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巻ノ伍拾伍 青左衛門 の巻

 話をしてみて大作は姫を舐めていたことを痛感した。こいつは新島八重も真っ青のとんでもないガンマニアだ。

 もし生まれる時代を間違えてたら大変なことになってたんじゃなかろうか。


 大作も男の子なのでミリタリーには普通に興味がある。だが姫は興味なんて生易しい物では無い。鉄砲フェチって奴だな。

 これは最早、鉄砲を信仰、って言うよりは崇拝しているんじゃないだろうか。

 大作は『続・猿の惑星』の地底に住んでるミュータントを思い出して少しだけ怖くなった。


 最初は鉄砲に関する一問一答だったはずだ。だが、いつの間にか『姫の異常な愛情、または私は如何にして心配するのを止めて鉄砲を愛するようになったか』としか思えない状況となっていた。

 狂気をはらんだ目をした姫が叫ぶように鉄砲を褒め称える。後ろに控える女中の泣きそうな顔とのコントラストが見事だ。


『ヒトラー ~最期の十二日間~』かよと大作は心の中で呟くが決して顔には出さない。こういう時は無理に話を切り上げようとすると返って長くなる物なのだ。

 チラリと時計を見ると既に一時間くらい経っている。トイレだと言って席を外しておいて一時間経っても帰って来なかったらどう思われてるんだろう。

 大きい方とかいうレベルじゃ無いな。超特大? テラとかペタじゃ足りないぞ。エクサとかゼタだな。その先はヨタだっけ?


 大作が虚ろな目をしながら益体も無いことを考えていると急に襖が開く。そちらに視線を向けるとお園が怖い顔をして立っていた。


「大佐! こんなところで何をやっているの?」

「お園、無礼であるぞ! こちらにおわす御方をどなたと心得る! 畏れ多くも祁答院家の三の姫様にあらせられるぞ! 姫様の御前である! 頭が高い! 控えおろう!」


 大作は印篭をかざすシーンのBGMを心の中で再生した。

 お園が『もはやこれまで』とか言って切り掛かるレアケースだったら面白いのに。

 そんな妄想をして思わず吹き出しそうになったが何とか我慢する。


 だが、大作の期待に反して常識人のお園は慌てることなくその場に平伏した。


「知らぬ事とは言え、大変失礼いたしました」

「許す。苦しゅうない。そなたも鉄砲の話を聞きたいかえ?」


 語尾に『かえ』だって! 大作は姫のベタなキャラ設定に呆れる。本当にこんな言葉を使う奴がいるのか? 身分詐称じゃ無かろうな。


「申し訳ございません。隣の部屋にて鍛冶屋の皆様方と評定の最中にて、またの機会がございましたら……」


 こいつ逃げやがったぞ。大作は焦る。このチャンスに一緒に逃げるか? 下手すると夕飯まで拘まりそうだ。


「姫様。お名残惜しゅうございますが、拙僧もそろそろ評定に戻らねばなりませぬ。お話の続きはまた後日」


 言うが早いか大作は光の速さで隣の部屋に逃げ戻る。お園も一瞬の遅れで逃げ戻ると深々と頭を下げながら襖を静かに閉じた。

 残念そうな三の姫の顔を見て大作はほんの少しだけ心が痛んだ。

 まあ、あれだけ鉄砲が好きなら嫌でもまた会う機会があるだろう。その覚悟をしておいた方が良さそうだ。




「お園GJ! 助かったぞ。それで、話は進んだのか?」


 鍛冶屋連中を見るとタカラ○ミーのせん○いを使って何やら絵図面を引いている。

 どれどれ。大作は期待と不安で胸を躍らせつつ覗き込む。

『なんじゃこりゃ!』と叫びそうになるのを大作は何とか飲み込んだ。


 若い鍛冶屋が嬉しそうに大作に話しかける。


「ご覧ください大佐殿。筒より一回り大きい蓋をして隙間には銅の板を挟みます。如何にございましょう?」


 銅板のパッキンというかガスケットみたいな物を使うらしい。量は知れているからコスト的な問題は小さい。

 心配なのは蓋の製造コストと強度か? 銃身と弾の間はスカスカなので銃身が前に抜ける心配は少なそうだ。

 もしパッキンが駄目になってガスが吹き抜けても前向きなので射手の顔面を直撃することは無さそうだ。この辺りはドライゼ銃とかでも致命的な問題にはなっていないので大丈夫だろうか。


