注を若殿のお名前で確約させて頂きます」

「たいりょうせいさんにございますか」


 大作は帯鋸を使った製材機の写真を表示した。番頭が胡散臭そうにスマホを覗き込む。

 レオナルド・ダ・ビンチは帯鋸のスケッチを残している。イギリス人ウイリアム・ニューベリーが帯鋸の特許を取得したのは1808年だ。


「ヨーロッパでは鋸を輪にして水車でグルグルと回しながら大木をあっという間に板に変えてしまうそうな。まあ、いきなりこんな物を作るのは難しゅうございます。まずは一人でも挽くことが出来る前挽き大鋸を作ってみてはいかがでしょう。他には…… 台鉋に逆目を防ぐ裏金を付けた二枚鉋という物がございますぞ」


 大作はスマホで偶然見つけた写真を表示する。明治三十年代に考案された物らしい。こういう簡単な工夫は費用が掛からないので助かる。

 ついでにロータリーレースが大根のカツラムキのように原木を剥いて薄板を作る様子も表示する。

 こんな知識、出し惜しみしても使う機会なんてそうそう無いだろう。大作は大盤振る舞いすることにした。


「こうやって薄板を作って互い違いに張り合わせるとベニヤ板という頑丈な板が安く作れます。間伐材はチップにして紙の材料にすることも出来ます。木材価格の低下によって需要は間違い無く急増するでしょう。積極的な設備投資をお勧めします」


 お園が大作の耳元で囁く。


「落ち着いて、大佐。話が反れ過ぎているわよ」

「大丈夫だ。今から話を戻す」


 大作もお園にだけ聞こえるよう呟いた。大作は番頭に向き直ると精一杯の真剣な表情を作る。


「三年に千丁は祁答院だけの数にございます。鍛冶屋の皆様方は祁答院を堺や国友と並び称される鉄砲作りの生産地にするおつもりのご様子。そうなれば今後五十年で十万丁を超える鉄砲が作られるでしょう。大規模な設備投資をしても十分にペイ…… 元が取れます」


 番頭の表情も大作に負けないほど真剣な物に代わる。暫く考え込んだ後に意を決したように口を開いた。


「申し訳ございません。そこまで大きなお話とは思うておりませんでした。主人とも相談のうえ、後日ご返答させて頂いてよろしいでしょうか?」

「よろしければ次の評定にご出席頂けますかな。六日後に工藤様のお屋敷にて開かれます。良いお返事を期待しておりますぞ」


 大作はさり気なく決定を評定に丸投げした。あとは本来の目的をこっそりと紛れ込ますだけだ。


「話は変わりますが拙僧は大殿から山ヶ野の地に山寺を建てるお許しを頂きました。まずは(いおり)でも作ろうかと思うております。柱を何本かと屋根、壁、床の板を何枚か頂きたい。現地への配達料を合わせていかほどになりますかな? 代金は銃床と一緒に掛け払いでお願いいたします」

「かしこまりました。今日中に見繕い、明日にもお届けいたします」


 大作はイラ○・コ○トラ事件のオ○バー・ノー○中佐を思い出す。イランへ武器を売ってニカラグアの反共ゲリラ・コントラの援助に流用していた事件だ。彼は自宅の改築費をこっそり混ぜてたとかいう話を聞いたような気がする。


 もうちょっと図々しく行っても大丈夫だろうか。大作は金槌や錐などの古道具があれば安く譲って欲しいと頼み込む。

 番頭は内心でどう思っているのか分からないが満面の笑みを浮かべて快諾してくれた。


 お園とメイは呆れているのか感心しているのか分からないような顔をしている。まあ、目的は果たした。長居は無用だ。


「本日は急なお願いにも関わらず(すみやか)にご対応いただきありがとうございます。六日後の評定にて良い御返事をお待ちしております」


 大作が深々と頭を下げると、お園とメイもシンクロした。




 まだ昼過ぎだ。他にどんな物が必要になるんだろう。一緒に運んで貰えば送料が浮くかも知れない。

 大作たちは町を回りながら米、味噌、鍋、食器といった日用品を買い込んだ。


「石臼!」


 お園が急に大声を出したので大作とメイは驚いた。


「ナイスだお園。大物を忘れていたな。他にも金の製錬で使いそうな物を揃えよう」


 三人は日が傾くまで町を駆け回って石臼や桶を買い込む。ついでにほのかと約束していた笛を買う。

 こんな重い物を自分で運ぶ気にならない。材木売に聞いていた馬借(ばしゃく)のところに配達するよう無理矢理に頼み込んだ。




「今日は面白いことが何一つとして無かったな。疲れ果てたぞ」


 夕飯を食べながら大作がぼやく。当事者が面白く無いのに宇宙人だか未来人だかの視聴者が楽しめるわけが無い。明日こそ面白いことをやらなければ。飽きられたらお終いだ。


「面白いか面白く無いかなんて心の持ちよう次第じゃない? 私はとっても楽しかったわよ」


 お園が子供をあやすように優しく大作に声を掛ける。お園はストライクゾーンが広いんだなと大作は感心する


 もしかして『おもしろきこともなき世におもしろく、すみなすものは心なりけり』って言いたいんだろうか? でも二十七歳で結核で死ぬなんて嫌だぞ。

 結核は空気感染だから咳をしている奴に注意していれば大丈夫か。あとは栄養や睡眠に気を付けて免疫力を高めるしか無い。


 大作は急に怖くなってきたのでスマホで調べる。結核が蔓延し始めたのは江戸時代に入ってからのようだ。心配し過ぎたか?

 ストレプトマイシンが単離されたのは1943年らしい。1928年のペニシリン発見から15年も掛かってるのか。

 でも、日本では1943年にドイツの医学雑誌を読んでペニシリンの存在を知って翌年には陸軍軍医学校で生産に成功したそうだ。


 結局のところは青カビが作る物質の中に有用な物があるって発見したフレミングがラッキーなんだな。

 ゴールが見えてるんだから人材と資金を集中投入すれば五年もあれば作れるかも知れん。余裕が出来たら研究ラインを立ち上げよう。

 とりあえず金山労働者の定期健康診断とかはちゃんとやった方が良さそうだ。

 まあ、それも担当者を決めて任せれば良いだろう。大作は考えるのを止めた。


「俺はどっちかというと『三千世界の鴉を殺し、主と添寝がしてみたい』の方が良いぞ」

「私も大佐と添寝したいわ」

「惚気るのは二人っきりの時にしてよ。ちょっと妬けちゃうわよ」


 メイが羨ましそうに二人を交互に見る。ちょっと膨れっ面をしているようだ。だが、すぐに朗らかな笑顔を見せる。


「私も一緒に添寝しても良い?」

「sure!」


 大作とお園の答えがハモる。

 この夜も河原にテントを張り、三人仲良く並んで床に就いた。


『sure!』より『Of course!』って言った方が良かったんだろうか。『sure!』でも失礼では無いよな。そんなことを考えだした大作はこの晩、しばらく寝付くことが出来なかった。


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