 GOサインを出しても良いのか? そもそも俺が決定することなのか? 大作は弥十郎の顔色を伺おうとするが部屋にはいない。退屈してどっかに行ったみたいだ。

 連中はプロの刀鍛冶だが鉄砲に関しては素人だ。流石に判断の丸投げは気が引ける。とは言え大作だって素人だ。強度とかコストなんて分かるわけが無い。

 とりあえずやってみるしか無いか。やらずに諦めてたら前進なんて出来ないし。ただし、試射で死者を出さないようにだけは気を付けよう。


「大量生産のために弾は三匁五分に統一します。まずは基準となる弾を作って大きさを正しく測ります。筒は弾より少し大きくないと引っ掛かってしまうので一回り大きく作らねばなりません。鉄は冷えると縮むので芯に通す真金はもう一回り大きく作らねばなりません。とは言え、完成した銃身の内側を整えるために錐で研磨する工程があります。なので余り大きく作り過ぎてもなりません。まあ、これは試作品の段階で調整しましょう」

「四分半といったとろこでありましょうか?」


 そんなアバウトじゃ話にならないと大作は思う。大作はバックパックからアマゾンで四千円ほどで買ったノギスを取り出す。


「そんな適当では困ります。このノギスという道具を使えば一寸の五百分の一まで測ることが叶います。まずは物の大きさを正しく測ることからスタート、じゃ無かった、始めて行かねばなりませぬ。大量生産に最も重要なのは品質の標準化にございます」

「ひょうじゅんかとは同じ物を作ることにございます」


 若い鍛冶屋の怪訝な表情を見てお園が素早く解説する。雌螺子の切り方に真っ先に気付いた男だったのを大作は思い出す。


「よろしければ御尊名を承っても宜しゅうございますか?」

(それがし)は安部青左衛門と申します」


 某キャラかよ! 藤吉郎と被ってるやん。って言うか青左衛門だと。平成に狸が合戦する映画に出てきたぞ。大作は狂喜のあまり小躍りしたくなったが我慢した。

 三の姫はかなりの残念キャラだったが青左衛門は鍛えれば使えそうだ。大作はお園とメイに耳打ちする。


「こいつは使えそうだ。顔と名前を憶えてくれ。愛想良くして好感度を上げて置くんだ」


 二人が急に営業スマイルを作ったので青左衛門が呆気にとられている。


「これは安部様にお貸しいたします。まずは真直ぐで頭から尻まで同じ太さの真金を作らねば始まりません。いや、その前に鉛弾ですかな。この辺りに高い(やぐら)か塔、あるいは切り立った崖がございませんか?」

「お城に櫓がございます。ですが鉛弾を作るのに櫓や塔が入用でございますか?」


 高所から溶融した鉛を落下させると表面張力で球形になる。空中で冷えて固化するので水槽で受ける。この方法が発明されたのは十八世紀後半のイングランドだ。


 大作は鉛弾製造の原理を青左衛門に説明する。暫くして部屋に戻って来た弥十郎を捕まえて櫓の使用許可を得た。ちゃっちゃと進めて実績を上げないと計画が狂う。


 とりあえずタップとダイスの複製を最優先。続いて万力やスライドレスト付き旋盤を作る。

 並行して熱風炉、水車動力の(ふいご)、水車動力のトリップハンマー、圧延機、プレス機、鉛弾製造設備。次々とプロジェクトを立ち上げて鍛冶屋に割り振って行く。

 多額の設備投資が必要だ。大作はタップダイスセットやノギスの提供、鉄砲製造に関する知識の切り売りによって一文も払わずに協力を得ることが出来た。

 勿論、鉄砲が大量生産された暁には妥当な価格で買い上げることが前提になっていることは言うまでも無い。大作は二貫目の金塊を見せて支払い保証を請け負った。

 軍産複合体っていうのはこうやって出来上がって行く物なんだろうか。


 ちょっと待てよ。こんなに同時に研究ラインを動かせるのか? ゲームだったらIC(インダストリアル・キャパシティー)に応じて研究ライン数が制限される。でも今の祁答院のICがいくらかなんてさっぱり分からん。

 そもそも圧延機やプレス機が別々の研究ラインとしてカウントされるのかも分からん。全部まとめて鉄砲開発とかだったら助かるな。

 とりあえず当面は金山開発と鉄砲開発の二本の研究ラインに指導力のパラメーターを全振りだ。


 鍛冶屋たちとは七日ごとに集まって定例会を開くことにした。

 弥十郎が首を傾げながら尋ねる。


「何故に七日ごとなのじゃ?」

「一月に四回ぐらいが丁度良い頃合いにございましょう」


 大作は一週間をスケジュール管理の単位にした。最終的には七曜制を普及させたいと目論んでいるのだ。

 チーム同士の連携を密にして困ったことがあれば早目に相談するように頼む。


「本日は皆様方のご協力により誠に実り多き一日となりましたことを厚く御礼申し上げます。願わくは今後とも末永くお付き合いさせていただきながら共に成長し、祁答院様が発展することを願って止みません」


 大作も鍛冶屋も私利私欲で動いているのだが弥十郎の手前、祁答院を持ち上げて話を締めくくった。




 日が傾くころ鍛冶屋たちは帰って行った。

 大作はこの後どうしたものか考える。火薬の作業は一段落したので工藤様の家の庭でテント泊するのも憚られる。

 レトルト炉のパイプが出来るまで四日もあるのに川原でテント泊か?

 他に何かすること無いのだろうか。




 大作は工藤弥十郎に挨拶して工藤邸を後にした。とりあえず川原に移動して夕飯にする。久々に三人での食事だ。一人減っただけなのに大作は随分と少し寂しい気がした。


「ほのかはどの辺りまで行ったと思う? 新田原くらいかな」

「きっと早く戻って来たくて懸命に走ってると思うわよ」


 メイが東の空を見上げながら思いを馳せるように呟く。メイとほのかも既に出会って二週間以上の付き合いだ。同じくノ一としてシンパシーとかあるんだろうか。

 大作は正直言ってほのかをそこまで信用していない。何日帰ってこなかったら裏切ったと判断するべきか。そんなことを考えていたとは言い難い雰囲気だ。

 何でも良いから適当なことを言って誤魔化さなければ。大作は頭をフル回転させる。


「ほのかが大変な思いをして文を届けてくれているんだ。俺たちも遊んでいるわけにはいかん。明日は材木屋を訪ねてみようかと思う。山ヶ野に小屋を建てるのにどれくらい費用と手間が掛かるか見積もるんだ」

「ざいもくやって材木売(ざいもくうり)のことかしら。あれくらいの町ならいるかも知れないわね。でも、山ヶ野まで山道を五里よ。小屋一軒分の材木をどうやって運ぶの?」


 お園が呆れた口調で言う。その発想は無かったわ。大作は頭を抱え込んだ。ホームセンターなら軽トラを貸してくれるのに。材木をたくさん買ったら送料サービスなんて無いんだろうな。

 三人で手分けして運べるだろうか。山道を二十キロだぞ。考えただけで嫌になる。

 いっそ横川に行ってみるか? あっちの方が平坦だし八キロくらいしか無い。でも北原の家来にばったり出会ったら気まずいな。


「北原の殿に謝りに行った方が良いかも知れんな。怒らせたわけじゃ無いし。真摯な態度で誤解を解けば許して貰えるんじゃね?」

「またあそこに行くの? ちょっと恥ずかしいわよ」


 お園が露骨に嫌な顔をする。『漏れちゃうナリィィィィィ!!』だもんな。でも、先のことを考えると北原とも顔を繋いでおかなければ。

 そんな二人のやり取りを見てメイが不思議そうに口を開く。


馬借(ばしゃく)に頼めば駄賃(だちん)なんて百文くらいじゃないかしら? それより板の値を心配した方が良いんじゃない?」


 言われてみればそうだ。室町時代に大鋸(おが)が登場して板の製造コストが下がったとは言え、二十一世紀とは比べものにならないほど高価なんだろうか。

 これ以上は考えても無駄だ。大作たちは明日、材木売を訪ねてみることにして眠りに就いた。


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